第20話
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「苗字」
『ーー!、心操くんっ…!』
反省会も終わり、無事に終わった事にホッと一息ついていると、後ろから心操くんに呼び止められる。試合前に会ったばかりのはずなのに、何だか彼の声を聞くのは久しぶりのような気がした。
「おつかれ。無事に終わったみたいだな」
『うん、何とか最後はみんなのおかげで勝利出来たよ!』
「……最後のアレ、既視感あったけど」
『えへへ、バレちゃった?実は前に心操くんのトレーニングしてる所を見学した時に、ふと思い付いちゃって』
「見学じゃなくて、勝手に盗み見した時な」
『ごめんってば!私も一度でいいから捕縛布扱ってみたくて…!』
不機嫌そうに呟く心操くんに両手を合わせて平謝りする。そろりと顔を覗き見ると、てっきり怒ってるのかと思ったら、心操くんは何だか穏やかな表情を浮かべていた。
そのまま数秒見つめ合うと、どちらかともなく自然と笑みをこぼす。何だか和やかな空気が2人の間に流れた。
『……ねぇ、心操くん』
「?」
『私達、"あの頃" より強くなれたかな…?』
今まで築き上げたものを確かめるように、そっと心操くんに尋ねてみる。心操くんはじっと私を見つめると、応えるようにゆっくり頷いてくれた。
「……あぁ。少なくとも苗字は強くなったよ。俺が保証する」
『ありがとう。心操くんにそう言ってもらえると心強いよ』
「当然だろ」
『すごい自信過剰…!』
「ずっとお前を見てたから」
『……えっ?』
なぜかその一言は、やけにハッキリ私の耳に残る。
目の前に佇む心操くんは真剣な表情でいて、どこか熱の籠もった眼差しで真っすぐに私を見据えていた。
「苗字を一番近くで見て来たのは……俺だから」
念を押すように心操くんはもう一度同じ言葉を繰り返した。
な、なにっ?この胸のざわめきは…?
心操くんはただ私の成長を認めてるって伝えてくれてるだけなのに…。
なのに……何で私、こんなにドキドキしてるんだろ…?
「ヘイ、心操くん!そろそろA組に吠え面かかせに行こうよ!」
『も、物間くんっ…⁉』
前触れもなく突然私達の間に割り込んで来たのは安定の物間くんだった。彼が乱入した事で、さっきまでの神妙な雰囲気はどこかへフッ飛んで行ってしまった。いつも唐突に現れるな、物間くんは…。
物間くんは流し目で私へと視線を送ると、お得意のニヒルな笑みを浮かべる。
「これはこれは苗字さん、先ほどの戦いもまた素晴らしい健闘だったね。おかげでB組の勝利は消え失せてしまったよ」
『えっ…ご、ごめんね⁉』
こ、これは……嫌味なんだよね?
ヤバイ…!
A組に有利な状況作っちゃったから、絶対内心キレてるよね⁉
焦る私を見て、物間くんはやれやれと肩をすくめた。
「いや、別に君を責めてる訳じゃないさ。確かにB組の勝利は消えたが、僕個人としてはまだ負けた訳じゃないからね。次の対抗戦では必ず僕らが勝利してみせるよ。そうだろ、心操くん?」
「………」
「あれ?聞こえなかったかい?」
「聞こえてる」
「あぁ、良かった。無視されただけか」
無視はいいの物間くんッ⁉
ーーと、内心思ったが、多分普段B組からスルーされるのに慣れているんだろうな。
………何か切なくなってきた。
というか……心操くん、ちょっと不機嫌?
「それじゃあ、僕達は今から作戦会議をするから、悪いけどこの辺で引き取ってもらっていいかい?」
『も、もちろんですッ!』
大事な作戦会議の邪魔をしてはいけないと思い、慌てて2人に背を向ける。
『それじゃあ、次の戦闘訓練頑張ってね!応援してるから!』
「アハハ、もちろんさっ!必ずA組に勝利してみせるよ」
自信満々で答える物間くんの隣で、どこか冷たい目で物間くんを見つめる心操くんに手を振りながらその場を立ち去った。
……心操くん達から離れた後、次のセットが始まるまでの間手持無沙汰になった私はぼーっと辺りを見渡す。
『…あっ…』
その中で自然と視界に入る轟くんの姿。
無意識の内に轟くんを探していたのか、彼の姿はそこだけ切り取られたようにくっきり私の瞳に映り込む。
轟くんは誰とも話さずに少し離れた位置でどこか
『と、轟くん…っ』
「ーー!」
普通を装って声をかけたつもりが、思いのほか緊張して声がうわずってしまった。轟くんも驚いた様子でコチラを振り向くけれど、何故か私を見ると表情を強張らせた。
『あ、急に声かけてごめんね⁉さっきの戦闘のお疲れ様を言いたくて…!』
「……そう、か」
どこか気まずそうに轟くんは私から視線を逸らす。
一瞬違和感を覚えるけど、高まった気持ちは簡単に収まるはずもなく。私はそのまま話を続けた。
『うん…!なんか最後すごかったみたいだね?私気失っちゃって全然覚えてないんだけど、骨抜くんから話は聞いてて』
「………」
『轟くんも気失っちゃったんだよね?大丈夫だった?』
「俺は何とも……けど、お前はーーー」
どこか切なそうに呟く小さな轟くんの声。
聞き取ろうとするけど、言葉の続きは言わずに、轟くんは苦しそうな表情で下唇を噛みしめている。その肩は僅かに震えていた。
『轟くん…?』
「…っ…」
『どうしたの…?どこか気分でもーー』
さすがにいつもと様子が違う轟くんを無視出来なくて顔色を伺おうとすると、それを避けるように轟くんは私に背中を向けた。
「悪ィが、今は1人にしてくれ…」
『えっ…?あっ…』
声を掛ける暇もないまま轟くんは冷たくそう言い残すと、一度も私を振り向かずにそのまま離れて行く。私は状況が理解出来ずにその場で呆然と立ち尽くしていた。
轟くん…。
何で、急にどうして…?
戦闘前までは普通に話してたのに……。
私、何かしたのかな…?
思い当たる節があるか考えていると、ふと保健室で骨抜くんが轟くんの事を気にした様子で話していたのを思い出した。原因があるとすれば、きっとその時だ。
後で骨抜くんに詳しく聞こう…!
そう心の中で誓うと、ブラドキング先生の勇ましい声が響き渡った。
「そろそろ第五セット目を始める!各々準備に取り掛かるように!」
もう最後の訓練か…。
取り合えず今は気持ちを切り替えよう。
心操くんを応援しなきゃ…!
無理やり気持ちを切り替え、嫌な事は考えないようにした。
大丈夫、大したことはない。きっとすぐに元の状態に戻るからーー。
そう必死に自分に言い聞かせながら……。