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第3章 恋と謎

その場から逃げるように走って走って。
家に辿り着くとただいまと父に言うこともなく、2階の自室まで駆け上がった。

バタンとドアを閉め、ベッドに倒れ込むと、涙がどんどん溢れ出てきた。

沙世の言葉、怒りながらも苦しげな表情、二人のショックを受けた顔。
怒らせてしまった、傷付けてしまった。そんなつもりは本当になかったのに、沙世の気持ちを察して言葉を選べなかった。


真に告白された時、まず頭を過ぎったのは沙世の顔だ。びっくりもしたが、まず、『どうしよう』と思ってしまった。申し訳ない、とも。それは沙世言うように同情から来る気持ちなのかもしれない。でも、それで沙世に嫌われたらどうしようとも思い、不安になった。だから、出来るだけいつも通りにしようと思っていた。あまり、そうは出来なかったけれど。

真からの告白も、秀人の気持ちも、香緒里にはこちらもどうしたらいいのかわからなくて。逃げてしまっている。
その結果、二人を傷付ける言葉を発してしまった。

なんでもっと上手く出来ないんだろうか、傷付けてしまうんだろうか。後悔と自己嫌悪で涙が止まらない。


ベッドに突っ伏していると、部屋をノックする音が聞こえた。

「香緒里、入るよ?」

ドアを開け入ってきた雪音を見て、また涙が溢れる。

雪音は優しく微笑むと、起き上がった香緒里の隣に腰を掛け、ぎゅっと抱き締め頭を撫でた。

「雪音……ごめん、ごめんね……」
「なんで私に謝るのー何もしてないでしょー?」


よしよしと撫でる雪音の手と身体の温かさを感じている内に、徐々に高ぶっていた気持ちが収まっていく。

しばらくして涙が止まった香緒里を見て、雪音は身体を離す。

「落ち着いた??」
「うん……ありがとう。」

にっこり微笑む雪音を見て、ぽつぽつと話し出す。


「話、聞こえてた?」
「うん、ある程度は。」
「秀人と真のこと、言ってなくて、ごめんね。」
「いいよ、沙世の気持ちもあるし、言えなかったんだろうなっていうのはわかってるから。」
「沙世のことも二人のことも傷付けちゃって……なんか、もうどうしたらいいんだろう………。二人のことは、嫌いじゃないし、むしろ好きだけど、その好きが雪音が翔太 を好きっていうのと同じなのかはわからない……」

んーー、と香緒里の話を聞き雪音は目線を上にし考える。


「好き、の形は人それぞれ違うと思う。ドキドキする人もいれば、穏やかで安心する人もいると思うの。大事なのは香緒里の気持ち。ゆっくり考えていいんじゃないかな。秀人も真も、ちゃんと待ってくれるよ、きっと。悩んで出した答えなら、例え香緒里が真を選んだって、沙世は時間がかかるとしても納得すると思う。ただ、沙世に遠慮して真を振った、とかだと絶対怒るよ。」

だから、しっかり考えて、自分の思う通りにしていいのよ。

そう、雪音は言った。


「優しいね、雪音は。」
「そうかな?大事な人にしか優しくしないよ??私は香緒里の味方でもあるけど、沙世の味方でもある。二人共が納得する結果になればいいなって思ってるだけだよ。」

ふふふっと優しく笑う。

雪音がいてくれてよかった。
たくさん反省して、その後またたくさん考えよう。わからないけど、わからないなりに。二人が自分にとってどんな存在なのか、どういう関係でいたいのか。


「さ、せっかく買ったんだし、お餅食べよっか。」

床に投げ捨てられた餅の入ったパックを拾いながら雪音は香緒里に声を掛ける。

走っている時にブンブン振られ、家に帰ってきて床に放られた餅だったけれど、今日ついたためか、まだ少し暖かく、美味しかった。







それから1週間程経ち、新学期になった。

沙世は香緒里を避け、唯一関わらなければならない生徒会の仕事の時も業務内容のみの会話。
真も気まずいのか、積極的に話し掛けてくる事もなく、沙世ともよそよそしい感じに見える。
秀人だけは以前と変わらない態度で香緒里に話し掛け、いつものようにからかう。例の一件で傷付いているのかどうなのかさえも読み取れない。読み取れないようにしているのだろうけれど。

4人がそんな感じなので、自然といつもの6人もばらばらになることが多くなり、周りには喧嘩でもしたの?と聞かれることもあった程だ。



始業式から数日後。
雪音は部活終わりに沙世を見つけ、声を掛けた。


「たまには一緒に帰らない?」
「いいけど………」


近くに香緒里がいるのでは、と気にしているのか周囲をきょろきょろと見回している。


「香緒里はいないよ、今日は部活休みだって。」
「……そう。」


校門を出て、他愛ない話をしながら並んで歩く。


『秀人と真?とりあえず大丈夫じゃないかな、と俺は思うよ。』

昨日の帰り道の翔太の言葉を思い出す。

『秀人はどちらかっていうと、予測も出来たであろうあのやり取りを防げなかったことに落ち込んでたかな。でも、気持ちの整理上手い方だと思うから問題ないと思う。真は、傷付いてはいるみたいだけど、香緒里が恋愛方面に鈍いのはある程度感じてたみたいで、『待つしかない』って言ってたよ。沙世の気持ちには、こないだ初めて気付いたみたいだよ。』


秀人、流石というかなんというか。でも二人とも落ち着いてる様子でよかった、のだろうか。真はまだちょっと気まずいみたいだが。
問題はやっぱり沙世か、と雪音はチラリと隣を見る。
教室にいる時とは違い、どこかしょんぼりしている。他の人の前では元気を取り繕っているのが雪音にはよくわかった。


「………聞かないの?」
「ん?」
「聞かないの?責めないの?こないだの事………」


ぽつりぽつりと沙世は雪音に問う。


「責めないよ。私は二人のどっちの味方でもあるから。もちろん、沙世の言葉で香緒里は傷付いたかもしれない。でも、沙世の気持ちもわかるもの。好きな人が友達のこと好きだなんて、辛いじゃない。どうして私じゃないの、私があの子だったら、って考えちゃうのも全然おかしくない。」
「でも………」
「沙世は、いっぱい反省してるんだと思うし、香緒里も今いっぱい考えてる。だから、今すぐに仲直りっていうのは難しいかもしれないけど、大丈夫。そのうち素直に謝れるよ、ね?」
「ありがとう………私、たくさん傷付けちゃったと思う。もちろん、本音というか溜まってた真っ黒な気持ちではあるんだけど……でも、香緒里の家のことまで持ち出すんじゃなかった、それは、絶対しちゃいけなかったのに…………」


目に涙を滲ませて、絞るように言う沙世の頭を、香緒里にした様に、雪音は優しく撫でる。


「私が絶対二人の間にいて離さないから、大丈夫、大丈夫だよ。」


お互い、相手のせいにはしないで自分を責めるんだから、やっぱり二人共優しいのよね。
と、雪音はしばらくして涙の止まった沙世の手を引きながらそう心の中で呟いた。






週末。
美術部の香緒里は休日は部活がないため家にいることが多い。
今日も家で机に向かって予習をしながら、ぼんやりと先日の事を考えていた。
考えても考えても明確な答えは見つからず、ネットを開き『恋とは』と検索してサイトを見ていてもいまいちピンと来ない。

「恋愛向いてないのかなぁ。」

なんて、呟いていると手に持つスマートフォンが震えた。
画面には柳田葵、生徒会の後輩の名前。
珍しい、と思いつつ電話に出ると、急いた様子の声が聞こえてきた。

「香緒里先輩!!大変なんです!昨日の部活の後から、私と同じ部活の川端さんが行方不明で、今日女バレのみんなと探してたんです!それで、部活終わりの沙世先輩に出会って、事情話したら、一緒に探してたんですけど、そしたら、そしたら今度は沙世先輩がいなくなっちゃったんです!!!!」
「は!!??」

思わず椅子を蹴飛ばして立ち上がる。

「今、どこ?」
「学校です!」
「わかった、今から行く!!」


なんで、とか、どうしてそんなことに、とか色々混乱しながらも電話を切った後、制服に着替え、コートを引っ掴み、自転車に乗った。

1月で寒いはずなのに、全速力で自転車を走らせているからか、寒さを感じない。


どうか、大事でありませんように。


心の中で願いながら、学校へと急いだ。
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