第18話
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*心操視点*
ヒーローになる…!
その目標に近付くために、ただがむしゃらに突き進んで、追い求めた。
こんな個性でも、誰かの役に立ちたい…。
人のために使いたいと…。
そう思ったら、どんなキツイ特訓でも乗り越えて行けた。
『そんなことないよ!だって心操くん凄く努力家だし、ヒーローになるためにストイックに頑張ってる姿、すごく尊敬してるんだよ私っ!』
別に誰かに褒められたかったワケじゃない。
だけど、真っすぐに気持ちをぶつけて来るお前の言葉が嬉しかった。
『だから心操くんを見てると、私も頑張らなくちゃ!って良い刺激をもらえるから、すごく力が湧いて来るんだよねっ!』
お前は俺から力をもらえるって言うけど、それは俺も同じだ。
もうずっと前から俺は…お前の言葉に救われている。
いつだって無邪気に笑うお前の言葉に勇気づけられていたのは、
俺の方なんだーー。
「はぁ…、はぁ…」
今日も朝からトレーニングに明け暮れていた。
機動力を上げる特訓をして、少し上がった息を整えるため木の枝に体を預ける。
あと残り1週間…。それまでにもっと鍛え上げないと。
捕縛布の扱い方は、イレイザーとの特訓でほぼマスターした。
あとは実践で経験を積むだけだ。
本番で俺の実力が通じれば良いんだけどな…。
「…いや、可能にしなきゃダメなんだ…!」
甘い考えを捨て、再び特訓に戻ろうとした時、パキリと小枝の折れる音が僅かに耳に届いた。
俺は正体を確かめるべく捕縛布で標的を狙う。慌てた様子で姿を現したのは苗字だった。何となくそんな気はしていたが、それよりも捕縛動作を躱された事に俺は少し驚いていた。
「……よく避けれたな。俺の捕縛動作」
『…えっ?』
「特別講師に色々教わってるのか?」
『…あ、うん!通形先輩に鍛えてもらってて…』
「通形……あぁ、ビッグ3とか。前から仲良いよな」
苗字がビッグ3と関わってる姿は雄英で何度か見かけた。
何でそこまで仲が良いのは知らないけど。
ビッグ3も何故かコイツのこと特別可愛がってるよな…。
本当にただの善意か?
…普段なら絶対こんな風に思わないのに、コイツが絡んで来ると妙な方向へと考え込んでしまう。
その度に自分が小さい人間みたいに思えるから嫌になる…。けど苗字はそんな俺の気持ちなんて知らずに嬉しそうな顔を俺に向ける。
『うん!私のことずっと応援してもらってて……先輩厳しいけど、すごく優しくて明るくて、いつもパワーを貰ってるんだよ!』
「……フーン」
何だよ…。
最初に力をもらえるって言ってたのは俺の方だろ…。
『先輩のおかげでだいぶ動けるようになったんだよ?私でもここまで出来るんだって……本当に先輩には頭が上がらないよ!』
「…へぇ?」
そんなに先輩のおかげだって言うなら、見せてくれよ。
お前がどこまで実力をつけたのかを…。
「なぁ、苗字」
『えっ…。な、なにっ?』
「今から俺と手合わせしようぜ」
『………えぇっ⁉』
きっかけは、そんな些細な事だった。
分かってる。自分でも唐突だったと思うよ。
けど、俺も自分のくだらない気持ちを理由にお前に試す様なことを言った訳じゃない。
知りたかったんだ。同じ境遇で、同じ屈辱を感じて、同じ目標を掲げた者同士が、同じ時間を共に過ごせば、お互いの成長がどこまで同じなのかを知る事が出来るからーー。
「ーー全力で掛かって来い!苗字ッ!!」
『ーーッ…!!』
俺の言葉に触発されたのか、戸惑っていた苗字の目つきが力強い眼差しへと変わったのが分かった。そこからは無我夢中で自分の技を繰り出した。けど、俺の捕縛動作や洗脳は難なく躱され、いつもの鈍感なアイツからは想像がつかないほど洗練された動きだった。
強くなってる…!やるな、苗字。
俺の洗脳も警戒されてるし……やっぱ見破られてるとキツイな。
ここは今後の改善点だ…。
「ずっと隠れてるつもりか?……来ないなら俺から行くぞ」
姿を眩ませてから反応がない苗字に痺れを切らし、俺は身を潜めてそうな場所へと狙いを定めるーー…その時。
「何だ…っ⁉」
突然、周りに落ちていた葉っぱや枝が浮き上がり、視界をばらけさせる。俺は異次元な空間に戸惑い、一瞬苗字が身を潜めている場所から意識が外れてしまった。
『隙ありっ…!!』
「ーーッ!!」
一瞬の隙をついて林から飛び出した苗字が俺に向かって突っ込んで来る。すぐに体勢を立て直そうとするも、先に不意を突いて来た苗字が油断していた俺の腕を掴む。
ーーマズイ…っ!!
考えるより先に体が動いていた。
咄嗟に掴まれた苗字の手を掴み返し、そのまま足を払いのけ、倒れこむ様に後ろへと押し倒した。
『う"っ…!』
ゴツンという鈍い音と共に、小さな呻き声が耳元で聞こえた。
……少しやり過ぎたかもしれない。
俺は苗字の様子を伺おうと、軽く上体を起こす。
『いたたた…』
そこには痛みに耐える表情をした苗字が、俺に押し倒されたままゆっくり瞳を開ける様子が視界に飛び込んで来た。
パチリとお互い至近距離で見つめ合った瞬間、息が詰まる。
この場の時が一瞬、止まったかのようにさえ感じた。
俺は今、こんな近くでお前に触れているのか…。
意識した瞬間、痛いくらいに心臓が強く鼓動を打つ。本当に聞こえてるんじゃないかと疑いたくなるくらい鼓動が耳にまで響いている。
『…あははっ』
「⁉」
突然笑いだす苗字にギョッとすると、いつもの困った様な顔でヘラリと笑っていた。
『やっぱ強いなぁ心操くんは…!返り討ちにされちゃったよ。イケると思ったんだけどなぁ……全然敵わないや』
「……そんな事ないだろ…」
『えっ…?』
「お前は…強くなったよ」
『…!』
それは事実だ。この短期間に見違えるほど成長してる。個性だってうまく使って俺の気を逸らしたり……きっと相当な努力を積み重ねたんだろう。
お前は俺を努力家だと言うけれど、お前だってそうだ。
憧れるヒーロー像に近付こうとして、懸命に努力して来たんだろ?
卑屈な俺とは違って、お前はいつだってヒーロー科に対しても前向きに捉えてて、尊敬していた。
……超えたい相手じゃなくて、共に並んで歩みたいと思ってる。
俺にない考え方を持ってるお前はいつも真っすぐで、眩しくて…。
ずっと羨ましく思ってた。
そんな苗字だからーーー…俺は、お前を好きになったんだ。
『…心操くん…?』
「………」
『…ど、どうしたの…?』
「……苗字…」
そっと名前を呼ぶと、ピクリと小さく苗字の肩が揺れた。
少し動揺したようなその仕草も、不安げに俺を見つめるその瞳も、全てが愛しく感じる。
自分でも気付かない内に、俺はこんなにもお前に惹かれていたんだな…。
なのにーー…
「……俺はっ、…」
『…心操…くん…?』
伝えたいのに、伝えられない…。
何故ならお前の心の中には、ずっとアイツがいるーー…。
おかしいよな。
お前を想えば想うほど、どんどん胸が苦しくなって、近付けば近付くほど、お前との距離が遠くなって行く…。
なぁ、苗字…。
俺は……どうしたらいいんだ?
『ーー苦しいの…?』
「ーー…!」
ハッと我に返ると、心配そうな顔で俺を見つめる苗字がいた。
『…えっと、ずっと辛そうな顔してたから…。どこか痛む?』
「……いや、大丈夫だ」
『…本当に?』
「…あぁ。お前こそ大丈夫か?」
『うん。ちょっと頭が痛むけど、これくらいなら平気だよ」
「そっか…。手加減出来なくて悪かった」
『気にしないで!本気で戦えて私も楽しかった!』
「あぁ…俺もだ」
『ふふっ。お互い強くなれたってことだよね!』
嬉しそうに笑う苗字の顔は、いつの間にか夕日に照らされていた。
その日は2人で一緒に沈む夕日を背に寮へと戻る。道中、伸びた2つの影が横並びしながら、俺たちの進む道を見守るように照らしていた。
今はまだお互い大事な時期だ。
これ以上心の負担はかけたくない。
けど、今までため込んでいた気持ちは膨らむばかりで、もう俺の中で抑えきれなくなってる。いつかきっと…限界が来るんだろう。それがいつかは分からないけど、きっとそう遠くない日に…。
その時までは、俺の中に閉じ込めておくから。
ーー例え苗字の心の中にいるのが、俺じゃなくても…。