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第4章 春の風薫る

10日後。
仮入部期間も終わり、本格的に部活も始まり出した。
中学で部活を引退してから半年以上経っており、その間受験勉強などをして鈍っていた一年生達は、新生活と相まって疲労感たっぷりの顔をしている者が多い。
香緒里達も例外ではなく、特に中学時代文化部だった香緒里は際立って疲れていた。


「香緒里ー大丈夫ー?顔が死んでるよ??」
「なんとか、大丈夫………」
「ヘロヘロなのに食べられるんだね。」
「食べるのも……トレーニングだから………」
「そんなストイックキャラだっけ………?」

疲れてはいる。だが、その分身体に栄養を与えてあげなければならない、むしろ運動した後こそ栄養あるものをしっかり摂れ、と小学校の頃の空手道場の師範に言われていた言葉を反芻しながら、香緒里はバランスの良い本日の夕食、Aセットを無心に食べていた。

夕食は和食のAセット、洋食のBセット、中華やイタリアンなどのCセットの中から自由に選べ、お代わりも自由である。
ちなみに本日のAセットはご飯、味噌汁、豚肉の生姜焼き、ひじきの煮物、大根おろしのなめ茸和え。

味噌汁をお盆に置いた後、ふと隣に座る秀人を見ると袖口から湿布が見えた。

「秀人、部活で怪我したの??大丈夫……??」
「あー、これ?ちょっと練習でミスってな。まぁ大丈夫大丈夫、軽く捻っただけだから。」
「そう……??」

湿布の貼られている左手を少し見て、答える。心配してくれるなんて香緒里は優しいなーなんて、軽口を叩きながら。

「雪音……?」

何か言いたげな顔をして秀人を見ている雪音に気付き、香緒里は顔色を伺う。
その雪音に、秀人も視線を向けた。

「あ、ううん、なんでもないの、気にしないで。」

にっこり笑ってそう雪音は言う。

「てかさ、聞いてよ聞いてよーうちの部活にめっちゃかっこいい女の子いるの。」
「女テニ??」
「そうそう。B組の子なんだけどさー、そこらの男子より断然イケメンなのよね、顔も性格も。あ、もちろん真には負けるよ?」
「いや別にそこはどっちでもいいけどさ……」

やだー真が一番だもんーなんて沙世は言い、隣の真の肩を叩く。
いつも通りの和やかな雰囲気。

でも、と香緒里は秀人をチラリと見る。
本当になんでもないのだろうか……??雪音は、何か知ってるの……??
一抹の不安が胸を過ぎった。




「男バスで何かあるんじゃないかって??」

その夜お風呂に入った後、部屋に戻った香緒里は同室の美愛に疑問をぶつけた。
隣の部屋の沙世と由美も遊びに来ており、ベッドに腰掛けている。

「うん、なんとなく、秀人の様子を見てそう思ったんだけど………。」
「んーー、なんかごちゃごちゃやっとるんを見たなぁ。所謂、後輩いじめってやつやね。」

やっぱり、そうか。もしかしたら何か部活で……と思ったら、予感が的中した。

全然大丈夫じゃないじゃない………そういうこと、人に言わないで自分の中に収めて解決しようとしちゃうんだから……。
香緒里は先程の秀人の様子を思い出し、心の中で溜息をついた。

「後輩いびりって……いじめじゃない。」

沙世が驚いたように言う。
『いじめ』という言葉を聞くと苦い想いが広がる。どうしても2年前のことを思い出してしまう。なんであんなことをしていたのだろうと、今でも思い出すと情けなくなる。こんなにいい子達なのに、と。

「まぁ、そやね。」

美愛がそう言うと由美の表情に少し影が差した。その頭を美愛は軽くくしゃっと撫でる。

「顧問の見てへんところで、プレイ中にわざとぶつかったり、雑用を押し付けたりしてるかなぁ。うちも表面上しか見てへんから、部活後のこととかはわかれへんけど。」

秀人のことだから、自分でなんとかするつもりでいるのだろう。でも、少しくらい話をしてくれてもいいのに……と香緒里は思い、今度は本当に溜息をついた。

「今年の1年は上手いやつが多いみたいやからなぁ、目を付けられたんやろうな。」
「出る杭は打たれる、てことね………」
「出る杭……?何それ??」

きょとんとした顔をした沙世を見て、香緒里は吹き出す。ちなみに美愛も似たような顔をしている。

「自分で調べて?」
「えーー!」




翌日の昼休み。

「絶対目玉焼きには醤油だろ!!」
「いーや、絶対ソースやろ!!」
「何やってんだあれ??」

お昼ご飯を食べるため、C組に迎えに来た秀人と真は、教室で言い争ってる悠と美愛を見て聞いた。

「わかんない、突然なんかやり出したよー。」
「まぁいつものことなんだけどね。」

入学初日に喧嘩をした二人はその後も事ある毎に衝突していた。
どちらか一方が突っかかっているわけではなくどちらもで、内容は大抵今日みたいななんてことないことが多い。
犬猿の仲のようにも見えるし、喧嘩する程なんとやら、とも見える。

その二人を尻目に、香緒里は沙世と共に教室を出た。雪音と翔太は一足先に食堂にいるという。

「ねぇ、秀人。」
「どうした?」
「あの、さ……バスケ部でちょっと揉めてるって、聞いたんだけど………」

少し先を行く沙世と真に聞こえないくらいのボリュームで香緒里は切り出す。
言おうか言わまいか、一晩悩んだ。でも、やっぱり心配で気掛かりだから聞いてしまった。

「あー、雪音か?」
「ううん、雪音は秀人が言わないなら、って感じだったから、美愛に聞いた。ごめんね、心配しないように敢えて言ってなかったんだろうなと思ってたんだけど………。」
「いや、いいよ。俺もごめん、言わなくて。もしくはもっと上手く隠せればよかったんだけどな。」

まだまだだなーなんておどけながら言う秀人の顔を覗き込む。

「大丈夫………??」
「まぁ、とりあえず大丈夫。別にこれくらいじゃ俺はへこんだり傷付いたりはしないからな。タフなのは知ってるだろ?」
「そりゃ、まぁ………。」
「怪我も今のところそんな大した事ないしさ。いざとなったらなんとかするから、そんなに心配しなくて大丈夫だって。」

秀人がそう言うなら、そうなのだろう。でもそうやって一人で解決してしまおうとするから心配なのだ。
その気持ちを察してか、秀人は少し微笑んで香緒里の頭を撫でる。

「しんどくなったらちゃんと言うからさ、な?」
「わかった………でも、無理しないでね。」
「もちろん。」

不安で心配ではある。でも香緒里自身にはどうしようも出来ない。だからこそ余計にこれ以上大事にならなければいいと思う。
そう願いながら、香緒里は秀人と共にちょっと前に行ってしまった沙世達を追い掛けた。
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