君とずっと、こうしていたい
お名前は?
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それは、2週間後に迫る文化祭の準備期間中の出来事だった。
『えっと、頼まれてた買い出しはあと……なんだっけ?』
クラスメイトから急遽必要な物をピックアップされたメモ用紙を取り出し、内容を細かく確認する。
言われた物は全部買ったし……そうだ、衣装!
仮装するのに何かいいアイテム売ってないか下見して欲しいって頼まれてたんだった。
ふぅ…。思い出して良かった。
今日は土曜日。
雄英は休みでもみんな文化祭の準備に大忙し。
なので私もクラスに協力するべく、近くのショッピングモールへと買い出しにやって来たのだった。
『えっと、確かコッチの方にーーー』
「……名前?」
すれ違う人混みの中から私の名前を呼ぶ聞き慣れた声に思わず立ち止まる。
まさか…。
ここは雄英じゃない。
今のはきっと聞き間違いーー…
「名前、だよな?」
いや、聞き間違いじゃない……!!
この声は確実にーーー
『ーーー轟くんっ⁉』
驚きながら振り返ると、そこにはショルダーバックを掲げ、動きやすそうなラフな格好をした轟くんがコチラに向かって近付いて来る所だった。
「良かった。やっぱお前だった」
『な、何で轟くんがここにっ……あっ!もしかして轟くんも文化祭の買い出しで?』
「あぁ。偶然だな。……1人なのか?」
『うん。急遽必要な物を買いに。みんな忙しそうだったし、手が空いてたから私だけで来たんだ。……轟くんも1人?』
「いや、切島たちと一緒に来てたんだが……はぐれた」
『えっ⁉ は、はぐれたの…?』
まさかの返答に動揺しながら聞き返すと、轟くんは特に焦った様子もなく「あぁ」と涼しい顔で答える。
「店ン中の物見てたらいつの間にかいなくなってた」
『そ、そうなんだ…?ちなみにお店で何を見てたの?』
「信州の手打ち蕎麦。生めんタイプ。美味そうだったから見てた」
『………』
うん。
これは推測するに、轟くんがお蕎麦に惹かれて単独行動したから、そのまま切島くん達は気付かずにはぐれちゃったんだ。絶対そうに違いない。
本当にお蕎麦大好きだなぁ……轟くん。
『……それじゃあ、今頃切島くんたち探してるんじゃない?連絡来てないの?』
「携帯、部屋に充電したまま忘れた」
『それは大変っ!切島くんたちの携帯番号知ってる?私の携帯から掛けてーーー』
「いや、いい」
『あっ…、やっぱ番号なんて覚えてないよね?』
「そうじゃねぇ」
『…?』
真っすぐに私を見つめたまま否定の言葉を口にする轟くんに、私は頭に疑問符を浮かべながら見つめ返す。
少しの沈黙のあと、轟くんは静かに呟いた。
「もう少し……お前と一緒にいてぇ」
『ーーっ…!!』
「だから、まだいい。このまま離れんのはもったいねぇから…。もう少し名前に付き合わせてくれ」
『あ…、え…?』
「……ダメか?」
少し小首を傾げながらさみしそうに見つめる轟くんは、本当に捨てられた子犬みたいに儚げで、心に訴えかけてくる何かがある。
私はそれに本当に弱いのだ……。
『……だ、ダメじゃ…ないよ』
「そうか。良かった」
私の言葉に心底嬉しそうに微笑んでくれる轟くんを見ると、切島くん達には申し訳ないけど、はぐれて良かったかも……なんて、思ってしまったーー…。
ーーー✴︎✴︎✴︎
「衣装を見に行くのか?」
『うん。仮装するのに何か使えそうな物がないかなって思って。……あ、ここだ』
目的の場所には入口から色んな仮装用の衣装が店内に並んであった。
可愛いメイド服から、ちょっと過激なバニーの衣装まで。ありとあらゆる物が売られている。
「すげぇな……。色んな衣装があんだな」
『……う、うん』
な、なんかめちゃくちゃ恥ずかしい…っ!
こんな過激な物も売ってるなんて知らなかったよ!
轟くんもちょっと困惑してるし。
何だかイケナイお店に入ってる気分……。
顔を赤面させながら何かいい物はないかと必死に店内を見渡すと、ある衣装が目に付いた。
『あ、ハロウィンの衣装もあるんだ!そっか…もうすぐそんな時期だもんね』
「ハロウィン?あぁ…、みんなが色んな仮装する日の事か」
『轟くん知ってたんだ⁉ ちょっと意外……』
「テレビで毎年ニュースになってるだろ。よく見かける」
『あ、なるほど。じゃあこう言うのも知ってる?』
「?」
何の事だと見つめてくる轟くんにお披露目するように、私は試着可能な魔女の帽子とマントを羽織ると、くるりと轟くんに向き直る。
『トリックオアトリート!お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうぞ⁉』
「………」
突然の行動にビックリしたのか、轟くんは目をパチクリさせながら私を凝視し、少しの沈黙のあと、戸惑い気味に小さく声を漏らした。
「悪ィ…。今菓子は持ってねぇから、イタズラは困る」
『あははっ。ごめんごめん、今のはハロウィンの時に言う定番の決まり文句みたいなカンジなの!そんな真面目に答えなくていいよ』
真剣に答えてくれる轟くんが可愛くて、思わず笑みがこぼれる。当の本人は何の事か分からず、キョトンとした顔をしていた。
「そうなのか?よく分かんねぇな……」
『それにしてもここの試着コーナー、結構種類が豊富だね?こんな機会じゃないと滅多にこんな場所来ないから…』
その時、私の中でちょっとした好奇心が芽生える。
『……そうだ!せっかくだし轟くんも何か仮装してみようよ!轟くんこう言うの絶対に似合うと思う!』
「いや、俺は……」
『お願いっ!一着でいいから何か着てみて?見てみたい!』
「……まぁ、お前が見てぇなら」
私のお願いに渋々轟くんは頷くと、適当に手に取った黒いマントを肩に羽織る。それはどうやら吸血鬼の仮装だったみたいで、高貴な雰囲気の轟くんに恐ろしい程ピッタリハマる衣装だった。
『わぁ…!すっごい似合ってるよ轟くん!』
「そうか?おかしくねぇか?」
『そんな事ない!めちゃくちゃ雰囲気に合ってるよ!』
さすが轟くん!
やっぱり顔が整ってる人は何着ても様になるんだなぁ…。
「……さっきのセリフ、トリックオアトリート……だっけか?」
『そうそう、合ってるよ!』
「トリックオアトリート。お菓子はあるか?」
おっ。轟くん意外とノリノリだ!
"お菓子" だって!言い方かわいい!
『あはは、ごめんなさーい。持ってないです~』
「じゃあーーー…イタズラ、していいか?」
『ーーーッ!!?』
ーーー合ってるけど……何か違うッ!!
何で轟くんが言うとこんなにドキドキしちゃうのッ⁉
言い方⁉言い方の問題なの⁉
「……なぁ、イタズラって何すれば良いんだ?」
『へっ⁉ な、なな何だろうね⁉ 全然分かんないや!!』
純粋な轟くんの質問も何だか恥ずかしくなって、私は大袈裟に答えながら被っていた魔女の帽子とマントを取る。ついでに轟くんの羽織っていたマントも勝手に取り上げた。
『もうお店出よっ!ここには私が探してた衣装ないみたい!』
「ん?まだ全部見てねぇぞ。いいのか?」
『いいよ、行こう!』
「あ…」
早くこの場を離れたかった私は半ば強引に轟くんをお店の外へ連れ出した。しばらく歩いていると少し冷静になり、ドキドキも徐々に収まってくる。
ちょっと轟くんを感情で振り回してしまったかもしれない。少し反省して、私は隣を歩く轟くんへ振り向いた。
『さっきは……急にごめんね?』
「いや、それは良いんだが……手」
『手…?』
轟くんが見つめる先に目をやると、さっき連れ出そうとした時に轟くんの手を掴んだままの状態だったらしく、しっかりと手が握られていた。どうやら無意識にずっと手を繋いだまま歩いていたらしい。
それに気付いた瞬間、ぼんっ!と顔から火が出る勢いで熱くなる。落ち着きを取り戻した心臓がまた激しく動き出した。
『わぁあっ⁉ ご、ごめっーー……⁉』
慌てて手を振り解こうとすると、それを阻む様に轟くんの手が私と離れないようにギュッ、ときつく握られる。
「離すな」
『ーーーえっ…?』
「俺は、このままでいいから」
『ーーーっ…』
嬉しそうに目を細めながら優しい声で囁かれると、もう断ることなんて出来なくて……。口を結ぶと、それ以上何も言えなくなってしまった。
言葉の代わりにコクリと小さく頷くと、「行こう」と言って今度は轟くんに優しく手を引かれて歩き出す。
必然と私の視線は私に重なる轟くんの手に釘付けになっていた。
私よりも少し大きい轟くんの手。
ちょっと骨ばった男の人の手。
けれど触れる手の温もりはあたたかくて、その熱が緊張と同時に何だか安らぎを与えてくれる。
その感覚が幸せで、自然と頬が
ーーーずっと、このままでいたいな…。
そんな感情が溢れ出し、慌てて自分の思いを消し去る。
それじゃあ切島くん達が困っちゃう。
早く見つけてあげなくちゃダメ…だよね?
「……オイ、いつ声掛けるよ?切島、お前行ってくれ」
「俺かよっ⁉ 無理だろ!あんな2人の世界を邪魔するようなマネ、漢らしくねぇぜ!瀬呂なら自然に行けるだろ?」
「俺だって無理だっつーの!……ったく、あの2人あれで付き合ってないとかマジなの?あんなんさ、どっからどう見てもーーー "恋人同士" じゃん?」
君とずっと、こうしていたい おわり