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第4章 春の風薫る

「へー、バスケ部希望なのかそいつ。」
「て、言ってたよ。だから秀人もそのうち会うかも。」

香緒里が悠の話をすると、秀人は興味深げに相槌を打った。

ホームルームが終わり、一度寮へ戻ってからしばらくした17時から、新入生歓迎会が体育館で行われた。
ビュッフェ形式の立食パーティとなっており、壁側にはいくつもの料理が、中央からは立食用のテーブルが、ずらりと並んでいる。
沙世が目を輝かしたのは言うまでもない。
料理は和洋中様々でデザートもある。料理部の生徒と緑ヶ丘所属の調理師達が作った、と始めの説明で言っていた。

普段の食事は、朝夕は寮が立ち並ぶエリアにある三階建ての食堂で食べるらしい。


「鮎川って言った?」
「うん、鮎川悠。」
「うちのクラスにも鮎川っていう苗字の男の子がいて、三つ子なんだーって言ってたから、その人なのかなぁ。」
「え、三つ子!?」

雪音の言葉に香緒里は問い返す。

「俺のクラスにもいるよ、鮎川。鮎川亮っていう。」
「三つ子って始めて見るな。」
「確かに珍しいよな。」

翔太も答え、秀人と真は感心したように言う。


「あれー?雪ちゃんだ!」

取ってきた料理を食べながら、それぞれのクラスの様子をしばらく話していると、雪音を呼ぶ声が聞こえた。

「あ、なっちゃん!」

そちらの方を見ると、ショートカットでかわいらしい顔立ちをした女の子と、よく似た顔の男の子三人がいた。
そのうち一人は香緒里にも見覚えのある、クラスメイトの鮎川悠。
とすると、他は例の三つ子なのか、と推測する。

沙世も、取ってきた唐揚げを食べる手を止めて、あぁこれが、と納得したように三人を見た。

「もしかして、さっきの話のって……」
「多分、そうかな?あ、えーと……」
「雪ちゃんと同じクラスの上原奈津です!それでこっちが私の幼馴染みの…」

奈津が後ろの三人を振り返ると、一人だけ背の高いモデル風のイケメンがすすっと前に出てくる。

「同じく、雪音ちゃんと同じクラスの鮎川圭です♪よろしくね。」

にっこりと爽やかな笑顔を浮かべ、香緒里達にウィンクをする。

イケメンだけどチャラっ!という沙世の呟きが隣から聞こえ、真は吹き出しそうになる。

「C組の鮎川悠。って、あれ?お前確か同じクラスの………あのツインテバカ女の前の席の………」
「吉崎香緒里です。」

これ美愛が聞いたら怒りそうだなと思い、苦笑しながら香緒里は答える。

「E組の鮎川亮。」

最後に残った、悠と同じくらいの身長で、でも悠よりは髪色が暗く、表情もクールな亮が名乗った。

香緒里達もそれぞれ自己紹介をする。

「香緒里ちゃんに沙世ちゃんね!二人ともかわいいねぇ!」
「圭、初対面の子を口説かないの、女たらし。」
「女好き。」
「奈津も亮も酷くない!!??ちょっとイタリア的な挨拶じゃん!!」

確かにチャラいな、と秀人はやり取りを見て頷く。
同じイケメンとはいえ、秀人とはだいぶタイプが違うようだ。

よろしくーなどと言いながら、その後も他愛ない話をする。
同じバスケ部志望、ということで秀人と悠はちょっと盛り上がっていた。
四人は親の都合で揃って緑ヶ丘に入ったと言っている。都内に住んでおり、中学は区立の中学に通っていたと。

鮎川兄弟は一卵性双生児のため顔こそ似ているが、性格は三者三様。ちなみに、亮が長男、悠が次男、圭が三男だそうだ。


食事を取りに行き、話しながら食べ、そろそろお腹いっぱいになったし、デザートでも取りに行こうか、と話していると、近くを通り過ぎた男子生徒が突然振り返り、香緒里達の方に早足で歩いてきた。

そしてすぐ側に来ると、香緒里と秀人の肩をガッシリ掴み、目を見開く。

「吉崎香緒里さんと新谷秀人くんだよね!!!???」

くわっと食いつかんばかりの勢いで尋ねてきたその人に、香緒里もさすがの秀人もびっくりしながら頷いた。

歓迎会の始めにステージで話していた人だ、と周りの雪音達は引き気味に眺めながら思い出す。確か、生徒会の副会長と言っていた気がする。

「えっと………なんで私たちの名前を………???」
「当たり前じゃないか!吉崎さんは空手の少年部の大会3連覇、新谷くんは4年前新星の如く現れ、その年の大会のトロフィーをそう舐め!!!!そんな同世代の金の卵達を覚えていないわけないだろう!!!??」
「え、香緒里達ってそんなにすごかったの………!?」

香緒里が小さい頃から空手をしていて黒帯で、秀人が空手を含め色々な武道をしていた、ということを知っていた。だが、そんな記録に残るまでの選手であったことは初耳だった。

「だがしかし!!君たちは小学校を卒業すると共に空手界から姿を消してしまった………素晴らしい才能があるのに!!なんてもったいない!!!」

二人から離した手で今度は握り拳を作り、その人-------小田武彦は力説した。

暑苦しー……と沙世は引き気味に呟き、周りの真達も頷きはしないものの、沙世と同じ様な表情をする。

「でも君たちはここ緑ヶ丘に来た………!!!運命だ!!ぜひうちの空手部に入って欲しい……!!!」
「いや、バスケ部入るんで無理です。」
「なぜだぁぁぁぁぁ……!!!」

握りしめた拳は、秀人のきっぱりとした断りによって、今度は開かれ頭を抱え、一際大きな声を出しながら、膝から崩れ落ちた。
周りにいた生徒達がびっくりしてこちらを見、地面に這いつくばっている小田と香緒里達を交互に見た後、何も見なかったかのように目を逸らした。

リアクションがオーバーだし目立つから勘弁して欲しい、と秀人はため息をついた。

「吉崎さんは!?」

気を取り直した小田はガバッと顔を上げ、香緒里を見た。

「入る部活は!?決めているのか!?」
「いや、まだ特には………」
「なら、とりあえず見学だけでもいい!空手部を見に来てくれ!!」
「わ、分かりました………」
「ありがとう!!ありがとう!!!」

勢いに気圧された香緒里はたじたじになりながら返事をする。
それに対し、小田は感激し、香緒里の手を取り、ぶんぶんと上下に振った。

「ぜひ!待っているからな!!仮入部期間が始まったら来てくれ!!!」
「はぁ……」

腕痛いんだけどなぁと振り回される自分の腕を見て香緒里は思う。
逃れられた秀人は溜息をついていた。
秀人でも苦手な人っているんだな、と翔太は思い少しおかしくなった。



「なんか嵐のような人だったねぇ」

じゃあまた!!!と手を大きく振りながら去った小田の背中を見ながら雪音は言う。

奈津達は騒動の最中に、それぞれクラスメイトに呼ばれてどこかに行ってしまっていた。

「秀人はともかく、香緒里、ほんとに見学行くのか?」
「んー、一応行ってみようかな、とは思ってたから……空手は好きだし。」

中学は空手部がなかったため、他の部活、美術部に入っていたが、もし高校に空手部があれば入部してみようかな、とは思っていた。
まぁここまで濃い部員がいるとは思っていなかったが。きっとあの人は恐らく部長であるはずだ。

ちょっと腰が引けてしまう状況になってしまったが………とにかく行ってみよう。






「へー、そんなことがあったんや。」
「そうなの。まぁでもせっかくだし、行ってみるんだ。」

数日後、仮入部期間が始まった。
帰りのホームルームが終わった後、ジャージに着替えた香緒里は美愛と体育館があるエリアに向かっていた。

「美愛はバスケ部だっけ?」
「そうそう。雪音?だっけ?香緒里のあの美人の友達も女バスに入るんやろ?」
「うん、そう言ってたよ。由美ちゃんはどこ入るの?」
「調理部に入るって言うとったで。」

美愛の中学からの友人の須賀由美とも最近仲良くなり、話すようになった。美愛とは対照的で大人しい子ではあるが、柔らかい雰囲気を持った、優しい女の子である。

「調理部かーイベントの時とかは大変そうだね……」
「こないだの歓迎会の料理の一部も調理部の人達が作ったんやもんなぁ。」

歓迎会やクリスマス会などのイベントでは調理部と食堂の職員が料理を作っている、と調べた由美が言っていた。
中学後半、父と二人暮らしになってから料理をすることは多かった香緒里だが、何十人分もの食事を作るとなると目が回るだろうと想像した。

「それじゃ、また夕飯で。」
「うん、また後でー」

美愛と分かれ、第二体育館の一階にある武道場に行く。入口を入ると、手前に階段があり、その後ろに二つ、向かい合わせにドアがあった。片方には『空手部』と書かれた木札が、もう片方には『剣道部』と書かれた同じような木札がぶら下がっている。
引き戸になっており、それぞれ中が見えるように50cm四方の窓ガラスがはめ込まれている。

空手部、と書かれた扉を引いて中に入ると、既に道着を着た部員以外にジャージ姿の新入生がいた。

「あ、香緒里ちゃん。」
「なっちゃん!それに亮も。二人も空手部希望だったの??」
「そうなの実は。すっかり言い忘れちゃってたんだけど。」

そう言って奈津はえへへと笑う。
相変わらず亮は仏頂面、というか表情をあまり変えずにいる。

「中学の頃は空手部なかったんだけど、二人で習ってたんだー亮は結構強いんだよ。」
「そうだったんだ。」
「香緒里ちゃんもとっても強いんだってね!手合わせするの楽しみにしてる♪あ、でも御手柔らかにね?」

はーい、と返事をしながら、顔を見合わせて笑みを浮かべる。
どちらかといえば雪音と雰囲気の似ている奈津と話すのは、香緒里にとって心地よく、会ってまだそんなに立たないが、気を張らずにいられる。
類は友を呼ぶのかなぁ、なんて。


「おぉ吉崎さん!!来てくれたんだね!嬉しいよ!!」

小田が嬉しそう、というか満面の笑みで近寄ってきた。
強い部員が相当欲しかったのだろうか。

「よろしくお願いします。」
「もうすぐ練習始めるから、もう少し待っててな。」

小田が部長だという話は、新入生向けの部活動の説明会で聞いた。
県内ではそこそこ強い部らしいが、全国大会にはいつも及ばず。小田自身は去年、個人戦県ベスト4だったと冊子に書いてあった。

その後、少しして全員に集合がかかり、練習が始まった。
見学の新入生は香緒里含め10人程いた。話を聞くと、経験者は半分くらいであった。

全員で準備体操とストレッチをした後、武道場の端に寄り、しばらく練習を見学していると、小田ともう一人、先輩が近寄ってきた。

「よし、君達も少しミット打ちをしてみようか。まず、俺が見本を見せるから、やったことのない人は見よう見まねでやってみてくれ。」

ミット(蹴りや突きなどを受ける固いクッションのようなもの)を二つ、持ち構える。
小田は数度深呼吸をし、息を整える。そして、左足を軸に右足をミットに打ち込む。
バシン、と気持ちのいい音が響いた。

おぉ、とどよめきが起き、その後拍手が鳴った。
さすが、県ベスト4なだけある。力強いいい蹴りだ。

「さぁ、じゃあ君からだ。初心者か?」

呼ばれた短髪の男子生徒は、はい、とはっきりとした声で答えた。
やってみろ、と言っても初心者にコツも何も教えないでそれは無茶なのでは、と香緒里は思う。

だが、予想に反してその男子生徒はいい蹴りを見せる。
思わず、また拍手をする。
初心者にも関わらず、筋が良い。

なかなかいいな、と小田も感心した表情で言う。

「では、吉崎さん、実力を見せて貰おうか。俺が受けよう。」

小田はミットを持ってた先輩と代わり、構える。

久しぶりのミット打ち………3年ぶりくらいだろうか。中学に入って、道場を辞めてしまった。ブランクはかなりある。
緊張と同時に、とてもウキウキしていた。

高揚感を抑え、頭の中でシュミレーションをする。
そして、打ち込む。
聞き慣れた、懐かしい、気持ちのいい音がした。
思ったよりも鈍っていない。

「いい!いいねやっぱり吉崎さん!!!」

興奮する小田に愛想笑いをしながら両腕で十字を切り、押忍、と言い下がる。

あぁやっぱり、この感覚、いいなぁ。
先程より高鳴る鼓動を胸に当てた手で感じながら香緒里は思う。
一度、辞めてしまったことだけれど、またやろう。ここで頑張ろう。

そう決めた香緒里の表情はとても晴れやかだった。
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