第22話
お名前は?
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「……おや?珍しいね、アンタからここへ来るなんて。一体どうしたんだい?」
保健室の扉を開けると、デスクに座っていたリカバリーガールが少し驚いた様子でくるりと椅子を回しながら、私に体を向けた。
どうしよう……。
13号先生に言われるがまま勢いでここまで来ちゃったけど、私がいつもの調子じゃない理由なんて分かりきってる事なのに。
リカバリガールに今更何を診てもらえと…?
「……どうしたんだい、何も言わずにそんなとこに突っ立ったまま」
『あ、わ、私……ごめんなさいっ!やっぱり何でもないです…!』
「待ちな!」
背を向けて扉に手を掛ける私に向かって、リカバリガールは逃さないとでも言うように強く私を呼び止めた。
私は肩をビクつかせながら振り返ると、声色とは裏腹に、リカバリガールは柔和な笑みを浮かべていた。
「せっかくアンタから来てくれたんだ。少し、話相手になってくれないかい?」
『……え?』
「別に急いでた訳じゃないんだろ?アンタとは一度腰を据えてゆっくり話そうと思ってたんだよ。ほら、こっちに来な」
『は、はい…』
「ここに座りんさい」
促されるままリカバリーガールの目の前にあるパイプ椅子に腰掛けると、リカバリーガールは私の手を取って、その手のひらの上にペッツをポイポイ、と二粒乗せてくれた。
『ありがとう、ございます……』
軽く頭を下げると、そっと指先で摘まんだそれをゆっくり口に含む。
甘くて、優しい味がした。
『……美味しいです』
「そりゃ良かった。疲労回復にバツグンだからね。まぁ、アンタの個性ならこう言った物も本来必要ないんだろうけど」
『……』
リカバリーガールは私が何も言わないのを見て、少し心配そうな表情を見せる。きっと全てお見通しなんだ。
修復の個性を持つ私は、保健室を使う必要なんてないんだから。
「……まぁ、言いたくない事なら無理には聞かないよ。少し落ち着くまでここにいな。誰にでも悩みはあるだろうさ」
『……』
「けど、それで溜め込んだまま潰れるのだけはやめとくれよ。特に、アンタはね」
『ーー…!』
やけに語気を強調され、思わず伏せていた顔を上げる。
リカバリーガールの眉間には少しだけしわが寄せられていた。
「アンタの話は教師の間でも度々持ち上がるよ。良い意味でも、もちろん悪い意味でもね」
『……えっ?』
「……アンタは努力家だよ。目標のためにがむしゃらに頑張れる。それに、誰かを助けるためなら自分が傷ついてでも必死に手を差し伸べようとする。正にヒーローとしては申し分ないくらいだよ」
その言い方はどこか聞き覚えがある。
………あぁ、そうだ。
確か相澤先生が一度うちのアパートに来てくれた時に、今のと同じような事を言われたんだったっけ。
「けど、そういった子たちは決まって自分が苦しい時、誰かに助けを求めようとはしない。してはいけないと思ってる。自分の中に押し留めて、何でもないように気丈に振る舞うんだ」
『……そう、かもしれません』
もう、ずっと昔からそうだった。
早くに両親を亡くした私は、誰も頼ったり甘えたりする大人がいなくて、必然的に我慢を覚えた。おばあちゃんはいたけど、それでもいつも必死にお世話してくれる姿を見て、迷惑はかけれないって……本当の意味で甘える事は出来なかった。
ただ心配させないように、大丈夫だよって、いつも笑っていた。
「でも、それはいつか溢れてしまうよ。どっかの校訓みたいに何でも限界を超えりゃ良いって訳じゃない。そうやって限界を超えて壊れそうになる子を何人も見てきた。アンタにはそうなって欲しくないんだよ」
優しく諭すようにリカバリーガールは私を見つめてくる。その向けられる眼差しや雰囲気から、聖母のようなあたたかさを感じて、少し胸が熱くなった。
『……あのっ、私……』
「なんだい?」
声に詰まる私を、リカバリガールは優しく受け止めてくれる。
それに
『えっと、その……心を休ませたい時って、具体的に何をすれば良いか……分からなくて』
「……残念ながら、私の治癒じゃアンタの心までは治せない」
『そうですよね……』
「アンタに今必要なのは、休息だよ。少し外の空気に触れてみたらどうだい?ただ街中を散歩するだけでも気分が晴れる事もある。ちょうどいい、明日の休日どこか好きな場所にでも出掛けな。外出許可書は私が出しといてあげるから」
『えっ、良いんですか⁉』
「もちろんさね。今のアンタには、きっとそれが一番の治療薬になるよ」
『ありがとうございます…!』
「うん、やっぱりアンタに暗い顔は似合わないね」
椅子から立ち上がって頭を下げる私を見て、リカバリガールはそう言って優しく笑ってくれた。
それから少し雑談をして、だいぶ気持ちが楽になった私は保健室を出て行こうとした。お礼を言って扉に手をかけようとした時、リカバリガールは忠告するよう言い放った。
「それから、最後に一つだけ」
『…はい?』
「訓練に励むのも良いが、あまり無理するんじゃないよ。特に個性の使い方だけにはくれぐれも注意しな。アンタの命に関わる事なんだからね」
『……ありがとうございます。でも、大丈夫です。相澤先生にも再三言われてるので』
「そうかい。余計な心配だったね」
『心配していただいてありがとうございます。では、失礼します』
私はもう一度軽く頭を下げると、保健室を後にした。
そうだった…。
一瞬驚いて固まっちゃったけど、リカバリガールは私の個性の秘密を知っている数少ない理解者だ。他に知ってるのは相澤先生だけ……いや、もしかしたら教師陣の人はみんな知ってるの…?
でも13号先生は知らなそうだったしーー…んっ?
ふと、誰かの気配を感じて顔を上げた。
しかし、まだ授業中もあってか、私以外に誰も廊下を行き交う生徒の姿はない。
『気のせいか……』
なんとなく誰かの視線を感じたんだけど……まぁ、いいや。こんな話、誰かに聞かれる方がまずい。
取り合えず、今日は一旦寮に戻って休もう。
明日はどこに出掛けようかなぁ……。
頭の中で色々な場所に出掛ける自分を想像しながら、この日は大人しく寮へと足を運んだ。