第16話
お名前は?
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『ふぅ…。何とか間に合った』
目一杯自由時間を楽しんでいたため、戻った時には結構時間ギリギリだった。
私は持ち場に着くと、呼び込みを始めようと気持ちを切り替える。
『こちら心霊迷宮です…。底知れぬ恐怖体験…してみませんか?』
我ながらいい感じに役になりきっているなと思っていると、遠くからコチラに向かって来る賑やかな声が耳に届いた。
「わぁーい!心霊迷宮楽しみぃ〜!」
「私合宿の時に肝試し出来なかったから、超楽しみだよっ!」
「エロいナース希望!」
「マジそれなっ!ミニスカナースとか最高じゃねえ⁉︎」
あれは…上鳴くんと芦戸さん達だ!
何か2名程場違いな事考えてる人いるけど…。
私は近付いて来るみんなに向かって、ペコリと頭を下げお辞儀した。
『ようこそ…心霊迷宮へ』
「おー……あれ?苗字じゃん⁉︎ そっか、苗字C組か!」
「全然エロくねぇじゃん!!何やってんだよっ⁉︎」
『それはコチラのセリフですよ峰田くん。何しに来てんですか』
「珍しく名前ちゃんがキレ気味だ⁉︎」
「もう!2人が変な事言うからだよー!」
「マジごめんって!ちょっとフザけただけだから機嫌直して?その着物も
『……もう、取って付けたように…』
あまりにも胡散臭い褒め言葉に、呆れてため息をこぼす。まぁ…期待してわざわざ来てくれたんだし、今回は大目に見てあげよう。
『私達の出し物を楽しんでくれるならいいよ。…4名様ですね?どうぞお入り下さい』
「よっし!サンキュー苗字!」
「わぁ…中、結構本格的だね⁉︎」
『頑張ってみんなで作ったからね』
「つっても、どーせ素人が作ったもんだし、そんな大した事ねーって…」
『…さぁ?それはどうでしょうね…』
「「「「えっ?」」」」
バタン!と扉を閉めると、ものの数秒で中から4人の大絶叫が聞こえて来た。
思わずフフっと笑いがこぼれる。
怖いのは苦手だけど、意外とこう言う役回りは楽しいかもしれない。
すっかり気が大きくなった私は、通り過ぎて行く人に積極的に呼び込みを続けたーー。
そんな感じでしばらく呼び込みをしながら人を待っていると、ついさっきぶりの轟くんがC組に遊びに来てくれた。
『あっ、轟くん!早速来てくれたんだね。ようこそ心霊迷宮へ』
「あぁ。それより、さっき上鳴達とすれ違ったけど…みんな顔が死んでたぞ?」
『フフフ…。ちょっと軽く見られてたから、楽しんでもらんじゃった』
「そうなのか。じゃあ俺も名前と一緒に入る」
『はーい。では名前と一緒にーー…って、えぇ私と⁉︎』
まさかの一言に度肝を抜かれる。
思わず轟くんを凝視すると、お得意のキョトン顔で見つめ返された。
「良い物に仕上げたんだろ?せっかくだしお前と一緒に見てぇ」
『い、いや私はそのっ…!ほら!私受付役だからそれはちょっとーー』
「…ダメか?」
『うぐっ…』
まるで捨てられた子犬の様な目でじっと見つめられ、私の中の何かが悶える。
どうも私はこの顔に弱いらしい。
私は固く目を瞑り、グッと拳を握り締めて気合いを入れると、覚悟を決めた。
『い…いいよ。一緒に、行こう…?』
…が、すぐに私はこの選択をした事を後悔するハメになるーー…。
「へぇ…。結構雰囲気出てんな。作るの大変だったんじゃねぇか?」
とてもお化け屋敷に入ってるとは思えない人のセリフで、轟くんは感心した様子で私に尋ねるけど、今の私にその質問に答える余裕は無かった。
『ヒィっ…⁉︎ む、無理!暗すぎる!…何でこんなに暗いの⁉︎』
「お化け屋敷だからじゃねぇか?」
轟くんに冷静にツッコまれる。
そんな風に当たり前に言われると、何だか自分がとてもちっぽけな事で怯えてるみたいに思えて情けなくなる。
その
『うぅっ…足が震える…』
「大丈夫か?」
『だ、大丈夫じゃ…ないかも…』
まだ入ってものの数分しか経ってないんだろうけど、私にとっては永遠の時間の様に感じた。
すると突然私の目の前にスラリとした手の平が差し出され、驚いて顔を上げる。
「ほら、手貸せよ」
『……えっ?』
「手、握ってた方が安心だろ?」
『…!』
怖がる私に気を遣ってくれたのか、轟くんは優しい口調でそう言って手を伸ばしてくれる。
「俺がそばにいるから大丈夫だ」
『…っ、あ…ありがとう…』
私は少し戸惑いつつも、優しい言葉と差し出されたその手が嬉しくて、そっと手を伸ばすーーー…が。
ガコンッ
「!」
『うぎゃあっ!!』
突如天井から現れた何者かが私達の間に逆さまに顔を覗かせ、私は驚くあまりその場で盛大に尻餅をついてしまった。
『イタタタ……』
「名前、大丈夫か⁉︎」
『う、うん…何とか。一体何がーー…って、心操くん⁉︎』
痛む腰をさすりながら今出て来た人物へと顔を上げれば、そこには血塗られた姿の心操くんが逆さまになりながら、眉間に皺を寄せて私達を見つめていた。
『何てタイミングで出て来るの心操くんっ⁉︎めちゃくちゃビックリしたよ!!』
「そういう役だからしょうがないだろ。…つか、何でお前が中に入って来てんだよ。ちゃんと仕事しろ」
『うっ…ご、ごめん』
「俺が無理言って頼んだんだ。だから名前は悪くねぇ」
『轟くん…』
私を庇う様に轟くんがフォローしてくれる。けれど心操くんはそれが気に食わなかったのか、今度は轟くんに冷ややかな目を向けた。
「勝手な事しないでもらえる?コッチは真面目にやってんだけど」
「別にフザけたつもりはねぇ。ただコイツと一緒に見てぇと思っただけだ」
「それが迷惑だって言ってるんだけど?」
2人の間にピリついた空気が漂う。私は戸惑いながら2人の顔を交互に見つめる。お互い睨み合い、何だかとても気まずい状況。
これは…もしやマズイのでは…?
『あ、あの2人ともーー…って、あれ?』
立ち上がろうとした所でようやく異変に気付く。
私の様子に2人も何が起こったのかと、視線をコチラに向けた。
私は2人を見上げながらハハッ、と乾いた笑いをこぼす。
『ビックリしすぎて……腰が抜けた…みたい』
「は…?」
「動けねぇのか?」
さっきの心操くんに驚き過ぎたみたいだ。
我ながら情けない…。
思わず苦笑いを浮かべた。
『あはは…だ、大丈夫。すぐに "修復" を使えば動けるようにーー』
すると私が言い終えるよりも早く轟くんは私の前に
「大丈夫か?無理させて悪かった。手貸してやるから一緒に行こう」
『えっ…、あ、大丈夫だよ!"修復" を使えば動けーー』
「いいよ、俺が連れてく。ここ心霊迷宮だからアンタ出口分かんないでしょ」
すると今度はいつの間にか逆さ吊り状態から元に戻った心操くんが、しゃがみ込んで私の手を掴もうとする。
ーーまたもや2人の間にバチバチと火花が散った。
『い、いやあの…"修復" 使うから大丈ーー』
「俺がここに連れて来たから俺の責任だろ。お前は持ち場に戻れよ」
『だ、だからーー』
「驚かせた俺にも責任あるし。それに俺が連れて行った方が早く出られるでしょ」
ちょっとぉ⁉︎
2人とも私の話し全然聞いてくれないんだけどッ!⁉︎
すると、睨み合っていた2人は同時に私の手を掴むと勢い良く立ち上がった。
『わっ、と!……あ、立てた』
私は強引に引き上げられ、何とか立ち上がる事に成功した。良かった…と安心したのも束の間、そのまま両腕をグイグイと引っ張っられる。
『ち、ちょっと2人とも!私もう歩けるよ⁉︎』
「オイ、名前が歩けるって言ってんだから手離せよ」
「そう言うアンタも手離せば?」
どうやらお互い全く譲る気配がないらしい。
どうしたものかと頭を悩ませていると、私達の進行方向から、頭に血糊の付いた包帯をグルグルに巻いたお化け役の人がユラリと姿を現す。
「た、たすけてぇー…」
『ヒィッ!出たぁ!⁉︎』
怯える私とは対照的に、2人は物怖じすることなく怖い顔でその人を睨み付ける。
「立て込んでんだ。後にしてくれ」
「そこどいて」
「ひっ…⁉︎ す、すんませんっ!!」
お化け役の人は2人のドスの効いた声と顔にビビった様子で身を縮こませながら慌てて逃げて行った。
お化け役の人が可哀想過ぎる…!!
私はその人に同情しつつも、暴走する2人に半ば諦めモードでそのまま大人しく手を引かれて行くのだった…。