第17話
お名前は?
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あまりの衝撃的な真実に呆然と立ち尽くしていると、何か言い争う様な声が聞こえてハッと我に返る。
慌てて障子戸を閉めて声の先を辿ると、そこには部屋から出て行こうとするお兄さんの姿と、その前に佇む
ーー…エンデヴァーの姿があった。
『ーー!!』
視界に映った瞬間、ドキリと心臓が大きく跳ね上がった。けれどすぐに声をかける雰囲気ではないのを察知して、とっさに壁の角に身を隠す。
そのままじっと聞き耳を立てると、苛立ちを含んだお兄さんの声が耳に届いた。
「ーー変わったようで全然変わってない。俺達は放ったらかし、聞こえてくるお母さんの悲鳴、焦凍の泣き声、
ーー
もしかして…さっきの写真のーー…
一体…轟くんの家族に何があったって言うの…?
「勝手に心変わりして!一方的に
「これから向き合い、償うつもりだ」
『…!』
エンデヴァー…。
やっぱり、過去を償おうとして…。
「あっそ!!!悪いねーちゃん!ごちそーさま!」
「なつーーー!!」
お姉さんが必死に呼び止めようするも、お兄さんはそのまま居間を出て行ってしまった。
その一部始終を見ていた私は愕然とする。
自分が思っていた以上に…エンデヴァーと家族の溝は深い。
やっぱり…もう無理なのかな…?
ずっとこの状態を引きずったままなの…?
私が望んでる形には、もうーーー
「ヒーローとしてのエンデヴァーって奴は凄かったよ。凄い奴だ」
『…!』
沈んだ気持ちを抱えていると、轟くんから発せられるまさかの言葉に、私はハッと息を呑む。
轟くんが…初めてエンデヴァーを認める発言をしてくれたのだ。
「けど…夏兄の言った通りだと思うし、お前がお母さんを虐めたこと……まだ許せてねェ。だから…"親父"としてこれからどうなっていくのか、見たい。ちょっとしたきっかけが人を変えることもあるって…俺は知ってるから」
轟くん…。
拒みながらも、ちゃんとエンデヴァーを受け入れようとしてくれてる…。
辛い過去は消えないけど、それでも変わろうとしているエンデヴァーを見離さずに…。
轟くん…君は、本当に優しい人なんだねーー。
「お父さんまでどこ行くのー!!」
『!』
お姉さんの声に慌てて顔を覗かせると、ちょうどエンデヴァーが部屋から出て行こうと背を向けて歩き出す所だった。
『待って下さいっ!エンデヴァー!』
遠ざかろうとする背中を慌てて呼び止める。
私の声にエンデヴァーはピタリと歩みを止めると、その大きな背中をゆっくり振り向かせた。
その顔には、轟くんの左側の火傷と同じように、左半分の額から口元まで敵から受けた痛々しい傷跡が残されていた。
「ーー君は…っ、」
エンデヴァーは私を瞳に映すと、その目を大きく見開かせる。私は少し微笑みながら、エンデヴァーを真っ直ぐに見つめた。
『…お久しぶりです。私のこと…覚えてますか?』
「…あぁ、もちろんだ。あの時の少女だったな」
『はい…っ!良かった…、やっぱり忘れてなんていなかったんですね…』
「何故…君がここにいる?」
「名前さんね、どうしてもお父さんに会いたいって言って今日わざわざ家まで来て下さったの!お父さんに恩があるから、直接気持ちを伝えにって!」
私がいることに驚いた様子のエンデヴァーに、慌ててお姉さんが状況を説明してくれた。
エンデヴァーは納得したように「そうだったのか…」と小さく呟くと、また視線を私に戻す。
エンデヴァーとこうして対面するのは体育祭ぶりだ。やっぱりあの時とは眼差しや、醸し出される雰囲気が違う。
私は内心ドキドキしながらも、心を落ち着かせながら言葉を続けた。
『もう一度…どうしてもお会いしたくて。今日こうしてあなたにまた会えて本当に幸せです…!あなたは私のヒーローです。あの時私を救けてくれたのがあなたで本当に良かった…っ、感謝してもしきれません…!本当にありがとうございます』
「……やめてくれ。俺は君に感謝されるような立派なヒーローではない」
『…えっ…?』
切なそうな声でそう呟くエンデヴァーに思わず下げていた頭を上げる。
見上げた先には悲しげな目をしながら俯くエンデヴァーの姿があった。普段勇ましい姿の彼からは想像がつかない弱々しさに思わず動揺する。
「俺は……君の両親を救えなかった…。君にとって1番そばにいなければならない人を俺は救えなかったんだ。…こんな中途半端な俺が、君に尊敬されるようなヒーローなどーー」
『尊敬するヒーローですよ』
「ーー!!」
ピクリと肩を揺らし大きく見開かれた瞳を向けるエンデヴァーを、私は優しい眼差しで受け止める。
『ーーあの日私は、絶望の中で襲われる死の恐怖に、とてつもなく怯えていた…。助けは来ないんだと…最期は死も覚悟した…。だけど、諦めそうになった時、あなたが私を救けに来てくれたんです。これがヒーロー以外の何だって言うんですか…?』
「……」
『両親は亡くなりました…それは事実です。でも、私は1度もあなたを恨んでなんかいませんよ。むしろ感謝しかなくて…、あなたがいたから、私は生きる希望を見い出せた…!私も、あなたみたいに誰かを救けられるヒーローになりたいと、心の底から思ったんです…っ!』
「…っ、…」
『…それに、あなたが敵から人々を守ろうと必死に戦う姿を見て確信しました。あなたは間違いなくNO.1ヒーローだった…!他の誰でもない、あなたじゃなきゃダメなんですっ!私は、あなたがいる世界で共に人々を救けたい…っ!!』
「ーー!!」
『誰が何と言おうと…私はあなたの味方です。だから、これからも頑張って下さい…!』
私が言い終えると、その場はしんと静まり返る。
何かマズイ事を言ってしまったのかと思い、慌てて場を和ませようと作り笑いを浮かべた。
『ご、ごめんなさいっ!何だか1人で熱くなってしまって…、今日はそれが言いたかっただけなので!引き止めてしまってすみまーー』
「ーーありがとう」
『…!』
それは、今までエンデヴァーの口から聞いた事のないような優しい声だった。
「君がヒーローになれる日を、俺も待っている」
『ーー!、…はいっ!!』
憧れの人からまさかの嬉しい言葉に感動しながら縦に大きく首を振ると、エンデヴァーは口端を薄く上げて嬉しそうに目を細め、そのままゆっくり私に背を向ける。
「またいつでも来るといい」
振り向かずにそう言い残して立ち去るエンデヴァーの姿が、幼い私が見たあの日のエンデヴァーと重なって見えて…何故か泣きそうな感覚に襲われたーー…。
「もう行くの?」
「あぁ…早く行かねぇと先生待たせてるから」
「そっか、そうだったね。気を付けてね」
私達は帰り支度を済ませ、玄関までやって来る。
そのお見送りにお姉さんは律儀に玄関までついて来てくれた。先に外に出る轟くんの後ろで、私はお姉さんに振り返りぺこりと頭を下げる。
『今日は本当にありがとうございました!』
「ううん、お礼を言うのは私の方だよ。ありがとう名前さん。……私、こんな風にお父さんが人から感謝されてるなんて知らなかった。何だかちょっと感動しちゃって…!昔は怖かったけど……お父さんはーローとして、命懸けでみんなを救けてたんだなって…」
『…お姉さん…』
静かにそう語るお姉さんをじっと見つめていると、ふわりと優しく微笑まれ、私の手を両手で包み込むようにぎゅっと握られた。
「だからね、またいつでも遊びに来てね!私からも歓迎するからっ!」
『ーー…はいっ!ありがとうございます!』
お姉さんとは別れ、玄関先で待っていた轟くんの元へ駆け寄った。
石畳を歩きながら隣に並ぶ轟くんに話しかける。
『轟くんのお姉さん、凄く優しい人だね!』
「あぁ。姉さんはお母さんが入院して、お手伝いさんも腰を悪くしてからは、ずっと1人で俺や夏兄の世話焼いてくれてんだ」
『えっ…!そうなんだ…』
昔から苦労されてるんだな…。
でも、兄弟の事を思って頑張ってーー…
その時、脳内にある映像がフラッシュバックした。
間違えて部屋に入った時に見てしまった、
ーー…仏壇に飾られていた少年の顔を。
あれは誰だったんだろう?
やっぱり轟くんの兄弟?
お兄さんの言っていた燈矢って人なの?
なんで…亡くなってしまったの…?
「名前…?」
『ーーっ…!』
轟くんの呼びかけにハッとすると、目の前に心配そうに私の顔を覗き込む轟くんの姿があった。
「どうしたんだ?急に黙り込んで…」
『あっ、いや…あのっ…』
「…?」
『今日来れて、嬉しかったなって…』
「そっか…。良かったな」
きっと…今ここで聞くことじゃない。
いずれ聞いても良いと思えるその時まで、今は私の中で留めておこう。
だから、せめてーー…。
『轟くん…!』
「…?」
『何か困った事や悩みがあったら、いつでも相談してね…?』
「え…?」
『轟くんの役に立てるなら、私…全力で協力するから!』
私の過去を知って、優しく寄り添ってくれたあなただから、私も轟くんが辛い時は隣で支えてあげたい…!
いつも与えられてばっかだから…。
たまには私だって、何か力になりたいよ!
轟くんは一瞬きょとんと目を丸くするけど、私の言葉を受けて、段々とその表情は慈しむ眼差しへと変わって行く。
「…お前が隣で笑ってくれれば、それだけで充分だ」
『…っ!』
「それ以外、何もいらねぇ」
優しく微笑みながらそうこぼす轟くんの言葉に、私の胸がキュッと締め付けられる。
あ…。
まただ…この感覚。
この…心が幸せに満たされる感覚…。
ドキドキするけど、とても心地よくて…もっと欲しい、もっと近付きたいって思ってしまう。
こんな貪欲な感情…知らない。
自分が自分じゃないみたいだ。
この感情はーー…
「オイ、終わったんなら早く来い。帰るぞ」
『!』
突如響く声に驚き、一気に現実に引き戻される。
前を見ると、タクシーの助手席に座った相澤先生が窓を開けて少し不機嫌そうな顔で私達を見つめていた。
無駄な時間が嫌いな相澤先生だ。
早く行かなければ本当に置いて行かれ兼ねない。
「走るぞ、名前」
『…うんっ!』
振り返って私の名前を呼ぶ轟くん。
2人で必死に置いて行かれないように走り出す。
少し前を走る轟くんの背中を追いかけながら、何故か自然と笑みがこぼれた。
何てことない日常の風景なのに、何でこんなに幸せを感じているんだろう。
…大切にしたい。
この1つ1つの瞬間をーー。
雄英のみんなと一緒に送る日常、心操くんと互いに目標へと高め合う日々、そして…轟くんと一緒に過ごせる時間。
そうか…。
これがーーー
私は今、初めて自分自身で自覚する。
これは "錯覚" なんかじゃない。
きっとこれが、"好き" と言う感情なんだと…。
第17話 おわり