第17話
お名前は?
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『ーー轟くんっ!』
A組の寮の扉を開くと、やっぱりみんな談笑スペースに集まっていて、何人かが振り返り私の姿に驚く。
その中にいる轟くんも私に気付くと、目を丸くして驚いた表情を見せていた。
「名前…!? 何でここに…」
『轟くんが心配で様子を見に来たの。それに、エンデヴァーも……凄い大怪我だったし心配で…』
「…そう、だな…。アイツのあんな姿は、俺も初めて見た…」
轟くんはまだ落ち着かない様子で言葉を詰まらせていた。…無理もない。自分の親のあんな姿を見たら、誰だって動揺するだろう。
轟くんは、エンデヴァーを見てどう思ったのかな…?
そうだ…!
きっと今ならーーー
『…轟くん』
「?」
不思議そうに顔を上げる轟くんに、真っ直ぐな視線を向けて言い放つ。
『エンデヴァーと一度、ちゃんと話してみない…?』
「!」
私の言葉に轟くんは意表を突かれたような表情をした。言ってから余計なお世話だったかもと思ったけど、やっぱりここは誰かから背中を押されないと進めない気がする。
ウザがられても良い。
でも、お互いが前に進もうとしている今なら…!
きっと前より歩み寄れるんじゃないかって思った。
『今回の事で、轟くんの中にもし感じたモノがあるなら、それを直接伝えて欲しい…!怒りでも、何でも良いと思う。どんな言葉でも、まずは相手に伝える事が大切だと思う…!』
「……」
『言葉って、人の心を動かすだけの大きな力がある…。ちょっとした言葉が、変われるきっかけに繋がったりするから…』
体育祭でぶつかってきた緑谷くんのおかげで轟くんが変われたように、轟くんが向き合う事で、エンデヴァーもまたきっと…。
そうやって少しずつで良いから、歩み寄って欲しい。
お互いに変わろうとしている今ならきっと、出来るはず…!
「…そうだな。お前の言う通りだ。……ちゃんと、話さねぇとな」
轟くんは納得するように静かに呟く。
その一言にホッと一安心すると、轟くんはそばに居た相澤先生へと体を向けた。
「先生」
「あぁ、聞こえてたよ。エンデヴァーさんに会うんだろ?」
全てお見通しだとでも言うように、相澤先生はポケットに手を突っ込んだまま振り返る。
「はい。外出許可もらっても良いですか?」
「別に構わん。家の人にも連絡を入れておけ。念のため、外出中は俺も一緒に同行する事になる…いいな?」
「はい。ありがとうございます」
『あ、あのっ…!』
「…?、どうした苗字」
突然私が声を上げた事に少し驚いた様子で相澤先生はパチパチと瞬きをする。
私は一瞬ためらったが、意を決して口を開いた。
『私も…一緒に同行しても良いですか?』
「!」
「はっ…?」
まさかの一言だったのか、相澤先生は一瞬目を見張るが、段々とその表情は渋いモノに変わって行った。
「何故だ。理由を言え」
『……エンデヴァーに、会いたいんです。会って、直接伝えたい言葉があるんです!』
「…名前…」
『お願いします…っ!先生…!』
「……」
先生は何かを見定める様にじっと私の目を見つめる。私も唇を噛み締めながら静かに見つめ返していると、先生は突然呆れた様にため息をこぼした。
「…いきなりお前が行けば向こうさんもビックリするだろ。ちゃんと轟の御家族に許可を頂いてからにしろ」
『ーー!!』
絶対に断られると思っていたのに、意外な返答に私はかなり驚いた。
『い、良いんですか…!?』
「許可が下りればな。その代わり今回だけだぞ」
『はいっ!ありがとうございます…っ!』
私は相澤先生に向けて深くお辞儀をした。
やっぱり先生は優しい。
いつでも生徒の立場になって考えてくれる。
本当に生徒思いの優しい先生だと思ったーー…。
ーーー✴︎✴︎✴︎
その後すぐに轟くんに連絡を取ってもらい、お家の方からも "是非家に来て欲しい″ と快く受け入れてもらった。
エンデヴァーは怪我を負ったものの、大事には至らず、2日後には退院出来るらしいので、私達はエンデヴァーの退院日に合わせて外出許可をもらった。
ーーそして迎えた当日…。
「着いた。ここだ」
『へっ!? こ、ここが轟くんの…!?』
タクシーから降りた先に待ち構えていたのは、何とも立派な造りをした日本家屋だった。
『りょ、旅館みたい‥』
「大袈裟だろ。普通の家だ」
『…これ、普通なの…?』
チラリと門の奥を確認すると、その先には玄関まで続く石畳が敷かれており、その周りには松や
明らかに普通ではない。
あまりの立派なお家に少し緊張して固くなっていると、後ろから相澤先生が普段と代わらない口調で口を開いた。
「いつまでそうしてるつもりだ。貴重な時間なんだから有効に使え」
『あっ、すみません。ちょっと緊張しちゃって…』
「先生もどうぞ」
轟くんが玄関の方へと招き入れると、相澤先生は手の平を見せてそれを制した。
「いや、俺は遠慮する。お前らだけで行って来い」
『えっ?行かないんですか?』
「あぁ。警護の意味も込めてここで待ってるよ。だから早く行って来い」
『わ、分かりました…。それじゃあ、行って来ます』
遠慮気味にそう言い残して、取り合えずは轟くんのお家へと向かった。
玄関に近付くにつれて段々緊張感が高まって来る。
エンデヴァーの家でもあり、轟くんの自宅でもある。そんな場所に初めて足を踏み入れるのだから、緊張しないワケがない。
するとそんな私の様子を見かねてか、轟くんの手がポンっと私の肩を軽く叩いた。
『!』
「緊張し過ぎだ。もっと気抜かねぇと疲れるぞ?」
『う、うんっ…。そうだね』
実を言うなら既に気を張り過ぎて疲れ気味だった。
でも、轟くんの優しい気遣いに少しだけ気が紛れた気がする。轟くんは慣れた手つきで玄関の扉を開けた。
「ただいま」
『お、お邪魔します…っ!』
玄関の扉を開けると、目の前に広く長い廊下が続いており、その奥からパタパタと小走りでコチラに近付く足音が聞こえ、1人の綺麗な女の人が姿を現した。
「おかえり焦凍!久しぶりだね!」
「あぁ。姉さんも元気そうだな」
どうやら轟くんのお姉さんらしい。そう言えば前に轟くんがお姉さんと電話で話していたのを聞いた事があった。
美人なお姉さんだなぁ…。
思わず見とれていると、私に視線を向けたお姉さんが嬉しそうに微笑む。
「初めまして。焦凍の姉の冬美です。今日はお父さんに会いに来てくれて本当にありがとう!凄く嬉しくて楽しみにしてたの」
『は、初めまして!苗字 名前です…!私こそ無理言ってすみません!いきなりだったのに、快く受け入れて下さってありがとうございます…!あの、これ…よかったらどうぞ…!』
私は来る途中で購入した菓子折り入りの紙袋をお姉さんに手渡した。
「えっ!そんな、手ぶらで良かったのに」
「俺もそう言ったんだが…聞かなくて」
『いいんです…!私の気持ちなので受け取って下さい…!』
「ありがとう。気を遣ってくれて。でも次からは手ぶらで大丈夫だからね?」
『ハイ!……えっ?』
"次から″…?
それって、また次も来て良いってこと…!?
またエンデヴァーに会いに来てもいいの!?
まさかの言葉に舞い上がっていると、お姉さんは何かに気付いた様子で視線をキョロキョロと動かし、首を傾げた。
「そう言えば先生も一緒なんじゃなかったっけ…?」
「あぁ。けど、中は遠慮するって」
「え…そうなの?もしかしてシャイな方なのかな…」
相澤先生がシャイ…。
確かに先生は社交的な人ではない気がする。
でも、その理由がシャイからだとしたら…何だか先生が少し可愛く思えるかも…!
「まぁ強引に誘うのも迷惑か…。あ!ごめんねずっと立ち話で!どうぞ上がって?」
『いえ、大丈夫です!お…お邪魔します…っ』
「そんな緊張しなくて大丈夫よ!お父さんまだ帰って来てないし、居間に座って待ってて?焦凍、名前さん部屋に案内してあげて」
「分かった。名前、こっちだ」
『うん、ありがとう』
「…ふふっ、後でゆっくり話しましょ!」
お姉さんは私達の様子をじっと見つめると、何だかやけに嬉しそうにそう言って、足取り軽く廊下の奥へと消えて行った。
私は少し首を傾げながらも、案内してくれる轟くんの背中に大人しくついて行った。