第3章 恋と謎
俺、石川翔太が安西雪音と初めて出会ったのは小学校の時。
容姿が良く、穏やかな彼女は当時から男子に人気があった。対して俺は、医者の親を持つも成績は取り立てて良くもなく、運動神経がいい訳でも無い。教室の端で本を読んでるか、同じく大人しい友人と静かに話しているかの目立たない男子だった。
そんな俺からすると人気のある彼女は正に高嶺の花。
そんな高嶺の花と急に仲良くなったのはつい数ヶ月前のこと。
お互いいじめられていたところを助けられる、という男としてはなんとも情けない話ではあるが。
助けてくれた新谷秀人、吉崎香緒里はもちろん、なぜか俺らをいじめていた沢田真、谷中沙世とも現在は仲良くやっているわけだけど、これはこれでなんとも不思議な話。
6人でもよく一緒にいるし、お互い行きや帰りに出会えば一緒に歩く。
今まで特定の男子と仲良くしていなかった雪音だったけれど、俺らのことは心許せる友人と思ってもらえているようだ。
「翔太、最近安西さんと仲良いのな」
「いいよなー俺も仲良くなりたいわー生徒会入りゃよかったかな。」
安西さんとお付き合いまでいかなくともぜひ仲良くなりたいと思っている人は割といるようで、こうして部活仲間に羨ましがられることもしばしばある。
「うちのクラスの女子も言ってたな、新谷くんが生徒会長なら私も生徒会やればよかったーって。」
「ほんと人気あるよなあいつ。まぁあれだけハイスペックだから分かるけどさ。」
我が友人秀人は何にしろハイスペック。勉強、運動が出来るのはもちろん、周りが見えるし、カリスマ性があるし、何よりイケメンだ。それ故に、
「新谷なら安西さんと付き合っても許せるか…………」
「美男美女同志だしな………」
と、言われることも多い。実際に今も言われている。
前なら、あぁ確かにな、と雲の上の二人を思い浮かべ、納得していた。
だが最近はそれを聞くとモヤモヤする。
理由は単純、俺が雪音のことを好きになってしまったから。きっかけがなんだったかなんて、覚えていないし、なかったのかもしれない。
話すようになって、一緒にいるようになって、気が付いたら、だ。
「生徒会といえば、吉崎さんもいいよな」
「あーわかる、クール系。いいよな、さりげなく。落ち着いててしっかりしてて、かわいいし。」
「でも1組でトラブった時、男子をまとめてやっつけたって聞いたぞ。噂によると空手で黒帯とか。」
「まじかよ、つえーな!逆にギャップでいいわ。」
あの武勇伝、やっぱり他クラスにも広まってたのか。
確かにあの時の香緒里は男子顔負けのかっこよさだった。
「生徒会なら、あれは?谷中。」
「谷中はなー」
「ブスじゃないんだけどな、うるさいよな。」
「それな、話しやすいんだけど、気が強いんだよなー」
「てかあれはどう見ても沢田ぞっこんだから、俺はいいわ。」
だよなーと部員達は笑う。
これ、沙世聞いたら怒りそうだな。
------------------
秋が過ぎ、冬になって。
校内は不審な出来事にざわついていた。いくつもの上履きがなくなり、猫の死体が教室に放置されたりと、気味の悪い出来事。
生徒会も調査をしてみようということになったが、結局実にならず、会長の秀人からストップがかかった。
多分、秀人のことだから、独自にまだ調べているのだろうと俺は思っている。
本当に俺達の力が必要なら、絶対言ってきてくれるだろうから、今はただ待っている。
明日から期末テストという日。部活も休みのため、授業が終わると皆早々に帰ってしまう。
俺は帰る前に、中庭に寄った。最近の日課だ。
例の、亡くなってしまった猫が埋められたところの前にしゃがみ、手を合わせる。
校内でよく見かけていたこの猫は人懐こく、近寄っても怖がることはなかった。この中庭にもよく来ていた。
「翔太?」
「雪音?」
声に振り向くと、想像通り雪音がいた。帰ろうとしていたようで、鞄を持っている。
「よくここに来てるの?」
「うん。なんか、やっぱり気になって。早く解決するといいな、っていう思いもあるけど。」
「そっか。優しいね。」
そう言うと雪音も俺の隣に座り、手を合わせる。
優しいのか?ただ動物が好きだから、死んでしまって、なんとなく胸が痛い。
手を合わせている雪音をぼんやり見ていると、膝の上に乗せられた鞄にお守りがぶら下がっていることに気が付いた。
「恋愛成就……?」
「え?……あ!」
俺の呟きが聞こえ、パッと顔を上げた。
「ついてたっけ?それ」
「修学旅行で買って、なんとなく付けそびれてて……最近付けたの。」
「そうなんだ。」
恋愛成就、というからには、誰か好きな人でもいるのだろうか???
その疑問をぶつけると、雪音は顔を赤くした。
はい、と答えているようなその表情に、俺は更に気になった。誰だろう、その人は。
知っている人だろうか、クラスの人だろうか。もしかして……
「好きな人、って、もしかして、秀人……とか??」
恐る恐る聞くと、雪音はびっくりしたような顔をし、その後吹き出した。
「ないない、それは絶対ないよーー秀人は無理無理、釣り合わないって。タイプでもないし。」
「そうかな………雪音はかわいいし美男美女でお似合いだと思う、し……あ」
自分で言ってから、固まる。
笑っていた雪音も同様に固まり、先程より顔が赤くなる。
「と、とにかく、私と秀人はないから、次それ言ったら、怒るよ?」
「わかった、ごめん。」
気まずそうにちょっと目線を逸らして雪音は言う。
「じゃあ、誰なんだろう………」
「それは、内緒!そのうちきっと、わかるよ。」
にっこり、すこしいたずらっぽさを含んだ笑顔を俺に向ける。
あーもう、かわいい。そんな顔をされると、勘違いしてしまいそうになる。
俺以外にも、そんな顔をしているのだろうか。好きな人は、一体誰なのだろうか。
「じゃ、帰ろっか。」
立ち上がった彼女の柔らかい髪が揺れ、その間から楽しそうな表情が見える。
ねっ、とこちらを見る彼女の姿に、
まぁとりあえず、なんでもいいか、今そばにいられるなら、と思った。
------------------
終業式が終わった翌日のクリスマス。
6人でクリスマス会をしようということになり、昼過ぎに秀人の家に集まった。
「おー、来たか、いらっしゃーい。」
「秀人の家、ひっろい!!!!豪邸か!」
隣の家の普通の一軒家の倍はありそうな大きさで、庭も広い。ガレージもついている。
もちろん、外観も中身も綺麗だ。
「あーうち母親がデザイナーでさ、まぁ、それなりに売れてて。その代わりあんま家にいないんだけどな。」
「なるほど、だからこんなに家が広いと。」
「翔太のお家も広いなって思ってたけど、それ以上ね……」
感心する雪音の隣で俺も大きく頷いた。
医者一家だから、それなりにいい家に住んでるつもりではいたけど(自慢ではなくね)、ここはそれ以上だ。
世界的に有名なデザイナーとかなんだろうか。
家の大きさや綺麗さにしばし圧倒された後に、これまた大きく綺麗なリビングでパーティを始めた。
これといって特別なことをするわけではなく、持ち寄ったお菓子やケーキを食べ、途中ひょっこり顔を出した秀人の3歳下の弟、秋人君と話したりと、のんびり過ごした。
雪音と沙世に挟まれて座っている香緒里は、なんとなく気まずそうに秀人や真と接している。
まぁ今日だけでなく、ここ最近ずっとなんだけど。
数日前に、秀人と真、それぞれに「香緒里と何かあった?」と聞いた。
秀人は「(好きなことが)バレた。」
真は「告った。」
と言っていた。二人が香緒里のことを好きなんだろうな、ということはなんとなく察してはいたけれど、いつの間にそんな展開になっていたんだ。
どちらも明確な答えは貰っていないらしい。秀人はいつもと何ら変わらない様子、真は若干気まずげな様子だ。
雪音と沙世は気付いているのか??沙世がもし気付いてしまったら、ちょっとややこしい事態になってしまわないだろうか。
ただいまプレゼント交換の真っ最中。ベタにプレゼントを回して音楽が止まったところで、という交換の仕方だが、プレゼントは全て同じ紙袋の中に入っており、どれが誰のものかわからないようになっている。
当の本人の沙世は、音楽が止まり、手元のプレゼントを開け、中の物を見て声を上げている。
気付いているような様子ではなさそう。
「ちょっと!!!これ絶対秀人でしょ!!!???」
取り出した物は、数学の参考書。
「沙世に当たったか、ならよかったよかった。」
「何がよかったのよ!!??」
「まぁウケ狙いではあるんだけど、それ使って来年の受験勉強頑張れよ、すっごいわかりやすいって評判のやつらしいから。」
「いらないわよ!!!いや、確かに勉強しなきゃだけど!」
「香緒里にでも当たったら、簡単すぎてつまんないかなと思ったから、沙世に当たってよかったー」
「ちょっとどういうことよ!」
きゃんきゃん言う沙世に対し、秀人は笑いながら返す。
らしいっちゃらしいプレゼント。俺も思わず笑いそうになった。
自分の貰ったプレゼントを開けると、青と黒の間の色をしたイヤホンが入っていた。
「あ、それ俺の。高いわけじゃないんだけど、なかなか音質いいんだ。」
「へぇ、いいね、色もかっこいい。ありがとう!」
真には雪音からブックカバーを(本読まない……とボソッと呟いたのが聞こえた。それならば俺が欲しい。)、香緒里は沙世からお菓子の詰め合わせを、秀人は香緒里からちょっと変わった付箋やクリップなどの文房具セットを貰っていた。
俺のプレゼントは、雪音の手に渡っている。
「わぁ、かわいい!」
20cmくらいのテディベア、クリスマスに因んでサンタ服を着ている。
「おい、それ俺らに当たったらどうするつもりだったんだよ。」
「男に当たったら、ウケ狙いくらいのつもりでいたよ?」
秀人に言われ、にっこりとそう返す。
まぁ、雪音にもし当たればいいな、なんて下心があったわけだけど。無事に届いたみたいでよかった。
きっと、そんな俺の考えも、勘のいい秀人にはバレていると思う。
それでも、嬉しそうにテディベアを膝に置いている雪音をこっそり見て、俺も嬉しくなった。
「じゃあ、良いお年を、かな??」
「またねー!」
夕方、騒いで笑ってたくさん楽しんだ後、秀人の家を出た。
18時過ぎとはいえ、外はもう真っ暗で、空気も昼間より冷たい。
家の前で、真と沙世と別れ、雪音と香緒里と帰る。
香緒里も同じ小学校の学区内ではあるが、家の方向は少し違うため、数分後には別れた。
雪音と一緒に香緒里も家まで送るよ、と言ったが、
「大丈夫、変質者出てもなんとかするから。雪音のことしっかり送ってあげてね。」
と言っていた。
確かに、香緒里なら変なのが来ても軽く撃退してしまいそうではあるが……
しばらく、今日の話やお正月どうする、とか、家の話だとか、取り留めのない話をしながら並んで歩く。
放課後こうして帰ることもあるから、二人きりなのも珍しいわけてはないのだけれど、いつもは制服やジャージなのに対して、今日は私服だからなんだか違う気分だ。
あと雪音の家まで数十メートルというところで、雪音は突然立ち止まった。
「どうしたの??」
「あの、ね……」
自信なさげな声を出しながら、鞄の中を探る。
「これ……」
差し出されたのは、暗がりだから包みの色は明確にはわからないが、綺麗にラッピングされた、プレゼント。
「翔太に、クリスマスプレゼント。」
「あ、ありがとう。」
戸惑いつつもそのプレゼントを受け取る。
「でも、なんで、俺に……??」
「それは………」
その時、もしかしたら、と俺は思ってしまった。
もしかしたら、俺の盛大な勘違いでなければ、このプレゼントの意味は………
「待って、先に、伝えたいことがある。」
もし、そうなら、俺から言わなければ、ならない。
いや、もう、勘違いでもいい、伝えなくては始まらない。
いつもなかなか行動に移せない俺が、珍しく、そう思った。
びっくりしているのか、緊張しているのか、顔が少し強ばっている雪音。
俺はどんな顔をしている??変な表情になっていないだろうか。
どこか冷静な自分がいる。と、同時に胸が早鐘のように打っているのもわかる。
わけわからない感情の中、言葉が溢れ出る。
「雪音のことが、好きです。付き合って下さい。」
まだ収まらない緊張、高鳴り。
でも真っ直ぐに雪音を見る。
強ばっていたその表情が、一瞬にしてパッと明るく輝き、笑顔になる。
「私も、好きです。」
その表情と答えに、嬉しさと同時に力が抜け、思わずしゃがみ込む。
「しょ、翔太???」
「よかっ、たー………俺の勘違いだったらどうしようかと思った。」
勘違いでいいと思ったくせに。
「もっとスマートに告白出来ればよかったんだけど。ちょっと情けないや。」
そう言いつつ苦笑すると、目の前に雪音もしゃがみ込み、目線が合う。
「それでも、私は嬉しかったよ?まさか、告白してもらえるなんて、思ってもなかったもの。」
だから、嬉しい。
とまたにっこり微笑む。
あぁ本当にかわいい。
なんで俺を好きになってくれたかなんてまだ聞けないし、愛しさがこみ上げても勇気がなく抱き締めることも出来ない、やっぱりちょっと情けない俺は。
雪音の両手をそっと握りしめた。
そうして精一杯の笑顔で雪音に言うのだ。
「ありがとう、これからよろしくね。」
容姿が良く、穏やかな彼女は当時から男子に人気があった。対して俺は、医者の親を持つも成績は取り立てて良くもなく、運動神経がいい訳でも無い。教室の端で本を読んでるか、同じく大人しい友人と静かに話しているかの目立たない男子だった。
そんな俺からすると人気のある彼女は正に高嶺の花。
そんな高嶺の花と急に仲良くなったのはつい数ヶ月前のこと。
お互いいじめられていたところを助けられる、という男としてはなんとも情けない話ではあるが。
助けてくれた新谷秀人、吉崎香緒里はもちろん、なぜか俺らをいじめていた沢田真、谷中沙世とも現在は仲良くやっているわけだけど、これはこれでなんとも不思議な話。
6人でもよく一緒にいるし、お互い行きや帰りに出会えば一緒に歩く。
今まで特定の男子と仲良くしていなかった雪音だったけれど、俺らのことは心許せる友人と思ってもらえているようだ。
「翔太、最近安西さんと仲良いのな」
「いいよなー俺も仲良くなりたいわー生徒会入りゃよかったかな。」
安西さんとお付き合いまでいかなくともぜひ仲良くなりたいと思っている人は割といるようで、こうして部活仲間に羨ましがられることもしばしばある。
「うちのクラスの女子も言ってたな、新谷くんが生徒会長なら私も生徒会やればよかったーって。」
「ほんと人気あるよなあいつ。まぁあれだけハイスペックだから分かるけどさ。」
我が友人秀人は何にしろハイスペック。勉強、運動が出来るのはもちろん、周りが見えるし、カリスマ性があるし、何よりイケメンだ。それ故に、
「新谷なら安西さんと付き合っても許せるか…………」
「美男美女同志だしな………」
と、言われることも多い。実際に今も言われている。
前なら、あぁ確かにな、と雲の上の二人を思い浮かべ、納得していた。
だが最近はそれを聞くとモヤモヤする。
理由は単純、俺が雪音のことを好きになってしまったから。きっかけがなんだったかなんて、覚えていないし、なかったのかもしれない。
話すようになって、一緒にいるようになって、気が付いたら、だ。
「生徒会といえば、吉崎さんもいいよな」
「あーわかる、クール系。いいよな、さりげなく。落ち着いててしっかりしてて、かわいいし。」
「でも1組でトラブった時、男子をまとめてやっつけたって聞いたぞ。噂によると空手で黒帯とか。」
「まじかよ、つえーな!逆にギャップでいいわ。」
あの武勇伝、やっぱり他クラスにも広まってたのか。
確かにあの時の香緒里は男子顔負けのかっこよさだった。
「生徒会なら、あれは?谷中。」
「谷中はなー」
「ブスじゃないんだけどな、うるさいよな。」
「それな、話しやすいんだけど、気が強いんだよなー」
「てかあれはどう見ても沢田ぞっこんだから、俺はいいわ。」
だよなーと部員達は笑う。
これ、沙世聞いたら怒りそうだな。
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秋が過ぎ、冬になって。
校内は不審な出来事にざわついていた。いくつもの上履きがなくなり、猫の死体が教室に放置されたりと、気味の悪い出来事。
生徒会も調査をしてみようということになったが、結局実にならず、会長の秀人からストップがかかった。
多分、秀人のことだから、独自にまだ調べているのだろうと俺は思っている。
本当に俺達の力が必要なら、絶対言ってきてくれるだろうから、今はただ待っている。
明日から期末テストという日。部活も休みのため、授業が終わると皆早々に帰ってしまう。
俺は帰る前に、中庭に寄った。最近の日課だ。
例の、亡くなってしまった猫が埋められたところの前にしゃがみ、手を合わせる。
校内でよく見かけていたこの猫は人懐こく、近寄っても怖がることはなかった。この中庭にもよく来ていた。
「翔太?」
「雪音?」
声に振り向くと、想像通り雪音がいた。帰ろうとしていたようで、鞄を持っている。
「よくここに来てるの?」
「うん。なんか、やっぱり気になって。早く解決するといいな、っていう思いもあるけど。」
「そっか。優しいね。」
そう言うと雪音も俺の隣に座り、手を合わせる。
優しいのか?ただ動物が好きだから、死んでしまって、なんとなく胸が痛い。
手を合わせている雪音をぼんやり見ていると、膝の上に乗せられた鞄にお守りがぶら下がっていることに気が付いた。
「恋愛成就……?」
「え?……あ!」
俺の呟きが聞こえ、パッと顔を上げた。
「ついてたっけ?それ」
「修学旅行で買って、なんとなく付けそびれてて……最近付けたの。」
「そうなんだ。」
恋愛成就、というからには、誰か好きな人でもいるのだろうか???
その疑問をぶつけると、雪音は顔を赤くした。
はい、と答えているようなその表情に、俺は更に気になった。誰だろう、その人は。
知っている人だろうか、クラスの人だろうか。もしかして……
「好きな人、って、もしかして、秀人……とか??」
恐る恐る聞くと、雪音はびっくりしたような顔をし、その後吹き出した。
「ないない、それは絶対ないよーー秀人は無理無理、釣り合わないって。タイプでもないし。」
「そうかな………雪音はかわいいし美男美女でお似合いだと思う、し……あ」
自分で言ってから、固まる。
笑っていた雪音も同様に固まり、先程より顔が赤くなる。
「と、とにかく、私と秀人はないから、次それ言ったら、怒るよ?」
「わかった、ごめん。」
気まずそうにちょっと目線を逸らして雪音は言う。
「じゃあ、誰なんだろう………」
「それは、内緒!そのうちきっと、わかるよ。」
にっこり、すこしいたずらっぽさを含んだ笑顔を俺に向ける。
あーもう、かわいい。そんな顔をされると、勘違いしてしまいそうになる。
俺以外にも、そんな顔をしているのだろうか。好きな人は、一体誰なのだろうか。
「じゃ、帰ろっか。」
立ち上がった彼女の柔らかい髪が揺れ、その間から楽しそうな表情が見える。
ねっ、とこちらを見る彼女の姿に、
まぁとりあえず、なんでもいいか、今そばにいられるなら、と思った。
------------------
終業式が終わった翌日のクリスマス。
6人でクリスマス会をしようということになり、昼過ぎに秀人の家に集まった。
「おー、来たか、いらっしゃーい。」
「秀人の家、ひっろい!!!!豪邸か!」
隣の家の普通の一軒家の倍はありそうな大きさで、庭も広い。ガレージもついている。
もちろん、外観も中身も綺麗だ。
「あーうち母親がデザイナーでさ、まぁ、それなりに売れてて。その代わりあんま家にいないんだけどな。」
「なるほど、だからこんなに家が広いと。」
「翔太のお家も広いなって思ってたけど、それ以上ね……」
感心する雪音の隣で俺も大きく頷いた。
医者一家だから、それなりにいい家に住んでるつもりではいたけど(自慢ではなくね)、ここはそれ以上だ。
世界的に有名なデザイナーとかなんだろうか。
家の大きさや綺麗さにしばし圧倒された後に、これまた大きく綺麗なリビングでパーティを始めた。
これといって特別なことをするわけではなく、持ち寄ったお菓子やケーキを食べ、途中ひょっこり顔を出した秀人の3歳下の弟、秋人君と話したりと、のんびり過ごした。
雪音と沙世に挟まれて座っている香緒里は、なんとなく気まずそうに秀人や真と接している。
まぁ今日だけでなく、ここ最近ずっとなんだけど。
数日前に、秀人と真、それぞれに「香緒里と何かあった?」と聞いた。
秀人は「(好きなことが)バレた。」
真は「告った。」
と言っていた。二人が香緒里のことを好きなんだろうな、ということはなんとなく察してはいたけれど、いつの間にそんな展開になっていたんだ。
どちらも明確な答えは貰っていないらしい。秀人はいつもと何ら変わらない様子、真は若干気まずげな様子だ。
雪音と沙世は気付いているのか??沙世がもし気付いてしまったら、ちょっとややこしい事態になってしまわないだろうか。
ただいまプレゼント交換の真っ最中。ベタにプレゼントを回して音楽が止まったところで、という交換の仕方だが、プレゼントは全て同じ紙袋の中に入っており、どれが誰のものかわからないようになっている。
当の本人の沙世は、音楽が止まり、手元のプレゼントを開け、中の物を見て声を上げている。
気付いているような様子ではなさそう。
「ちょっと!!!これ絶対秀人でしょ!!!???」
取り出した物は、数学の参考書。
「沙世に当たったか、ならよかったよかった。」
「何がよかったのよ!!??」
「まぁウケ狙いではあるんだけど、それ使って来年の受験勉強頑張れよ、すっごいわかりやすいって評判のやつらしいから。」
「いらないわよ!!!いや、確かに勉強しなきゃだけど!」
「香緒里にでも当たったら、簡単すぎてつまんないかなと思ったから、沙世に当たってよかったー」
「ちょっとどういうことよ!」
きゃんきゃん言う沙世に対し、秀人は笑いながら返す。
らしいっちゃらしいプレゼント。俺も思わず笑いそうになった。
自分の貰ったプレゼントを開けると、青と黒の間の色をしたイヤホンが入っていた。
「あ、それ俺の。高いわけじゃないんだけど、なかなか音質いいんだ。」
「へぇ、いいね、色もかっこいい。ありがとう!」
真には雪音からブックカバーを(本読まない……とボソッと呟いたのが聞こえた。それならば俺が欲しい。)、香緒里は沙世からお菓子の詰め合わせを、秀人は香緒里からちょっと変わった付箋やクリップなどの文房具セットを貰っていた。
俺のプレゼントは、雪音の手に渡っている。
「わぁ、かわいい!」
20cmくらいのテディベア、クリスマスに因んでサンタ服を着ている。
「おい、それ俺らに当たったらどうするつもりだったんだよ。」
「男に当たったら、ウケ狙いくらいのつもりでいたよ?」
秀人に言われ、にっこりとそう返す。
まぁ、雪音にもし当たればいいな、なんて下心があったわけだけど。無事に届いたみたいでよかった。
きっと、そんな俺の考えも、勘のいい秀人にはバレていると思う。
それでも、嬉しそうにテディベアを膝に置いている雪音をこっそり見て、俺も嬉しくなった。
「じゃあ、良いお年を、かな??」
「またねー!」
夕方、騒いで笑ってたくさん楽しんだ後、秀人の家を出た。
18時過ぎとはいえ、外はもう真っ暗で、空気も昼間より冷たい。
家の前で、真と沙世と別れ、雪音と香緒里と帰る。
香緒里も同じ小学校の学区内ではあるが、家の方向は少し違うため、数分後には別れた。
雪音と一緒に香緒里も家まで送るよ、と言ったが、
「大丈夫、変質者出てもなんとかするから。雪音のことしっかり送ってあげてね。」
と言っていた。
確かに、香緒里なら変なのが来ても軽く撃退してしまいそうではあるが……
しばらく、今日の話やお正月どうする、とか、家の話だとか、取り留めのない話をしながら並んで歩く。
放課後こうして帰ることもあるから、二人きりなのも珍しいわけてはないのだけれど、いつもは制服やジャージなのに対して、今日は私服だからなんだか違う気分だ。
あと雪音の家まで数十メートルというところで、雪音は突然立ち止まった。
「どうしたの??」
「あの、ね……」
自信なさげな声を出しながら、鞄の中を探る。
「これ……」
差し出されたのは、暗がりだから包みの色は明確にはわからないが、綺麗にラッピングされた、プレゼント。
「翔太に、クリスマスプレゼント。」
「あ、ありがとう。」
戸惑いつつもそのプレゼントを受け取る。
「でも、なんで、俺に……??」
「それは………」
その時、もしかしたら、と俺は思ってしまった。
もしかしたら、俺の盛大な勘違いでなければ、このプレゼントの意味は………
「待って、先に、伝えたいことがある。」
もし、そうなら、俺から言わなければ、ならない。
いや、もう、勘違いでもいい、伝えなくては始まらない。
いつもなかなか行動に移せない俺が、珍しく、そう思った。
びっくりしているのか、緊張しているのか、顔が少し強ばっている雪音。
俺はどんな顔をしている??変な表情になっていないだろうか。
どこか冷静な自分がいる。と、同時に胸が早鐘のように打っているのもわかる。
わけわからない感情の中、言葉が溢れ出る。
「雪音のことが、好きです。付き合って下さい。」
まだ収まらない緊張、高鳴り。
でも真っ直ぐに雪音を見る。
強ばっていたその表情が、一瞬にしてパッと明るく輝き、笑顔になる。
「私も、好きです。」
その表情と答えに、嬉しさと同時に力が抜け、思わずしゃがみ込む。
「しょ、翔太???」
「よかっ、たー………俺の勘違いだったらどうしようかと思った。」
勘違いでいいと思ったくせに。
「もっとスマートに告白出来ればよかったんだけど。ちょっと情けないや。」
そう言いつつ苦笑すると、目の前に雪音もしゃがみ込み、目線が合う。
「それでも、私は嬉しかったよ?まさか、告白してもらえるなんて、思ってもなかったもの。」
だから、嬉しい。
とまたにっこり微笑む。
あぁ本当にかわいい。
なんで俺を好きになってくれたかなんてまだ聞けないし、愛しさがこみ上げても勇気がなく抱き締めることも出来ない、やっぱりちょっと情けない俺は。
雪音の両手をそっと握りしめた。
そうして精一杯の笑顔で雪音に言うのだ。
「ありがとう、これからよろしくね。」