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第2章 偽の繋がり、真の絆


「それじゃ、また明日ねー」
「またねー!」


東京駅からバスに乗り、学校まで帰る。
先生の手短な話と連絡を聞いた後に解散となり、皆それぞれの帰路に着く。
時間はもう午後8時すぎ。子供を迎えに来ている親もいる。
雪音や翔太、沙世も例外ではなく迎えが来ており(雪音の場合は高校生の姉であったが。)、家族と共に帰って行った。
真はその沙世の家族と車に乗って行ってしまったために香緒里は秀人と二人になった。

「迎え、来ないの?」
「あー、うちの親は両方とも帰って来るの遅いからな。むしろ、俺が早く帰って弟に夕飯作ってやらなきゃなぐらい。」

そう言って秀人は苦笑いをしたが、その中に寂しさや悲しさは見えない。
香緒里は?とは聞かれなかった。その方がよかったのだが、自分で聞いたくせに、とも思う。

帰っても、どうせ一人だ。遅く帰ろうが早く帰るが、変わらない。これからこういう日々が増えるのだろう。

父とはここ数年、まともに会話をしていない。元々あまり話さない人なのもあるが、昔の方がまだ話していた気がする。
香緒里も家では必要最低限のことしか口にしていなかったので、会話がほとんどなかった。
出張から帰ってきたら少し話をしてみようか。




修学旅行の翌日。
香緒里が学校から家に帰ると、玄関に革靴が置いてあった。

「ただいま」

靴を脱いで、部屋には行かずにリビングに寄る。ドアを開けて顔を覗かせると、ソファに座ってテレビを見ていた父、義之は振り返って香緒里を見た。

「ああ、おかえり。早かったな。」
「今日は、部活がなかったから………。ご飯、待ってて。何か作る。」
「ありがとう、簡単なもので大丈夫だからな。」

何気ない会話。それがひどく心地よく感じた。
もう何年も聞いていなかった『おかえり』の言葉。
いつも帰って来ると、不快に、気持ちを重たくするようなことばかり、今はもうどこに行ってしまったのかわからない母親から言われ続けてきた 。
これからは、もうそんなことはないのだ。

「香緒里。」

リビングから出て、二階の自室に着替えに行こうとした香緒里を義之は呼び止めた。何?と言葉に出さずに振り返ると、少し真剣な表情になった義之の顔があった。

「着替えたら、大事な話がある。」

改まった口調でそう言われ、思考が一時停止した。
まだ、何か重大な話があるのだろうか。
これ以上、一体何が………。

動き出した頭の中で疑問や不安が駆け巡りながらも、わかった、と返事をして自室に向かう。
父と母が離婚して、母に愛されてないことを知った。まだ、何かあるのか。それとも今後のことについてであろうか。
そうであって欲しい。


着替えを終え、再びリビングに行くと義之はソファから机に移動していた。
香緒里はその向かいの椅子を引き、座る。

「それで……大事な話って、何??」
「本当は香緒里がもっと大人になってから、言おうと思っていた。だが、もう知らなくてはならないと思う。」

どういうこと…………?
香緒里の訝しげな視線を見て、義之は一度目を伏せ、再び香緒里を見つめる。

「香緒里は、父さんと母さんの本当の子供では、ないんだ。」
「……………!」

目を見開く。思考が止まりそうになる。

「どういう、こと…………?」

今度は言葉に出して問う。
口がやけに乾いて、声が掠れる。
義之は本当に申し訳なさそうな顔をする。苦しそうな顔をする。

「嘘みたいな話だが、香緒里は14年前、父さんが公園で見つけたんだ……………。」
「捨て…………子………、ってこと?」

「そうだ」とも「あぁ」とも言わずに、黙る。
辛そうな顔からは、肯定だと言っているようなものだった。
しばらくの沈黙のあと、義之はぽつりぽつりと再び話し出した。



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義之とその妻、千恵はお見合いによって出会い、結婚をした。
義之が24歳、千恵が32歳。
三十路を過ぎた娘を心配した父親が、部下であるまだ若い義之と出会わせたのがきっかけであった。
結婚した翌年の暮れに、香緒里の姉である真穂が産まれた。
それなりに幸せな日々。
けれど、特別何も変化のない日々であった。


変化が起きたのは、翌年の5月だった。
その日、義行がいつものように家の近所の公園の前を通り過ぎようとした時、どこからか微かに、泣き声が聞こえた。

「こんな時間に、子供の声…………?」

訝しげに辺りを見回す。
子供、というよりむしろこれは赤ん坊の泣き声のような気がした。

公園に入り、声のする方向へと行く。
公園の中央には、プリンのような形をした滑り台があり、その側面にはトンネルのように土管が嵌め込まれ、こちら側から向こう側へと通り抜けられるようになっていた。
その土管の中に、汚れた白いタオルで包まれた、何か、が見えた。
そこから、声は聞こえている。
滑り台に近づき、頭を屈めて土管の中に入った。
己の持つ力の限り泣く赤ん坊が、そこにはいた。
顔をくしゃくしゃにしながら泣き叫ぶその赤ん坊は、産まれたばかりなのか、まだへその緒がついている。

「産まれてすぐ、捨てられたのか…………?」

タオルにくるまれているだけで、服も何も着ていない。
仕事のように、生きる術のように、泣いているだけだ。

恐る恐る抱き上げて軽くあやすと、泣き声は少し収まった。
頭を撫でてやると、涙を目に貯めながら少しばかり微笑んだ。

自分が置かれた状況もわからずに笑う赤ん坊を見て、胸が詰まる。
母親はどこなのか、なぜ捨てられたのか、この赤ん坊をどうしたらいいのか。
頭の中をぐるぐる駆け巡る。

どうにか、しなくては。


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「その後、警察に届け出たり、養護施設を訪ねたり、いろいろあった。結局、香緒里の母親は見つからなくてね……………俺が、引き取ることにしたんだ。
母さんにはかなり反対されたよ。でも、無邪気に笑う香緒里を見たら、手放せなくなってしまったんだ…………。」

頭が、上手く働かない。
父の話が、言葉が、頭を巡る。
と、同時に。あぁ、だから私はお母さんから愛されていなかったのか、と納得した。
いや、納得というよりも妙にしっくりきた。

「黙っていて、すまない………父さんの身勝手な判断によって、香緒里をたくさん傷つけてしまった………。
ただ、これだけ言えるのは、例え血が繋がっていなくても香緒里は父さんの娘だと思っている。」
「うん…………………ありがとう………」

香緒里はそれだけ言うと、席を立った。

「ごめんね、頭の中ごちゃごちゃしてるから、今日はもう休むね。」
「香緒里……………」
「大丈夫、心配しないで?大丈夫、だから。おやすみ。」

少しだけ微笑んで、リビングを出ていく。
義之はもう一度声を掛けようとして、口をつぐんだ。

14年前の、俺の選択は。
果たして正しかったのだろうか……………?





香緒里は部屋に入ると、布団に崩れるように倒れ込んだ。

自分は、両親の本当の子ではなかった。
捨てられた子だった。
だから、母に愛されなかった。
事情を知ってしまえば、当たり前のことのように思えた。

捨て子だから、望まれない子だから。
母は私に冷たく当たり、見下し、優しい言葉の一つも掛けなかったのだ。
自分がお腹を痛めて産んだ子を差し置いて、やって来た子だ。しかも無理矢理家族となった。
可愛く思えないのも、疎ましく思うのも、当たり前だ。

今までは、本当は愛されている、家族なら本当は愛してくれているはずだ、と思って、耐えてきた。
いつか、きっと………………と。
けれど、そんなことはなかった。
元々、全部が全部、違っていたのだ。

涙が一粒ぽろりとこぼれ、そこから止めどなく溢れてくる。
こみあげてくる嗚咽が下にいる父に聞こえないように、 枕に顔を押し当て、堪える。

誰がなぜ、私を産みそして捨てたのだろうか。
私がいなければ、父と母は離婚することはなかったのだろうか。
私がいなければ。
私は存在してていいのだろうか。
生きていていいのだろうか。
母に、愛されたいと愛されたかったという願いさえも叶えてもらえない、私は。


私の存在価値って、何なんだろう。
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