第20話
お名前は?
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2人でしばらく後を追い続けていると、視線の先に空中に浮かぶ物体を発見した。遠目からでもそれが取蔭さんの本体だと認識するのに、そう時間はかからなかった。
『居た!あそこ…っ!』
「みぃーっけ!」
ようやく見つけた本体だけど、闇雲に突っ込んでいっても空中では簡単に逃げられるだけだ。そのまま2人で見つからないように物陰に隠れてそっと様子を伺う。
このまま手榴弾でダメージを与えた隙にーー……
ーーボォンッ!!
『あっ…』
「クソッ、
取蔭さんの本体にパーツがもう少しで戻ろうとした時、先に手榴弾の存在に気付いた取蔭さんが、慌てた様子でその場から距離を取る。誰もいない空間で、手榴弾の爆発だけが虚しく鳴り響いた。
『あー、惜しい!もうちょいだったのに…!』
「くっそー…俺が捕まえようにも、どうせすぐバラされて逃げられるだろうしな……」
悔しそうに瀬呂くんが呟く。
取蔭さんは周りを警戒した様子でどんどんその場から離れて行く。このまま逃してしまっては、次に仕掛ける時に更に警戒されて隙が突けなくなってしまう。
せっかく見つけ出せたのに、このまま何もせずに取り逃がしたくない!
直接触れられればこっちの物なのに…!
なにか…!
なにか近付ける方法はーー……
『ーー…そうだっ!』
「ど、どした?」
突如声を張り上げた私にビックリしたのか、瀬呂くんが目をパチクリさせる。私は興奮気味に瀬呂くんへと詰め寄った。
『瀬呂くん、そのテープ少し借りていい⁉』
「え、いいけど……どうすんの?」
『……ちょっと捕縛布の練習してみたくなって』
「へっ?」
『取り合えず、長めのテープを!』
不安気な顔を向けながらも、言われた通り長めにちぎってくれた瀬呂くんのテープを、近くにあったパイプにぐるりと張り付ける。
えっと、確かこんなカンジで……。
「苗字…?俺なんかスゲー嫌な予感がすんだけど……」
テープに軽く体重をかけながら強度を確かめていると、その様子を眺めていた瀬呂くんは何かを察したのか、表情を強張らせている。けれど今更あとには引けない。
私は得意げに笑って見せた。
『まぁ、見てて!』
助走をつけるために後ろ向きに歩きながら距離を測る。その間も標的を見失わないようにしっかり視界に捉えながら口を開いた。
『瀬呂くん!私が落ちそうになったらカバーお願い!』
言い終えると同時にタンッ、と足を踏み込み空中へと身を投げ出す。背後で「やっぱそう言う事ォーー⁉」と嘆くような悲鳴が聞こえた。
私はターザンのように大きく体を揺らしながら空中を移動する。怖くないと言えば嘘になる。だけどそれよりも今の私は、このチャンスを逃したくない!と言う思いで頭がいっぱいだった。
大丈夫、自分を信じて!
そう自分に言い聞かせながら、どんどん近付いて行く取蔭さんの背中へと飛び移る形で、背後から勢い良く抱き着いた。
『つかまえたっ!』
「なっ⁉あんた、どっから…⁉」
『えへへ、ちょっと捕縛布に憧れちゃって』
「何言ってーーー」
『……それより取蔭さん、その体じゃ、逃げるのに不便だよね?』
「…!」
『私が今、くっつけてあげるね…?』
「やめーー」
『修復ッ!!』
力を使った瞬間、四方八方に散らばっていたパーツが取蔭さんの元へと集結し、体が人の形に形成されて行く。暴れる取蔭さんに振り落とされまいと、しがみつく手に力が籠もった。
私が取蔭さんに触れてる限り、絶対に切り離す事は出来ないっ!
チャンスは今、この瞬間ーー!!
『ーーー…今だっ!爆豪くん!!』
「わーっとるわ!!」
彼の名前を叫ぶとどこから現れたのか、既に目の前に本人が待ち構えていた。そのまま両腕を私達に向かって突き出すと、ニヤリと不敵に笑う爆豪くんに何故か安堵する。
ーーーあとは任せたよ、爆豪くん…!
そう心の中で呟きながら私は取蔭さんから手を離す。それと同時に爆豪くんの手の平から閃光弾のような強い光が放たれ、眩しさに思わず目を
「あんた、変わりすぎなんだよーー!!」
強烈な光に包まれる中で取蔭さんの悲痛な叫び声が周囲に響き渡る。ゼロ距離であの技を食らった取蔭さんは、きっと無事では済まなかったはずだ。
……ていうか、私も結構ヤバイ状況なんだけど。
でも、大丈夫。
あとは瀬呂くんがこのままカバーに来てーーー…えっ?
落下していた私の体は、突然ふわりと誰かに抱きかかえられる。一瞬瀬呂くんがカバーに来てくれたのだと思った。けれど、目の前にいた人物を見て驚愕する。
だって、そこにいたのはまさかの……
『ばっ…、爆豪くんっ⁉』
「…っせェーな、耳元で騒ぐな!」
なんと私を抱えていたのは爆豪くんで、わざわざ私を助けに来てくれたようだ。しかもこれはいわゆる "お姫様抱っこ" と言うやつなのではッ⁉
意識した途端恥ずかしくなって硬直する私を気にした様子もなく、その体勢のまま爆豪くんは呆れたように呟く。
「ったくよ…、さっきの作戦は誰の入れ知恵だ?」
『…えっ?』
「トカゲ女の仕留め方だよ。テープの奴から聞いたんか」
『いや、自分で考えたんだけど……』
「はっ…?」
『だから自分で……えっ?』
「………」
何故か爆豪くんは言葉に詰まった様子で押し黙る。表情は目元を覆うマスクでよく分からなかったけど、その瞳はどことなく驚いているように見えた。
な、なんだろう…。
もしかして何かマズかったかな?
やっぱり無謀過ぎる作戦だった⁉
なんて1人心の中で不安を募らせていると、いつの間にか地上に着地したようで、無言で体を降ろされる。私はお礼を言おうとすると、先に口を開いたのは爆豪くんの方からだった。
「ヒーロー科試験で初めてテメェに会った時……」
『…!』
唐突な話に私はビックリしながらも、黙って爆豪くんの言葉に耳を傾ける。
「1人じゃ何も出来ねぇクソ弱ェー奴が、場違いなとこに来ンなと思った」
『……うん』
「クソモブのくせして大口叩くのだけは一丁前で、どんだけ力の差見せつけてもビビりながら諦めずに這い上がってきやがるし……ゴキブリみてぇにしつけー奴だと思った」
『…ゴキ…ブリ…』
害虫扱いッ⁉
シンプルに傷付いた。
相変わらず言葉のワードセンスが豪速球過ぎて受け止めきれない。そんな私を知ってか知らずか、爆豪くんはボソリと小さく呟く。
「……だからイラついてた。てめぇを見てると、どっかの誰かを見てるみてーでよ」
『えっ…?』
確かヒーロー科試験の時にも同じような事を言われた気がする。それが誰なのか気になり尋ねようとすると、爆豪くんの口からフッ、とこぼれた小さな笑いによって、その思考もすぐに停止した。
「今回も口先だけならブッ飛ばすつもりだったが、やめだ」
逸らされていた爆豪くんの顔がゆっくり私へと向けられる。
私の瞳に映り込んだのは
初めて私に向けられた、爆豪くんの笑顔だった。
「やりゃあ出来んじゃねぇかよ、 "苗字" 」
『ーーえっ…?』
聞き間違いじゃないよね…?
今…、初めて "名前" で呼んでくれた……?
脳裏に思い浮かぶのは、あの日合宿で爆豪くんと交わした言葉。
「言っとくが…俺はまだてめェを認めた訳じゃねぇからな。てめェが俺を好きに呼ぶように、俺も俺の呼びたいように呼ぶ。それで文句ねぇだろ、"修復女"」
『…うん、文句ないよ。それじゃあーー……認めてくれたその時は、名前で呼んでくれると嬉しいな!』
爆豪くんが、私の名前を呼んでくれた。
私の名前をっ……
「……ンだよ、その
感極まって何も言えずに下唇を噛み締めていると、泣きそうな私に焦ったのか、爆豪くんは珍しく動揺した様子で言葉を紡ぐ。
「て、てめーが最初に言って来たんだからなッ⁉ 俺は別に、今まで通りの呼び方で満足してーーー」
『爆豪くん』
「…あ?」
『名前で呼んでくれて……ありがとうっ!』
喜び溢れる気持ちは、自然と表情を和らげてくれる。
こんな風に爆豪くんに笑顔を向けたのは、多分これが初めてだ。
爆豪くんは一瞬目を見開くと、またすぐに視線を逸らした。
「ーー…チッ、調子狂うぜクソがっ…」
『爆豪くん』
「今度は何だッ!⁉」
『爆豪くんも、ちゃんと笑えるんだね!』
「あぁ⁉ 笑ってねェよ!!」
『もっと笑った顔見せてよ!もう一回見たい!』
「だァからッ!笑ってねェッつってんだろがッ!!!」
爆豪くんはいつものように怖い顔でキレながら否定の言葉を口にするけど、何故か私の中にはもう爆豪くんに対する恐怖心が完全に消え去っていた。
さっきの表情も相変わらず敵の浮かべる笑い方そのものだったけど、今はそれが爆豪くんらしくて素敵だとさえ思える。
そうか…。
きっと私は今ようやく気持ちの清算が出来たんだ。
ーーーあの日のトラウマを乗り越えられた事に。
「お~い!爆豪、苗字~~!!」
声が聞こえた方向へ2人同時に振り向くと、そこには嬉しそうな顔で手を振りながらコチラに近寄ってくる瀬呂くん達の姿があった。
「全員投獄出来たよ!」
「俺らの完全勝利だ!」
『本当っ…⁉』
私は目を輝かせながら爆豪くんに視線を向ける。
爆豪くんはもう笑う事はなかったけど、その表情は当然だろ、と言いたげな様子で鼻を鳴らしていた。
《わずか5分たらず…!思わぬチームワークでA組、4-0の勝利だ!!》
力強いブラドキング先生の実況が響き渡る中、私は満面の笑みでみんなに駆け寄り、全員と元気良くハイタッチを交わしたのだったーー。