私の護衛は心配性!?
私はずっと、家に縛られて生きてきた。
友達と遊んだり、習い事をしたり、部活に入ったり……。そんな思い出、私には一つもない。
何が青春だ。私にとっては夢のまた夢。
今までどれだけみじめな思いをしたか。
だから決めた。いつか絶対にこの家を出てってやる、そして普通の生活をするんだ、って。
私はきっと、自由になってみせる――。
部活動の始まりを告げるチャイムが鳴った。手元の腕時計は3時半を示している。
教室を後にした私は、すれ違う人達の視線から逃げるように早足で階段を降り、靴を履き替え校門へ。とはいえ、正直学校から出る事にも憂鬱な気持ちでいっぱいだった。
だって。
「お嬢」
私の嫌いな男が待っているから。
「……剣磨」
私の父親は、この街を陰で仕切っている鬼龍組 の長、つまりヤクザだ。そして目の前に居るこの男――茨原剣磨 は、私のボディガードを務めている鬼龍組の一人。
私が物心ついた時には既に世話をしてくれていたけど、とにかく〝超〟がつくほどの過保護で。
「桃香 を頼む、と親父から言われた以上、俺はお嬢を守らなければならない」
いつだったか剣磨が口にしたその言葉に、心底呆れたのを今でも覚えている。
「ねぇ、あれって……」
「鬼龍組の人じゃない?」
「もしかしてあの人が、うちの先輩を?」
聞こえてきた複数の声にハッとした。気付けば私と剣磨に周りの視線が集まっていて、非常に居心地の悪い状況だった。
今は例の噂の事もあるし、あまり目立ちたくない。
「……いつも言ってるよね。もう少し離れた所で待ってて、って」
「それは聞けない。ほんの少しの距離であろうと、万が一の事があったら困る。この前も――」
「あー、はいはい、わかりました。分かったから、早く帰るよ」
ほんとうざい、過去の事を蒸し返そうとしないで。
さらに嫌気がさした私は、背後から「待て、お嬢」と呼び掛ける剣磨を無視してさっさと迎えの車に向かった。
帰宅しても私の心は落ち着かない。特にここ数日は例の事件があった所為か、そんな状態が続いていた。
「お嬢、やけに機嫌が悪いな。どうかしたか?」
無神経な一言に、眉間の皺が増えたのが自分でも分かる。
「……誰のせいだと思ってるの」
首を傾げる剣磨が視界の端に見えた。
「学校中で噂になってた。昨日、うちの先輩が一人暴行被害に遭ったって。やったの、剣磨でしょ?」
「ああ。あの男は、お嬢に汚い手を出そうとした」
「あの時の事をどこで聞いたか知らないけど、剣磨のせいで私、陰口叩かれたんだよ。今日だけじゃない、いつも馬鹿にされてる。鬼龍桃香は何も出来ないお嬢様だ、って」
「誰だ、お嬢を侮辱するのは。同級生か。お嬢を傷付けるなど、許せない――」
「だから、剣磨のせいだって言ってるじゃん!」
叫んだ直後、一気に空気が張り詰めたのが分かった。決して剣磨の方を見ないまま、私は堰を切ったように喚く。
「毎日毎日学校まで送り迎え、ほんの小さいトラブルでもすぐ大事にして、余計なことばっかり! あんたの所為で毎日私は苦労してるの! わかる!?」
「……」
剣磨がどんな表情をしているか分からない。だけど私は、何も返されないのをいい事に言葉を続けた。
「そもそも、私はこの家に居たくない。学校の皆と同じように普通に暮らして、自由に生きたい! 友達だって沢山欲しい!」
「だが、親父の大切な一人娘であるお嬢を一人外の世界に放り込むわけには……」
「まただよ、親父親父って。私よりもお父さんの方がそんなに大事なの!?」
「そうじゃない。頼むから話を……」
「もう我慢できない! 一生この家に縛られて生きるなんて、そんなの嫌! 今すぐこの家から出てく!」
「おい、お嬢――」
「触んないで!」
パシンッ。伸ばされた剣磨の手を無慈悲に払いのける。
「剣磨なんか大っ嫌い!!」
吐き捨てた私は一目散に自室を飛び出す。最後に見た剣磨の呆然と立ち尽くす姿が、いつもよりも小さく見えた。
……勢いで飛び出してきちゃった。お父さん、心配するかな。
少しばかり後ろ髪引かれる思いを拭えないまま、でも人生を変えるためだから、と言い聞かせて人気のない路地をとぼとぼ歩く。
「行くあて、考えてなかった……」
スマホも財布も全部家に置いてきてしまった。かといって、今更戻りたくはない。だけどちょっとお腹空いたかも。お金がない、どうしよう……。
これからの事で頭がいっぱいだった所為で、私は自分に忍び寄る人の気配に気付かなかった。
「んむっ!?」
背後から布で口を押さえられ、体の自由が奪われた。筋肉質な腕が私の上体を拘束している。突然の出来事に身の危険を感じて必死に抵抗しようとした時。
「動くな。痛い目見たくねぇなら、大人しくしてろ」
耳元で低い男の声がした。恐怖で足がすくみ、体が動かなくなる。
従順になった私に気を良くしたのか、男がくつくつと笑った。そして私は、路地の奥に停まっている黒塗りの車へと引き摺られていった。
「おい、女にはもう少し優しくしてやれよ」
倉庫のような薄暗い空間に、愉しそうに笑う数人の男たちの声が響く。私は両手を後ろで縛られたまま、床に放られた。受け身が取れなくて体が痛い。テープで口を塞がれているから声も出せない。
「あいつの依頼なんだ、下手に傷付けちゃダメだぜ」
「わーってる。でもまさか、色恋に興味なかったあいつが女を気に入るとはなァ」
依頼? あいつ? 何の話をしてるの?
「ボコボコにされちまったみてぇだが、あいつが惚れるだけあって、確かに可愛いわ」
話が見えず戸惑っていた最中、今の一言で私は理解した。こいつらは、この間私に言い寄ってきた人――剣磨が昨日痛めつけたっていう先輩の差し金みたいだ。
「けどラッキーだったわ。いつもはボディガードがついてて捕まえられねェと思ってたからよ」
「ああ、たまたま一人で居てくれて助かったぜ」
あ……そんな……。
今更、自分のした事に後悔した。こうなるなら、どんなに剣磨の事が嫌いでも、言う事聞いて傍に居れば良かった。感情に任せて家を飛び出すんじゃなかった。
でも、もう遅い。あんなに我儘言っちゃったんだもの。ろくに感謝もせず、自分勝手に振る舞った罰が当たったんだ。きっとそうだ。剣磨だって、私にきっとうんざりして……。
ガンッ! 突如大きく鳴り響いた音に思わずビクッと体が震えた。男達も狼狽えている。
「な、何だ!? ……っ、お前は!」
目を見張る男達の視線の先、蹴破られた扉の傍には肩を上下する剣磨の姿があった。
まさか、助けに来てくれたの……?
「……お嬢から離れろ」
「ちっ……まさか、すぐにここがバレるとはな。やるじゃねぇか。けど、そう易々と言う通りにする訳ねぇだろ?」
「離れろってんなら、テメェがコイツを助けに来いよ」
「ま、一人で3人を相手に出来んならの話だけどな?」
けらけらと笑う男達。服のポケットからナイフを取り出したり、近くに置いてあった鉄パイプを手にしたりと、各々が臨戦態勢に入った。
その刹那、笑い声に混じって乾いた音が響き、ほぼ同時に男の一人が悲鳴を上げた。今の音は銃声だと、すぐに分かった。
「なっ、てめ――ぐはっ!」
「おい――かはっ!?」
銃で肩口を撃たれた仲間に気を取られたのだろう。あっという間に距離を詰めていた剣磨に、残る二人が次々と殴られる。
呻きながら倒れ込んでいる男達を、明らかに怒気を孕んだ眼差しで見下ろす剣磨に私まで恐怖を覚えた。こんなにキレている剣磨は、初めてかもしれない。
そして、最後に彼に殴られた男――私を車に連行した奴の胸倉を掴み、剣磨は静かに言い放った。
「……死にたくなかったら、さっさと失せろ」
「っ……くそっ!」
吐き捨てた男は剣磨の腕を振り払い走り去る。残る二人もなんとか起き上がり、慌ててその後を追った。
二人きりの空間に静寂が訪れる。
やがて剣磨が私を振り返った。怒られるかなと思って身構えたけど、怒鳴るでもなく剣磨は腕を縛っていた縄と口元に貼られたテープを手早く取ってくれた。
「……お嬢、大丈夫か。怪我は?」
いつものように心配してくれる剣磨。さっきの怖い表情はどこへやら。普段よりも、少しだけ眉が下がっているように見える。
「う、うん、平気……。でも、どうして……」
「腕時計だ」
え? 腕時計?
「お嬢の腕時計に、GPSと盗聴器を埋め込んでいた。だから、それを頼りに来た」
「え……えぇっ!? 嘘、いつの間に!?」
衝撃の事実に、自分の腕時計を凝視してしまう。
聞きたかったのはそういう事じゃなかったけど、どうでも良くなった。心配性も度が過ぎると怖い……。
ん? もしかして、この間私が先輩に言い寄られてたって事も、この腕時計を通して知った、とか……?
そんな事を一人呆然と考えていたら、不意に身体が何かに包み込まれ、温かくなった。
「……お嬢、無事で良かった。本当に……」
剣磨が、私を抱き締めている。普段は淡々としている彼が、どこか泣きそうな、か細い声を上げている。
「お嬢が家を飛び出した時、俺は目の前が真っ暗になった。お嬢が俺の元を離れてしまう事に、絶望した。お嬢が攫われたと気付いた瞬間、最早生きた心地がしなかった」
「……どうしてそこまで……」
私は、あんなに酷く剣磨を突き放したのに……。
すると剣磨が私の肩に手を置き、正面から向き合う形で静かに口を開いた。
「……お嬢の、母親だ」
「お母さん?」
「……俺は、物心つく前から親父と、お嬢の母親に良くしてもらっていた。特に彼女は、ずっとコンプレックスだった俺のこの義眼を、初めて褒めてくれた。信頼していたんだ。いつの頃からか、片想いをしていたくらいには」
剣磨の左眼が、私を映している。綺麗な緋色だ。
「……初めて知った」
剣磨がお母さんの事を好きだったなんて衝撃だけど。話している剣磨の眼が凄く優しくて、それ以上の言葉が出なかった。
「お嬢が産まれた時、あの人は死んでしまった。だが俺はその時に約束した。貴女が遺したお嬢のことは、必ず俺が命に代えても守る、と」
「……剣磨」
「……お嬢。あんたが俺を嫌っていても構わない。それでも俺はあんたを守る。それが、お嬢の生まれた時からずっと変わらない、俺の覚悟だ。それだけは、分かってくれ」
あまりに真っ直ぐな目で言う剣磨に、私は笑みを零さずにはいられなかった。視界が潤んでいるのは、きっと気のせい。
「なにそれ、鬱陶しいなぁ。……でも、ありがと」
剣磨に感謝したのは、いつぶりだろう。
久しく伝えてなかった言葉を口にして、少し擽ったかったけど。普段は無表情の剣磨がどこか嬉しそうに目を細めたから、私も不思議と幸せな気持ちになった。
差し伸べられた剣磨の大きな手を取り立ち上がった私は、彼と共に帰路につく。外はすっかり暗くなっていたけど、灯りの乏しいこの場所は、星がいつもより綺麗に見えた。
~完~
友達と遊んだり、習い事をしたり、部活に入ったり……。そんな思い出、私には一つもない。
何が青春だ。私にとっては夢のまた夢。
今までどれだけみじめな思いをしたか。
だから決めた。いつか絶対にこの家を出てってやる、そして普通の生活をするんだ、って。
私はきっと、自由になってみせる――。
部活動の始まりを告げるチャイムが鳴った。手元の腕時計は3時半を示している。
教室を後にした私は、すれ違う人達の視線から逃げるように早足で階段を降り、靴を履き替え校門へ。とはいえ、正直学校から出る事にも憂鬱な気持ちでいっぱいだった。
だって。
「お嬢」
私の嫌いな男が待っているから。
「……剣磨」
私の父親は、この街を陰で仕切っている
私が物心ついた時には既に世話をしてくれていたけど、とにかく〝超〟がつくほどの過保護で。
「
いつだったか剣磨が口にしたその言葉に、心底呆れたのを今でも覚えている。
「ねぇ、あれって……」
「鬼龍組の人じゃない?」
「もしかしてあの人が、うちの先輩を?」
聞こえてきた複数の声にハッとした。気付けば私と剣磨に周りの視線が集まっていて、非常に居心地の悪い状況だった。
今は例の噂の事もあるし、あまり目立ちたくない。
「……いつも言ってるよね。もう少し離れた所で待ってて、って」
「それは聞けない。ほんの少しの距離であろうと、万が一の事があったら困る。この前も――」
「あー、はいはい、わかりました。分かったから、早く帰るよ」
ほんとうざい、過去の事を蒸し返そうとしないで。
さらに嫌気がさした私は、背後から「待て、お嬢」と呼び掛ける剣磨を無視してさっさと迎えの車に向かった。
帰宅しても私の心は落ち着かない。特にここ数日は例の事件があった所為か、そんな状態が続いていた。
「お嬢、やけに機嫌が悪いな。どうかしたか?」
無神経な一言に、眉間の皺が増えたのが自分でも分かる。
「……誰のせいだと思ってるの」
首を傾げる剣磨が視界の端に見えた。
「学校中で噂になってた。昨日、うちの先輩が一人暴行被害に遭ったって。やったの、剣磨でしょ?」
「ああ。あの男は、お嬢に汚い手を出そうとした」
「あの時の事をどこで聞いたか知らないけど、剣磨のせいで私、陰口叩かれたんだよ。今日だけじゃない、いつも馬鹿にされてる。鬼龍桃香は何も出来ないお嬢様だ、って」
「誰だ、お嬢を侮辱するのは。同級生か。お嬢を傷付けるなど、許せない――」
「だから、剣磨のせいだって言ってるじゃん!」
叫んだ直後、一気に空気が張り詰めたのが分かった。決して剣磨の方を見ないまま、私は堰を切ったように喚く。
「毎日毎日学校まで送り迎え、ほんの小さいトラブルでもすぐ大事にして、余計なことばっかり! あんたの所為で毎日私は苦労してるの! わかる!?」
「……」
剣磨がどんな表情をしているか分からない。だけど私は、何も返されないのをいい事に言葉を続けた。
「そもそも、私はこの家に居たくない。学校の皆と同じように普通に暮らして、自由に生きたい! 友達だって沢山欲しい!」
「だが、親父の大切な一人娘であるお嬢を一人外の世界に放り込むわけには……」
「まただよ、親父親父って。私よりもお父さんの方がそんなに大事なの!?」
「そうじゃない。頼むから話を……」
「もう我慢できない! 一生この家に縛られて生きるなんて、そんなの嫌! 今すぐこの家から出てく!」
「おい、お嬢――」
「触んないで!」
パシンッ。伸ばされた剣磨の手を無慈悲に払いのける。
「剣磨なんか大っ嫌い!!」
吐き捨てた私は一目散に自室を飛び出す。最後に見た剣磨の呆然と立ち尽くす姿が、いつもよりも小さく見えた。
……勢いで飛び出してきちゃった。お父さん、心配するかな。
少しばかり後ろ髪引かれる思いを拭えないまま、でも人生を変えるためだから、と言い聞かせて人気のない路地をとぼとぼ歩く。
「行くあて、考えてなかった……」
スマホも財布も全部家に置いてきてしまった。かといって、今更戻りたくはない。だけどちょっとお腹空いたかも。お金がない、どうしよう……。
これからの事で頭がいっぱいだった所為で、私は自分に忍び寄る人の気配に気付かなかった。
「んむっ!?」
背後から布で口を押さえられ、体の自由が奪われた。筋肉質な腕が私の上体を拘束している。突然の出来事に身の危険を感じて必死に抵抗しようとした時。
「動くな。痛い目見たくねぇなら、大人しくしてろ」
耳元で低い男の声がした。恐怖で足がすくみ、体が動かなくなる。
従順になった私に気を良くしたのか、男がくつくつと笑った。そして私は、路地の奥に停まっている黒塗りの車へと引き摺られていった。
「おい、女にはもう少し優しくしてやれよ」
倉庫のような薄暗い空間に、愉しそうに笑う数人の男たちの声が響く。私は両手を後ろで縛られたまま、床に放られた。受け身が取れなくて体が痛い。テープで口を塞がれているから声も出せない。
「あいつの依頼なんだ、下手に傷付けちゃダメだぜ」
「わーってる。でもまさか、色恋に興味なかったあいつが女を気に入るとはなァ」
依頼? あいつ? 何の話をしてるの?
「ボコボコにされちまったみてぇだが、あいつが惚れるだけあって、確かに可愛いわ」
話が見えず戸惑っていた最中、今の一言で私は理解した。こいつらは、この間私に言い寄ってきた人――剣磨が昨日痛めつけたっていう先輩の差し金みたいだ。
「けどラッキーだったわ。いつもはボディガードがついてて捕まえられねェと思ってたからよ」
「ああ、たまたま一人で居てくれて助かったぜ」
あ……そんな……。
今更、自分のした事に後悔した。こうなるなら、どんなに剣磨の事が嫌いでも、言う事聞いて傍に居れば良かった。感情に任せて家を飛び出すんじゃなかった。
でも、もう遅い。あんなに我儘言っちゃったんだもの。ろくに感謝もせず、自分勝手に振る舞った罰が当たったんだ。きっとそうだ。剣磨だって、私にきっとうんざりして……。
ガンッ! 突如大きく鳴り響いた音に思わずビクッと体が震えた。男達も狼狽えている。
「な、何だ!? ……っ、お前は!」
目を見張る男達の視線の先、蹴破られた扉の傍には肩を上下する剣磨の姿があった。
まさか、助けに来てくれたの……?
「……お嬢から離れろ」
「ちっ……まさか、すぐにここがバレるとはな。やるじゃねぇか。けど、そう易々と言う通りにする訳ねぇだろ?」
「離れろってんなら、テメェがコイツを助けに来いよ」
「ま、一人で3人を相手に出来んならの話だけどな?」
けらけらと笑う男達。服のポケットからナイフを取り出したり、近くに置いてあった鉄パイプを手にしたりと、各々が臨戦態勢に入った。
その刹那、笑い声に混じって乾いた音が響き、ほぼ同時に男の一人が悲鳴を上げた。今の音は銃声だと、すぐに分かった。
「なっ、てめ――ぐはっ!」
「おい――かはっ!?」
銃で肩口を撃たれた仲間に気を取られたのだろう。あっという間に距離を詰めていた剣磨に、残る二人が次々と殴られる。
呻きながら倒れ込んでいる男達を、明らかに怒気を孕んだ眼差しで見下ろす剣磨に私まで恐怖を覚えた。こんなにキレている剣磨は、初めてかもしれない。
そして、最後に彼に殴られた男――私を車に連行した奴の胸倉を掴み、剣磨は静かに言い放った。
「……死にたくなかったら、さっさと失せろ」
「っ……くそっ!」
吐き捨てた男は剣磨の腕を振り払い走り去る。残る二人もなんとか起き上がり、慌ててその後を追った。
二人きりの空間に静寂が訪れる。
やがて剣磨が私を振り返った。怒られるかなと思って身構えたけど、怒鳴るでもなく剣磨は腕を縛っていた縄と口元に貼られたテープを手早く取ってくれた。
「……お嬢、大丈夫か。怪我は?」
いつものように心配してくれる剣磨。さっきの怖い表情はどこへやら。普段よりも、少しだけ眉が下がっているように見える。
「う、うん、平気……。でも、どうして……」
「腕時計だ」
え? 腕時計?
「お嬢の腕時計に、GPSと盗聴器を埋め込んでいた。だから、それを頼りに来た」
「え……えぇっ!? 嘘、いつの間に!?」
衝撃の事実に、自分の腕時計を凝視してしまう。
聞きたかったのはそういう事じゃなかったけど、どうでも良くなった。心配性も度が過ぎると怖い……。
ん? もしかして、この間私が先輩に言い寄られてたって事も、この腕時計を通して知った、とか……?
そんな事を一人呆然と考えていたら、不意に身体が何かに包み込まれ、温かくなった。
「……お嬢、無事で良かった。本当に……」
剣磨が、私を抱き締めている。普段は淡々としている彼が、どこか泣きそうな、か細い声を上げている。
「お嬢が家を飛び出した時、俺は目の前が真っ暗になった。お嬢が俺の元を離れてしまう事に、絶望した。お嬢が攫われたと気付いた瞬間、最早生きた心地がしなかった」
「……どうしてそこまで……」
私は、あんなに酷く剣磨を突き放したのに……。
すると剣磨が私の肩に手を置き、正面から向き合う形で静かに口を開いた。
「……お嬢の、母親だ」
「お母さん?」
「……俺は、物心つく前から親父と、お嬢の母親に良くしてもらっていた。特に彼女は、ずっとコンプレックスだった俺のこの義眼を、初めて褒めてくれた。信頼していたんだ。いつの頃からか、片想いをしていたくらいには」
剣磨の左眼が、私を映している。綺麗な緋色だ。
「……初めて知った」
剣磨がお母さんの事を好きだったなんて衝撃だけど。話している剣磨の眼が凄く優しくて、それ以上の言葉が出なかった。
「お嬢が産まれた時、あの人は死んでしまった。だが俺はその時に約束した。貴女が遺したお嬢のことは、必ず俺が命に代えても守る、と」
「……剣磨」
「……お嬢。あんたが俺を嫌っていても構わない。それでも俺はあんたを守る。それが、お嬢の生まれた時からずっと変わらない、俺の覚悟だ。それだけは、分かってくれ」
あまりに真っ直ぐな目で言う剣磨に、私は笑みを零さずにはいられなかった。視界が潤んでいるのは、きっと気のせい。
「なにそれ、鬱陶しいなぁ。……でも、ありがと」
剣磨に感謝したのは、いつぶりだろう。
久しく伝えてなかった言葉を口にして、少し擽ったかったけど。普段は無表情の剣磨がどこか嬉しそうに目を細めたから、私も不思議と幸せな気持ちになった。
差し伸べられた剣磨の大きな手を取り立ち上がった私は、彼と共に帰路につく。外はすっかり暗くなっていたけど、灯りの乏しいこの場所は、星がいつもより綺麗に見えた。
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