第6章 秋晴れの文化祭
「あー腹減ったぁ……」
クラスの担当の時間を終え、メイド服を脱ぎメイクを落とし制服に着替えた悠は疲れた顔でそう言った。
「もうお昼の時間だもんね。何食べよっか?」
「とりあえず外行く?模擬店大体外でしょ?」
「オレ焼きそば食べたい~」
じゃあそうしようかと香緒里達はぞろぞろと中庭の方に向かう。
思っていたより校内には人が多く、賑わっている。
同じ年くらいの子もいれば、学校見学も兼ねているであろう制服を着た中学生がいたり、生徒の家族らしき大人もいる。
そういえば去年、文化祭の見学は行かなかったなぁと香緒里はふと思う。
志望を決めたのが10月頃だったため、どっちにしろ文化祭は終わっていた時期だったが。
模擬店の定番である焼きそばやフライドポテト、チュロスなどを買った後、休憩スペースとして設置されているテントの中に移動した。
「そいや、雪ちゃん達って友達に会いに行ってるんだっけ?」
「そうそう、中学の部活の友達が来るって言ってたよ。」
現在いつものメンバーの中だと雪音と翔太、沙世と真がそれぞれ中学時代の友人に会いに行くため別行動、圭は誘われた女の子達と回るために別行動をしている。
「秀人の男バスの友達は来ねーのかよ?」
「あー来ねーなぁ。」
中学時代、2年生の途中から秀人は徐々に人と関わるようになってきたとはいえ、部活内では圧倒的な実力差のせいで変わらず浮いていた。
仲が悪いというわけではないが、高校に入ってから連絡を取り合う程仲が良いというわけではなかった。
それを知っていた香緒里はチラリと隣に座る秀人の顔を見たが、いつもと変わらない様子で普通に答えていた。
「いいのよっ、俺には悠がいるんだから!」
「いやなんでおネエ口調なん??」
「あーーっ!秀人のアホ!たこ焼き落ちちまっただろ!!!」
秀人が香緒里と反対隣にいる悠に抱き着くと、丁度爪楊枝に刺さっていたたこ焼きがぽとりと地面に落下してしまった。
あーあー、と言いながら奈津は屈んでティッシュにそのたこ焼きを包んだ。
香緒里自身は雪音達以外にも仲の良い友人はいたが、今日は同じくそれぞれ文化祭だということなので来ない。
彼女達は雪音や沙世とも仲が良いので被らなかったら来てくれただろう。
部活には秀人同様、プライベートまで仲のいい同級生はいない。部活内では良好な関係を築いてはいたが。
わぁわぁ騒ぐ友人達を見ながらそう考えていると、由美のスマホが鳴った。
「あ……ごめんね、部活の方で呼び出されちゃった。思ったより売れ行きが良いから、追加分を作る時間を早めるって。」
「パウンドケーキとかだっけ??」
「うん。チョコとか抹茶とか、種類も結構あるの。」
由美の部活である料理部は文化祭ではパウンドケーキやクッキー等の焼き菓子の販売をしている。
毎年好評のようで売り切れるのも早い。
「と、いうことはオレも?」
「うん、一緒に来て欲しいな。」
自分の顔を指さす直樹を見て由美は頷く。
運動が苦手な直樹は結局料理部に入部した。
美味しいものが食べられそう、という理由からだったが、文化祭やイベント事での忙しさは他の部活と比べても群を抜いているような気もする。
残った物食べられるといいなー、とお気楽に言いながら直樹は由美の後を付いていった。
「あいつ、大丈夫やろか。調理部ってキツいんやろ??」
「体力ないもんねぇ……。」
その後ろ姿を見ながら美愛は言い、奈津も心配そうに見送った。
と、その時。
スピーカーからザザっと音がした後、聞き慣れた声が聞こえてきた。
『緑高生並びに緑高祭にお越しの皆様、楽しんでいらっしゃいますでしょうか??』
『きっと楽しんでいると僕は信じています!!』
『改めまして、現生徒会副会長の一ノ瀬桃花と!』
『前生徒会副会長の小田武彦です!!』
空手部副部長の一ノ瀬と、元空手部部長の熱血漢で香緒里を空手部に勧誘したあの小田、よく知る二人の声だった。
『これより新旧生徒会主催のスタンプラリーを開催します!!』
『受付は生徒会室!スタンプラリーのカードを貰ったら指定の部活、クラスを周り、用意されたゲーム等をしてもらいます!ゲームの成績によって得点がそれぞれ付与!!また、校内にいくつかあるスタンプ台も回っていただき、総得点が一番高い者にはなんと!!昼の学食1年間無料券をプレゼントするぞ!』
「「昼の学食1年間無料券!?」」
ガタッと美愛と悠が席を立つ。
ザワついたのは二人だけではなく、周囲にいた緑高生も目の色が変わっている。
学生にとって学食無料というのはとても大きい。
特にたくさん食べる運動部にとっては。
『緑高生以外が優勝した場合には、料理部のお菓子詰め合わせをプレゼントしまーす。』
『但し!スタンプラリーに参加するには条件がある!それはカップル、即ち男女ペアで挑むこと!もちろん、本当にお付き合いしてなくても全然大丈夫!友達同士でOKだ!』
「あーなるほどな、よく文化祭であるキャンプファイヤーのダンスみたいにお祭りならでは恋愛イベントだな。」
「カップル成立を狙ってるわけねぇ。」
文化祭っぽーいと納得している香緒里秀人カップルに対し、美愛と悠は先程とは打って変わって頭を抱えている。
今この場にいるのはカップル2組と美愛と悠。
悩んだ末、悠はバッと顔を上げた。
「奈津、吉崎……ペア組んでくれないか……?」
「「ダメに決まってるだろ。」」
意を決して言った言葉は本人達ではなく嫉妬深い彼氏達によって即座に一刀両断された。
さっきまでなら由美や直樹がいたのにねぇ、なんて本人達は話している。
「学食無料券……。」
「学食無料券のためだ……仕方ねぇ!!!」
「あぁこれはしゃあない。」
「「目指せ学食無料券獲得!!!」」
致し方無し……!!と言うような顔をしながら二人は顔を見合わせる。
高校生の食欲に勝る欲なし、といったような感じであろうか。
「何だかんだ仲良いよねぇ。」
「それ言ったら怒るだろうけどね。」
オー!!と揃って拳を突き上げているのを香緒里達は生暖かい目で見た。
『それでは緑祭スタンプラリー、開始です!!』
生徒会室の前でスタンプラリーのエントリー受付をした後、スタンプカードを受け取り、出発した。
野球部のストラックアウト、女子バスケ部のフリースローなどのアトラクションを順調にこなしていく。
元より運動神経抜群の秀人、悠、美愛はもちろん、亮もそこそこの成績を収め、奈津は人並み、球技が苦手な香緒里はボロボロ、という結果になった。
アトラクションはその結果がそのまま点数となる。
アトラクション以外にも、校内のあちこちにスタンプ台が置かれており、それぞれそこには3種類のスタンプがあり、どれか1つを選んで押すことになっている。
3種類共に点数が違うらしいのだが、それぞれの点数は生徒会メンバーしか知らないため、要は運ということになる。
校庭から第一体育館へとアトラクションを周りつつ道中にあるスタンプ台でスタンプを押す。
そしてそのまま第一体育館の隣の第二体育館へと入る。
一階の空手部と剣道部の武道場は文化祭では使われていないので寄らず、階段を上がり2階にある、普段は卓球部が使用しているコートへと向かう。
階段を上がった先には扉があり、その扉を抜けるとコートがあるはずなのだが今日はその扉の上に大きく『お化け屋敷迷路』とおどろおどろしく書いてある装飾された看板が飾られており、扉の横には受付として机が設置されていた。
「「お化け屋敷………」」
それまで調子良く機嫌良くスタンプラリーを進めていた悠と美愛はその看板を見上げて立ち止まった。
「奈津、お化け屋敷は平気……?」
「んーー得意かと言われたらそうでもないけど、苦手ではないかなぁ。敢えて進んでは入らないけど。香緒里は?」
「脅かされるのが苦手かなぁ。ホラーもそんなに好きじゃないけど……。」
気が進まないなぁ、と珍しく香緒里はボヤく。
秀人はその香緒里を見て楽しそうにしているし、亮はいつもと変わらない表情。
明らかに動揺しているのは、看板を見上げて固まっている二人である。
「美愛?悠?顔色悪いけど大丈夫??」
「………別に大丈夫やで。」
「あー美愛ちゃんもダメかー。悠も昔からこういうのダメなんだよねぇ。」
「べ、別にダメじゃねぇし!?」
「声裏返ってるぞ。」
大丈夫と言いつつ声のトーンがいつもの数倍低い美愛と奈津にばらされ秀人に突っ込まれる悠。
これは大変かもしれないなぁ、と香緒里は自分のことは棚に上げて思う。
「はーいじゃあ、スタンプラリーの参加者の皆さんにルール説明しますねー。参加者以外の方はそのまま係の人に従って中に入ってくださいねぇ。」
受付にいた女子生徒に声を掛けられ6人はそちらの方へ向かう。
卓球部主催お化け屋敷!と書かれた紙が受付の机にぶら下がっている。
「中にもスタンプ台がいくつか設置してあります。その中のどれか1つだけ選んでスタンプラリーの台紙のお化け屋敷の所に押してください。あとは通常の方々と同じ、このお化け屋敷迷路を迷わずに出てきてください。あ、ちなみにこの中では絶対にお二人で手を繋いでいてくださいね。さも無いとどちらか片方は出てくる時にいないかもしれませんからね………。」
ふふふふ、と雰囲気たっぷりにその受付の女子生徒は言う。
そんな馬鹿な、と香緒里は思ったが、隣に立つ二人には効果てきめんだったようで、ぎこちなく手を繋ぎだした。
「ルールだからな、仕方なくだからな……!」
「そんなこと言われなくてもわかっとるわ!」
その後もやれ足を引っ張るなよ、だの、ビビって泣くんじゃないぞ、だのやんややんや言い合いながら真っ先に入っていった。
ようやくいつもの調子に戻ったのかな、と思ったその直後に『ギャーーー!』と二人分の悲鳴が聞こえてきた。
「おーおー楽しそうだなぁ。」
出てきたら揶揄ってやろ、と悪い顔をする秀人をみて、相変わらずだなと香緒里は苦笑いをした。
「俺らもさっさと行くぞ。」
ごく自然に亮は奈津の手を取るとそのままその手を引いて迷路へと進んで行った。
奈津もそれが当たり前かのように「そうだねぇ、でも急いで行くと悠達に追いついちゃわないー?」なんて言いながら歩いている。
幼馴染カップルはすごいな、と香緒里は今度は感心する。
私にはあぁいう風にはいかないあなぁ、とも。
お化け屋敷迷路、と題するだけあり、アトラクションの中に入るといくつか道が分かれていた。
もちろん中はカーテンや目張りをしているため真っ暗になっており、目が慣れるまでは視界も悪い。
「結構本格的だなー。」
辺りを見回しながら言う秀人の声色は少し楽しそうだ。
赤い絵の具で描かれた血や怪しい御札や定番の井戸などもある、ザ・日本のお化け屋敷といった感じの作りである。
「そ、そうだね……。」
受け答える香緒里の声は対照的に硬い。
普通の教室4つ分程の広さはある第二体育館のそこかしこから悲鳴や叫び声が聞こえる。
ホラーも苦手だけど、この、いつ脅かされるのか分からない感じがまた嫌なんだよね……と香緒里は心の中で思う。
しばらく進んで行くと、突然物陰からぬっと何かが勢いよく出てきた。
「いやーーー!!!」
「えええええ!??」
香緒里の悲鳴ともう1つ、叫び声が辺りに響き渡った。
「香緒里………ビビるのはいいけど、回し蹴りは危ないぞ?」
香緒里がギュッと思わず瞑った目を開けると、咄嗟に振り上げてしまった足を腕で受け止め、苦笑いをしている秀人の顔と、その横で腰を抜かして座り込んでしまっているお化け役の男子生徒が目に入った。
「え、あ、ごごごめんなさい!!つい……、防衛本能で……。」
「空手全国レベルの香緒里の蹴りが男とはいえ、素人に入ったら怪我しちまうからな?」
「ごめん、ありがとう……。」
ごめんなさい…!と平謝りしながらその場を後にする。
びっくりしたとはいえ、やってしまった……と肩を落とす香緒里の頭を、手を繋いでいない空いている方の手で軽く叩く。
「怖いんなら無理するなよ。変な所で意地張ることあるからなぁ。」
「だって………」
「そういうの、香緒里にとっては照れ臭くて苦手なんだろうってのはわかるけどさ。」
どうしても人前で、いや、人前でなくともベタベタイチャイチャすることに抵抗を持ってしまう、そんな香緒里であることは前々から知っていたし、だからこそ手を繋ぐ以上のことは、年頃の男子高校生にしては本当にゆっくりゆっくりタイミングを見てしたつもりではある。
「まぁでも、お化け屋敷って、怖がった女子がキャーって言って、男子にくっつくのが醍醐味なところあるじゃん?」
「えぇ……そういうもんかなぁ?」
「少なくとも俺はくっつかれたい。」
キリッといい顔をしてイケメンがそんなことを言うものだから、香緒里は思わず笑ってしまった。
「やっと笑った。んじゃ、そういうことだからさ。」
「そう言われたら、断れないじゃないの。」
差し出された手と腕を香緒里は笑いながらもぎこちなく取る。
その後は先程よりも怖さは少し減り、足を上げてしまうこともなく、無事にゴールに辿り着くことが出来たのだった。
クラスの担当の時間を終え、メイド服を脱ぎメイクを落とし制服に着替えた悠は疲れた顔でそう言った。
「もうお昼の時間だもんね。何食べよっか?」
「とりあえず外行く?模擬店大体外でしょ?」
「オレ焼きそば食べたい~」
じゃあそうしようかと香緒里達はぞろぞろと中庭の方に向かう。
思っていたより校内には人が多く、賑わっている。
同じ年くらいの子もいれば、学校見学も兼ねているであろう制服を着た中学生がいたり、生徒の家族らしき大人もいる。
そういえば去年、文化祭の見学は行かなかったなぁと香緒里はふと思う。
志望を決めたのが10月頃だったため、どっちにしろ文化祭は終わっていた時期だったが。
模擬店の定番である焼きそばやフライドポテト、チュロスなどを買った後、休憩スペースとして設置されているテントの中に移動した。
「そいや、雪ちゃん達って友達に会いに行ってるんだっけ?」
「そうそう、中学の部活の友達が来るって言ってたよ。」
現在いつものメンバーの中だと雪音と翔太、沙世と真がそれぞれ中学時代の友人に会いに行くため別行動、圭は誘われた女の子達と回るために別行動をしている。
「秀人の男バスの友達は来ねーのかよ?」
「あー来ねーなぁ。」
中学時代、2年生の途中から秀人は徐々に人と関わるようになってきたとはいえ、部活内では圧倒的な実力差のせいで変わらず浮いていた。
仲が悪いというわけではないが、高校に入ってから連絡を取り合う程仲が良いというわけではなかった。
それを知っていた香緒里はチラリと隣に座る秀人の顔を見たが、いつもと変わらない様子で普通に答えていた。
「いいのよっ、俺には悠がいるんだから!」
「いやなんでおネエ口調なん??」
「あーーっ!秀人のアホ!たこ焼き落ちちまっただろ!!!」
秀人が香緒里と反対隣にいる悠に抱き着くと、丁度爪楊枝に刺さっていたたこ焼きがぽとりと地面に落下してしまった。
あーあー、と言いながら奈津は屈んでティッシュにそのたこ焼きを包んだ。
香緒里自身は雪音達以外にも仲の良い友人はいたが、今日は同じくそれぞれ文化祭だということなので来ない。
彼女達は雪音や沙世とも仲が良いので被らなかったら来てくれただろう。
部活には秀人同様、プライベートまで仲のいい同級生はいない。部活内では良好な関係を築いてはいたが。
わぁわぁ騒ぐ友人達を見ながらそう考えていると、由美のスマホが鳴った。
「あ……ごめんね、部活の方で呼び出されちゃった。思ったより売れ行きが良いから、追加分を作る時間を早めるって。」
「パウンドケーキとかだっけ??」
「うん。チョコとか抹茶とか、種類も結構あるの。」
由美の部活である料理部は文化祭ではパウンドケーキやクッキー等の焼き菓子の販売をしている。
毎年好評のようで売り切れるのも早い。
「と、いうことはオレも?」
「うん、一緒に来て欲しいな。」
自分の顔を指さす直樹を見て由美は頷く。
運動が苦手な直樹は結局料理部に入部した。
美味しいものが食べられそう、という理由からだったが、文化祭やイベント事での忙しさは他の部活と比べても群を抜いているような気もする。
残った物食べられるといいなー、とお気楽に言いながら直樹は由美の後を付いていった。
「あいつ、大丈夫やろか。調理部ってキツいんやろ??」
「体力ないもんねぇ……。」
その後ろ姿を見ながら美愛は言い、奈津も心配そうに見送った。
と、その時。
スピーカーからザザっと音がした後、聞き慣れた声が聞こえてきた。
『緑高生並びに緑高祭にお越しの皆様、楽しんでいらっしゃいますでしょうか??』
『きっと楽しんでいると僕は信じています!!』
『改めまして、現生徒会副会長の一ノ瀬桃花と!』
『前生徒会副会長の小田武彦です!!』
空手部副部長の一ノ瀬と、元空手部部長の熱血漢で香緒里を空手部に勧誘したあの小田、よく知る二人の声だった。
『これより新旧生徒会主催のスタンプラリーを開催します!!』
『受付は生徒会室!スタンプラリーのカードを貰ったら指定の部活、クラスを周り、用意されたゲーム等をしてもらいます!ゲームの成績によって得点がそれぞれ付与!!また、校内にいくつかあるスタンプ台も回っていただき、総得点が一番高い者にはなんと!!昼の学食1年間無料券をプレゼントするぞ!』
「「昼の学食1年間無料券!?」」
ガタッと美愛と悠が席を立つ。
ザワついたのは二人だけではなく、周囲にいた緑高生も目の色が変わっている。
学生にとって学食無料というのはとても大きい。
特にたくさん食べる運動部にとっては。
『緑高生以外が優勝した場合には、料理部のお菓子詰め合わせをプレゼントしまーす。』
『但し!スタンプラリーに参加するには条件がある!それはカップル、即ち男女ペアで挑むこと!もちろん、本当にお付き合いしてなくても全然大丈夫!友達同士でOKだ!』
「あーなるほどな、よく文化祭であるキャンプファイヤーのダンスみたいにお祭りならでは恋愛イベントだな。」
「カップル成立を狙ってるわけねぇ。」
文化祭っぽーいと納得している香緒里秀人カップルに対し、美愛と悠は先程とは打って変わって頭を抱えている。
今この場にいるのはカップル2組と美愛と悠。
悩んだ末、悠はバッと顔を上げた。
「奈津、吉崎……ペア組んでくれないか……?」
「「ダメに決まってるだろ。」」
意を決して言った言葉は本人達ではなく嫉妬深い彼氏達によって即座に一刀両断された。
さっきまでなら由美や直樹がいたのにねぇ、なんて本人達は話している。
「学食無料券……。」
「学食無料券のためだ……仕方ねぇ!!!」
「あぁこれはしゃあない。」
「「目指せ学食無料券獲得!!!」」
致し方無し……!!と言うような顔をしながら二人は顔を見合わせる。
高校生の食欲に勝る欲なし、といったような感じであろうか。
「何だかんだ仲良いよねぇ。」
「それ言ったら怒るだろうけどね。」
オー!!と揃って拳を突き上げているのを香緒里達は生暖かい目で見た。
『それでは緑祭スタンプラリー、開始です!!』
生徒会室の前でスタンプラリーのエントリー受付をした後、スタンプカードを受け取り、出発した。
野球部のストラックアウト、女子バスケ部のフリースローなどのアトラクションを順調にこなしていく。
元より運動神経抜群の秀人、悠、美愛はもちろん、亮もそこそこの成績を収め、奈津は人並み、球技が苦手な香緒里はボロボロ、という結果になった。
アトラクションはその結果がそのまま点数となる。
アトラクション以外にも、校内のあちこちにスタンプ台が置かれており、それぞれそこには3種類のスタンプがあり、どれか1つを選んで押すことになっている。
3種類共に点数が違うらしいのだが、それぞれの点数は生徒会メンバーしか知らないため、要は運ということになる。
校庭から第一体育館へとアトラクションを周りつつ道中にあるスタンプ台でスタンプを押す。
そしてそのまま第一体育館の隣の第二体育館へと入る。
一階の空手部と剣道部の武道場は文化祭では使われていないので寄らず、階段を上がり2階にある、普段は卓球部が使用しているコートへと向かう。
階段を上がった先には扉があり、その扉を抜けるとコートがあるはずなのだが今日はその扉の上に大きく『お化け屋敷迷路』とおどろおどろしく書いてある装飾された看板が飾られており、扉の横には受付として机が設置されていた。
「「お化け屋敷………」」
それまで調子良く機嫌良くスタンプラリーを進めていた悠と美愛はその看板を見上げて立ち止まった。
「奈津、お化け屋敷は平気……?」
「んーー得意かと言われたらそうでもないけど、苦手ではないかなぁ。敢えて進んでは入らないけど。香緒里は?」
「脅かされるのが苦手かなぁ。ホラーもそんなに好きじゃないけど……。」
気が進まないなぁ、と珍しく香緒里はボヤく。
秀人はその香緒里を見て楽しそうにしているし、亮はいつもと変わらない表情。
明らかに動揺しているのは、看板を見上げて固まっている二人である。
「美愛?悠?顔色悪いけど大丈夫??」
「………別に大丈夫やで。」
「あー美愛ちゃんもダメかー。悠も昔からこういうのダメなんだよねぇ。」
「べ、別にダメじゃねぇし!?」
「声裏返ってるぞ。」
大丈夫と言いつつ声のトーンがいつもの数倍低い美愛と奈津にばらされ秀人に突っ込まれる悠。
これは大変かもしれないなぁ、と香緒里は自分のことは棚に上げて思う。
「はーいじゃあ、スタンプラリーの参加者の皆さんにルール説明しますねー。参加者以外の方はそのまま係の人に従って中に入ってくださいねぇ。」
受付にいた女子生徒に声を掛けられ6人はそちらの方へ向かう。
卓球部主催お化け屋敷!と書かれた紙が受付の机にぶら下がっている。
「中にもスタンプ台がいくつか設置してあります。その中のどれか1つだけ選んでスタンプラリーの台紙のお化け屋敷の所に押してください。あとは通常の方々と同じ、このお化け屋敷迷路を迷わずに出てきてください。あ、ちなみにこの中では絶対にお二人で手を繋いでいてくださいね。さも無いとどちらか片方は出てくる時にいないかもしれませんからね………。」
ふふふふ、と雰囲気たっぷりにその受付の女子生徒は言う。
そんな馬鹿な、と香緒里は思ったが、隣に立つ二人には効果てきめんだったようで、ぎこちなく手を繋ぎだした。
「ルールだからな、仕方なくだからな……!」
「そんなこと言われなくてもわかっとるわ!」
その後もやれ足を引っ張るなよ、だの、ビビって泣くんじゃないぞ、だのやんややんや言い合いながら真っ先に入っていった。
ようやくいつもの調子に戻ったのかな、と思ったその直後に『ギャーーー!』と二人分の悲鳴が聞こえてきた。
「おーおー楽しそうだなぁ。」
出てきたら揶揄ってやろ、と悪い顔をする秀人をみて、相変わらずだなと香緒里は苦笑いをした。
「俺らもさっさと行くぞ。」
ごく自然に亮は奈津の手を取るとそのままその手を引いて迷路へと進んで行った。
奈津もそれが当たり前かのように「そうだねぇ、でも急いで行くと悠達に追いついちゃわないー?」なんて言いながら歩いている。
幼馴染カップルはすごいな、と香緒里は今度は感心する。
私にはあぁいう風にはいかないあなぁ、とも。
お化け屋敷迷路、と題するだけあり、アトラクションの中に入るといくつか道が分かれていた。
もちろん中はカーテンや目張りをしているため真っ暗になっており、目が慣れるまでは視界も悪い。
「結構本格的だなー。」
辺りを見回しながら言う秀人の声色は少し楽しそうだ。
赤い絵の具で描かれた血や怪しい御札や定番の井戸などもある、ザ・日本のお化け屋敷といった感じの作りである。
「そ、そうだね……。」
受け答える香緒里の声は対照的に硬い。
普通の教室4つ分程の広さはある第二体育館のそこかしこから悲鳴や叫び声が聞こえる。
ホラーも苦手だけど、この、いつ脅かされるのか分からない感じがまた嫌なんだよね……と香緒里は心の中で思う。
しばらく進んで行くと、突然物陰からぬっと何かが勢いよく出てきた。
「いやーーー!!!」
「えええええ!??」
香緒里の悲鳴ともう1つ、叫び声が辺りに響き渡った。
「香緒里………ビビるのはいいけど、回し蹴りは危ないぞ?」
香緒里がギュッと思わず瞑った目を開けると、咄嗟に振り上げてしまった足を腕で受け止め、苦笑いをしている秀人の顔と、その横で腰を抜かして座り込んでしまっているお化け役の男子生徒が目に入った。
「え、あ、ごごごめんなさい!!つい……、防衛本能で……。」
「空手全国レベルの香緒里の蹴りが男とはいえ、素人に入ったら怪我しちまうからな?」
「ごめん、ありがとう……。」
ごめんなさい…!と平謝りしながらその場を後にする。
びっくりしたとはいえ、やってしまった……と肩を落とす香緒里の頭を、手を繋いでいない空いている方の手で軽く叩く。
「怖いんなら無理するなよ。変な所で意地張ることあるからなぁ。」
「だって………」
「そういうの、香緒里にとっては照れ臭くて苦手なんだろうってのはわかるけどさ。」
どうしても人前で、いや、人前でなくともベタベタイチャイチャすることに抵抗を持ってしまう、そんな香緒里であることは前々から知っていたし、だからこそ手を繋ぐ以上のことは、年頃の男子高校生にしては本当にゆっくりゆっくりタイミングを見てしたつもりではある。
「まぁでも、お化け屋敷って、怖がった女子がキャーって言って、男子にくっつくのが醍醐味なところあるじゃん?」
「えぇ……そういうもんかなぁ?」
「少なくとも俺はくっつかれたい。」
キリッといい顔をしてイケメンがそんなことを言うものだから、香緒里は思わず笑ってしまった。
「やっと笑った。んじゃ、そういうことだからさ。」
「そう言われたら、断れないじゃないの。」
差し出された手と腕を香緒里は笑いながらもぎこちなく取る。
その後は先程よりも怖さは少し減り、足を上げてしまうこともなく、無事にゴールに辿り着くことが出来たのだった。
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