第19話
お名前は?
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「ーーーそれで終わりか?」
『えっ…?』
余裕のある声が冷たく私を問い詰める。轟くんの瞳はまだ諦めてなんかいなかった。嫌な汗が背中を伝う。
なに?何でそんな声が出せるの……轟くん!
「……俺を足止めしたけりゃ、この手も一緒に封じるべきだったな」
『ーー!!』
「次はコッチの番だ」
まだ自由に動ける手で、轟くんは私に向かって右手を
次の瞬間、手の平から氷結が勢いよく繰り出され、まるで意思を持ったように私へ狙いを定めて襲い掛かる。咄嗟に避けようにも、氷結の範囲とスピードが速すぎて
ーーーマズイ!捕まる…!
氷結が目と鼻の先まで近付いて来たその時ーーー。
「氷結ぶっぱは安い手じゃん」
飄々とした声が聞こえた瞬間、目の前まで迫って来ていた氷結がドロリと柔らかい物質に変わった。勢いを失った氷結はそのまま私の体にペタリとへばり付き、ヒンヤリした感触に思わず『ヒィ…!』と、情けない声を上げてしまった。
咄嗟に手で払うと、案外簡単に取っ払う事が出来てほっとする。
「もっと非情に火責めで来られたら打つ手なかったのに」
『ーー骨抜くんっ…!』
「くそっ…!」
良かった……。
間一髪助かったぁ……。
「カバーが遅れてごめんね苗字さん。よく持ち応えてくれたよ。後は俺に任せて」
『うん!ありがとう!』
「サンキュー柔造!反撃が柔軟だぜ!!」
回原くん達も骨抜くんのおかげで氷漬けから抜け出せたみたいだ。良かった、みんな無事だ。骨抜くんの柔化はそこら中に仕掛けてるみたいで、尾白くんや飯田くんも足を取られてる様子。
今が反撃のチャンスだ!
骨抜くんはグッと親指を立てると、飯田くんの足止めに向かう。回原くんは尾白くんを、角取さんは障子くんを。作戦通りに自分たちの標的だけに集中する。
そして私も自分の役目を果たすべく、協力者の名前を叫んだ。
『鉄哲くん!2時の方向に轟くんがいる!お願いッ!!』
「おっしゃァアア!!任せろォオ!!」
位置を確認した鉄哲くんは、角取さんの角を両脇に抱えながら柔化した氷結から抜け出し、コチラに向かって真っすぐ飛んで来る。角取さんの個性のおかげでよりスピードが増し、まるで弾丸の如く轟くんへと体当たりした。
「角ダッシュハンマー!!!」
「ぐッ…!」
「てめェよォオ!!冷てェんだよなァ、オイ氷がよォォ!!てつてつがキンキンだよ轟ィ!!!」
ぶつかった勢いのまま鉄哲くんは轟くんを後方へ力任せに投げ飛ばした。轟くんの意識が私から完全に外れてる間に、配管が複雑に入り組んだ場所へと逃げ込む。ここなら身を隠しながら鉄哲くんのサポートも出来る距離だ。
定期的に鉄哲くんの体力を回復させて、轟くんの体力を削って行こう…!
「ーーんのヤロウ…!」
一方的にやられていた轟くんは、少し苛立った様子で声を荒げながら鉄哲くんに氷結を繰り出す。けどそれを物ともせず、鉄哲くんは拳一つで簡単に氷結を打ち砕いた。
「氷の防御なんぞ、正義の鉄拳でブチ破る!!」
轟くんの氷結をあんなにも簡単に……。
個性の相性もあるんだろうけど、それでも凄いよ鉄哲くん!
あの調子だったら、私の個性を使うまででもないかも?
「ーーー名前は近くにいるのか…?」
『…!』
突然の問いかけに思わずドキリと心臓が跳ね上がる。
マズイ…。
ここに隠れてるってバレた…⁉
「そんなン知らねェよ!!ンな事より、今は俺に集中しやがれ轟ィ!!」
私の存在がバレないように、鉄哲くんは上手く話しを逸らしてくれた。ナイスフォロー!鉄哲くん!……と思わず言いたくなるのを我慢して、心の中では拍手喝采スタンディングオベーションだった。
「……そうか。なら…ーーー遠慮しねぇ」
『…?』
轟くん……?
一体何をするつもりなのか……そう思った瞬間だった。
『ーーー…ッ!!』
世界が一変する。
目の前の視界を覆うのは真っ赤な炎。肌がチリチリと焦げ付くような鋭い痛みが走った。
『……ぁ、う"……』
途端に呼吸が苦しくなる。ドクドクと激しく脈打つ鼓動。
苦しい。
息が出来ない。
嫌だっ…、火は怖い……!
『……は、やくっ…!』
すぐにここから離れなきゃ。嫌なモノを思い出さないように。見たくないモノを映さないように。視界から消してしまわなくてはーーー。
けれど踏み込む足は鉛のように重く、力が入らない。それでも何とか引きずるようにしてその場を離れようとすると、私の背後で勇ましい声が聞こえた。
「何で俺がてめェの相手してっか!!わかってねェなァア⁉」
『ーーー!、……鉄哲、く……』
「効かねェからだよ。今度ァてつてつがチンチンだよオイ…!!」
揺らめく灼熱の炎の中、その中心で、熱で赤くなったスティールの体を微動だにさせず立ち尽くす……鉄哲くんの姿がそこにあった。
「 "個性" 伸ばしの一環よ!!てめェ
驚いて目を見開く轟くんの元へ駆け寄ると、そのまま鉄哲くんの強靭な拳が轟くんの
「かはッ…!」
「半冷半熱、俺には効かねェ!!これが限界を超えて手に入れた俺の最高峰!!このまま気ィ失うまでブン殴る!!」
「苗字はヒーロー科に憧れて俺たちのチームに入って来てくれたんだ!!そんな目の前でカッコワリィ姿は見せらンねぇだろ!!これがヒーロー科の本気だって所をたっぷり見せつけて、最後はヒーローらしく派手に勝利しようぜッ!!」
『ーー…っ』
何をしてるんだ、私は…っ!
鉄哲くんは逃げずにあそこで戦ってるじゃないか!!
みんなが今、この場で相手と本気で戦ってるって言うのに……、
なのにーーー…私は逃げるの?
鉄哲くんを置いて自分だけ安全地帯に逃げるの⁉
また私は……自分の保身のために、救えるモノを見捨てるの……?
『ーーー違うッ!!』
しっかりしろ!!
今はあの時とは状況が違う。約束したじゃないかっ…、私も全力を出し切るって…!私はまだ戦える!だから怖くても立ち向かえ!逃げるな!
ここで私が逃げたら、誰が鉄哲くんを救うの⁉
『ーーー救けるんだ、私がッ…!』
ずっと昔に誓ったんだ。
今度は後悔しないように、この力を人を救けるために使おう。
取りこぼさないように、今度は絶対、救える命を私が守るんだって…!
たとえそれがヒーローであろうと!!
ーーー私は、ヒーローをも救えるヒーローになるんだ!!
私は両手を地面に這わせる。
ここからならギリギリ鉄哲くんに届く距離だ。このまま範囲を修復すれば……そうすれば鉄哲くんの体力を回復できる。
だけど……2人が揉み合ってる今、轟くんにも修復を使ってしまう事になる……。
何とか鉄哲くんだけに使う方法はーーー…
「あっちいいィイイイ!!!」
『ーーー⁉』
一瞬考えあぐねていると、慌てた様子で悲鳴を上げる声が聞こえた。視線を向けると、轟くんの炎が先ほどとは比べ物にならない位の熱を帯び、更に火力が増しているのが遠目からでも分かった。
「我慢比べは得意だぜェ!!さらに向こうへぁあ!!」
それでも鉄哲くんは引き下がる事なく、熱の発生源である轟くんの元へと飛び込んで行く。
考えてる暇なんか、ない!
『ーーー修復っ!!』
今この力を使う!迷ってる場合じゃない!
鉄哲くんが熱で溶けてしまわないように…!
私がこの熱から守らないと……鉄哲くんはきっと死ぬまで戦い続ける!
骨抜くん達が来るまでの間、私はここから動かないッ!
『……あっ、つ…!』
皮膚の表面がヒリヒリ痛む。呼吸をするだけで気道が焼けそうだ。
100m程離れていても、容赦なく炎の熱気は私に襲い掛かる。ここでこんなに熱くてたまらないのに、あの中心はきっと普通の人間は立ち入れない、地獄のような熱さなのだろう。
『……っ…』
意識が
熱い。
苦しい。
『……エン、デヴァー……』
無意識にその名が口からこぼれていた。
それは救けを求めたからじゃない。ただ、力を貸して欲しかった。エンデヴァーの存在を感じれば、どんなに苦しい状況でも乗り越えられる気がしてーー…。
固く閉じる目蓋の裏に思い浮かべるのは……あの日、脳無から多くの人々を守った勇敢な彼の姿ーーー。
エンデヴァー……。
私には、あなたのような国民全てを守れる強さはありません…。
いつも目の前にいる人を救けるだけで精一杯で、一度は夢を諦めてしまった弱い人間です……。でもっ…!人を救けたいと想うこの心だけは消えなかった…!この気持ちだけは本物なんです!!
こんな私でも、あなたに憧れてもいいですか…?
少しでも近づきたいと思う私は、おこがましいですか…?
ーーー私は、誰かのヒーローになれますか……?
「ーーー苗字さんっ!」
誰かが私の名前を叫ぶ声がした。
でも朦朧とした意識はそれにすぐ反応する事が出来ない。
「何してんの!ここから離れて!」
後ろから強引に肩を引かれ、受け身を取る力もなかった私はそのまま背中から倒れ込みそうになる。……が、すかさず誰かが私の背中を後ろから抱きとめてくれた。残った気力で何とか頭を持ち上げて、その人を見上げる。
『……骨抜…くん…?』
「アッつ…!まさか、ずっとここにいたの⁉」
『……よかっ…た…、来て…くれた……』
「何ですぐに逃げないのッ!こんな場所ずっといたらーーー」
『……だって…、鉄哲くんの援護が…、私の役目…だ、から…っ』
「ーーー!!」
『……骨抜くん…たちが……来る…まで…、私が…守ってあげなきゃ…ね…?』
朦朧とする意識の中、何とか苦し紛れに伝えると、私の肩を掴んでいた骨抜くんの手に、ぎゅっと力が籠ったのが分かった。
「……ありがとう、もう大丈夫だから。あとは俺達に任せて、苗字さんはゆっくり休んで?」
そんな…。
一応戦闘中なのに、休んでていいのかな…?
なんて心配事が脳裏をよぎるけど、あまりにも優しい声で骨抜くんが言ってくれるから、私は安堵感に包まれながら、ゆっくり自分の目蓋を閉じた。
私…、少しはB組に貢献出来たかな…?
そうだったらいいなぁ……。
最後に骨抜くんが何かを言っていたような気がするけど、もう目を開ける力もなく、遠のく意識はそのまま深い底へと落ちて行ったーー…。