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第2章 偽の繋がり、真の絆


「つっかれたー……」

旅館のお風呂の湯船に浸かりながら沙世は深いため息と共にそう言った。
奈良公園を周り終えた後、香緒里達は京都の市街地にある旅館に移動してきた。
少し古めかしいながらも、その旅館は隅々まで掃除がされていて、汚さは全く見えなかった。
旅館に着き、ご飯を食べた後、今こうしてのんびりと湯船に浸かっている。

「疲れたって……もともと沙世がいけないんじゃない。」
「あはは、鹿に追いかけられたんだって?」
香緒里がため息をつくと、近くで同じように浸かっていた同室の朱里、棗、静が寄ってきた。
「本当、えらい目にあったわよ…。」
「まぁ、いい思い出って言ったらそうかもね。」
雪音は少し微笑んで言う。穏やかなその笑みを見ていたら、なんだかそんな気がしてきて、香緒里も釣られて微笑む。



「あーやっぱり布団っていいわー。」
部屋に戻ると沙世はひいておいた布団に飛び込んだ。
和室であるこの部屋は六人部屋で、香緒里達と棗達が同室となっている。
布団に寝転がると、疲れていたせいか、うつらうつら眠気が襲ってきた。が、突然のノックによって、現実に引き戻される。
「はーい。」
静は起き上がって扉の方に向かう。
「あ、橋本くん。え?雪音?いるけど。うん、わかった。」
静が誰かと話している声が聞こえる。と、思うとひょっこり部屋の方に静が顔を覗かせた。
「雪音〜ちょっとちょっと。」
「…?何?」
呼ばれた雪音はそちらの方に行き、しばらくすると入れ替わりに静が戻ってきた。
「雪音、どうしたの?」
「やだな〜香緒里ってば。修学旅行でお呼び出しってことは、決まってるじゃない。」
「え?」
「香緒里、鈍い〜。告白に決まってんじゃん。」
「ええっ!?」
声をあげる香緒里を見て、沙世達は『鈍いなぁ。』と笑った。
「でも修学旅行に告白ってベタだよね〜。」
「そこがいいんだけどね。」
「ね。」
「今頃は新谷君も引っ張りダコなんだろうね〜。あと、沢田君も。」
「イケメンだもんね〜二人共、以前に比べて雰囲気が柔らかくなったし。」
完全無欠なイケメンの秀人と、目つきは多少悪いが整った顔立ちの真。
香緒里達の学年の中では彼らの人気がかなり高い。それは、いくら鈍い香緒里でも知ってた。
「静達はいいの?告白とか。」
「新谷君に?私達のは憧れに近いもん。釣り合うはずもないし。ねぇ?」
静が棗とに同意を求めると、棗も頷いた。
「それに、恋バナは夜に取っておくから今はしちゃダメだよ♪」
「はぁ。」
恋愛方面にあまり興味のない香緒里はただただ頷くしかなかった。

「あ、ちょっとトイレ行ってくる。」
「私も行きたい、かも。」
香緒里が立ち上がるのと同時に棗も立ち上がった。
「あ、今朱里が部屋のトイレには入ってるよ。」
「え、マジで?部屋の外のトイレまで行くのは面倒だしなぁ…」
静の言葉に棗はそう言って、困った顔をした。
「私、部屋の外のトイレに行ってくる。棗、朱里が出たら入っていいよ。」
「え?いいの?トイレ、一階だよ?」
「あー、まぁ平気平気。散歩がてらに行くから、あんま気にしないで。」
行ってくるね、と香緒里は言い、部屋のドアを開け、外に出る。
そして、部屋のある五階から一階まで階段で下りていく。
「絶対、足が筋肉痛になってる……。」
階段を一段下りる度にピキピキと痛む足を見て香緒里は呟く。今日の昼間に全力ダッシュしたせいだ。
これで一階まで行って、また上がったら更に筋肉痛が悪化しそうだ。日頃全く運動をしない美術部に入ってるせいだなと思い、香緒里は一人で苦笑した。

「お、香緒里。」
一階に下りると階段から数メートル離れた場所にある自動販売機の方から声がした。
「どうした?お前も何か飲み物買いに来たのか?」
近づく香緒里に秀人は声をかける。
「違うわよ。部屋のトイレが混んでるから、ここまで来たの。」
「ははは、大変だな。」
そう言いながらお金を入れ、自販機のボタンを押す。ガコン、と音を立てて小さいサイズのペットボトルが落ちてくる。
「ん。」
それを差し出された香緒里は戸惑った表情になった。
「へ?私に?」
「だって俺の分はもう買っちゃったし。」
「いや、そうじゃなくて、ただで貰っちゃっていいの?」
「あー、いいよ、別に。俺の奢り♪」
ニッと秀人は笑って軽く言った。
「あ、やべ。時間だ。」
腕時計を見てそう言う秀人に釣られて香緒里も自分の時計を見た。
「時間……って、消灯までまだ一時間以上あるよ?」
「あぁ、違う違う。呼び出されてんだよ。8時45分には三組の根岸サンに、9時には二組の笠谷サンに、9時15分には同じく二組の吉田サンに。」
「えーと……もしかしなくても、告白?」
「十中八九そうだろうな。さっきも四組の奴に呼び出されて告られたし。」
少しうんざりしたように秀人はまた時計を見る。
「断ったの?」
「当たり前だろ?俺のことをよく知りもしない、上辺しか見てない奴らと俺が付き合うと思うか?」
「……確かに。」
「挙げ句、泣かれたらもうどうしたらいいのかわかんねーしさ。」
「大変ね、秀人って。」
香緒里が苦笑すると、秀人は香緒里の顔を見た。その目はいつもより、少し真剣で。心を見透かされてる気がした。
「大変なのは…お前の方じゃねぇのか?」
「え?」
「いつもより、元気ないぞ。それでも飲んで少しは元気出せ。」
ポンと頭を軽く叩かれる。
事情はよくわかってないだろうけれど、きっと勘のいい秀人のことだから、香緒里に何か起こったのだと言うことに気づいている。
あえてその話題に突っ込まず、けれどさり気なく励ます。とても秀人らしい。

「あんま、溜めるなよ。いつでも話くらい聞くから。そんじゃ、おやすみ。」
ひらひらと手を降って秀人は香緒里に背を向けて階段を上がって行った。
ほんと、勘がいいんだから……
ぼそっと呟いた後、手元にあるペットボトルを見た。
しかし……
「トイレに行くって言ってる人間に、これ渡すってどーよ。持って入らなきゃじゃない……。」
そう口では文句を言いながらも香緒里の頬は緩んでいた。
誰かに同情されるのは苦手だけど、心配されると自分のことをちゃんと見てくれているような気がして嬉しい。
少し、矛盾してるかな。

ありがとう、秀人。
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