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第4章 春の風薫る

電車を降り、駅を出ると香緒里は空を見上げた。
以前来た時はまだ冬で寒く、空も冷たい色をしていたが、今日の空はすっきり晴れて、暖かである。
目を細め、大きく深呼吸をする。緑が多いため、空気も澄んでいるような気がした。
息を吐いた後、香緒里は周りを見回し、秀人達を探した。



今日は、緑ヶ丘高校の入学式である。緑ヶ丘、正式名称は緑ヶ丘学園高校。緑高(りょっこう)と略されることもある。

香緒里達の通っていた市と同じ県にある私立高校だが、電車で1時間以上かかり、尚且つ駅からも更にバスで15分程行った所にある。
周りは田んぼが多く、その中に開けた広い場所があり、そこに緑ヶ丘高校はある。

全寮制の私立高校であるが、とある大企業が経営しており、そこの経営者の意向により、学費は公立高校並みで、寮の費用も安く、トータルで考えても通常の私立高校と同じくらいの学費。
自主性、自立性の高い学生にするため、多種多様な友人が出来るようにするため、など謳われているが、実際のところは学内生でもよくわからない、という噂も聞いた。
でも実際、学力に幅のある香緒里達6人が全員入学出来たことを考えると、多種多様の学力、というふうに見ると確かにそうなのかもしれない。



「あ、香緒里ー!きたー!」

少し離れた場所から沙世がツインテールを揺らしながら手を振っているのが見えた。
今日の入学式にはもちろん親も出席出来るのだが、平日ということもあり、来れるのは沙世と翔太の母だけであった。その二人も、子供達に混ざるのは悪いから、とのことで各自学校に向かう、と沙世達から聞いている。
そんなわけで、いつもの六人で揃って学校行きのスクールバスに乗り込む。

「あーなんかわくわくするー!新しい制服っていうのも新鮮だし♪」

沙世は胸の高鳴りを抑えられない、とばかりの表情をしてそう言う。

「中学はセーラー服だったから、ブレザーっていうのも慣れないねぇ。ここの制服かわいいけど。」
「ねー。秀人達も見慣れた学ランじゃないとなんか変な感じ。」

中学は、女子は一般的な赤のスカーフのセーラー服、男子は学ランだった。緑ヶ丘の制服は、紺色のブレザーに女子は緑チェックのリボンに濃いグリーンのチェックのスカート、男子は緑のストライプのネクタイにグレーのズボン。
かわいいと女子に人気の制服である。

「そいや、横浜の家、どうだ??」
「あ、そうそう、確かマンションだっけ?」
「うん、新築のマンション。結構広くってびっくりしたの。」
「え、香緒里んちもお金持ちなの……やだ、一般家庭の仲間かと思ってたのに………」

ガーン、と効果音付きで沙世は言う。先程からコロコロ表情が変わって面白い。

「いや、家と土地売ったお金を足しにして買ったとか言ってたから、お金持ちとは違うと思うけど………。」

本社から横浜支部の部長になるための異動と言っていたが、それが昇格によるもなのかどうなのかは香緒里にはわからない。
ともかく、その異動により、香緒里は春休み中に横浜に引越しをし、今日はそこからここまで来たため、5人とは別々の到着だったのだ。

「まだ全然家片付いてなくて……私の物はいくらか寮に送ったけど、他のものはまだまだ家でダンボールに眠ってる。今度家に帰った時に片付けなきゃなぁ……。」
「引越しってそれが面倒くさそうだよねぇ。」

そうこう話しているうちにバスは学校に到着した。
校門の前の道路に付けたバスから、他の生徒達と共にぞろぞろと降りる。恐らく同じ新入生であろう。秀人や真、雪音がいるからか、こちらをちらちら見ている。

高校でもきっとモテるんだろうなぁと香緒里はその様子を見ながらぼんやりと思う。
中学の頃は、香緒里と秀人が付き合った、という話が出回った後は告白する女子は減ったが、バレンタインのチョコの数はそう変わらなかった。
心配じゃないのか、と同じくモテる彼氏を持つ沙世についこの間聞かれたが、心配じゃないと言ってしまうと嘘になる、が、沙世程心配しているわけではない。香緒里自身が鈍いから、というのもあるかもしれない。


校門をくぐり校舎を見上げる。
入学試験で来た時も思ったが、大きいし、敷地もかなり広い。

各学年6クラスずつのため、普通の高校よりは生徒数は少ないはずで校内図を見る限り、教室の数はクラス分と空き教室が少し。後は特別教室がどれも大きいが、そちらも種類としてはそんなに普通と変わらない。
校舎が大きい、というよりは正しくは付属の施設が大きい。
これから入学式をする大講堂は1000人以上収容出来る程の広さがあるし、三階建ての図書館棟なるものもある。グラウンドはもちろん各部活が広々使える程大きく、体育館もバレー部バスケ部が同時に練習できるくらいの大きさで、その隣には第二体育館があり、一階に空手部や剣道部が活動する武道場、二階には卓球部用のコートがある。

その広さに改めて感嘆し、同時にどこからそのお金が出ているのだろうと疑問に思う。
一学生がそんなことを考えても仕方がないのかもしれないが。

早く行くよーという雪音の声に前を向き、入学式のために大講堂へと香緒里達は向かった。







「どうしてまた真とクラス違うのよーーーーっ!!」

入学式後。
配られたクラス表を手に握り締め沙世はダンっと右足を強く床に叩きつけた。周りにいた生徒はビクリと身をすくませた後沙世の方を見た。
その沙世をまぁまぁと雪音が宥め、香緒里は周りに愛想笑いをする。

「いいじゃない沙世は。香緒里と同じクラスなんだから。私なんて一人よ?」

秀人と真がA組、香緒里と沙世がC組、雪音がD組、翔太がE組となっていた。

「そーだけどさぁ………見事にカップルばらばらじゃん……。」
「まぁでも、食事とかでどうせ一緒だろうし、寮にも男女共用の談話スペースもあるんでしょ?ならいいんじゃない?」
「確かに、むしろ前より接点増えるわけだからな。」
「香緒里達があっさりしすぎなのよぅ!私は寂しいの!」

憤慨するの沙世を今度は真が頭をぽんぽんと軽く叩きながら苦笑する。

「んー俺はただ、雪音が変なやつに絡まれないかだけが心配だなー。」
「やだ翔太ってば。大丈夫よ?」

確かに二カップルに比べて香緒里達の糖分が少ないのは否めない。
だが、そういうやり取りがどうもまだ苦手だから仕方がない。

「とりあえず、教室行こーよ。」
「そうだな、じゃあまた歓迎会で。」

香緒里の一声に、それぞればらばらと指定されたクラスに向かう。

沙世と一緒にC組に入った香緒里は、前の黒板に書かれている座席表を見る。

「げっ、前から2番目じゃん、最悪……。」
「私は………あ、後ろか2番目だ。」
「えーー変わってよー。『 吉崎』だもんなぁそりゃ後ろの方だよね……私も『 や行』か『 わ行』の苗字ならよかった……。」

迂闊に寝れないじゃん、などとぶつぶつ呟く沙世を笑いながら香緒里は窓際の後ろから2番目の席に行く。

香緒里の後ろの席には既に他の女子生徒が座っており、近付いてきた香緒里の気配に気が付き、顔を上げた。

かわいい子、と目が合い香緒里は思った。
長く綺麗な黒髪を沙世より高い位置でツインテールにしている。薄い赤色の細いフレームの眼鏡の奥は、ぱっちりした少しつり気味の目で。鼻筋も通っている。雪音も美少女であるが、それとはまた違ったタイプのかわいさ。

その美少女は香緒里を見て、少し目を見開き、その後にっこりと気さくに笑った。

「美人さんやなー。」
「ええっ?」
「私、渡辺美愛。美しい愛って書いて、みめい。変わった名前やろ?」
「かわいい名前だね。私は吉崎香緒里です。よろしくお願いします。」
「ありがと!吉崎香緒里………香緒里って呼んでもいい?」
「構わないけど……」
「ほな、私のことも呼び捨てでええよ。」

関西弁でハキハキぐいぐいくる美愛に、これが大阪のテンションなのだろうか……と押されつつ、香緒里もにこやかに応じる。

「寮の部屋、確か一緒だったよね??」
「せやな、確かそのはず。」

寮は二人部屋で、一年時の出席番号順に振り分けられると書いてあったはずだ。
その順番でいくと、香緒里と美愛は同室となる。
感じのいい子でよかった、と内心ホッとする。

沙世は、とそちらの方を見ると、前の席の三つ編みの大人しそうな雰囲気の女の子に話しかけている。

「知り合い?」
「え?あぁ、中学一緒の友達なの。あの前から2番目の子。」
「そうなん?その子が話しかけてるの、私の友達。」
「え!そうなの??すごい偶然。他のクラスにもあと4人いるの、同じ中学の友達。」
「めっちゃおるな!」

香緒里の視線に気付いた美愛が問い、返す。聞けば、二人も中学からの親友で、偶然同じクラスになったとのこと。沙世と、その美愛の友達の須賀由美は同室というのだから驚きである。

お互いの地元の話や部活の話をしていると、教室の前の扉が開き、若い女性が入ってくる。
全員に席に着くよう促した後、教壇の前に立つ。

「私がこのクラスの担任の柏木亜弥。厳しくも優しく、がモットー。担当教科は国語。」

ぐるりと見回した後、続ける。

「改めて、入学おめでとうございます。うちの学校は他の学校と比べて色々特殊なところもあり、自由でもある。ただ、自由は履き違えないように。自主自立とは何なのか、日々考えて過ごしてください。そして、クラス替えは3年までないので、2年間よろしく。」

よろしくお願いしまーす、と呼応してクラス全員が言う。
スラリと背が高く、ショートカットの柏木は凛々しい見た目と違わず、淡々と必要事項をその後もしばらく話していった。

数分後。

「では、ほとんどが初対面だと思うから、簡単に自己紹介していこうか。名前と出身地、後は好きな物とか、自由にアピールどうぞ。」

えーーっ、とちょっと不満そうな声がそこかしこから聞こえてくる。
それに対し、それまで淡々と表情を変えずに話していた柏木は、にっこりと笑顔だけ浮かべた。暗に、早くやれ、と言っている。笑みが怖い。


静まった教室の中、じゃあ、と出席番号1番の男子が立ち上がり、教室を見回せるように後ろを振り向いた。

かなり小柄なその男子は、かわいいとどちらかと言えば言われそうな顔立ちをしており、その見た目に反してよく通る声で話し出す。

「出席番号1番、鮎川悠です。東京の端から来ました。」
「えっらい小さいな、小学生かと思った。」

静かな教室では、美愛の声はよく響いた。

「は!?なんだよお前!?もういっぺん言ってみろよ!」
「おぉ、聞こえたんか。耳いいなー。」
「うるせー!変な頭しやがって!」
「は!?失礼なちびっ子やな!小学校に入学し直して来い!」
「なんだとっ!?一昔前のアニメキャラみたいな頭のくせして!!」

その言い分は色んな人を敵に回すのではないか、と香緒里は内心ひやひやしながら思った。
同じような髪型の沙世は眉を顰めていたが。

「あんた見た目だけかと思ったら中身もチビやな!?」
「それはお前もだろ!?」

二人のやり取りに、くすくすと教室のそこかしこから笑い声が上がった。

「あんたのせいで私まで笑われてるやないか!」
「元はと言えばお前のせいだろ!?」
「はいはい、初日から意気投合しなーい。」
「してへんわ!」
「してねーよ!」
「はい、うるさい黙れ、さっさと続きしろ?」

先程より更ににっこり笑い、有無を言わさぬ言い方をした柏木に、さすがに二人は息をのみ、立ち上がっていた美愛は大人しく座った。
悠は、気を取り直して自己紹介を続けた。

「えーと、好きなことはバスケ、特技もバスケ、もちろんバスケ部に入ります!よろしくお願いします。」

あの身長でバスケやるんか……
というまた悠が怒りそうな美愛の呟きは、今度は香緒里にしか聞こえなかった。
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