第22話
お名前は?
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『……頭、痛い…』
あれから一体、どれだけ泣いたんだろう。
いつの間にか気を失ったように眠り、意識が戻った頃にはほのかに空は白んでいて、閉じていたカーテン越しに薄暗い光が透けて見えた。
もう、朝なんだ…。
……嫌だな……起きたくない……。
願うなら、今日なんて来て欲しくなかったし、ずっと目覚めないままで良かった。
だって、目覚めた所でそこには残酷な現実が待っているだけ。そこから目を背ける事は出来ないんだから。
しばらくそのまま呆然と虚空を見つめていると、昨日の出来事が嫌でも鮮明によみがえってきて、圧迫感でまた胸が苦しくなった。
『……っ、…ダメだ……』
普段なら目が覚めたらすぐにランニングの準備に取り掛かるのに、今はどうしても起き上がる気になれなくて、私は無理やり目を閉じ、布団を引っ張って頭まで被せた。そのまま膝を抱え込むように体を小さく縮める。もう現実逃避だ。
……今日の訓練、休みたい……。
今日も13号先生の救助訓練が待っている。
でもこんなメンタルじゃとてもじゃないけど出来そうにない。今日1日くらい休んでもいいよね。仕方ないよね…?
そう必死に自分に言い聞かせながら数分閉じこもっていたけれど、結局それもまた耐え切れなくなって、私はゆっくり布団から起き上がった。
……無理だ。
こんな私情で大切な訓練を休めないよ……。
これが普通の学校ならまだ気軽に休めたのだろうけど、ここは雄英だ。将来プロヒーローになって民間人を救うべき立場の人間が、こんな個人的な感情でサボる事なんて許されるはずがない。
重たい腰を上げながら、つくづく生真面目な自分に嫌気がさした。
ーーーガチャ…
『…?』
気乗りしないまま準備を終えて部屋の扉を開けると、扉の横の壁に立て掛けるようにして何かが置かれていた。
何だろうと目をやると、それは見覚えのある包装紙で包まれた……昨日轟くんに渡すはずだったプレゼント。
『なんでっ、ここに……』
言ってから昨日の映像が断片的によみがえる。
轟くんに拒絶されて、心操くんの告白を断った後……いたたまれなくて無我夢中でその場から逃げ出した。その時、轟くんのプレゼントは確か地面に落ちたままで、拾い上げる余裕すらなかった。
それじゃあ、これは心操くんがーー…。
私はしゃがんで、そっと置かれていたプレゼントを手に取る。かわいくラッピングされた包装紙は、少しだけクシャリと握った跡が残されていた。
一体、どんな気持ちでこれを私に……。
『……っ、』
彼の気持ちを想像して、またズキンと胸が痛んだ。
今日の訓練……。
私、どんな顔して会えばいいのーー…?
ーーー✴︎✴︎✴︎
「では、今日は実際に敵が襲撃して来た場面を想定しながら訓練をしてみましょう!今回僕は敵役として民間人を襲撃するので、君たちヒーロー側は速やかに民間人の救出を優先しながら、僕を確保または行動不能にして下さい!」
「民間人役は誰がやるんですか?」
「それはですねー……ハイ!こちらを使います!」
「……見覚えありますね。そのダミー人形」
「おや?そうでしたか!では話は早いですね。今回僕はこのダミー人形を人質に取るので、君たちは作戦を練って僕を………苗字さん?どうしましたか?」
『……えっ、』
「先程からずっと顔色が優れませんよ?どこか具合でも悪いですか?」
13号先生が首を傾げながら心配そうな声色で私を見つめて来る。
私はハッ、として慌てて背筋を伸ばした。
『す、すみませんっ!大丈夫です!』
「そうですか…?大事な訓練なので、体調が優れない時はすぐに言って下さいね?」
『はい……すみません』
「………」
間違いなく集中出来ていなかった私が悪いのに、優しく気にかけてくれる13号先生の言葉に罪悪感が
そして同時に不甲斐ない自分が嫌になった。
何やってんだろう、私……。
大事な訓練の最中だって言うのに、心操くんがあまりにも普段と変わらない様子だから……動揺、してしまった……。
恐る恐る隣にいる心操くんに視線を向けると、私の視線に気付いたのか、心操くんの三白眼の瞳がゆっくり私を捕らえる。
見ていた事がバレたのが恥ずかしくて、私は慌てて顔を逸らして俯いた。
どうしよう…!
心操くんの顔、まともに見れない…!
「苗字」
『ーーっ…!!』
もう、何度も呼ばれ慣れている名前のはずなのに、こんなに心臓が口から飛び出そうになったのは生まれて初めてだ。
『なっ、なに……?』
動揺しながら心操くんに顔を向けると、そんな私とは正反対の様子で、心操くんは落ち着いた口調で口を開く。
「……作戦会議」
『えっ…?』
「さっき13号先生が言ってたろ。民間人の救助を優先しながら13号先生を確保するか、行動不能にしろって。どうやって攻めるか作戦練りたいんだけど」
『あっ…、そうだったね……ごめん』
落ち着け私…!
訓練に私情を持ち込むな!
集中!ちゃんと集中して…!
『……えっと…、作戦……作戦だよね?』
「………」
……あ、あれ?
私、普段どんな風に心操くんと話してたっけ……?
『どうしよう…、えっと……』
「……無理するな」
『ーー…えっ?』
小さく私にだけ聞こえる声でそう呟いた心操くんは、13号先生へと向き直る。
「13号先生、やっぱり苗字の調子が悪いみたいなので、今日の訓練は休ませた方が良いと思います」
『…えっ⁉』
「やはりそうでしたか、分かりました。では、今日の訓練は一旦中断して……」
『だ、大丈夫ですッ!私のせいで迷惑はーー』
「苗字さん」
『…!』
私を呼び止める13号先生の口調は優しいのに、何故かその一言だけで、もうそれ以上言わなくていいよと
「やる気があるのは良い事ですが、気張り過ぎて空回りしていては意味がないですよ?君は良く頑張っています。今日くらいは自分を
『ーー!、……はい。……ありがとうございます』
13号先生からこんな風に言われたら、それ以上私が言える事はもう何もない。それに、自分でも自覚するくらい今日の私はダメダメで……このまま無理した所で、逆に2人に迷惑をかけてしまう。
そう思った私は素直に言葉を受け取り、頭を下げた。
「では、今日の訓練は中断します。ヒーローにも休息は必要ですからね。苗字さんは今日ゆっくり休んで、体調を万全に整えてからまた始めましょう!」
『すみません、ありがとうございました』
「それじゃあ、苗字さんはこのままリカバリガールの所へ行って、一度体調を診てもらって下さい。心操くん、苗字さんを保健室まで一緒に連れて行ってもらえませんか?」
「分かりまーー」
『大丈夫ですッ!!1人で行けるので気にしないで下さい!』
「………」
「本当に大丈夫ですか?無理してませんか?」
『はい!心配かけてすみません、すぐに行って来ます!』
「急がなくていいですよー!お大事にして下さいねー!」
13号先生の気遣う声に軽く会釈して、私はその場から逃げるようにして走り去る。
背を向けていたから姿なんて見えないのに、それでも心操くんの視線を痛いほど背中に感じた。
あからさまに心操くんを避けてしまってる……。
きっと傷付けてる。
これ以上、傷付けたくなんかないのに。
分かってるのに……。
でも、どう接すればいいか分からないよ…!
ズキズキと痛む胸元の服をギュッと握り締めながら、私は無我夢中で保健室へと駆け出した。