第19話
お名前は?
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体が熱い…。
私はまだ炎の中に倒れているんだろうか……。
ミーーンミンミンミーーーン……
遠くで蝉の鳴く声が聞こえる。
初めは小さかった声が、だんだん大きくなり、それは近くから遠くからそれぞれバラバラに鳴き始める。
あれ…?
わたしはーーー……
ゆっくりと目蓋を開ける。
目に飛び込んできた光景は青い空と大きな入道雲。
白く光る太陽が眩しくて、思わず目をすぼめて手を
あぁ…そうか。
熱いのは火じゃなくて、夏だからだったんだ…………あれ?
よく見ると翳した自分の手は一回りも小さく、まるで子供の手のようだった。ハッとして周りを見渡すと、そこは小さい頃よく遊んだ思い出の公園だった。私はその中心に1人ポツンとーーー…いや、違う。
少し離れた公園の入り口付近に小さな男の子がいた。その子は誰かを探してるのかキョロキョロ周りを見渡し、私の姿を捉えた瞬間嬉しそうに笑って、手を振りながら駆け寄って来る。
「名前ちゃーん!」
そうだ…。
あの子の名前はーーー
『焦凍くん…!』
いつも公園で泣いていたおとこの子。
ある日ケガしてた所を治してあげて、今日からお友だちだよって言ってあげたの。そしたら嬉しそうに笑ってくれて、こうして時々公園で遊ぶようになったんだ。
『あっ!またほっぺたのとこケガしてる!』
「う、うん…。でも今日はそこまで痛くなーーー」
『ダメっ!』
「わっ…⁉」
赤くなっていた焦凍くんのほっぺたを両手で挟んだら、お口がタコみたいにむにゅっと尖って可愛かった。
そのまま個性を使うと、やわらかい光が焦凍くんのケガを治してくれる。きれいにケガが消えたのを確認して、両手を離してあげた。
『はい、もう大丈夫だよ!』
「あ、ありがとう名前ちゃん」
『いいよ。イタイ時はまた言ってね!』
「……名前ちゃんは、どうしてそんなに優しいの?」
『え?』
「いつもぼくを助けてくれるから……」
『そんなの当たり前だよ!』
「!」
なんでとか、どうしてとか……そんなむずかしいこと、わたしには分からなかった。
だって理由なんてないんだもん。
『だれかが困ってたら、助けてあげたいって思うんだもん!それでありがとうって言われたら、わたしもすごく嬉しいからっ!』
「ーーー…」
そう言って笑うと、焦凍くんのほっぺはさっき治してあげたばかりなのに、また赤くなっていた。
「すごい…」
『なにが?』
「名前ちゃん、ヒーローみたいでカッコイイ!」
『え?』
「きっと、困ってる人みんなを助けちゃう優しいヒーローになれるよ!」
『……えへへ、そうかなぁ?』
ヒーローなんて、オールマイトみたいに強い人のことを言うんだと思ってた。なのに、焦凍くんはわたしのことをヒーローみたいって褒めてくれた。ヒーローなんて、なれるわけないのに……それでもその言葉が、すごくすごく嬉しかった。
『はぁ~…今日もあついね』
なんだか急に体が熱くなって、手でパタパタ風を仰いでいると、突然焦凍くんは右手をわたしの顔の前まで伸ばしてきた。
『……どうしたの?』
「コッチの手、触ってみて?」
『手…?』
言われるがまま手に触れると、焦凍くんの手はアイスクリームみたいに冷たくなっていた。
『わぁっ…!すごーい!冷たくて気持ちいい!』
「ぼくの個性なんだ。ほら、こうするともっと気持ちいいよ?」
『…!』
「…ねっ?冷たいでしょ?」
焦凍くんはニコリと笑いながら右手を私のほっぺたにくっつける。ヒンヤリとした手が気持ちいいはずなのに……焦凍くんの顔が近いとか、目が綺麗だなとか…そんなことばかりが気になって、集中できない。
それに……さっきより体が熱くなった気がする。
『……よく、分かんない』
「えっ⁉ 冷たくないの?」
『………あつい』
「あ、ほっぺた赤くなっちゃった…。何かりんごみたい」
『えっ、本当?』
この時は、きっと夏の暑さのせいだと思っていた。
だから体が熱くなっちゃうんだって……。
今なら分かる。
私はきっと、この時から轟くんに惹かれ始めていた。
最初は頼りにされてるのが嬉しかった。私の力が誰かの役に立ててるのが目に見えて分かるから。それが幸福感を満たしてくれていた。
でも、轟くんと一緒に過ごす内に、その気持ちは少しづつ変化していった。
誰よりも最初に、私はヒーローになれると言ってくれた轟くん。
いつも私を気遣ってくれた轟くん。
優しい優しい轟くん。
「名前ちゃん、ありがとう!」
喜ぶ彼の笑顔を見るのが大好きだった。
だからもっと君を喜ばせたくて、笑っていて欲しくて…。
優しい君と、ずっと一緒にいたいと思ったんだよ。
ーーーあぁ…なんだ…。
遠回りする事なんてなかった……。
私は最初から、こんなにも轟くんの事が大好きだったのにーー…。
忘れちゃうなんて、酷いよね…。
ごめんね轟くん。
でも…おかげで私は、二度も轟くんを好きになる事ができた。
また記憶を失ったとしても、別の誰かに生まれ変わったとしても、轟くんが私のそばにいてくれる限り、きっと何度でも……私はあなたを好きになる。
……ううん。
もう二度と忘れない。
あなたの事を忘れたくなんかない。
今度はちゃんと伝えるから。
今も昔も大好きなあなたに、今度は私からーーー。
ーーー✴︎✴︎✴︎
*轟視点*
目を覚ますと、そこは見慣れない天井だった。
慌てて上体を起こすと、どうやらベッドで眠っていたらしく、俺のそばで小さな人影が動く気配がした。
「スニッカーズお食べ。尾白も食べて戻ったよ」
リカバリーガール……。
ってことは、ここは保健室か…?
「轟!!」
「…!」
デカい声で呼ばれて驚きながら振り返ると、B組の鉄哲がスニッカーズを口に加えて保健室を出て行こうとしている所だった。
「試合は引き分けだったが、俺は負けたと思ってる!ヤベェ熱さだった!!また
「うるさいよ」
引き分けーー…。
そうか…。
途中から記憶がねぇと思ったら、気ィ失ってたんだな……俺。
「俺がもっと早ければ勝てた内容だった」
「飯田…」
俺が目覚めるのを待ってくれていたのか、ヘルメットを外した飯田がベッド付近にあった椅子に腰かけて俯いていた。申し訳なさそうな顔からは後悔が滲み出ている。
飯田は自分の反省点を述べていたけど、多分それは間違いだ。
飯田は何も悪くねぇ。だって俺を助けてくれたのはお前だろ。それは
それに飯田は充分に速かった。遅いのは俺の方だったんだ……最初から骨抜の言う通り炎で攻めてりゃ、状況は違ってたはずだ……だが、迷っちまったんだ。
炎を使ったら……アイツを怖がらせちまうんじゃねぇかってーーー…
「………名前はどこだ?」
保健室に姿が見当たらない。目が覚めて先に戻ったのか?
いや、むしろそれならいい。炎に巻き込まれてさえいなけりゃ……
「ここだよ」
「ーー!」
男の声に弾かれたように顔を上げた。
一体どこからだ…?辺りを見渡すと、俺の隣で仕切られていたカーテンが外側から開かれる。驚いて顔を向けると、そこには神妙な顔をした骨抜がいた。
そして、その仕切りの中でベッドに横たわるーーー名前の姿。
「ーー名前…⁉」
俺はすぐ様ベッドから降りると名前の元へ駆け寄った。
呼び掛けても未だ目を覚まさず、静かに呼吸を繰り返している。
「リカバリーガール、苗字くんの状態は大丈夫なんですか?」
飯田が心配そうにリカバリーガールに尋ねる。
「安心しな。所々体に軽い火傷を負っていたがね、今は治癒で目立たなくなってるよ。じきに目を覚ますだろさ」
聞き逃せない一言に、俺は背筋が凍るのを感じた。
「……火傷…だと……?」
「苗字さん……轟たちの近くにいたんだ。炎の中、俺たちが来るのをずっと待っててさ……」
「ーー…ンでそんな場所にッ⁉ 名前は火がーー!」
「火が……なに?」
「ーーー…っ」
何でだ…名前…!
お前はあの日、火事に巻き込まれて……火を恐れてたはずだろ⁉
だから合宿ン時も奴の火に襲われて、恐怖で気を失ってーーー…
…………じゃあ、
じゃあ……今ベッドで意識を失ってるのも、恐怖を感じたからで……
お前に火傷を負わせちまったのも……
ーーー全部……俺のせいで?
「……何があったか知らないが、そんな自分を責めるんじゃないよ。訓練に怪我はつきものさね」
「そうだぞ轟くん。彼女もきっとそれを理解してくれてるはずさ。あとで俺と一緒に謝ろう!」
「……そんな、……単純な話じゃねぇんだ…っ」
「……轟?」
「轟くん…?」
「俺はーーー」
名前が恐れていた火で、俺はまたお前を傷つけちまった…!!
ギリッと奥歯を噛み締め、名前が眠っていたベッドのシーツを握りしめる。
すると、怒りで震えていた俺の左手を、上からそっと重ねるあたたかい温もりに思わず目を見開いてそれを確認した。
それは名前の手だった。
けれど目は閉じたまま、名前は無意識に俺の左手に触れていた。まるで壊れ物を扱うように優しく…。
「……やめ、ろ……」
今はこの手に触れないでくれ。
俺はお前をこの手で傷つけちまった……だからダメなんだ。
こんな風に優しくお前に触れてもらえる資格なんて、俺にはない。俺はもう二度とお前を傷つけたくない…!
なのに……何でお前の手は、そんなにも優しく俺に触れてんだ…っ!
「ーーッ…!」
「轟くん!」
俺は名前の手を振り払うと、飯田が呼び止める声も聞かないでそのまま保健室を飛び出していた。
まだ温もりを感じる左手の感触。
その優しい感触が、余計に俺を苦しめる。
早く消えろ、今すぐ消えろと、何度も何度も痛めつけるように拳を壁にぶつけた。
「ーーー…っ」
ようやく消えた手の温もり。
何度も殴ったせいで、ぶつけた所がジンジン痺れていた。
残った感覚は何もない。
そう。
これでいいんだ。
この手がある以上、俺は名前を傷つけちまう。
だからもう二度と、俺が名前に触れる事も、近付くことさえも…俺には許されちゃいけねぇんだーー…。
第19話 おわり