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第2章 偽の繋がり、真の絆

翌朝、香緒里は鈍い頭の痛みで目覚めた。セットした目覚ましはまだ鳴っていない。
昨夜は結局あまりよく寝られず、気がついたら寝ていた。

香緒里は痛む頭を抑えながらもベッドから起き上がり、洗面所へと向かった。
鏡と向かい合うと、目が若干腫れているのがわかる。泣き明かしたのがこれではまるわかりだ。苦笑しながら、顔を洗った後、その目を冷やそうと台所から氷とビニール袋を取ってくる。

リビングには、誰もいない。母と姉は昨日の間に出て行ったのであろう。たくさんあった荷物は既になく、代わりに机の上に置き手紙があった。……父からのものであったが。
今日の朝から香緒里が修学旅行から帰る日の翌日まで、九州の方に出張でいないこと。朝ご飯はおにぎりが台所にあるということ。そして、『修学旅行を楽しんでくるんだぞ。』と書いてあった。その手紙と一緒にお土産代のお金も置いてあった。

母より、父の方が私のことをちゃんと見ている。母なんて、今日から香緒里が修学旅行に行くことなんて、これっぽっちも覚えていなかったであろう。

昔から、そうだった。
姉の遠足は何日も前からチェックしているのに、香緒里のはしていない。当日になって、思い出したかのようにお弁当を作る、そういう人だったのだ、母は。
香緒里はおにぎりを食べ、お金を財布に入れ、制服に着替えると鞄を背負い、家を出た。
5時にもまだなっていない外は薄暗く、周りの家にも灯りがともっていない。
まるで、今の私みたいだ。
自嘲気味に香緒里はそう思い、息をついた後、足を駅に向けた。
早く、夜が明けて明るくなればいいのに――――


「あー!香緒里っ!おっはよー♪」
駅に着くとすでに沙世と雪音と真と翔太がいた。
「朝から元気だね、沙世…。」
呆れ半分に香緒里は笑いながら言う。
「あったりまえじゃん!修学旅行だよ!?」
「テンション上がるのはわかるけどね〜。」
雪音はふふっ、と笑いながら沙世を見た。
「秀人は?」
「まだ来てないよ。まぁ、待ち合わせ時間まで、あと五分あるし。」

今回の修学旅行は班ごとに各自で集まり、各自で東京駅まで向かう。
とは言っても、皆同じような時間に待ち合わせ、同じ駅を利用しているのだから、団体移動とほぼ変わらないが。
「はよー。」
噂をしていたら、秀人が来た。
「秀人おっそーい!」
「時間にはまだなってねーだろ?自分が一番乗りに来たからって、威張るなよ。」
「えっ!なんでわかるの!?」
「俺を誰だと思ってんだよ?」
わかって当然、という顔を秀人はしている。まぁ秀人なら、そのくらい読めるだろうな、と香緒里は思う。

「っつーか、真、眠そうだな。」
「真は、朝弱いの。低気圧だっけ?」
「違う、低血圧。だから大抵、沙世にモーニングコールかけてもらって起きてんだけど……さすがに今日は早すぎ。」
「大変だな、真も。」
「大変って何がよー!」
膨れる沙世をまぁまぁ、となだめて香緒里は言う。
「全員集まったんだし、電車乗るよ。」
せっかくの修学旅行、楽しまなきゃ……損だよね。


東京駅に着き、生徒全員が集まると先生達の誘導により、新幹線に乗る。
「キャー新幹線新幹線〜っ!」
まるで初めて新幹線に乗る幼稚園児か小学生のように沙世ははしゃいでいて、少し落ち着けと真にたしなめられていた。

「新幹線って、キレイなんだねぇ。」
「香緒里、乗ったの初めてか?」
香緒里の向かいの座席に座る秀人に聞かれ、頷いた。
「実は、初めて。さて、と。点呼取らないと……」
「大変だな、班長♪」
「秀人が押し付けてきたんでしょ。」
そーだっけ?と秀人はとぼけた顔をする。軽く溜め息をついた後、班の点呼を取り、学級委員でもある香緒里は他の班の点呼の結果を聞き、担任に報告をする。

しばらくして、新幹線が発車すると香緒里はやっと落ち着いて自分の席についた。
三人席が向かいあったような席に6人は座っていた。窓際の香緒里は過ぎて行く景色に少し目を向けていた。

相変わらずのハイテンションの沙世は鞄をあさって、ジャーン、と効果音付きで物を取り出した。
「早速だけど、UNOをやりましょう!」
「え〜………俺は別に……」
「ダーメ!真もやるの!」
半ば強制的に真も参加させられ、沙世が各自にカードを7枚ずつ配る。
「はい、いきなりのリバース!」
「それじゃドロー4で。」
「うわ、じゃあ私もドロー4。」
「おい、いきなり8枚引かせんのかよ!」
「あははえげつないね〜。秀人、ドンマイ。」
ブツブツ文句を言いながらも秀人は窓際に設けられた山札からカードを8枚引く。
のどかな雰囲気に、香緒里は少し頬を緩ませる。張り詰めていた気持ちが5人といることで和らいでいくように感じた。

「あー、くっそ。どうして一回も勝てないんだよ!」
京都に着き、新幹線から降りた後、奈良公園の最寄り駅、近鉄奈良駅へ向かう電車の中で、不満げに秀人はそう漏らした。
「まさか、秀人がUNO、めちゃくちゃ弱いなんて、思いもしなかったな。」
「ね。天才とも呼ばれるあの秀人なのにね。」
「私にも、秀人に勝てる物があるってわかって、すっごい嬉しい!」
翔太、雪音、沙世が口々に言う。
「完全無欠な秀人にも、苦手なもんがあったってことだな。」
真までもがおかしそうにそう言う。
「るせー。何で勝てないのかこっちが聞きたい!」
「引き運もあるんじゃないの。」
しれっと香緒里が言い、他の四人が笑う。

ほんとに、不思議。ついこの間までいがみ合っていた相手とこんなふうにみんなで笑いあえるなんて。
香緒里は四人に釣られて笑いながら思う。
時が経てば、関係も少しずつ変わっていく。
友達の関係が変わるのなら、家族の関係も変わるのだろうか。
いや、変わったからこそ……香緒里の家は崩壊したのだろう。
自分を見捨てた、母が、姉が、止めようとしなかった父が―――憎い。
自分ではどうしようもないからこそ、憎むしかないのだ。何も出来なかった自分にも、腹が立つ。
と、同時にどうしようもない悲しみにとらわれる。不安定で、危ない気持ち。
香緒里はそれを振り払うように、窓の外を見た。

わずかでもいい。
光が自分に差し込めばいい。そう、願いながら。
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