ハッピーエンドでいさせてよ
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『ーーー心操くんってさ……いつも寝不足なの?』
「……は?」
平日の朝、いつものように教室に入り席に着くと、隣の席の苗字がじっと人の顔を見つめて来るので、何だよと視線で返せば、返って来たのはこの一言だった。
いきなり何を言い出すのかと思えば……。
俺は質問の意図が読めず、眉間に皺を寄せながら答える。
「別に普通だけど……」
『そうなの?でも、心操くんいつも目の下に
「悪かったな。生まれつきこう言う顔なんだよ」
『あっ。ごめん…』
地雷を踏んだとでも思ったのか、苗字は肩を小さく萎縮させながら顔を引きつらせる。
……そんな顔をするなら、最初から余計な事を言うなと言ってやりたい。こういう所いつも考え無しに突っ込んで来るよな……。俺は呆れて軽くため息を吐くと、静かに言葉を紡いだ。
「……朝は早朝に目が覚める。どんなに疲れていて眠っても、いつも同じ時間に目が覚めるんだ。昔からずっと」
『そうなんだ!それってもしかして、ショートスリーパーとか言うやつ?』
「さぁ…?詳しく調べた事ないから」
『なんかちょっと羨ましいかも』
「何で?」
『だってアラームいらないんでしょ?遅刻とか寝坊と無縁じゃん!』
………そんな理由かよ。子どもか。
俺は少し呆れたが、ニコニコ無邪気に笑いながら答える苗字に何だか毒気を抜かれたような気がした。皮肉じゃなく、ただ純粋に思った事を口にしたんだろう。そう言えば、コイツ前に1度遅刻したことあったな…。
「……俺はお前が羨ましいよ」
『えっ?私が?何で?』
驚きで目を丸くした苗字が、前のめりになりながら聞いてくる。俺はその視線を受けると、フンと鼻を鳴らして口端を上げた。
「そういう能天気なところが。俺も何も考えずに頭空っぽにして眠りたいよ」
『………あれ?私いまバカにされた?』
「さぁね?」
『したよね⁉ 顔笑ってるもん!酷い心操くんっ!』
ワァワァ喚く苗字を軽くスルーしながら、俺は淡々と授業の準備を始めた。
ふと、そう言えば夢なんて久しく見ていない事を思い出す。
まぁ夢を見た所でそんなモノに何の意味もない。
見るだけどうせ無駄なんだーーー…。
ーーー✴︎✴︎✴︎
ーーーだが、その日の夜……俺は珍しく夢を見た。
普通夢を見てる間は、これが夢なんだと自覚するのは珍しい事なのかもしれない。だが俺は、いま自分が夢を見ているのだとすぐに分かってしまう。
何故なら、夢と現実の矛盾点にすぐに気が付いてしまうからだ。我ながらどこまでも現実主義者だなと思う。たまにはそんな事なんか気にならないくらいに夢の中に没頭してみたい。
「……教室?」
そこは俺以外に誰もいないC組の教室だった。
時間は夕暮れ時のようで、窓からオレンジ色の光が差し込み、教室内が茜色に染まっていた。その中で何故か1人で自分の席に座っている。
……寮に戻らないと。
今はまだ夢なのか現実なのかハッキリしないまま、ぼんやりとした意識の中、教室の扉へと歩き出す。
そして扉を開けようと手を伸ばすと、その手が触れる直前にガラリと音を立てながら扉が勝手に開かれた。
『あ、心操くん!ここにいたんだ』
「ーーー!、……苗字?」
扉の前には何故か苗字が立っていた。思わぬ登場人物に心臓がドキリと跳ねる。おかげでぼんやりしていた意識が鮮明になった。目の前にいる苗字は俺を見ると嬉しそうに微笑んだ。
「……どうしたんだよ」
高揚した気持ちを悟られないように素っ気なく言うと、苗字は頬を膨らませて軽く俺を睨む。
『もうっ!どうしたんだじゃないよ。今日は一緒に帰ろうって約束したでしょ?』
「………はっ?」
『えぇっ⁉ まさか忘れてたの?帰りに一緒にお茶しようって約束したでしょ!私、楽しみにしてたんだよ?』
「お茶…?そんな約束してないだろ。……そもそも、なんでお前と一緒に行かないといけないんだよ」
『酷い!なんでそんなこと言うの⁉』
「なんでって……」
苗字こそ何を言ってるんだと言おうとした口をつぐむ。怒っているのかと思ったら、苗字は至極悲しそうな目で俺を真っすぐ見つめていたからだ。
『だって……私たち、付き合ってるのに……』
「ーーーえっ…?」
付き合ってる……?
俺と、苗字が……?
あぁ……そうか。
ーーー俺は今、夢を見てるのか……。
「………ははっ」
口から乾いた笑いがこぼれる。夢は自分自身で作り上げるもの。だとしたら、この夢は自分で作り出した想像の世界と言うことになる。
……笑えてくる。
俺は無意識の内にこんなモノが見たいとでも思っていたのか…?
『心操くん…?今日なんか変だよ?』
「あぁ…、自分でもおかしなモノを見てると思うよ」
『…?』
夢なんてめったに見ることなんてなかったのに。
見る必要も、ないのに……。
何で今更こんなモノを見せるんだ。
こんなもの見た所で、虚しくなるだけなのにーー…。
『……心操くん疲れてるの?個性、使ってあげるね?』
心配したような声色で苗字はそっと俺の手に触れる。その瞬間、手の温もりがじんわりと俺の手に熱を分けてくれる。その感触があまりにもリアルで、本当に現実の苗字に触れられているような気がして、やっぱりこれは現実世界なんじゃないかと一瞬、錯覚しそうになる。
俺はもう一度確認するように目の前の苗字の顔を見つめた。俺の視線に気づくと、苗字はニコリと俺に微笑みかける。
『…元気でた?』
「あ、あぁ…」
『良かったぁ。心操くんいつも頑張ってるから、たまにはゆっくり休まないとダメだよ?』
これは…、本当に夢なのかーー?
まるで本物の苗字が俺の身を案じているみたいだーー…。
『心操くんが辛い時は、私がそばで支えてあげるから。だから無茶しないで。これからも一緒にヒーロー目指して頑張ろうね?』
「ーーー…」
そう言って優しく笑う苗字が俺の心を締め付ける。
これが夢だとか、そうじゃないとか、もう今はそんな事どうだっていい。ただ、俺の瞳に映る苗字は無邪気な顔で一途に俺の事だけを想ってくれている。
今は、それだけで十分じゃないかーー…。
俺の中で抑えていたどうしようもない苗字への感情が溢れ出る。苗字に触れたい。もっと苗字の温もりを感じたい。その衝動を抑える事が出来なくて……俺は苗字の体を自分の胸へと引き寄せ、強く強く抱きしめた。
『わっ…!し、心操くん…?』
焦ったような、恥ずかしがってるような……そんな声が俺の耳元で響く。ふわりと、いつの日か嗅いだ事のある苗字の香りが鼻腔をくすぐった。
「ーーー好きだ」
『…っ…』
「好きだ、苗字。……他の誰よりも、お前の事を想ってる」
『心操くん…』
だから今は。今だけは…。
俺の苗字だけでいてくれーー…。
抱きしめていた苗字の小さな体が、そっと俺の背中に腕を回す。
『ーーー私も、心操くんが大好きだよ』
優しく返って来た言葉に、思わず目の奥が熱くなった。
ずっと、ずっと……聞きたかったその言葉。
俺は今、幸福感で満たされている。
夢なんて非現実的なモノ、見るだけ無駄だと思っていた。だけどそれは間違いだった。この世界はこんなにも優しくて、幸福で、儚いーー。
あぁ…。
頼むから、もう少しこのまま俺に夢を見せ続けてくれ。
頼む…頼むよ…。
ーーー夢の中でくらい、ハッピーエンドが見たいんだ。
ーーー✴︎✴︎✴︎
『ーーーあれ?心操くん今日は目の隈が薄くない?』
平日の朝、いつものように教室に入り席に着くと、隣の席の苗字がまたじっと人の顔を見つめて来るので何かと思えば、予想外の言葉が返ってきた。
「別に普通だろ…」
『そうかな?でもいつもより顔色も良い気がする……何か良いことあった?』
「……まぁ、いつもよりかは良く眠れた気がする」
『やっぱり!でも何で急に?……もしかして、何か幸せな夢でも見てた?』
「………」
たまに苗字は鋭い一言を発する事がある。しかもそれが天然で無自覚に出た言葉だったりするから
『……あれ?当たり?』
「さぁな?……少なくともお前には絶対に教えない」
『えぇ~⁉ そんな言い方されたら余計に気になる!軽くでいいから教えてよー!』
「やだよ」
言えるわけがないだろう?
夢の中で苗字と付き合っていたなんて。
けど、もし何かが違ったら、あんな風に苗字と過ごしていた未来もあったんだろうか…?
ーーーなんて、何考えてんだ俺は……。
らしくない考えを掻き消すように、俺は淡々と授業の準備を始めたーー…。
ハッピーエンドでいさせてよ おわり
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