第3章 恋と謎
その翌日。正門が開く7時半の少し前に、香緒里達生徒会メンバーは集まっていた。
「ううう眠いよー………」
「朝練でこのくらいの時間に来ることあるだろ?」
「そうだけどーー」
不満を洩らす沙世の横で、香緒里も思わず欠伸が出て手で口元を覆う。
美術部にはもちろん朝練などないため、この時間に学校にいることはまずない。
昨日のあの後、秀人の「張り込み」の言葉通り、下校時刻が終わるまで、下駄箱付近に香緒里達は隠れたり、話している風を装って見張った。
先生たちに追い出されるまでいたが、特に不審な動きをする人がいることもなく、上履きの数もいつもと変わらずあった。
1回張り込むだけではわからない、ということでその翌朝である今朝も朝早くから見張ることとなった。
沙世を筆頭に文句は出るものの、にっこり笑う秀人の圧には勝てず、こうして早朝から集まったのだった。
「ほんとに見つかるのかよこれ……??」
「うーん、それはわからないけど……でも私たちがこうして時々見張ってる、ていうのが犯人にも分かれば、牽制にはなるのかも……??」
下駄箱から一番近い階段の影に香緒里と真は隠れている。
「だといいけどなー」
と、その時近くを通る足音が聞こえ、二人はビクッと壁に身を寄せる。
「………あれ?吉崎さん、と、沢田くん??こんな朝から何してるの??」
物陰らしい物陰もない階段脇ではもちろんすぐに見つかってしまう。
二人を見つけたのは、クラスの副担任の上村智昭だった。担当教科は生物、気さくで穏やかで生徒にも割と人気のある教師だ。
「あ、上村先生か……」
「いや、ちょっと………今後の生徒会のイベントの下調べというか……………そんな感じです……」
言い訳としてはかなり苦しい。
まさか、上履き泥棒を見つけるために見張っています、なんて正直に言えない。普通の教師であったら、自分達に任せろと言うはずだ。
「そうなの??今年度の生徒会は随分面白いことをするんだねー」
穏やかにそう笑って、上村先生は聞き流してくれた。
「それじゃ、また授業でね。僕も準備しなきゃならないから。」
じゃあね、と手を振って職員室のある方向に去っていく背中を見て、二人は胸を撫で下ろした。
「びっくりしたー………」
「当たり前だけど、先生達ももうこの時間いるんだよな………はえーよ……」
朝練に向かう生徒達も何人か来ており、各々体育館や校庭に既に行っている。
職員用の玄関は生徒用の下駄箱のある場所と別にあるが、そちらの方に行けばもっと教師達もいるだろう。
クラスメイトや学年の友達に会えば、何してるのー?と聞かれ、曖昧な笑顔でそれを交わし、気付けば朝練の始まる時間になっていた。
流石に人も一時少なくなってきた頃、真は「あれ?」と声をあげた。
「綾瀬先輩」
呼びかけられたその人はビクッと肩を震わせ、こちらを見た。ひょろりと身長の高い、どちらかといえば大人しい印象の男子だった。
「あぁ、沢田か……」
「どうしたんすか、こんな朝早くに?」
「あー……朝勉だよ、朝勉強。家だと集中出来なくてさ。そーいう沢田こそ、どうしたんだ??さっき、生徒会長も見掛けたぞ。」
「いやー、ちょっと、今度企画するイベントの下調べ?みたいな、感じ、です。」
真の先輩と思われるその人は、話し掛けられて一瞬目が泳いだように見えた。
なんだろう?と首を傾げていると後ろから「何やってるんだ」と言われ、今度は香緒里がびっくりして肩を震わせた。
「何してるんだ、こんなに朝早くから。吉崎お前は文化部だから朝練はないだろう?沢田は野球部だったな、朝練はサボリか???」
妙に高圧的な喋り方をするのは、教頭の片原。薄くなった髪を大事にするかのように撫でるのが癖である。
「あー、いや、生徒会の仕事で………」
じろじろと舐めるように見られ、目を逸らしながらも香緒里は答えた。
「ふんっ、変わったことをするな、今年の生徒会は。あまり騒ぎ過ぎるなよ。」
「はい……」
片原は気だるげに視線を外し、と同様職員室の方に、歳のせいかそこそこ出たお腹を揺らしながら歩いて行った。
先程より大きなため息を2人はつき、壁に寄りかかる。
高圧的で嫌味な教頭は生徒達に苦手とされており、香緒里たちもそれは同様であった。
「あーもうほんとあいつ苦手だわ………」
「そうねぇ…」
綾瀬は既にどこかにいってしまっている。恐らく教頭が来たため、香緒里達に隠れ、こっそり逃げたのだろう。
一息ついていると、撤収ー!という秀人の声が聞こえてきた。
昇降口の時計を見ると、8時になろうとしている。
他メンバーと合流するために、真とその場を移動しようとした香緒里だったが、廊下の端に落ちているものを見つけ、足を止めた。
少し錆びているが、鍵のようだ。だが、この学校の教室等の鍵とは少し形状が異なる。
香緒里が鍵の傍に座ると真も気が付いたようで、隣に座る。
「これ、どこの鍵なのかな?」
手に取り、横を向いた。
が、思っていたより近くにいたようで、すぐ目と鼻の先に真の顔があり、びっくりすると同時に身体が固まってしまった。
「!!!!」
香緒里と逆に真は急いで距離を取り、気まづげに視線を逸らした。
「わ、悪い…………」
「いや、私こそ……」
その顔は火がついたように、赤く、目線も泳いでいる。
それに釣られて、香緒里も顔が赤くなるのを感じた。
「香緒里ー真ー生徒会室行くぞー」
再度秀人の声がし、香緒里は慌てて立ち上がり、ポケットに鍵を入れた。
「う、うん!今行く。」
「さて、昨日夕方と今朝、張り込みを行ったわけだが、結局何もなかったな。まぁ俺らがいたってのもあるだろうが。」
生徒会室に戻り、自席についた秀人はぐるりと他メンバーを見回した。
張り込みを終え、上履きを確認するもなくなっているものはなかった。
「誰か変わったやつはいたか?」
「下駄箱付近は特にいなかったかなー」
1年生側にいた雪音葵組、2年生側にいた沙世聡組は朝練に向かう生徒以外で変わった人は見ていないと言っている。
「綾瀬先輩に会いました。」
そう答えたのは翔太と一緒にいた隼人だった。真と同様で野球部のため顔見知りのようだ。
「3年生か、珍しいなこの時間に。」
「俺らも会ったんだけど、教室で朝勉強するっつてたぞ。」
「勉強ねぇ、まぁ受験生だしな……あとは?」
「上村先生と教頭に会ったよ。」
「んーーまぁ出勤するくらいの時間だしな…………でも職員室と昇降口は逆方向だな……ふむ……」
他は?と尋ねるも、今度は誰も答えなかった。
一息ついたあと、再度秀人は口を開いた。
「今日は何も起こらなかったし、情報も少ないからなんとも言えないが……考えて見る必要はあるーーーーーー
「きゃーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
その言葉をかき消すように、悲鳴が聞こえた。
場所は近い、生徒会室と同じ階の恐らく2年の教室だ。
「行くぞっ!」
硬直していた香緒里達は、秀人の声に、弾かれたように立ち上がり、生徒会室を飛び出した。