第21話
お名前は?
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「ーー……また、傷つけられたのか」
『…!!』
背後から突然声が聞こえて振り返れば、そこには予想だにしていなかった人物が立っていた。
『心操くん…⁉ 何でっ……』
「人混みに酔ったから、少しだけ外の空気を吸おうと思ったらお前達が来たんだよ。別に盗み聞きしたくてここにいた訳じゃない」
動揺する私とは対照的に心操くんは淡々と答えると、少し沈黙して私の顔をじっと見つめて来る。外灯に照らされて浮かび上がるその顔は、どこか渋い表情をしていた。
……ずっとそこにいたと言う事は、きっと全部見られていた訳で……私は自分が惨めで情けなくなり、そんな姿を心操くんに見られたくなくて、慌てて背中を向けた。
『ご、ごめんね…?変な所見せちゃって…、もう、大丈夫だから…!』
「……とても大丈夫そうには見えなかったけどな。無理して強がる必要ないだろ」
『……別に、強がってなんか……本当に、大丈夫だからーー』
「見え透いた虚勢だな。……本当は全然大丈夫なんかじゃないだろ。自分で言ってて苦しくないのか?」
『……っ、…』
やめて。
お願いだから私に構わないで。
これ以上、私に惨めな思いをさせないでよ…!
「なぁ……本当の事を言えよ、苗字。お前今……辛くてたまらないんじゃないのか?」
『……もう、やめてっ!』
遠ざけたいのに、追及をやめてくれない心操くんに耐え切れなくなって、ボロボロこぼれ落ちる涙を手の甲で拭いながら泣き叫ぶ。
『……もう、私のことは……放っておいてよ…っ!こんなっ…、こんな姿……心操くんに見られたくないよ……!』
「ーーッ、」
塞がった視界の中で、背後から近付いて来る心操くんの気配と同時に、ふいに肩を強引に抱き寄せられる感覚と、後頭部に触れるあたたかい手の感触。
気付いた瞬間には、私は心操くんの胸に埋もれる様にして力強く抱き締められていた。
「お前がそんな顔してるから…っ、俺はお前を諦めきれないんだろッ!」
『心…操…くん?』
悲痛な叫び声が耳元で響く。
私は突然の状況に頭が追い付かないまま、心操くんの腕の中でただされるがままになっていた。
遠くの方でクラスメイト達が楽しそうに賑わう声が聞こえてくる。けれどこの場の空間だけは、まるで違う時間を過ごしているかのように、現実世界から切り離されたようだった。
……やがて心操くんは小さく息を吐くと、意を決したように語りだす。
「………お前が傷付いて悲しむ顔を、俺は何度も見て来た。だけど、お前が見てるのはアイツだから……、だから俺は、ずっと気持ちを抑えてたんだ」
切なげな声と共に、少しだけ震えていた心操くんの指先。それを誤魔化す様に、また抱き締める腕に力が籠もると、ハッキリした口調で言い放つ。
「でも、もう無理だ。なぁ苗字、そんなに辛いなら……ーーーもうやめろ」
『……!』
ーーーやめろ…?
ーーーそれは、轟くんを諦めろって事…?
『でもっ……私は…、』
「分かってる……俺がつけいる隙なんてないってことくらい。……それでも俺は、お前を諦めたくないんだ!……頼む、これ以上お前に傷ついて欲しくない。俺なら、苗字にそんな顔させない。絶対に…!」
抱き締められていた力が弱まると、心操くんは私の両肩に手を置き、そのままゆっくり体を引き剝がされる。
見上げた先には、熱の籠もった眼差しで真っすぐに私を見据える心操くんの顔。きっとお互いの瞳の中には自分達しか映っていない。それぐらいの至近距離。
それでも、その瞳に囚われたように、私はそこから目が離せないでいた。
「ーー…好きだ」
『……!』
「ずっと……苗字が好きだった。今さら、簡単に諦めたりなんかできない」
『……わた、し……』
「俺は、アイツにお前を渡したくない。だから、俺を選べ苗字…!アイツの事なんか、忘れさせてやるから…!」
あぁ…。
そうだ……私……。
今まで自分の気持ちに気付かないフリをしていたんだ……。
あの時、合宿で轟くんに言われた言葉……。
誰もいない教室で、私の髪に優しく触れてきた心操くんの手……。
実施試験で、落ちそうになった私を助けてくれた時に言ってくれた心操くんの言葉……。
頭の中で、今までどこか心の奥で引っかかっていた場面がゆっくり思い起こされていく。
本当は、薄々気付いていた。
でも……それを自覚してしまったら、この関係性が崩れてしまいそうな気がして……怖かった。
だからきっと勘違いだって思い込んで、その好意に気付かないように、知らないフリをしてたのは私だ。結果、それが心操くんを傷付ける形になってしまった……。
重たい罪悪感が、胸の中で渦巻く。
『……私はっ、……』
「………」
心操くんはいつも一緒にいてくれた。
苦しい時も、楽しい時も、一番近くで励ましてくれた。
私にとって、間違いなくかけがえのない存在だった。
もし、あのまま轟くんの事を思い出さなければ……。
もし、あの公園で偶然出会わなければ……。
もし、最初から私たちが出会っていなければ……。
ーーー私はきっと、心操くんを好きになっていた。
でも……私達はまた出会ってしまった。
そして思い出してしまった。
ずっと昔から、私は轟くんが大好きだったことを。
それが全て偶然だったとは思えなくてーー…。
もう、この気持ちをなかった事にはできない。
私は轟くんとずっと一緒にいたい。
いなくなった私をずっと思い続けて来てくれた轟くんを、また突き放すことなんて出来ないよ…。
忘れたくなんか、ない…!
どれだけ傷付けられたとしても、私はーーー……あなたの隣で、一緒に未来を歩きたい。
『ーーーごめんなさい』
「……っ、」
『……私、もう轟くんの事を忘れたくないの』
あの後、私は逃げるようにその場から離れてしまった。
寮に戻った時、さっきの2人が私に声をかけようとしてくれていたけど、そんな余裕なんてなくて、何も言えずにそのまま自分の部屋まで走り去ってしまった。
きっと驚かせてしまっただろう。
2人には申し訳ない事をしてしまった。
部屋にたどり着くと、そのままベッドにうつ伏せで倒れこんだ。
枕に顔を押し付けて、こみ上げて来る感情をぶつけるように泣き叫んだ。
声をかき消しながら、体の中にある苦しみや悲しみを全て吐き出すようにたくさん泣いた。
こんな風にがむしゃらに泣きじゃくるなんて、幼少の時以来だ。だけど、どれだけ泣き続けても、悲しみが消え去る事はなかった。
かすかに聞こえる談笑スペースから賑わうクラスメイトたちの声が、まるで自分と不釣り合いで、余計に私の心に虚無感を与える。
クリスマスが、こんな辛い日になるなんて思ってもみなかった。
こんなに、涙が止まらなくなるなんて……こんなに、心が痛いなんて……全部、夢であってほしかった。
今年のクリスマスは皮肉にも、一生忘れる事のない深い傷となって、私の記憶の中に刻まれたーー…。
第21話 おわり