第5話
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俺はいつもより声のトーンを落としながら静かに呟く。
「……いいぜ?そんなに触りたけりゃ触れよ。ーーただし、その後は何かあっても知らねぇからな…」
『……な、何かって…?』
恐る恐る答える苗字に、俺は目を細める。
「言ってる意味……分かるよな?」
『……っ…』
苗字は押し黙ると、何かを納得するようにコクコクと頷く。それを見てようやく理解したかと思っていると、苗字はぶつぶつ小さな声で呟き出した。
『そっか……うん、そうだよね…。ありがとう、心操くん』
「?」
ありがとうって言葉に違和感を感じ眉を潜めると、苗字は信じられない言葉を口にする。
『私が無防備だから気を付けろって言う忠告だよね?
……でも、私は心操くんがそんな事する人じゃないって知ってるから大丈夫だよ!』
……は?
それはつまり、俺を男として全然意識してねぇって言いたいのか?
……何だよそれ。
俺ばっかり1人浮ついて、バカみてぇじゃねぇか…!!
「ーーだったら、試してみるか…?」
『……えっ?』
俺を
そんな事には構わず、俺は立ち上がると苗字の側に近付いた。
『し、心操…くん…?』
ビクビクしながら俺から距離を取ろうとする苗字を、壁際へと追い込んでいく。
「逃げるなよ…。お前は俺が何もしないと思ってるんだろ…?」
『……う、ん…』
明らかにさっきとは雰囲気が違う俺を見てビビッて逃げてんのに、まだそんな事を言う苗字が少し…憎い。
「だったら、お前に何もしないかどうか……その目で確かめろよ」
『……ちょ、心操くーー』
伸ばした俺の手を避けようと苗字が一歩下がった瞬間、後ろにあった棚に体をぶつけ、棚に飾ってあった何かがパタリと俺の足元に倒れた。
『あっ……』
「…?」
倒れたそれに目をやると、どうやら写真立てだったらしく、幼い苗字とその両親が仲睦まじそうに写っていた。
苗字は慌てた様子でそれを拾い上げると、大切そうに胸の中に抱きしめる。
「……ずいぶん、昔の写真だな」
『…………写真は、昔のしか…ないから…』
「……何で」
少し気が削がれた俺は、特に意味もなくそう聞いた。
すると苗字は少し切なそうな顔をして目を伏せ、消え入りそうな声で呟く。
『ーーーうちの両親、私が小さい頃に亡くなったの』
「ーー!!」
衝撃の一言に、俺は絶句した。
……親御さんがいないって…本当にそういう意味だったのか…。
「……悪い、
『大丈夫。知らなくて当然だから…』
気まずい空気がその場に漂った。
ーーー何やってんだ…俺は…。
正気を取り戻した俺は、先程まで自分がやらかそうとしていた行動に、ただただ罪悪感を募らせる。
暫く重たい沈黙が続くと、苗字はポツリポツリと話し始めた。
『……今ある命を大事にしなきゃって思う。残された人の気持ちが分かるから……。だから私は、救える命があるなら絶対に守りたいって思うんだ』
そう言うと、苗字は俺を見つめ、困った様な笑みを浮かべる。
『なんて…。立派な事言って……本当は救えなかった時に自分が傷付くのが怖いだけなんだよね…』
ははっと空笑いをする苗字に、何を言えばいいのか迷ったが、これだけは言えるーー…。
「それでも充分…立派な理由だろ」
『……ありがとう』
苗字は一瞬ハッとしたように俺を見ると、少し憂いを帯びた眼差しでそう言い、窓の外に視線を向けた。
『ーーー雨、止んだね……』
あの後すぐにアパートを出て行った俺は、帰路へとついていた。
最後はどことなく後味の悪い別れになってしまった。
「……クソッ!」
自分の意思の弱さに怒りや、やるせ無さを感じて拳をキツく握り締める。
あんな自分の感情だけを押し付けるやり方なんて、卑怯だよな…。
これじゃ、轟にもエラそーな事言えねぇよ。
自分で自分に嫌気を差しながら、俺は苦い想いを抱えたまま重い足取りで帰宅した。