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第1章 いじめなんて

席替えからちょうど一週間。
今日の給食のメニューは、ポトフと食パンとサラダと鶏肉の竜田揚げと牛乳。
担任が出張であることをいいことに、教室中がいつも以上に騒がしい。

「雪ちゃんが食べやすいように混ぜてあげるねぇ♪」

嫌がらせも、それに伴っていつもよりひどい。
相変わらずの猫なで声で沙世は言いながら、雪音のポトフの中にサラダのきゅうりやらパプリカなど、ドレッシングが絡んだ物を投入していく。

一方で沢田は嫌な笑みを浮かべながら石川の食パンにシャープペンシルの芯をいつくも突き刺す。

見たくない。
出来ることならば。
無惨な姿になっている食べ物も。
それを辛そうに見つめ、押し黙る雪音や石川も。
二人の表情に気づきながらも続ける沙世と沢田も。
その様子を笑いながら眺める者も。
見ない振りをしている者も。
全て、みんな見たくない。

不快な物が拭いきれない。
叫びたかった。
逃げ出したかった。

しかし、香緒里がしたことは。

なおもポトフとサラダの混じった物をかき混ぜる沙世の手を掴むことだった。

意識してやったわけではない。
無意識に、だ。
そして気がつくと口を開いていた。

「いい加減、止めたら?沙世も、沢田も。」

クラス中が一瞬、凍りついたかのように空気が固まった。
皆が皆、驚いた顔をしている。
けれど、一番驚いているのは香緒里自身だ。
『言ってしまった。』という思いと、妙にスッキリした感覚が体の中を巡る。

「何よ、今更一人でいい子ぶろうってわけ?」
乱暴に香緒里の手を振り払い、睨みつけながら沙世は言った。
「だって、見苦しいよ。此処まで来ると。人の気持ちがわからないガキじゃないんだから。」
「はっ。見苦しい?私達が?それは見苦しい奴を私達がちょっかいかけてるからじゃな~い?」
小馬鹿にしたような笑みを浮かべていい放つ。
その沙世に香緒里は更に畳みかける。
「少なくとも、人をいじめて楽しんでいるあんた達より、雪音や石川の方がよっぽどキレイに、私は見えるわよ。」
沙世が反論しようとしたのとほとんど同時に、静まり返っていた教室にスプーンを置く音が響いた。

「同感だな、俺も。」

よく通る声。
クラス中の視線がそちらに集まった。
見られていようがいなかろうが関係のない表情で、新谷秀人は沙世と沢田を交互に見る。
「人をいたぶって、どこが楽しい?人として最低最悪。そんなもん、単なる弱い者いじめだろ?
自分を誇示したいだけだろ?
汚い奴がすることだ、いじめは。
まともな人間がすることじゃねぇ。」
いつになく饒舌な新谷を皆ポカンとした表情で見つめた。

その中で突然、沢田が椅子を 蹴って立ち上がった。
「てめぇ言わせておけば好き勝手言いやがって!ざけんなっ!」
殴りかかってきた沢田を新谷は軽くかわし、残っていた牛乳パックの中身を沢田に向かって噴射した。
「血、昇りすぎ。だからガキって言われんだろ?」
「ちょっ!新谷!あんた真に何してんの よっ!」
今度は沙世が立ち上がり新谷につかみかかろうとした。
けれど香緒里はその腕を引き、椅子に戻す。
そして雪音のと同じようにサラダをポトフの中に入れた。
「雪音にこれを食べろって言うんなら、沙世、あんたも食べるべきでしょ?」
香緒里は真っ赤になって自分を睨んでくる沙世から目をそらし、他のクラスメイトにも目をくれず、教室を出て行く。
「許せない…許さないわよ、吉崎香緒里!」
呪いじみた言葉を背で聞きながら、後ろ手で教室のドアを閉めた。



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良かった…のかな?これで。
屋上へと続く階段の踊場に着いた香緒里はそう呟いた。
普段人が滅多に来ないここは一人になるのにはちょうど良かった。
腰を下ろし、壁に背中を預けてぼんやりとしていると、階段を登る音が聞こえた。

「吉崎…お前、ここにいたのか。」
顔を上げると横に新谷が立っていた。
「なんで、ここに?」
「俺、昼休みはいつもここに来てんだよ。」
香緒里の問いに対して新谷は答えた。
あぁ、だからいつも昼休みに教室にいなかったのか。そう思うのと同時に、もう給食の時間は終わって昼休みに入ったのか、と気付いた。
新谷はブレザーのポケットから一本の針金を取り出して屋上に出るドアの鍵穴にそれを挿した。
「えっ、何してんの!?」
「ん~?鍵開けてんだけど?」
さらっと言った新谷に香緒里は目を見張った。
それってピッキングって言うんじゃ……よその家でやったらそれって犯罪行為…
香緒里があっけにとられている間にカチャリという音がして、鍵が開いた。
新谷はポケットに針金を戻すとドアノブに手をかけ、押した。
「吉崎も入るだろ?」
「え?ってか勝手に屋上入っていいわけ?」
「平気平気、バレねーし。堅い事は言いっこなし。」
そう言って香緒里を屋上へと招き入れる。
なんか、流された気がする…
心の中で呟きながらも、誰もいない屋上に入るのは少しワクワクした。
外に出ると夏の日差しが香緒里を照らした。
「まだちょっと暑いけど、気持ちいいだろ?」
鍵を締めながら新谷は言った。
陽向はさすがに暑いが給水塔の影に入ると結構涼しい。
新谷と少し離れた所に座って、青空を見上げた。雲一つない快晴。

眩しげに目を細める香緒里に新谷は話しかけた。
「さっきの吉崎の毒舌、すごかったな。」
「…人のこと、言えないでしょ。」
そう切り替えすと笑って、『そうかもな。』と言った。
笑ったとこ、初めて見た。
こんな顔もするんだ。
目の前にいる新谷は棗達や周りの人達が語る、クールでストイックな新谷ではなく、どこにでもいる普通の中学生に見えた。
「なんか、うちのクラスってレベル低くないか?」
そりゃ、新谷に比べたら皆レベルは低いだろうけど…。
思ったことが顔に出たのか、新谷は苦笑した。
「頭の話じゃなくて、やってることの話な。」
「あぁ、そっちね。うん、まぁそうかも。でもいじめとかってどこの学校にもあるんじゃない?」
「まぁな。けど、馬鹿らしい。人と違って何が悪いんだっつーの。」
新谷自身のことも言っているように聞こえた。
勉強も出来、バスケ部では一年生の頃からレギュラー。
おまけに美形。
天才と呼ばれることもある新谷はいつも周りから一目置かれ、なんとなくと違うから皆話しかけない。
本当は、周りと何ら変わらない中学生のはずなのに。
人と違って…悪いことなんて、ないのに。

「新谷って、意外とよく話すんだね。」
「そうか?…確かに学校じゃ、あんま話さねーけど。っつーか、お前の方が意外だったけど。」
「私?」
「そう。真面目な学級委員かと思ったら、意外とはっきりキツいこと言うし。なんか根性ありそうだし。」
ニッ、と笑って新谷は言う。
「でも、良かったのかな?これで。」
先程一人で呟いた言葉を今度は新谷にぶつける。
「さぁな。俺はだいぶスッキリしたけど。言いたいこと全部言って。」
「…そりゃ新谷はそうだろうけど。」
口ごもる香緒里の方に少し目をやった後、新谷は校庭の方を見る。
「でも、もしかしたら変わるかもしれねぇな、うちのクラスも。」
「どうして?」
「勘、だけどな。吉崎はさ、人とあんまり関わらない俺とも普通に話してる。
そんな吉崎がいじめの渦中に飛び込んだ。そしたら、なんか変わる気がする。」
よくわからないんだけど。
そう香緒里が言うと新谷は少し笑った。
「そのうちわかるって。俺の言ってることが。大丈夫、お前のしてることは正しいよ。」
新谷に言われると、説得力がある気がした。
「昼休み、教室に居づらかったらここに来いよ。俺は大抵ここにいるし。」
「うん…ありがとう。」

問題だらけのクラスだけれど、本当に変えることが出来るのだろうか?
いや、ここまで来たら変えるしかない。
偽善だとか、そういうのはどうでもいい。
私は、変わりたい。
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