第4章 春の風薫る
「だから言っただろ?すぐふっ切れるって。」
今日の悠が元気だった、と放課後の部活中の休憩時間に香緒里が言うと、亮はペットボトルの蓋を締めながら返した。
「大方、誰か……そうだな、好きなやつとかに励まされたんだろ。」
「あーそうかもねぇ。」
悠の好きな人か。パッと思いつくのは美愛だけど、実際はどうなんだろうか?
喧嘩するほど仲がいいとは言うし、照れ隠しで言い合ってるようにも見える。
美愛に聞くときっと「ありえんわ」と切り捨てられてしまいそうな気はするが。
ふむ、と香緒里が考えていると、隣で奈津が感慨深けに頷いていた。
「そっかー悠もついに初恋が来たのかもしれないのね………。」
「お姉ちゃんみたいね。」
「まぁそんな感じはあるかな。特に悠に関しては。世話の焼ける弟というかなんというか。」
「圭も圭で心配だがな。」
「ーーーーーっ!」
そうこうのんびり休憩しながら話していると突然外の方から怒鳴り声が聞こえた。
続いて悲鳴も。
嫌な予感がした香緒里達は顔を見合わせ、立ち上がった。
昨日の美愛とのやり取りを経て、すっかり調子を取り戻した悠はいつもの様にわくわくした気分で部活に望んでいた。
雑用だって早くこなしてしまえばそれだけ練習する時間が増える。
無駄にしごかれ走らされたりするのも体力アップや筋力アップに繋げられる。
そう思うと何だって頑張れる気がして、何だって大丈夫なように思えた。
単純なのは多分ある意味取り柄でもあるのだろうと考える。
メニューをいつもの様にこなし、いよいよゲーム。
ファールは当たり前、だけど顧問があまり見にこないから誰も咎めない。時には怪我をしそうなくらい当たりが強い時もある。今のところ気を付けているから擦り傷程度で皆済んでいるが。
いつもなら気を付けていた。だが今日の悠はやる気に満ち溢れていたため、それを怠ってしまっていた。
1、2年の合同チーム対3年チーム。1年生をいびりたいが為の組み合わせなのは部員の誰もがわかっていた。
秀人からのパスを受け、悠は3年の草部を抜こうとボールをつき、少しフェイントを掛けて走り出そうとした。そこを草部は強引にぶつかり、足を伸ばす。『しまった』と思った時にはもう遅く、悠はその足に引っかかり、足首を捻り、倒れた。
「あーわりー、ちょっとマジになりすぎたわーごめんなー??お前が俺を抜こうとするからさー」
ヘラヘラと薄ら笑いを浮かべ、微塵も悪いと思ってなさそうに草部は言う。
捻った右足がズキズキと痛む。だがそれ以上にムカムカと腹が立ち、草部を睨む。
「ふざけんなよ!こっちは真剣にバスケやりたくて入ったんだよ!くだらないことしてるんじゃねぇよ!」
気付いたらそう怒鳴っていた。
あぁそうだ、傷付きもしたけれど、同時に悔しかったんだ、と自分の言った言葉で気付いた。バスケがしたい、ただそれだけなのにそれを踏みにじられ楽しくなくさせられる。それがとても悔しかったし辛かった。
草部は一瞬面食らった表情をしたが、すぐに眉を釣り上げる。
「あ?てめぇ先輩に向かって何言ってんだ?ふざけてんのはどっちだよっ!」
思いっきり腹を蹴られ、悠は床に転がった。胃から逆流してくるものを感じ、口を抑えて必死に耐える。目の端でまた草部が足を振り上げるのが見えた。
が、蹴りは飛んでこなかった。
「悠の言う通りだ。高校生にもなっていじめとかダセーただろ。くだらねぇ。いい加減にしろよ。」
「秀人………!?」
草部の蹴りを自らの足で受け止めた秀人の表情はいつになく真剣で鋭い。大声を出しているわけではないが怒っているのは分かる。
「お前らにバスケをやる資格はねぇよ、真剣に取り組んでいるやつらに失礼だろ。」
「うるせぇうるせぇうるせぇ!!俺に逆らうんじゃねぇ……!!!!生意気なんだよお前ら!!」
草部はポケットからカッターを取り出し振りかざす。
「きゃーーー!!!」
「新谷っ!!」
部員や遠巻きに見ていた女子バスケ部員から悲鳴が上がった。
「秀人!!」
倒れ込む悠の目の前に、真っ赤な血が落ちてきた。
視線を上げると、秀人が左手でカッターを受け止めていた。その手から血が滴っており、今もポタポタと床に落ちている。
「気が済んだかよ?」
不敵な笑みを浮かべるその横顔を、悠は同性ながら惚れ惚れと見た。血を流しててもかっこいいやつってリアルにいるんだ……!とちょっと悪い頭で思う。
悠でさえそうなのだから、不謹慎ながらときめいてしまった女子は他にもいるだろう。
いい加減にしとけよ、と次に秀人が言う前に、草部は血走った目で大声を上げながら、またカッターを振り上げ、更に攻撃してこようとした。
だが、それは背後からやってきた人物によって阻まれる。
「落ち着け草部!!!」
騒ぎを聞きつけ、空手部の道場から走ってきた小田は、草部を後ろから羽交い締めにする。
続けて香緒理たちも体育館に走って入ってくる。
「離せよくそっ!」
「落ち着けって言ってるだろ!!」
尚も暴れようとする草部の後頭部に自身の頭をぶつける。なかなか激しい音がした。
草部の手から落ちたカッターは床に転がった。
「よし、では草部はそのまま俺が抑えている、バスケ部のやつらは誰か先生を呼んでこい!!新谷と鮎川悠は保健室!以上、解散!」
痛みに呻いている草部とは対象的に、小田はハキハキと周りに指示していく。
この人なんなんだよ頭固すぎだろ……(物理)
まだ少しぼんやりする頭で悠は心の中でボヤいた。
今日の悠が元気だった、と放課後の部活中の休憩時間に香緒里が言うと、亮はペットボトルの蓋を締めながら返した。
「大方、誰か……そうだな、好きなやつとかに励まされたんだろ。」
「あーそうかもねぇ。」
悠の好きな人か。パッと思いつくのは美愛だけど、実際はどうなんだろうか?
喧嘩するほど仲がいいとは言うし、照れ隠しで言い合ってるようにも見える。
美愛に聞くときっと「ありえんわ」と切り捨てられてしまいそうな気はするが。
ふむ、と香緒里が考えていると、隣で奈津が感慨深けに頷いていた。
「そっかー悠もついに初恋が来たのかもしれないのね………。」
「お姉ちゃんみたいね。」
「まぁそんな感じはあるかな。特に悠に関しては。世話の焼ける弟というかなんというか。」
「圭も圭で心配だがな。」
「ーーーーーっ!」
そうこうのんびり休憩しながら話していると突然外の方から怒鳴り声が聞こえた。
続いて悲鳴も。
嫌な予感がした香緒里達は顔を見合わせ、立ち上がった。
昨日の美愛とのやり取りを経て、すっかり調子を取り戻した悠はいつもの様にわくわくした気分で部活に望んでいた。
雑用だって早くこなしてしまえばそれだけ練習する時間が増える。
無駄にしごかれ走らされたりするのも体力アップや筋力アップに繋げられる。
そう思うと何だって頑張れる気がして、何だって大丈夫なように思えた。
単純なのは多分ある意味取り柄でもあるのだろうと考える。
メニューをいつもの様にこなし、いよいよゲーム。
ファールは当たり前、だけど顧問があまり見にこないから誰も咎めない。時には怪我をしそうなくらい当たりが強い時もある。今のところ気を付けているから擦り傷程度で皆済んでいるが。
いつもなら気を付けていた。だが今日の悠はやる気に満ち溢れていたため、それを怠ってしまっていた。
1、2年の合同チーム対3年チーム。1年生をいびりたいが為の組み合わせなのは部員の誰もがわかっていた。
秀人からのパスを受け、悠は3年の草部を抜こうとボールをつき、少しフェイントを掛けて走り出そうとした。そこを草部は強引にぶつかり、足を伸ばす。『しまった』と思った時にはもう遅く、悠はその足に引っかかり、足首を捻り、倒れた。
「あーわりー、ちょっとマジになりすぎたわーごめんなー??お前が俺を抜こうとするからさー」
ヘラヘラと薄ら笑いを浮かべ、微塵も悪いと思ってなさそうに草部は言う。
捻った右足がズキズキと痛む。だがそれ以上にムカムカと腹が立ち、草部を睨む。
「ふざけんなよ!こっちは真剣にバスケやりたくて入ったんだよ!くだらないことしてるんじゃねぇよ!」
気付いたらそう怒鳴っていた。
あぁそうだ、傷付きもしたけれど、同時に悔しかったんだ、と自分の言った言葉で気付いた。バスケがしたい、ただそれだけなのにそれを踏みにじられ楽しくなくさせられる。それがとても悔しかったし辛かった。
草部は一瞬面食らった表情をしたが、すぐに眉を釣り上げる。
「あ?てめぇ先輩に向かって何言ってんだ?ふざけてんのはどっちだよっ!」
思いっきり腹を蹴られ、悠は床に転がった。胃から逆流してくるものを感じ、口を抑えて必死に耐える。目の端でまた草部が足を振り上げるのが見えた。
が、蹴りは飛んでこなかった。
「悠の言う通りだ。高校生にもなっていじめとかダセーただろ。くだらねぇ。いい加減にしろよ。」
「秀人………!?」
草部の蹴りを自らの足で受け止めた秀人の表情はいつになく真剣で鋭い。大声を出しているわけではないが怒っているのは分かる。
「お前らにバスケをやる資格はねぇよ、真剣に取り組んでいるやつらに失礼だろ。」
「うるせぇうるせぇうるせぇ!!俺に逆らうんじゃねぇ……!!!!生意気なんだよお前ら!!」
草部はポケットからカッターを取り出し振りかざす。
「きゃーーー!!!」
「新谷っ!!」
部員や遠巻きに見ていた女子バスケ部員から悲鳴が上がった。
「秀人!!」
倒れ込む悠の目の前に、真っ赤な血が落ちてきた。
視線を上げると、秀人が左手でカッターを受け止めていた。その手から血が滴っており、今もポタポタと床に落ちている。
「気が済んだかよ?」
不敵な笑みを浮かべるその横顔を、悠は同性ながら惚れ惚れと見た。血を流しててもかっこいいやつってリアルにいるんだ……!とちょっと悪い頭で思う。
悠でさえそうなのだから、不謹慎ながらときめいてしまった女子は他にもいるだろう。
いい加減にしとけよ、と次に秀人が言う前に、草部は血走った目で大声を上げながら、またカッターを振り上げ、更に攻撃してこようとした。
だが、それは背後からやってきた人物によって阻まれる。
「落ち着け草部!!!」
騒ぎを聞きつけ、空手部の道場から走ってきた小田は、草部を後ろから羽交い締めにする。
続けて香緒理たちも体育館に走って入ってくる。
「離せよくそっ!」
「落ち着けって言ってるだろ!!」
尚も暴れようとする草部の後頭部に自身の頭をぶつける。なかなか激しい音がした。
草部の手から落ちたカッターは床に転がった。
「よし、では草部はそのまま俺が抑えている、バスケ部のやつらは誰か先生を呼んでこい!!新谷と鮎川悠は保健室!以上、解散!」
痛みに呻いている草部とは対象的に、小田はハキハキと周りに指示していく。
この人なんなんだよ頭固すぎだろ……(物理)
まだ少しぼんやりする頭で悠は心の中でボヤいた。