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第6章 秋晴れの文化祭

『それでは今年度の緑高祭、スタートです!!』

週末の土曜日の朝8時半。
放送で文化祭スタートの合図が出されると、校門から入ってすぐの広いスペースで、軽快な音楽と共にダンス部のパフォーマンスが始まり、外部からのお客さんもぞろぞろと入って来る。

今日はまだ暑さがやや残るものの、気持ちのいい青空で、絶好の文化祭日和である。


開演から1時間もすると随分人も校内に入ってきており、廊下も教室の中も賑やかになってくる。
一年C組にも外部の人達が多数訪れていた。

「思ったより、人の入りがいいわね。」
「そうだねぇ。」

レジに立つ沙世と由美は教室を見回してそう話す。
二人は執事の格好をしているものの、調理の方とレジを兼任しているため、ホールに立つことはない。
香緒里、美愛、悠、直樹はホールで接客をしている。

「もしかして原因は香緒里ちゃんなのかなぁ?」
「あー、香緒里ねぇ。」

元々香緒里は整った顔をしているので男装は似合うだろうと沙世も思っていた。
実際、タキシードを着て髪を纏めて男装用のウィッグを被った香緒里は結構かっこいい。イケメン好きの沙世から見てもバッチリである。
加えて、物腰も柔らかで特に女子に対して優しいのでイケメンムーブも完璧。
開店当初からその隠れた才能を発揮し、女子達をときめかせ、それが噂になり1時間経つ頃には指名がいくつも入っていた。
そのせいか現在は満席のため、『満席中のためしばらくお待ちください』と書かれた札が入口にぶら下がっている。

「香緒里、割りと器用ではあるけど、こんなところでもそうなのか………んんしかしイケメン!!やっぱり後でツーショット撮ってもらお!」

ちなみに美愛も持ち前の美貌を生かしイケメンに扮している。クラスのイケメン2トップになっている。

「よーっす。」
「どう?繁盛してる?」

他の会計係が来たので調理の方に移ろうとしている時に、秀人と真がやって来た。

「わー来てくれたのー?サボり〜?」
「サボりという名の宣伝、ということで。」

嬉しそうに真に寄っていく沙世に秀人は持っていた「1年A組占いの館」と書かれた看板を見せる。

「結局サボってるってことじゃん?ねぇ真、ところで私の格好どうどう?」
「なんかやっぱりちょっといつもと雰囲気違う感じするな。」
「かっこいい?」
「んー………どちらかと言えばかわいい?」
「えー執事だからかっこいいがいいんだけどなぁ。」
「褒めてんのに!?」

なんでだよ!と真は突っ込む。
普段かわいいと褒めないところを頑張って褒めたのに不満を言われ、ちょっと納得のいっていないような顔をしている。

「香緒里は?」
「香緒里はねーあっちでモテモテになってるよ。」

ちょうど、外部から来た女子学生の対応をしており、きゃあきゃあ言われているところだった。

「秀人、あれはいいのか?」
「女子だから、まだ…………まぁ、許せる。」
「結構ギリギリだな?」

先日の会話を思い出し、真が投げ掛けると秀人は微妙な顔をしてそれに答えた。
思っていたより独占欲が強い。
手が空いたところを見計らって、沙世が呼ぶと香緒里はこちらにやってきた。

「二人ともどうしたの?休憩まだまだだよね?宣伝という名のサボり?」
「ははは、まぁそんなとこ。」
「しかし香緒里、随分イケメンになったな?」
「あー、これ?沙世とかクラスの女子が頑張ってセットしてくれたんだ。秀人は、どう?」

ふむ、と秀人は少し屈んで香緒里の顔を覗き見る。

「確かにかっこいいけど……これはこれでかわいい。」
「!!!」
「あ、照れた。」

赤くなる香緒里に秀人は笑う。
その様子を沙世は静かにスマホで写真を撮った。

「イケメン×イケメン………これはこれで、いい……!!」

少し離れたところでは友代がカメラのシャッターを切り、教室内の何人かの女子たちも「ふぅー!」とテンションが上がっていた。
多分そういうのが好きな方々なのだろう。

褒められ慣れていない香緒里が一人あわあわしていると教室の入り口の方から「なんてこった………」という声が聞こえてきた。

「イケメンが………増えている………。」
「あれ?圭じゃん。どーしたの?」

壁に手をついて圭が項垂れていた。
掲げていたスマホを下ろした沙世が聞くと、バッとこちらを見た。

「チラシを配りに……じゃなくて!!なんで香緒里ちゃんまでイケメンになってるの!!香緒里ちゃんはかわいいんだからかわいいままでいて……!!イケメンポジを取らないでくれ……!!」
「えぇぇ…………そうは言われても、文化祭の出し物だし………それに圭も法被似合ってるよ?ちゃんと変わらずイケメンだと思うけど………。」

クワッと食いつかんばかりに寄ってきた圭にやや引き気味に香緒里は言う。
正直その振る舞いがイケメンさを残念にしている気がするが言わないでおく。

「そいや悠は?俺らあいつのメイド姿も見たくてこの時間来たんだけど。」
「そうそう、ぜひ見ておかないとと思ってな。」
「あぁ俺も悠を見に寄ったんだった。どこだろ?」

真の言葉に圭も落ち着きを取り戻した様子で教室を見回す。

「ユウならさっきから後ろ向いて向こうにいるよー。」

ひょこっとメイド服を着て、茶髪のゆるふわロングのウィッグを被った直樹がやってくる。
美愛の従弟なのでもちろん顔はかわいいため、普通に女の子の様に見える。
おぉ、かわいい!と3人も口を揃えて言う。
その後に直樹が指さした方向を見ると、内巻きのボブヘアの小柄なメイドがぎこちなく動いていた。
そのメイドを「ユウー!」と声を掛けながら直樹はグイグイ秀人達の前に引っ張っていく。意外と力が強い。

くるりと無理やり前を向かされた悠は完全に不貞腐れた顔をしていた。
だが、予想通り可愛らしい顔にそのメイド服は似合っていた。
メイクもバッチリされているためかわいい女子にしか見えない。

「くっ………か、かわいいな………?」
「よ、よく………似合ってるぞ……?」
「ふっ……かわ……いいな……?」

3人とも笑いを堪えながらスマホを構えて写真を撮っていたが、沙世の「かわいすぎてさっき他校の男子にナンパされてたよね。」という発言に堪えきれなくなり、吹き出した。

「ナンパ………!!!!」
「ちょっ、やめ、やめろ………あははははお腹いてぇ……!!!!」
「似合いすぎてやばいな……あはははははっ……!」
「笑うんじゃねぇーーーー!!そして写真をとるんじゃねぇ!!!見世物じゃないかんな!!!」

お腹を抑えて崩れ込む3人に悠は足をダンダン踏みしめ怒る。格好が格好なだけにちょっと面白い。

「鮎川悠!!サボってんと働きぃ!!指名入ってんで!」
「うるせーー!俺のせいじゃねぇよ!」
「そうでなくてもあんたさっきから働く気あらへんやろ!」

イケメン執事に扮した美愛が悠の首根っこを掴む。
悠はやや不満そうな顔をして振り返り言い返した。

「大きくて役に立てへんのは木偶の坊言うけど、チビで役立たへんのはもっとタチ悪いわ!」
「んだとコラぁ!俺だって役にくらい立てるわ!!」

あんたらもサボってんと自分の教室に戻りなよ、そこいると目立つわ、と美愛は秀人達にも声を掛ける。
悠は、お客さんの元に戻ってからも美愛とやんややんや言い争っていたが、クラスメイトや二人を知る生徒たちはいつもの事なのであまり気にしていない様子だった。

「さて、俺達もそろそろ宣伝に戻るか。」
「そーだな。それじゃ、また休憩の時になー。」

ひとしきり笑った秀人と真は目の端に残る笑い涙を拭い、教室を出て行った。
香緒里も仕事に戻ろうとしたが、沙世から「今ちょっと落ち着いてるし、もうちょい休んだら?朝から動きっぱなしでしょ?接客はその間私やっとくよー。」と言って貰えたのでお言葉に甘えて沙世と交代で会計の方に入ることにした。

圭だけはまだ残っており、言い合う悠と美愛の方をぼんやりと眺めていた。

「圭?どうしたの?戻らなくて大丈夫?」
「え?あー、うん、そうだねぇ、そろそろ俺も戻らないと。」

香緒里が腕を軽く叩くとそちらを見、いつものようににっこり笑う。
その圭をジッと見つめていた由美は、もしかして、と口を開いた。

「圭くんって………美愛ちゃんのこと、好きなの?」
「……え?そうなの?」
「あー………」

びっくりして香緒里も圭を見つめる。
言われた圭は視線を上に逸らし頬をかいた。

「中学の頃から美愛ちゃんと一緒にいるから、何となく、わかるんだ、美愛ちゃんの事が好きな男子が美愛ちゃんを見る目。圭くんのは、そんな感じだったから………違った……?」
「………参ったなぁ、由美ちゃんに気付かれたか。」
「え?じゃあ圭があの時言ってた気になる子って……」
「うん、それが美愛ちゃん。」

夏休み中、落ち込んでいた香緒里の話を聞いてくれた際に圭は中学の頃の話をしていた。その後に今好きな人いないの?と聞いた香緒里に圭は「気になる子がいる」と言っていた。

「元カノのくるみに、ちょっと似てるんだよね。性格とかは全然違うけど、顔立ちとかが。最初はそれでちょっと気になってたんだけど、美愛ちゃんのことを知れば知る程、段々………ね。」

酷い別れ方をしたがやはり初恋のため、面影を求めてしまったのだろうか。
美愛自身、見た目はもちろんかわいいしスタイルだっていい。
裏表なくサバサバしていて付き合いやすいし、あぁ見えて面倒見もいい。
好きになる要素は確かに多いのだから、圭が好きになっても確かにおかしくはない。
でも………

「悠が美愛ちゃんのことを好きだっていうのはもちろんわかってるよ。美愛ちゃんの方は分からないけど、憎からず思ってはいるだろうってことも。」

香緒里の考えていることを読んだかのように圭は言った。

「香緒里ちゃんも由美ちゃんも、この事は美愛ちゃんにはもちろん、悠にも内緒ね。」

右手の人差し指を立て口元に添えて、ウィンクをして言う。
この話はおしまい、と続けて言い、またねーと教室を出ていく。
飄々と、いつもの様に。

思いがけず圭の秘密を知ってしまった二人は顔を見合わせる。
当人達の問題なので自分達はどうこう出来ない。
だからこそ、余計に複雑な気持ちになってしまった。
皆が幸せに、なんていうのは綺麗事であり無理ではあるが、何とか上手くいかないかなぁと香緒里はフロアでの接客に戻りながら心の中で呟いた。
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