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第1章 いじめなんて

「あ〜、翔太、それこっちの公式使った方が簡単だぞ?」
「あ、確かに。じゃあ…こうか。」

あの美術の時間以来、香緒里は新谷、雪音、石川といることが多くなった。
沙世達からの嫌がらせは相変わらずだが、一緒にいてくれる人達がいることで随分と気持ちが楽になった。
今日の昼休みも四人で屋上に来ていて、石川は四時間目の数学でわからなかった所を新谷に聞いている。

「よし、正解!」
「あ〜やっとすっきりした。やっぱり秀人の説明わかりやすいな。」
「伊達に学年一位取ってないね。先生よりわかりやすいかも。」
「ね。ってか二人いつの間にか名前呼びするようになったわね。」
雪音は新谷と石川を見比べて言う。
つい数日前まではお互いに名字で呼び合っていた気がする。
「ま、最近からな。」
「でも、良かったわね。友達出来て。」
香緒里が新谷にそう言うと、『そうだな。』と笑った後、『でも』と香緒里の方を見て続ける。
「第一号はお前。」
「私?」
自分を指して言う。
「まぁ…そうかもしれないけど…男女で友情って成り立つの?」
雪音は首を傾けた香緒里を見て苦笑した。
「成り立つって。香緒里、考え方古いわよ?それ。」
「え〜…?」
他愛のない話をしながら四人で一緒にいる時間が一番楽だ。
教室や家にいるより、ずっと。
無理なく付き合えて、何より信頼出来る気がした。
友達って…本当はこういう物だったのだろうか?



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放課後の部活が終わった後、香緒里は雪音と落ち合った。

「お疲れ様。」
「香緒里こそ。いい絵描けた?」
「それなりに。」

香緒里は美術部に、雪音は女子バスケ部に所属している。
美術部は部活の日は少ないが、部活のある日はこうして雪音と一緒に帰ることが多くなった。

二人が下駄箱で靴を履こうとしていると、前から沙世やその他の取り巻きの女子がやって来た。
その中には棗、静、朱理もいる。
「香緒里、ちょっと話があるんだけど。」
沙世はそう言って見据える。
「ここじゃダメなの?」
「ダメよ。」
香緒里は少し息をつき、雪音を見た。
「先帰ってていいよ。」
「え、でも…私も行くよ。」
「雪音は来なくていい。私達は香緒里に用があるんだから。」
そう言うと沙世は背を向け歩き出す。
着いて来いということなのだろう。
心配そうな顔をしている雪音に香緒里は少し微笑んで、『大丈夫だから。』と囁いた。



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「それで、話って何?」
人気のない学校近くの公園に連れて来られた香緒里は沙世と向かい合った。
「最近、調子乗りすぎてんじゃないの?自分の立場わかってるの?」
沙世はそう言って睨んできた。
「だいたいさ〜香緒里って超いい子ぶりっこだよね。」
「自分が全部正しいなんて思っちゃってるっていうか〜。」
それが、ついこの間まで親友だと言っていた私に言う言葉?
棗達がせせら笑って言った言葉に香緒里は思う。
関わりたくないとか言ってたくせに、手のひらを返したようにこの態度。
悲しみや怒りを通り越して呆れてきた。

「結局、あんた達の友情なんて、そんなもんなんだね。自分を守ることにしか必死になれない。雪音の方がよっぽど人間出来てるよ。」
沙世達は顔を赤く染めた。
「あんたのそういうとこが腹が立つのよ!」
拳が顔に飛んでくる。
香緒里はそれを体を少しずらしてかわした。
次に別の取り巻きの子が、その後も別の子が次々に攻撃を仕掛けてくる。
最初は軽々避けていた香緒里は数が増えることにより、避けきれなくなった。
誰かの蹴りが足に当たり、よろける。
そこにさらに腹部に拳が入り、誰かが香緒里を押した。
バランスを崩した香緒里は花壇の方に倒れる。
鈍い痛みを頭に感じ、同時に温かい物が額を伝うのを感じた。

「ちょっ…さすがにまずいんじゃない?」
起き上がった香緒里をみて静が言った。
沙世の顔が少し強張ったのがわかった。
「これに懲りたら大人しくしとくことね!」
そう捨て台詞を言うと沙世は走って公園を出た。
取り巻き達も慌ててその後について行った。
香緒里はそのまま花壇に腰をかけた。
手の甲で額を拭うと赤い物が手にべったりとついた。
「あ〜…これは、確かにまずいかも。」
ズキズキと痛む傷口に鞄から取り出したハンカチをあてる。
足も転んだ拍子に擦ったのか膝から血が滴っている。
家に帰るべきか。
でも家に帰っても手当てするのは結局自分なので、不器用な香緒里に上手く出来る保証はない。

どうしようかと思っていると複数の足音が公園に入ってくるのが聞こえた。
「香緒里!大丈夫?」
雪音が新谷と石川と共に近寄って来た。
「大丈夫かよ!?」
香緒里の傷を見て新谷は心配そうな表情で言った。
雪音と石川も不安げな様子で傍に座った。
「やっぱり私もついて行った方が良かったかな…。」
「三人とも、どうしてここに…?」
「今は事情を話すより、怪我の手当て優先だろ?」
そう言うと新谷は香緒里に背を向けてしゃがんだ。
「ほら、乗れよ。」
「え?いや、でも…」
香緒里が渋っていると少々呆れた顔が向けられた。
「あのなぁ、頭から血を流してる奴を歩かせるわけにはいかねーだろ。おとなしく乗れって。」
「俺もそうした方がいいと思う。額の傷は例え浅くても、血が結構出るから…。
俺の家がここから一番近いから、急いで行こう。」
石川が立ち上がり、雪音もそれに続いた。
仕方なく、香緒里は新谷の背中に乗った。
「……重いからね。」
「別に平気だって。んじゃ、さっさと翔太んち行くぞ!」



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石川の家は公園から数分歩いたところにあった。
どこにでもありそうな一軒家だが、庭が整っていて花がたくさん植えられているのが少し薄暗くなった今もわかる。

「今、家に誰もいないから、遠慮しないで入って。」
石川はそう言って香緒里達を家に招き入れた。
新谷の背中から降りた香緒里は石川についてリビングに入り、そこのソファに腰をかけた。
「待ってて。今救急箱持ってくるから。」
香緒里から離れた石川と入れ違いに雪音と新谷が傍に座った。
「血、まだ出てる?」
ハンカチで押さえられた傷口を見て雪音は聞く。
そのハンカチを外すと先程よりはましになったものの、傷口には血が滲んでいる。
「切れたんじゃなくて、ぶつけて血が出たと思うよ。だから見た目ほどはひどくはない。」
石川が救急箱を持って戻ってきた。
箱をあけ、中から消毒液と脱脂綿を出して傷口を消毒していく。
「ちょっとしみるかもしれないけど…」
手際よく消毒した後、ガーゼを張った。
その後に膝の傷も手当てをする。
「それと、吉崎さん。足、捻った?」
「え?あ、確かに捻ったかも…ちょっと痛いし。」
「じゃあ、靴下脱いでもらえる?湿布貼っちゃうから。」
わかった、と香緒里が言い、靴下を脱ぐと石川はテキパキと湿布を貼り包帯を巻いていく。
「翔太、随分手慣れてるな。」
「あぁ、うちの父さんが医者で、母さんが養護教員でさ、小さい頃からこういうの教えられてきたんだ。」
「えっ石川の家って医者なの?」
「うん、小さな町医者だけどね。はい、出来たよ。」
石川は顔を上げ、にこりと微笑んだ。
つられて香緒里も微笑む。
「ありがとう。」
「もし、傷口じゃなくて頭が痛くなったら、病院に行ったほうがいいよ。何か脳の方にあるかもしれないから。」
香緒里は頷いた後、雪音と新谷を見る。
「二人も、ありがとう。」
「ううん。ただ、心配で探しに来ただけだから。」
「にしても、よってたかってリンチってのは、最悪だな。」
「ね。香緒里もやり返せばよかったのに。」
香緒里は少し困った顔して笑った。
「まぁ本来なら、私一人でも何とかなるレベルなんだけど…さすがに女子に手をあげるわけにはいかないし。」
「でも、吉崎さんはやられたんだから…」
「それはそうなんだけど―――」
「空手の黒帯だから、下手したら怪我させちまうって?」
香緒里の言葉を引き取って、新谷が続ける。
「黒帯?」
「香緒里が?」
「新谷、何で知ってるの?」
「俺に知らないことはねぇもん。」
あっさり答える。
「あっそ。」
「えっ黒帯とかすごいね!」
「小さい頃から、やってただけだよ。」

「ま、何にしろ。これで終わるわけにはいかなさそうだな。」
新谷はそう呟き、窓の外の空を見つめた。
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