第8話
お名前は?
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『心操くんの指導……何かスパルタそうだな…』
教えてもらう立場だけど、よくよく考えるとかなりキツそうだなと少し怯えながら、下校するため昇降口へと向かう。
外は未だに雨が降り続いていた。
『よく降る雨だなぁ…』
『あれ?……この辺りにしまっておいたハズだけど…』
朝に傘立て置き場にしまっておいたビニール傘の姿が見当たらない。
他の場所を探してみても、それらしき物はどこにも見つからなかった。
まさか……盗まれたッ⁉︎
……な訳ないか。
今日は朝から雨だったし、みんな傘持ってきてるはずだよね。きっと自分の傘と間違えて持って行かれたんだ。
仮にもヒーロー学校なんだから、そこで盗みを働く人がいるとは思いたくない…。
『はぁ……ついてないな』
「……名前?」
下駄箱で外を眺めながらどうしようか佇んでいると、後ろから聴き慣れた声で名前を呼ばれ、振り返る。
『……轟…くん…』
確認しなくても分かっていた。
心配した様子で轟くんは私に近付いて来る。
「どうした?傘ねぇのか?」
『う、うん…。間違えて誰かが持って行っちゃったみたいで…』
「困るな、それ」
『うん…困っちゃうよ本当…』
だって、こんな事言えば
轟くんは優しいから…きっとーー。
「なら、入ってけ。家まで送る」
ほら…。
こうやって私に優しくしてくれる…。
『……いいの?』
「いいに決まってんだろ。そのままで帰ったら風邪引くぞ」
『……うん、ありがとう…』
轟くんは優しいから私は素直に甘えてしまう。
本当は前を向こうとしている轟くんを引き止めるような行為、したくないんだけど、でも…!
やっぱり、このまま私の事を忘れて欲しくないと思ってしまった…。
私は轟くんの傘に入れてもらい、自分の家へと向かう。
相合傘という甘い演出も虚しく、道中は何故かずっと無言で、轟くんも積極的に話し掛けてくる事もなくて、始終雨が傘に当たって弾ける音だけが、やけに耳に響いていた。
ーーー✴︎✴︎✴︎
『ありがとう、轟くん。もうこの辺で大丈夫だよ』
「……いいのか、ここで」
『うん、後は屋根ある所通って行くから平気だよ。送ってくれてありがとう』
「そうか…」
家の近所まで送ってもらい、お礼を言って傘から離れようとすると、轟くんが私の手首を掴み、グイッとまた傘の中に引き込まれた。
『ーーえっ…?』
驚いて轟くんの顔を見る。
傘の下にいるせいで、いつもより近い轟くんの真剣な表情にドキリと心臓が跳ねた。
「……何で、そんな泣きそうな顔してんだ?」
『…!』
「俺、何かしたか?」
『……何もしてないよ。手、離して轟くん』
「離さねぇ」
さっきよりギュッとキツく手首を握られる。
絶対に何を言っても離さないという、轟くんの強い意志が感じ取れた。
『…っ、お願い…離して轟くん…!』
「ダメだ。離して欲しいなら、その理由を教えてくれ」
『ーーっ…!』
そんなの、ずるいよ…。
せっかく過去を乗り越えようとしてる轟くんがいるのに、そんな風に言われたら私、また…。
『ーー忘れないで……』
「…えっ…?」
ダメだ…。
もう、止まりそうにない…。
『轟くんを困らせるのは分かってる……けど、過去を忘れてしまう事で、今まで一緒に過ごしてた時間まで無くなっちゃうのは嫌だから…!私はこれからも、轟くんと一緒の時間を過ごしたい!だから、私のこと忘れないで欲しい!』
「……名前…?」
戸惑った様な轟くんの顔が、私を見つめる。
あぁ…困らせてるな、轟くんのこと。
ごめんなさい轟くん…。
最初私が轟くんの事勝手に忘れておいて、私を忘れようとする轟くんの事はこうやって引き止めて…。
最低だ、私…!
「……何か、勘違いしてねぇか?」
『……えっ…?』
予想外の言葉に、私は戸惑いながら轟くんを見つめる。
轟くんも、珍しく困った様な顔をしていて、かなり言いにくそうに口を開いた。
「俺、名前の事を忘れるとは一言も言ってねぇ…」
『…………えっ?』
一瞬、言われた意味が分からなくて思考が停止する。
忘れるって言ってない…?
あれ?言ってない⁉︎
グルグルと頭の中でその言葉が回る。
そして公園で話した言葉をハッと思い出した。
『で、でも轟くん…なりたいヒーロー像のために清算するって…過去を決別するって……俺も忘れるから、って言ってたよ!』
「あれは意味が違う。決別ってのは、いつまでも過去に囚われ続けてる自分との決別って意味だ。名前の事を忘れるって意味じゃねえぞ?」
『そ、そうだったの…?』
えっ…。
じゃあこれってつまり…私の、早とちり⁉︎
『ご、ごめん轟くん!私、凄い勘違いを…!』
「俺は、これからもずっと名前が好きだ」
『ーー!!』
「その気持ちは揺るがねぇ…絶対に」
『……轟くん…』
真っ直ぐに私を見据える轟くんの瞳に、何故かとても心が満たされた。
ドキドキ鳴る心臓の鼓動も、何故か今は心地良い…。
この感覚は、一体……。
「安心したか…?」
『…っ!』
轟くんの手が、私の頭をクシャリと撫でる。
轟くんの眼差しも、声も、頭を撫でる手の感触も、全部が優しくて、心臓が握り潰されたみたいにギュウっと締め付けられる。
『…っ、…あっ…』
何か言わなきゃと思うのに、出てくる言葉は全く意味のない言葉ばかり。
鯉みたいにパクパクしていた私を見兼ねて、轟くんはクスリと笑うと私の頭から手を下ろした。
「…風邪引くぞ。早く帰った方が良い」
『ーー!、う、うん…』
「……またな」
優しく微笑みながらそう言って、轟くんは私に背を向けて歩いて行く。
…あれ?
おかしいな…。
いつもは段々胸の鼓動、落ち着いてくるのにーー。
この時は何故か、いつまで経っても鳴り止むことはなかった…。
第8話 おわり