第22話
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ーーーそして迎えた次の日の休日。
『……結局、何も決まらなかった……』
私は住み慣れた街並みをトボトボ彷徨い歩きながら、目的地を探していた。
取り合えず、散歩しながらその時の気分に任せようって思ってたんだけど……目ぼしい場所が思いつかない!
せっかくリカバリガールが貴重な外出許可を取ってくれたのに……このまま当てもなく1日が終わりそう……。
『あぁ、でも……この道歩くの久しぶりだなぁ』
寮生活が始まる前は、毎日この道を通いながらアパートと雄英を往復していた。そして同時に、幼い頃に住んでいた場所でもある。
もうその当時の家はなくなってしまったけれど……この街並みや風景は、いつまでも変わらずにいてくれる。それが少し嬉しくもあった。
しばらく昔の思い出に浸りながら歩いていると、目の前に広がる光景に思わず足を止めてしまった。
『なんで……ここに来ちゃうかなぁ……』
思わず苦笑しながらそう言ってしまったのは、いつも無意識の内に向かってしまうーー…この公園のせいだ。
昔を懐かしむ内に、自然とこの場所に惹きつけられてしまったんだろうか。
そう……。
幼い私と轟くんが初めて出会った……思い出の場所に。
『こんな時まで、轟くんを思い出しちゃうなんて……』
言いながら公園の敷地内に入ると、大きな桜の木の下にあるベンチが見えた。と言っても、今は冬なので桜の花びらはとうに散り、今は枯れ枝だけになっている。桜が満開だった頃の姿と比べて、何とも寂し気だ。
『そういえば、引っ越して来た初日に、ここの桜の木の下で出会ったんだっけ……』
ブランコに乗って遊んでた私を、轟くんはここのベンチに座ってずっと見てたんだよね…?
うぅっ…、今考えてもやっぱり恥ずかしい…!
いつからここにいたんだろう……?
「多分、特別…なんだろうな。俺たちが出会ったのもこの公園だった。ここは色んな思い出が詰まってる……だから、どんなに辛い事があっても、ここに来るとお前と繋がれてる気がして、落ち着くんだ」
いつか2人でベンチに座って話していた頃の記憶が色鮮やかによみがえってくる。低く優しい声でそう語った轟くんは、憂いを帯びた眼差しで、私に優しく微笑みかけてくれていた。
そうだ…。
轟くんは、ずっとここにいてくれたんだ。
私が引っ越した後も、事故で記憶を失って轟くんの存在が消えてしまっていた間も、ずっとこの思い出の場所で私を想い続けてくれていたのにーー……。
『……ほんと……私って、酷いよね……』
なんて残酷な事をしてしまったんだろう。
ずっと想ってくれていたのに、その人を前にして覚えてないだなんて。
一番辛いことなのに……轟くんは、一度も私を責めた事なんてなかった。いつも優しく私を受け止めてくれて、必死に私を守ろうとしてくれた。
……でも、今は私を遠ざけようとしている。
分かってる。
理由なんて明白だ。
そんな優しい轟くんだからこそ、自分の手で傷つけてしまった事に酷く罪悪感を
だからこそ、証明してあげないと。
轟くんの炎で傷ついた訳じゃないって。
私は、轟くんの炎は平気なんだって。
でも、どうやって…?
どうすればそれを証明できるの……?
今の轟くんは、きっと今までの比じゃない程に、私に対して拒絶感を抱いてる……。
また元の関係に戻るのは容易な事じゃない。
話し合って仲直りすれば良いとか、そんな単純な事でもない。
『……一体、どうすればーー』
「だって君は逃げないから。どんなに苦しい状況に置かれても、どれだけ自分が傷付いても、君は必ず乗り越えて行こうとする。……そうでしょ?」
『ーー…!』
頭の中で、数日前に話した骨抜くんの言葉がフラッシュバックした。
「君は優しくて、勇敢で、責任能力の高い人だ。周りの状況をよく見て、今なにをすべきかちゃんと見えてるし、行動も出来る。だからこの状況もきっといい方向に向かってくはずだよ。気に病む事ないって!」
『ーー…っ、…うん…っ!』
あの日言ってもらった言葉に改めて勇気をもらい、思わず溢れ出た感情が声に出ていた。
ーーーそうだ。
ーーーきっとそれは、言葉じゃない。
『私自身で……証明しなきゃ…!』
見上げた先にあったのは、桜の木の枝先にある硬く小さな蕾。来年のあたたかな春が来るのを信じて、じっと寒い冬を耐え忍んでいた。
この辛い今を乗り越えれば、その先にはきっとーー…希望の春が訪れる。
『来年の春、必ず2人でここに戻って来るから…っ!』
そう自分を
ーーー✴︎✴︎✴︎
しばらくして公園を出た後、なんとなく住んでいたアパートに寄りたくなって歩を進めていると、道中に見覚えのある路地裏が視界に映った。
『あの路地裏は……』
体育祭前の自主練中に、心操くんと野良猫に出会った場所だ。
母猫と子猫たちがいて、心操くんがそのお世話をしていたんだっけ。
懐かしいな。みんな元気かな?
あれから随分会ってないけど、まだみんないるのかな?
すると、路地裏の方から猫の鳴き声のようなものが聞こえた。私はまさか、と思いつつもその声に引き寄せられるように路地裏へと歩を進めて行く。
少しの期待を胸に抱きながら、そっと路地裏を覗き込んだ。
『……あれっ?いない……』
覗き込んだ先には、ガランとした細い通り道が続いてるだけで、猫の姿はどこにも見当たらなかった。
『気のせいだったのかな?確かに猫のーー』
「ニャン」
『そうそう、確かこんな声がーー……って、えぇッ⁉』
頭上から降り注いだ声に顔を上げると、屋根の上にあの時の母猫がのんびりした表情でこっちを見下ろしていた。まさか本当にいるとは思わず、しばらく開いた口が塞がらなかった。
そんな私の様子を上から優雅に眺めていた母猫は、ぐーんと気持ちよさそうに伸びをすると、障害物を足場にしながらピョンピョンと軽やかに飛び降りて、私の足元にすり寄って来た。
『わぁ…!私の事覚えててくれたの?久しぶりだねぇ~!』
相変わらず人懐っこい母猫の喉元を優しく撫でると、ゴロゴロと気持ちよさそうに目を閉じてくれた。そんな元気そうな母猫の姿に嬉しさがこみ上げ、思わず笑みがこぼれる。
『よしよーし、会えて嬉しいよ!……あれ?そういえば子猫たちはどこ行ったの?』
「ニャンッ」
『そっかそっか。みんな自立していったんだね。良かった……。頑張ったんだね、えらいぞぉ~!』
傍から見たら猫と会話してる怪しい人だし、もちろん猫語が分かる訳ではないけれど……なんとなく、そう言ってるように聞こえた。
『……あの時、あなたを助けられて、本当に良かった……』
小さく安堵しながらそう呟くと、それまで大人しく撫でられていた母猫は、突然何かを見つけたように顔を上げた。
「ニャン!」
『あっ!待って、どこにーーー』
何かを追うように私の横をサッと通り過ぎるので、驚いて声を上げながら後ろを振り返ると、その先にいる誰かの足元に母猫は親し気にすり寄っていた。
誰だろうとその人の顔を見上げた瞬間、思わず息が止まった……。