何てことないこの日常を
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「寒っ…」
10月も終わりに近付いて来た頃。
夏の暑さもとうに過ぎ去って肌寒さが増し、一気に秋が押し寄せて来たのを体感していた。
冷たくなった指先をズボンのポケットに突っ込み、雄英から寮への帰り道を歩いていると、冷たい秋風がさぁっと地面に落ちている木の葉を掃いて行く。
温かい物が恋しくなるな……。
そんな事を考えながら帰路を歩いていると、寮の前に1人のクラスメイトが、落ち葉が入ってパンパンに膨らんだゴミ袋を両手に抱えている姿を発見した。
あれは……苗字か?
それはクラスメイトの苗字と言う女子だった。
同じクラスではあったが、目が合えば挨拶をするくらいで、特に仲が良い訳でもなく、ただのクラスメイトの1人という認識だった。
今日の掃除当番なのか…?
にしては、中には落ち葉しか入ってないみたいだけど…。
近付く俺に気付いた苗字は、一瞬ハッと焦ったような表情をするが、すぐに取り繕う様にニコリと俺に微笑みかける。
『おかえり心操くん。今日も寒いね』
「……まぁね。それ、捨てに行くの?」
話しかけられたからには無視をする訳にも行かず、何気なく両手に抱えていたゴミ袋に視線を向けながら言った。
『えっ…⁉ あぁ…うん。ちょっと、ね?』
「…?、貸して。俺行くよ」
何故か少し動揺したような様子に違和感を感じながらも、大変そうだったので手伝おうとすると、更に焦った様子で苗字は首を横に振る。
『だ、大丈夫!1人で行けるから…っ』
「いいよ、結構量あるみたいだし俺がーーー」
『ち、違うの!!』
「……えっ?」
いきなり声を張り上げられ、少し驚いてゴミ袋に伸ばしていた手を引っ込めてしまった。そのまま動けず苗字の顔を凝視する。違うってなんだ?どういう意味なんだ?
溢れ出る疑問の言葉が多分顔にも出ていたと思う。
そんな俺の戸惑う様子を見て観念したのか、苗字はため息をこぼすと、ゆっくりと口を開いた。
『ーーー実は……』
「落ち葉で焼き芋を…?」
『うん…。あぁ~恥ずかしい…。お願い、誰にも言わないで?』
本当に恥ずかしいのだろう。頬を赤くした苗字が両手で顔を覆いながらか細い声を上げる。その様子を見ていた俺は首を傾げた。
「恥ずかしいって…何で?」
『えっ…?だ、だって……わざわざ落ち葉拾って焼き芋なんて変だなって思わない?』
「別に思わないけど」
『ほんと…?田舎臭いな、とかもない…?』
「ないよ。むしろ落ち葉で焼き芋なんて実際やった事ないから興味あるけど」
『ーー!、あのね、すごく美味しいよっ!』
「…!」
それまで恥ずかしそうに顔を隠してた苗字は、突然目を輝かせながら嬉しそうに言葉を続けた。
『良かったら心操くんも一緒に食べる?私、自室のプランターでサツマイモ育ててるの!今日収穫期でたくさん取れたから持ってくるね!ちょっと待ってて!』
「えっ…?あっ…」
俺の返事は聞かずに苗字はあっという間に寮へと走り去って行く。今までほとんど会話した事なんてなかったのに、話の流れでいきなり2人で……ましてや女子と一緒に焼き芋を食べる事になってしまった…。
「何話せばいいんだ…?」
まさかこんな展開になるとは思わず、俺は内心頭を悩ませていた。
決して社交的ではないし、愛想だって良くない。人とじっくり話すのはむしろ苦手だ。
けれどさっきの嬉しそうな苗字を見ると、どうしても断る気にはなれなかった……。
ーーー✴︎✴︎✴︎
『お待たせ!はい、もうこれすぐに焼いて食べれるようにアルミホイルで包んであるから。大きい方は心操くんにあげるね?』
「あぁ……サンキュ。つか、サツマイモってプランターで作れるんだな」
『そうなの!畑がなくてもプランターで簡単に作れるよ。肥料も水やりも頻繁に必要ないから、初心者でも楽ちんなんだ。心操くんもどう?』
「まぁ……考えとくよ」
『あ、それ絶対やらない人が言うセリフだよ!簡単なのにぃ~…』
「ははっ」
あれ…?
何か、フツーに話せてるな俺…。
思っていたよりも居心地も悪くない。むしろ自然と笑みがこぼれている。こんな感覚は久しぶりだった。
そのまま俺達は場所を移動して、焚火をしても問題ない所までやって来る。乾いた土の上に集めた落ち葉をゴミ袋から取り出し、その辺に落ちていた枯れ枝も集めて2人で簡単な山を作った。
『よし、じゃあ早速枯れ枝に火を点けて……』
「チャッカマンとかあるのか?」
『ううん。私の個性で火は点けられるから』
そう言うと、苗字は自分の人差し指を立てる。
瞬間、人差し指の先からロウソクの火みたいにぽっ、とオレンジ色の小さな炎が灯った。それを俺に得意げに見せて『ねっ?』と苗字は小さく笑う。
「それ、結構便利な個性だな」
『あはは。それ良く言われるよ』
苗字は苦笑いを浮かべながら枯れ枝に火を灯した。
パチパチと乾いた音を立てながら燃え移った枯れ枝の上に更に落ち葉を被せると、すぐに火が勢い良く燃え上がった。
焚火の熱が冷え切っていた体をじんわりと温めてくれる。炎の揺らめきに吸い寄せられるように、自然と2人で一緒に両手を焚火に
『…あったかぁ~い…』
「あぁ…。いいな、こういうの」
『うん!寒い日の醍醐味だよねっ』
焚火の効果も相まってか、もう気まずさは微塵も感じなくなっていた。なんなら心地良いとも感じている。
しばらく焚火の癒しを堪能していると、火は段々落ち着いてきて
『あとはじっくり待つだけだよ。この位の大きさだったら、だいたい30分くらいかな?』
「…………手際いいな」
『えっ⁉ あはは……実はウチ、結構田舎の出身で…。だから小さい時によくこうして落ち葉を集めて、おじいちゃんに焼き芋作ってもらってたんだ。その時食べた焼き芋の味が忘れられなくて……大好きだった』
苗字はどこか遠くを見るような目で、静かに語る。
その視線の先にはきっと、在りし日の幼い日々を過ごした幸せな映像が流れているのだろう。彼女にとって大切な思い出の味なんだ。
「……そういうの、大人になってもずっと覚えてるよな」
『…!、うんっ。そうなの!だから秋になるとこうして食べるのが恒例になってて。ふふっ…良かったぁ。心操くんってもっと冷たい人なのかと思ってた』
「……酷いな。俺、苗字にそんな風に思われてたんだ?」
『ごめん!だって、心操くんいつもみんなと一線引いてる気がして……。たまに目が合って挨拶しても、物凄く淡泊な感じだったから……私、嫌われてるのかなって思ってた』
「そういう訳じゃっ…、……いや、悪いのは俺だな」
もちろん苗字が嫌いな訳でも、ワザと冷たい態度を取っていた訳でもない。
俺としては普通に接していたつもりだった。
ただーー…
「……苦手なんだ。愛想良く振りまいたり、他人と積極的にコミュニケーション取ったりするのは。だから、苗字が嫌いとかそう言うんじゃないから。誤解させて悪い」
『そうだったんだ…。うん。でも何となくそんな気はしてたよ』
苗字は納得したように頷くと、今度は嬉しそうな顔を俺に向ける。
『だからね、今日こうして心操くんとお話出来て私すごく嬉しい!こんな機会がなかったら、今日と言う日はなかったもんね?貴重な思い出になっちゃった』
「…!」
『ーーーあっ、そろそろ出来たかな?』
苗字は火が燃え尽きた灰の中からアルミホイルに包まれた焼き芋を取り出すと、それをそっと俺に差し出してくれた。
『はい、どうぞ?熱いから気を付けてね』
「……あ、あぁ。サンキュ」
受け取った焼き芋は確かに熱かったけど、持てない程じゃなかった。アルミホイルを丁寧に剥がしてそのまま真っ二つに割ると、割れた断面からふわっと湯気が昇り、食欲のそそる甘く香ばしい匂いが鼻腔をくすぐった。
「いただきます」
苗字は俺が口を付けるのをニコニコしながら見つめている。食べる瞬間を見られるの少し照れたが、口に入れた瞬間、そんな事なんかどうでも良くなるくらいに衝撃が走った。
「………うまっ。何だコレ」
『でしょう⁉』
「ちょっと想像以上だった……焼き芋ってこんなうまかったっけ?」
『そうなのっ!甘味がすごいよね?』
苗字は俺の反応に満足そうに笑うと、すぐに自分も焼き芋を頬張った。
『んぅ~…!美味しいっ!やっぱり焼き芋はこれだな~』
「………」
美味そうに頬張る苗字の様子をぼんやり眺めながら、俺は頭の片隅で物思いにふけていた。
何だか不思議な感じだ。
同じクラスメイトと言うだけの存在だったのに、今日たまたま出くわしただけで、こんな風に隣で一緒に焼き芋を頬張る事になるなんて……。
"こんな機会がなかったら、今日と言う日はなかったもんね?貴重な思い出になっちゃった"
さっきの苗字の言葉がふとよみがえる。
正にその通りだと思う。こんな事になるなんて想像もしていなかった一日だ。
子どもの頃の記憶は、大人になっても全てを覚えてるワケじゃないけれど、過ぎ去って行く日々の中で忘れられない瞬間というのは、確かに今でも
それは案外特別な事じゃなくて、何てことない日常の、きっと今日みたいな日をーーー…
『美味しいね、心操くん』
「……あぁ。ーーー忘れられない味になりそうだよ」
『あははっ、ありがとう』
大人になった時にいつまでも忘れる事のない……忘れられない思い出になればいいなと、そう願いながら、また焼き芋に齧りついた。
何てことないこの日常を おわり
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