第一章
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
季節が冬へと変わり、そこから引っ越しまでは駆け足で過ぎ去っていった。
試験は難なく合格し、制服も用意済み。
家電や何やらは既に送ってあり、後は入学式前に引っ越すだけだ。
祖父の転院は卒業式を終えてすぐだった為、新居には夢野一人で向かう予定だった。
ボストンバッグへと最後の荷物をまとめ、家中の戸締まりをチェックすると、外へ出た。
鍵を締め、駅まで自転車に乗りこむと六花の家へと向かう。ずっと使い続けていた愛車である自転車はボロボロにならない様に六花の家で預かってくれる事になっていたからだ。
暫くは乗れないのかと寂しさもあり、自転車を漕ぐスピードは緩やかだった。
「おーい! 葵!」
「六花!」
手を振って玄関先で待ってくれていたらしく、六花が駆け寄ってきた。
「待たせちゃったかな?」
「ぜーんぜん!てか、髪切ったんだね」
「え、うん!心機一転的な?」
今まで肩よりも下に伸ばしていた夢野が、流石にこのままでは女だと言ってる様なものでバッサリと切り、マッシュショートになっていた。
「似合うじゃ〜ん」
「ありがとう!」
「あ、自転車はこっちの納屋に置いて」
農家をやっている六花の家では大きな納屋があり、その端に停めた。
「はい、次はこっちね」
「 葵ちゃん並んで〜」
六花に腕を引かれ、六花の父親がカメラを持って立っていた。
「写真撮ってくれるんですか?」
「大事な娘の親友の旅立ちと聞いたから」
「お父さんね、絶対に写真撮ろうって騒いでたんだよ」
「なんか照れちゃう」
「ほらほら、撮るよ!!」
夢野と六花は腕を組み、ピースサインをしてポーズをとった。この写真が現像される頃には東京だ。
何枚かシャッターを切られ、改めて夢野はお礼を述べた。
「本当にありがとう。そろそろ電車の時間があるから行くね」
「……うん」
「着いたら電話するから」
「うん! 待ってる!」
「おじさんもありがとうございます!」
「気を付けるんだよ」
「はい!」
お見送りは泣いちゃうからと前もって告げられていたので六花とはここでお別れだった。
夢野もまた泣き出しそうになるのを堪え、駅へと向かうのであった。
電車に揺られ、緊張から眠りについてしまっていた夢野が目を覚ますと、もう乗り換えの駅まで着いていた。
慌てて飛び降りて、そこからまたホームを移動して電車に乗る。今まで見たこともない程の人混みにクラクラした。
やっと最寄駅に着き、降りると深呼吸をする。
「よし、新居に向かうぞ」
右手にはバッグ。左手には地図を握り締め、歩き出した。
初めての土地に迷いながらも辿り着いた新居は見た目は古めのアパートではあるが、中は綺麗な部屋だ。
祖父が一時帰宅もありえるからと1LDKにしてくれと頼んでくれたらしく、ひとり暮らしには充分過ぎるくらいだった。
「取り敢えず、荷物置いたら買い物かな」
これから3年間暮らす土地にも慣れのも兼ねて、食料品の買い出しだ。
トートバッグに財布と携帯電話を突っ込むと、近くにあると聞いていたスーパーを目指した。
ただ、真っ直ぐ向かうのではなく少しだけ回り道をしたりと冒険している様な気持ちで巡った。
方向音痴だという自覚はしていた為、そこまで道を逸れる事は出来なかったが買い出しも無事に済ませて夢野は帰宅した。
「明日は学校の最寄駅まで行こうかな」
もぐもぐと作ったナポリタンを頬張ると、夢野は携帯電話を取り出した。六花に電話する為だ。
無事に着いた事、入学前に下見をすると報告すれば「迷子には気を付けなよ」と笑われながら電話を終えた。
――今何時だ。
カーテンの隙間から差し込んだ光で目が覚めた夢野は目覚まし時計を確認する。
どうやらセットしていた時間よりも先に目が覚めてしまったらしい。
二度寝をするにも微妙だと起き上がり、朝食を済ませると荷物の開封に勤しんだ――。
時間も忘れて、開封していると大きく腹の虫が鳴いた。
「お昼食べたら駅に行こうかな」
今から作り出すと遅くなると判断した夢野はカップラーメンを取り出す。2日続けて麺類になってしまったなと思い、夕食は絶対にお米にしようと決意しながら笛吹きケトルを火にかけた。
沸かす間に着替えを済ませ、テレビを眺める。
行楽シーズンとあって賑やかな番組が多かった。
毎年、祖父の家にある桜の木の下で花見をした事を思い出した。
早く祖父の所へ見舞いに向かいたかったが入学式が終わって、友人が一人でも出来てからだと釘を刺されていた。
祖父の事を優先してばかりになるのは避けたいからだろう。
その約束を破るのも嫌で我慢している。
ぼうっとしていると、ピーッと笛吹きケトルが高らかに鳴った。
火を止め、カップラーメンにお湯を注ぐとタイマーをかけて3分待つ。
電車の時刻表を引っ張り出して、永田駅までの時刻を確認する。
「電車の数、こんなに多いのか……」
電車のイメージは1時間に1本が当たり前で、中学校までは自転車通学だった夢野にとっては、とんでもない本数に感じた。
タイマーが鳴り、ズルズルと麺を啜りながら祖父の知り合いである理事長との会話を思い出しなが食べる。入学と引っ越しにあたって何度か会ったのだ。
――戸亜留市は鈴蘭高校だけでなく不良が多い。
そう注意されていた。入学式前とはいえ、気を付けなければならない。
僅かな不安を胸に抱きながらカップラーメンを食べ終え、ゆっくり歩いて駅に向かえばちょうどいい電車がありそうだと夢野は昨日と同じくトートバッグに財布と携帯電話を突っ込んだ。
外は良い天気だった。
駅に着き、永田駅までの切符を購入すればあっという間に辿り着いた。
改札を出て、振り向けば駅の看板にはどうやって書いたのか『FUCK』の文字。
「治安悪いとかそういう問題じゃない」
やっていけるのかと不安が押し寄せながら、ふらりと歩き出した。
鈴蘭高校までの道のりも地図を貰っていた為、何となくは解った夢野は迷子にならない程度に周辺を歩いた。
自販機でジュースを買っていると肩を叩かれた。
ビクリと飛び跳ねながら振り向くと、そこには見事なまでの坊主頭でニコニコと笑う大きな男が立っていた。
「よ!驚かせてワリーな!」
「な、何か御用ですか?」
「ちょっと道がわからんのよ」
「え、え〜道かぁ」
すっと出された地図の目的地を覗いたが、夢野の巡った所ではなさそうだった。
「ごめんね……オレも引っ越してきたばかりで解かんないや」
「あ〜そっか! お前も圏外からか?」
「ん? ああ、県外から来たよ」
「残念! なら、もう少し頑張ってみるわ!」
手を上げ、去っていく坊主頭の彼を咄嗟に引き止めた。
「ま、待って! この建物なら見かけたよ。もっとあっち!!」
ぐるぐると巡っている時に目に付いたから間違いはなかった。
「サンキュー!! またどっかで会えたら良いな!!」
「うん! またどこかで!!」
あんなにこやかな人もこっちに入学するんだなぁと思いながら、夢野も暗くなる前にと永田駅に引き返した。
自宅に帰宅不良に絡まれるのではないかと緊張していたが、意外にもそんな事はなく無事に帰宅できた事に安堵する。
いよいよ、明日は入学式だと胸の高鳴りを抑えながら制服を引っ張りだした。
立派な学ランだ。これから頼むぞとハンガーに掛けると、夜は更けていった――。
ジリリと目覚まし時計が鳴っている。
唸りながらアラームを止めると、夢野はもぞもぞとベッドから這い出た。緊張からあまり寝られなかったのだ。
それでも、入学式に遅刻は許されないと顔を洗って、しっかりと朝食を済ませると着替えを始める。
胸をサラシで押し潰す。息苦しい気もしたが、バレるくらいなら我慢も出来る。
不良とはどんな格好なのだろうかと気にするも、まぁ入学式でチェックするかとTシャツに学ランを羽織る。
身長は女子にしては上の方だが、男子としては低いだろう。
鏡の前で問題ないかとチェックしても、顔はどうにも出来ないと項垂れた。
大丈夫かと悩んでいると、もう家を出なければならない時間に差し掛かっている。
紺のショルダーバッグを引っ提げて、戦場に赴く様に気を引き締めながら鈴蘭高校へと向かった。
夢野は永田駅に着くまでに電車内で泣きそうになっていた。
どこもかしこも人相の悪い男達ばかりなのだ。
どう見ても同学年には見えなかった。
終わった。確実に終わった。
友達一人も出来る気がしないと、重たい足取りで何とか鈴蘭高校に辿り着いた。
校門の壁には落書き、どこからか聞こえる怒声。
「……辞めたい」
嘆きながらも急ぎ足で校舎に入り、下駄箱で上履きに履き替える。なるべく顔を上げずに、D組を目指そうと歩き出すと顔面を打ち付けた。
目の前は真っ黒。確実に誰かにぶつかった。
「す、すみません……」
泣きそうな声で顔を上げると、そこには昨日出会った坊主頭の男が立っていた。
「あ! お前、昨日の!!」
「え、あっ鈴蘭だったんだ……」
「そういうお前もか! オレ、月島花! 花って呼んでくれよ」
手を差し出されて握手をする。
「よろしく、花くん。オレは夢野葵。好きに呼んで」
「なら、葵!クラスはどこなんだ?」
「D組なんだけど」
「え!? オレもだ!!」
神は居たんだ!!
泣きそうになりながら、握手した手をぶんぶんと振りながら「末永くよろしく」と頭を下げた。
階段を上りながら花は同じ寮の同居人に弁当を届けたいと言われたので、一人になりたくなかった夢野は喜んでついていくと頷いた。
階段を上った先も喧騒が凄かった。
既に廊下にはガラス片が巻き散っている。
「よー」
「は…花」
「ほらこれ弁当!おまえら、みんなして忘れていくんだもの。持ってきてやったよ!」
「えっああ、すまねー」
花よりも大きな図体をして、顔には痛々しい傷のある男に弁当を渡しているのを見ていると指を差された。
「あいつは誰だ?」
「ん? 昨日迷ってた時に助けてくれた奴なんだ!
「えと、夢野葵です」
「……迫田武文だ」
ジロジロと頭の天辺から爪先を見られる。
小柄で弱そうだなと思われているのだろうと夢野は花の背中に隠れた。
「ん! このゴマ塩くんは友達か?」
「ゴ、ゴマ塩!」
顔にも頭にも傷のある男の髪型は確かにゴマ塩に見えなくもなかった。
思わず吹き出すと睨まれた。
「誰がゴマ塩だコラッ! オレは八板郁美ってんだ!」
「オレ、月島花。ヨロシク!!」
「ウッ!」
にこやかに握手をする花に夢野は何てコミュニケーション能力が高いのだろうと関心した。
相手の八板はジトーっと睨んでいたが、全く気にしていない様子だった。
「あっそうそう。蓮次は何組だ?」
「あいつはB組だったな!」
「あっそう! じゃーな!」
「お、オレも」
頭を下げて花についていけば、後ろから大きな声で迫田の笑い声が響いていた。
次に行こうと花がB組の教室を覗き込む。
「おー蓮次!」
「は、花!」
「これ忘れてったろ弁当!」
「おお、すまねー」
「寅のヤツ何組か知ってるか?」
「あいつはおまえと同じD組だろう」
「あっそう!あんがと!マリ姉が『少しでも弁当残したらアジャコングばりの裏拳くらわせるわよ!』だってさ! ハハハハハ!」
マリ姉とは?それに、まだ同居人にが居るのかと夢野が驚いていると花が話しかけていた金髪リーゼントと目が合った。
「お前は?」
「夢野葵。花くんと同じクラス」
「こいつはな、オレが迷ってたの助けてくれたんだ」
「へーなるほど! オレは武藤蓮次だ」
「よろしく、蓮次くん」
見た目と柄シャツのせいで恐く見えたが、刺々しい視線はないのが好感を持てた。
もう少し話をしてみたいが、そろそろ教室に行かねば、時間がないからと花の学ランを夢野は引っ張った。
「花くん。そろそろ、行かないと」
「じゃーな!」
「ああ。夢野もまたな」
「う、うん!またね!」
花と同じ様に手を振ると、微笑みながら手を振り返された。
彼となら仲良く出来そうだと嬉しくなった夢野はさらに大きく振り返してから歩き出した。
「あんなナヨナヨしたやつがよく入学したよな」
「……確かにな」
蓮次と隣に居た尾崎建市は夢野の存在が少しだけ気になっていた。
D組に辿り着けば、やはりここもギラギラとしていた。
どの子が花の同居人である寅?なのだろうかとキョロキョロすれば、目当ての人物が目を閉じながら腕を組んで座っていた。その彼に花がそろりと近付き「わあっ!」と驚かした。
「よっ寅! ほれ弁当!! オレと同じクラスとはラッキーだな、おまえ。ハッハハハハ!」
弁当を見せつける様に振ってみせる。
倒れ込んだまま起き上がらないので夢野が顔を覗いてみると完全に白目を剥いていた。
「ちょ、ちょっと花くん!」
「あれ?ああ!」
二人で肩を揺すってみるも反応がない。
「し、白目むいてる! お、おい寅しっかりしろ! おい!!」
このままでは入学式が始まってしまうと判断した花は思い切りビンタをくらわせた。とても良い音だった。
「いったぁ!! なに!?」
「おお、寅!ほら、弁当」
「ありがと……っていうか花ちゃん!! 驚かすなよ!!」
お返しとばかりに花の腕にパンチをくらわしていたが、痛む様子はなかった。そんなやり取りを見ていると「花ちゃん、コイツは?」とまた指を差された。
「オレは夢野葵」
「葵ちゃんね。オレは冨永寅之助!」
「寅くん、末永くよろしく」
何となくだが彼は喧嘩をしなそうだなと感じ取った夢野は深々と頭を下げた。
こういう人となら比較的、仲良くなれるスピードも早そうだと思ったからだ。
暫く話していると担任がやってきて、入学式を始めると体育館まで移動した。
どこもかしこも喧嘩を始めそうな雰囲気の中で執り行われた入学式に夢野は身震いをしながら、隣で青ざめていた寅之助と少しだけ身を寄せ合った。
あっさりと終わった入学式。授業もなく、帰宅しようと夢野は立ち上がると花も同じ気持ちだったらしく寅之助の側へ駆け寄る。
「よっ今日は授業もねーし、これで終わりだろ? 葵も帰ろーぜ!」
「これから始まるんだよ」
「始まるって何が?」
花と共に首を傾げると寅之助は目尻を尖らせた。
「一年戦争だよ!」
「一年戦争?」
「穏やかじゃない名前だね……」
まだ何かあるのかとため息をつくとスピーカーのスイッチが入った音が聞こえた。
『1年は全員体育館に集まれ! 繰り返す。1年は全員体育館に集まれ!』
「そらきた!」
立ち上がった寅之助に続いて、体育館へと向かうまでに一年戦争の概要を聞かされた。
毎年新入生の中で誰が1番強いのかを決める恒例行事があるらしい。
花が優勝賞品が出るのかと聞いていたが、そんな物は無く、ただ1番強いってことを証明するだけらしい。
「そりゃーおもしろそーだな! オレなんかワクワクしてきたよ!!」
「全然、面白くないよ……」
この不良校に来たのだから、何かしろ理由はあると思っていたのだが夢野から見た花は喧嘩をするとは思えなかった。
確かに腕っ節は良さそうな筋肉もついているが、人懐こい笑顔を浮かべるから想像がつかないのだ。
そうこう話してながら体育館に着くと、壇上には金髪で遠目からでも解るくらい人相の悪い男が立っていた。
「新入生諸君! 入学おめでとう! 我が鈴蘭へようこそ! わしは2年の神戸っちゅーもんじゃ!」
そう挨拶をすると周りからは「ブッチャーだ」「鈴蘭3大派閥の1つ」などと騒がれ出した。
「3大派閥って?」
花が振り向いて聞いてくるが、解るわけ無いと助けを求めた夢野が寅之助へと視線を向ける。
「1つは3年の加東秀吉の秀吉一派。もう1つはこれまた3年の岩城軍司の岩城一派。そしてもう1つが2年のブッチャーのブッチャー派。数でいえば、この3つがでかい派閥なんだ」
「くわしいな寅」
「ここで生きていくには、その辺のことくわしくならないと!」
「寅くん本当に凄いね……」
腕っぷしだけ鍛えてきた自分とは大違いだと感心していると他の有力な先輩方はどうなんだという質問にもスラスラと寅之助が答えていくので、気付けば人だかりが出来ていた。
「ハイ! みんな拍手!」
「ほんとくわしいな、おまえ」
「いや〜」
花の一言で拍手が沸き起こる。
小さな盛り上がりをみせていると壇上の神戸がまた喋り出した。
「鈴蘭名物の一年戦争を始めよーじゃねーか!我こそはと思う者はここに残れ。そーじゃねー奴は出ていってかまわねーぜ!! 決めるのは自分自身だ!!」
ざわめきがまた大きくなり、参加を決めた生徒達が少しずつ前に出ていく。
「花ちゃん! 花ちゃんはどうするんだ?」
「オレは残るよ! 自分がどれほどのもんか、ためしてみたいからさ!」
意気込む花に対して、遠くに姿が見えていた蓮次に迫田が体育館から出ていく。
それに続いて、ゾロゾロと出ていくのを見た寅之助も「じゃ、花ちゃんがんばって!」と去っていくのを夢野も慌てて追い掛ける。
「オレもこういうの無理だから。花くんファイトー!」
「おまえらもいっちゃうのかよ!」
「ごめんね!!」
寅之助に追い付いた夢野は、この後はどうなるのだろうかと聞いてみるも、そればかりは解らないらしく首を振られた。
「どっかで花くんの応援出来ないかな」
「オレもいつ始まるかは解かんないからなぁ」
二人して流れに続いてただ歩いていると、校舎の上にサングラスをかけてメガホンを持った人が立っているのが見えた。
「新入生諸君! 入学おめでとう!! わたくし2年の亜久津金次と申します」
高らかに自己紹介をしながら、一年戦争の観戦を促してきた。しかも、ちゃっかり見物料も請求しながらだ。
商売するとは、なんて学校だという気持ちがシンクロする。しかし、花の事が心配だからと観戦料200円を支払い、既に出来ている人だかりの中へと向かった。
「大丈夫かな、花くん」
「そっか葵ちゃんは知らないよね」
「ん?」
「花ちゃんは凄いから!」
寅之助がニッと笑った――。
「レディ〜スアンドジェントルメ〜ン」
神戸がマイクを持って登場した。
一瞬、レディースという言葉に夢野ドキリとするが、すぐに「レディースはいねーわな!」と訂正された。
「一年戦争の始まりだ!ゆっくり楽しんでってくれい!」
そう宣言すると、大きな歓声が上がった。
校舎の隙間から出てきたのは花にゴマ塩くんと呼ばれていた八板だった。相手は村岡悟という男らしい。
「どっからでもかかってこいや!!」
八板が拳を構えると試合が始まった。
初めて見る喧嘩に夢野は体を震わせた。
明らかにテコンドーの試合とは違い、ルールもプロテクターもなく殴り合う二人の迫力と、それを盛り上げる野次が耳に響く。
本当にこれからやっていけるのだろうかと強く握った拳が冷たかった。
次から次へと進んでいく試合。そして、ついに花が呼ばれた。
「花ちゃん来たよ!」
「本当だ! 花く〜ん!」
やっと出てきた花が何故かマイクを借りて語り出した。
「あーあー。え〜鈴蘭男子校のみなさん」
「お、おい。何やってんだよ花ちゃん!」
寅之助の顔が青ざめる。
「わたくし月島花は…この愛する鈴蘭を一本にまとめる偉大な番長になることをここに宣言いたします!! どーぞヨロシク!!」
そう高らかに宣言した花を笑う者に野次を飛ばす者も居た。
その宣言に寅之助はこれでもかというくらい口を開け、蓮次と迫田は笑っていた。
夢野は番長というものがよく解らないはずなのに何故か彼なら叶えてしまいそうだと微笑んだ。
後ろから一際大きな笑い声が聞こえ、振り向くと金髪にサングラスをかけて身長がとんでもなく大きい男が拍手をしていた。
「おもろいやっちゃな〜」
「ゼッゼットン! ……さん!!」
「なーあいつ今、名前なんつった?」
「えっあっ花っス! 月島花っス!!」
周りが「ゼットンだ!」と騒いでいるのも気にせず、ゼットンは花に向けて大きく手を振った。
「花く〜んガンバリや〜! 応援するでェ〜!!」
「ど〜も〜!!」
元気よく応える花に夢野も必死に手を振ってみせた。恐らく寅之助よりも少しばかり身長が小さいせいで見えていないかもしれないが少しでもと飛び跳ねて手を振った。
「君、ちっこいな」
「わっ!!」
ゼットンに両脇を掴まれ夢野は持ち上げられた。視界は開けたが、視線も突き刺さった。
「あ、あの! ゼットン……先輩? 下ろしてください!!」
「こっちのが見えやすいだろ〜!!」
「そうですけど、重たいですよね! だから――」 「軽いぞ〜ワハハッ!!」
上下に揺さぶられてクラクラしていると、花と村川勝弘が距離を取ったのが見えた。
恐らく始まるのだろう。
「ゼットン先輩! 始まりますから!!」
「ん? おお、そうか」
解放された夢野が乱れた制服を直している間に決着がついていた。見事なまでの腹パンで村川は蹲った。
あまりの早さに場は静まり返っていた。
「おい!あいつの名前なんだっけ?もう1回教えてくれ」
「花です。月島花です」
「花!月島花か!」
この1戦で間違いなく彼の名前は皆に刻まれただろう。
――試合が進み、いよいよ最後の試合となっていた。
「ラストは尾崎建市対天地寿!!」
最後の試合とあって、盛り上がりも大きくなっていた。しかし、勝負は天地があっさりと尾崎を沈めていた。
あの人も強いな。
そう夢野が感心していると天地が足を振り上げ、ゴキッと鈍い音が響いた。
天地はそのまま流れる様な動きで尾崎の腕の骨を折った。尾崎の悲痛な悲鳴が響きわたった。
「もうとっくに勝負はついとろーが!! われ、何さらしとるんじゃ! おー!!」
止めに入った神戸が天地の襟首を掴んだ。
その瞬間、天地は間髪入れずに顔面に膝蹴りを入れた。
倒れた神戸は「誰も止めんなよ」と起き上がり、天地に向かっていく。
しかし、天地の勢いは凄まじく神戸は返り討ちにされ倒れた。
「鈴蘭もどーってことねーな」
そう天地は吐き捨てた――。