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第2章 偽の繋がり、真の絆

修学旅行前日。
手荷物以外の、着替えやバスグッズが入った大きな鞄を先に旅館に届けるために二年生全員はいつもの荷物に加えて、その大きな鞄を学校に運んだ。
事前指導を体育館で終えた後のクラスは浮き足立っていて、誰もがウキウキした顔をしている。

「うー今日テンション上がりすぎて眠れないかも!どうしよう!」
沙世は目をきらきらさせながら言う。言葉ほど、困っていないらしい。
「遠足の前の時とかも、毎回そう言ってて毎回熟睡してるだろ、沙世。」
「また真はそういうこと言う〜気持ち的な問題だもん!」
「あ〜でも沙世って、『今日はずっと起きて話してようね!』とか言いながら、真っ先に寝るタイプだろ?」
「秀人まで言う!?」
「で、香緒里はなんだかんだ言って爆睡するタイプ。」
「ちょっ、私そんなに図太いの!?」
香緒里が言うと秀人は楽しそうにケラケラ笑った。
「くくくっ、冗談だよ。ま、沙世の方は事実っぽいけどな。」
沙世は頬を膨らまし、他の五人は笑った。

穏やかなこの空気が、とても心地いい。やっと、『居場所』が出来た。そんな気がする。
そう思いながら香緒里は穏やかに微笑んだ。


「ただいまー」
返ってくるはずもない決まり文句をいいながら、香緒里は家のドアを開けて中に入る。
リビングを覗いてみると、珍しく父がいた。
そして、母が旅行鞄やダンボールに物を詰めていた。

「え……何してるの…?」
香緒里の問いに母は香緒里には目を向けず、こちらに背を向けてソファに寝転がっている父をちらりと見ながら短く答えた。
「実家に帰るのよ。」
「え……?」
訳が分からずリビングの入り口に立ち尽くす香緒里の後ろで、ドサリと重い物を置く音がした。
振り返ると姉の真穂がいくつかの旅行鞄を足元に置いて立っていた。

「離婚するんだってさ。」
「え?」
冷めたような目でこちらを見てくる姉に対して、香緒里は思わず問い返した。
「前々から考えてたのよ、離婚のことは。所詮、お見合い結婚だしね。」
淡々とした口調で母は語る。父は何も言わずにソファに寝たままだ。
「あぁ、私と真穂だけ行くから、あんたは別にいいわよ、付いてこなくて。」
「ちょっ………なんで、そんなこと勝手に……!」
「言い方を変えましょうか?あんたは付いてこなくていいの。」
「………っ!」
唇を噛みしめる。
完全なる、拒絶だ。付け入る隙もない程に。
「と、いうわけで。私と真穂は明日から実家に行くから。でも良かったわ〜真穂が通ってる高校がおじいちゃんちに近くて。ねぇ?」
姉に笑いかける母に対して、香緒里は寂しさと共に怒りがこみ上げてきた。
「どうして……どうしていっつもそうなのよ!私の事を何も見ていないで、考えないで、勝手なことを言って!挙げ句、勝手に離婚して、私は残れだなんて……!」
悲しげに、苦しげに言う香緒里を見て母は感情のこもっていない声で言う。
「そんなの、」
「おい……!」
父の制止の声が掛かったが母は気にせず言葉を繋げた。
「あんたのことがどうでもいいからに決まってるじゃない。」
そんなこともわからないの、と言いたげな目線をこちらに向ける。
「……っ!勝手にどこへでも行けばいいじゃない!」
叫ぶように、香緒里はそう言うとリビングから離れ、階段を上り、自分の部屋へと飛び込み、ドアを勢いよく閉めた。


荒い息を整えながら、力無くベッドに倒れこむ。
頭の中がごちゃごちゃしている。自然と涙が流れてきた。
離婚だなんて……急すぎる。
確かに、元々父と母が危うい関係にあったのは事実だし、香緒里もそれには気づいていた。
驚きは、した。
けれどそれ以上に母からの拒絶が苦しかった。
『どうでもいいからに決まってるじゃない。』
頭の中で何度もリフレインされる、母の言葉。
そして、気づいてしまった。
家族なんて、どうでもいい、だなんて思ってたけど……本当は、愛されたかったのだと。
他の家族のように、なりたかった。一緒に笑いあえて、話し合えて。
そんな家族像を香緒里は心の底で描いていたということを。
愛されたかった。
無償の愛が欲しかった。
けれど、それは母からは与えてもらえなかった。与えられるのは、拒絶の言葉や態度ばかり。
苦しい。悲しい。
様々な想いが頭を巡って、香緒里はベッドの布団にしがみつきながら、声を殺してずっと泣き続けた。


家ーーここにはなかったのだ。香緒里の望む『居場所』は―――――
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