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第3章 恋と謎

「誰なんだろう、こんなことしたの……」


秀人と並んで教室に戻る途中、ぽつりと呟く。

「さぁな。何にしろ情報がまだ全然ない。ただ……」
「ただ…??」
「今回のことと上履き紛失の件、関係あるんじゃないか、と俺は思ってる。不確かだけどな、これも。」

そう言って、考え込むように黙る。

どちらも確かに不審な事件ではあるが、上履きがなくなるのは悪戯で済む範囲(なくなった数が多いからそうとも言えない部分もある)だが、今回のはもっと悪質で、正直怖い。
同一犯なのか、それとも別々の人物なのか、今の香緒里には全く判断がつかなかった。

教室の前には未だ人集りがあり、何があったのかと周りの人達に聞いている者も多かった。
あれ?と香緒里は廊下の端に青ざめた顔をして立っている綾瀬に気が付いた。

中の惨状を見てしまったのだろうか。そろそろ片付いているはずではあるが………
香緒里の視線に気が付いたのか、綾瀬はこちらを見、慌てたように視線を逸らし、そそくさとその場を去った。

「すみません、教室に入れないのでどいていただけませんか???」

綾瀬が立ち去るのを目で追う香緒里の横で秀人は人集りに向かって少し笑みを浮かべながら、淡々とした口調で言う。

笑みが怖い、と横目でちらりと見て香緒里は思う。
その場にいた人達も同様に思ったのか、さー戻るかーなどわざとらしく口々に言いながら散り散りになっていく。

「秀人ー片付け終わったぞー」
「空気こもってたから窓今開けてるけど。」

香緒里達に気が付いた真と沙世が近付いてくる。

「おーサンキュー。笹原と矢部は?」
「今、雪音がそばにいるよ。」

第一発見者の二人は教室の端の席に座っており、未だショックが消えない様子で表情が硬い。
その二人に雪音が何か言葉をかけつつ背中をさすっている。

そうか、と秀人は言うと二人の元へ行き、声を掛けた。

先程の様子を聞いているのか、二人の顔が少し青ざめる。
何も今聞かなくても………と香緒里が思っていると、今度は二人の表情が和らぎ頬が赤く染まる。
何か気遣うような言葉を掛けたのだろうか。
やはりイケメンは伊達じゃないか。

「さすがイケメン秀人、フォローも欠かさないでいるようね。」

香緒里の横にいた沙世がぼそりと呟く。

「人心掌握も上手そうだもんねぇ。」
「じんしんしょうあくって何??????」
「あ、いいよ、こっちの話。」

はてなマークを浮かべる沙世に苦笑いをする。

クールなようだけど、なんだかんだ優しいんだよね、秀人は。
またモテてしまうのではないか、なんて香緒里はぼんやり考えながら、生徒会室に置きっぱなしになった荷物を取るために教室を出た。





翌朝。

「一旦、調査は中止にしようと思う。」

生徒会室に集まった香緒里達に秀人はそうきっぱり言った。

「は?なんで??まだ解決してないじゃん。」
「事が大きくなってきたし、そろそろ俺らが手を出すレベルではなくなってきたと思ったんだよ。ここは大人たちに任せるべきだ。」

秀人の言い分は最もだが、どうも釈然としない。
そう思ったのは香緒里だけではなかったが、皆、『まぁでも秀人がいうなら………』と異を唱えるのを止めた。

確かに動物虐待とかで法に触れそうなレベルではある。犯人像が見えない分危ないのかなというのも分かる。
だが、ここでやめるというのは秀人らしくない。

「ねぇ秀人。」

朝のホームルームのため解散し、教室に戻ろうとした時に香緒里は秀人を呼び止めた。

「ん?どうした?」
「もしかして、一人で調べるつもり?」
「……そうだよ。」

一瞬の間の後、そう答えた。

「なら、私もーー「ダメだ。」

手伝うよ、と言おうとしたが遮られる。なんでよ、と目で訴える。

「いいから、とりあえず俺に任せてくれ。ちゃんと経過は香緒里には報告するからさ。」

多分、これ以上は何を言ってもダメだろうと思った香緒里はため息をついた。

「わかった。私は手を出さない。……それで、これからどうするつもりなの??」
「とりあえず、話してくれそうな人達に聞き込みする。」

ほら、とにかく教室戻るぞ。と時計を指差し促す。

大丈夫なんだろうか。秀人だから無理はしないとは思ってはいるが。
納得してない気持ちと、心配する気持ちと、不安な気持ちとが入り混じっている。




それから数日。
昼休みや帰りのホームルームが終わった後など、秀人はふらっとどこかへ行ってしまう。
どこで何をしているのか、誰かに話を聞いているのか。経過を報告する、と言っていたもののその話は一切ない。
まだ話す段階まで行っていないのかもしれないが。
授業中も何かを考えるように遠くを見ていることが多い。その癖上の空というわけでもなく、授業で当てられればしっかり答えられるあたりさすがである。



放課後、部活に出ていた香緒里は教室に置き忘れた物を取るために美術室を出た。

外からは寒空の下で活動している運動部の掛け声が重なり合って聞こえる。
また、どこからか吹奏楽部が練習してるであろう音が響いている。
いつも通りの夕方の放課後の校内。
香緒里は割とこの時間が好きで、時折作品制作と評して校内の誰もいない所で、いくつもの声や音を聴きながら絵を描くこともある。

教室に向かう途中の生徒相談室の前を通った時、聞き覚えのある声がした。

少し気になって相談室のドアについている、小さな窓から中を覗くと、秀人がいた。

一緒にいるのは確かALT(外国語指導助手)のアラン先生。

『話してくれそうな人達に聞き込みする』と言っていたのはこの事だろうか??
さすがに入るのは憚られたので、ドアの前にしゃがみ込み耳を澄ます。幸い、ここの廊下は放課後の人通りは少ない。

「へぇ、それで日本に来たんですか。」
「イエース、日本来てみてエクサイディングなこといっぱいです。」

本題はもう終わってしまったのか、雑談をしている。基本的に日本語で話しているが、聞いているとアラン先生が日本語にしづらいところや日本語独特の言い回しをしているようなところは英語で話している。

そういえば、『新谷くんは帰国子女なんだよー!』とか棗達が言ってたなと思い出した。
なるほど、だから英語話せるのか……

アラン先生の家族の話をしているのか、ワイフやベビーなどという単語が聞こえてくる。
中学英語はそこそこ出来るが、リスニングはそんなに得意ではない香緒里は日本語の部分と時折出る知ってる単語くらいしかわからない。

「By the way(ところで)、シュウトにはガールフレンドか好きな子、いないのかい???」

いきなり、突っ込んだ話題をしてきたアラン先生。それに微妙に困った表情をする秀人が目に浮かぶ。

「……言わなきゃダメですかね……??」
「ワタシ、いっぱい色々話したのですから、シュウトも少し話さないと不公平ではありませんか??」

言い淀むということは、秀人に好きな人がいるんだろうか???あの秀人に??

立ち去るタイミングを完全に逃した香緒里はそのままドア越しに二人の会話を聞き続ける。

「Oh!!Msヨシザキ!Vice President(副会長)の??」
「!声が大きいよMr.アラン………誰か聞いてたらどうするんですか……」

耳を疑った。今、なんて言ったの……???
訳が分からない中でも耳だけは先程同様しっかりよく音を拾ってくる。

「Oh、Sorry。Msヨシザキ、あの凛々しくもキュートなガール、だね。シュウトもやるねぇ。告白、しないの?」
「しませんよ、まだ。今言ってもあいつ混乱するだけだろうから。」


思っても見なかった話に香緒里は混乱するばかりで、ずっと、秀人が私を好き??冗談でしょ???と頭の中をぐるぐると先程の会話と共に駆け回っている。

だって、そんな素振り一度だって、なかった。なかったよね??

学年一のイケメンの好きな人が自分だと分かったら、普通は舞い上がってしまうだろう。でも、今の香緒里にそう思う余裕は全くなかった。

はっきり言って恋愛にはかなり疎い香緒里。自分が誰を好きだなんて、考えたこともなかった。
先日の真からの告白で、ようやく恋愛を意識し始めたばかりなのに、更なるこの展開。
頭が追いつけるはずがなかった。

座り込み悶々としていると、突然ガラリと目の前のドアが開く。
上を見上げるとアラン先生がいて、当然その奥には秀人がいた。

Oh、という顔をしたアラン先生は香緒里に目を向けるとパチンっとウィンクをする。グットラック、と言いそうな表情である。

じゃあまた、と秀人に手を振りアラン先生は職員室のある方向へ行ってしまう。


「盗み聞きかよ……」
「ご、ごめん……秀人、何にも経過教えてくれないから…」
「あー……それは、ごめん。ちょっとまだ読めないでいる。もう少し情報整理したら、言うから。」

それより、と秀人は改めて香緒里を見た。

「どこから聞いてた??」
「え、えぇっと……」

言い淀んだのを見て、息を吐き出す。

「聞いたんだな、俺の話。」
「ご、ごめん………」
「いや、まぁ、この際、しょうがない。さっきも言ったけど、本当はお前に気持ち伝える気は、なかったんだよ。真に告白されたんだろ……??」
「!!なんで、それを………」
「いや、勘だけどさ。二人の態度を見て何となく。」


カマかけたのか……

「だから、俺が今言っても混乱するだろうなと思って、しばらく言う気はなかった。結果的に知られちまったけどな。」

確かに、まぁ、混乱する。混乱している。
人のことをよく見ていて、よく気が付く秀人らしい。よくわかっている。


「ま、そんなわけだから、返事は別にいらない。」
「え……?」
「気が向いたら、考えてくれるくらいでいいよ。まずは真のこと気にしてやれ。」


じゃ、部活行くから、と秀人は肩の鞄を背負い直して背を向けて歩き出した。

未だ頭の中が整理のつかない香緒里はぼんやりとその後ろ姿を眺めていた。

どうしたらいいのか、二人は自分にとって何なのか。考えても考えても、今は何も思い付かなかった。

「困ったなぁ………」

呟いた声が誰もいない廊下に静かに響いた。
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