第2章 偽の繋がり、真の絆
一連の騒動から二週間程経ち、吉崎香緒里の頭の傷も随分よくなった頃、香緒里のクラス、二年一組は毎日平穏な日々を送っていた。
安西雪音は以前の明るさを取り戻し、新谷秀人と石川翔太は以前よりクラスメイトと話すようになった。
そんなクラスも、約1ヶ月後の中学校生活最大のイベント、修学旅行を前に浮き足立っていた。
「えーと、じゃあ二日目の自由行動、どこ行きたい?」
一組の第四班の班長になった(正しく言えば押し付けられた)香緒里は、京都の地図に目を落としながら言った。
修学旅行は二泊三日で、一日目は奈良で二日目三日目は京都に行くことになっている。
「とりあえず、美味しい物食べた〜い!」
目を輝かせながら谷中沙世は言う。
「昼のことより、先にどこ行くか考えねぇと仕方ないだろ。」
「ご飯は大事だもん!」
秀人の言葉に沙世はきっぱりとそう言った。
「ご飯の意見は後で沙世の意見を採用するからさ、とりあえず場所決めよう?」
「ん〜やっぱり金閣寺は行きたいよね。」
「だね。それなら銀閣寺も行きたいね。」
「金閣、銀閣ね。他には?」
「来年の為に、北野天満宮で学業御守り買っとけば?」
まるで人事のように言う秀人に香緒里は苦笑いをする。
まぁ…確かに秀人には必要ないか。成績優秀、スポーツ万能、加えてイケメンの秀人に死角はないように思われる。
「北野天満宮ね。沢田は?どっか行きたいとこある?」
机を向かい合わせにして、前にいる沢田真に香緒里は聞く。
「別に特にねぇよ。」
「えーそういうこと言っちゃダメだよ真〜!なんかないの?」
「じゃあ…三十三間堂。」
「私は因みに仁和寺に行きたい!」
金閣寺、銀閣寺、北野天満宮、三十三間堂、仁和寺…こんなところかな。
香緒里は書き込んだ用紙から顔を上げた。
「じゃ、最後にお昼どこで食べるか、だね。」
「私、ちゃんと調べて来た!」
元気よく言った沙世に秀人と、それと珍しいことに沢田も苦笑いした。
「相変わらずだな…沙世。また腹壊すなよ。」
「何よ〜私がいつお腹壊したっていうのよ!」
「小学校の修学旅行の時、林間学校の時、幼稚園のお泊まり保育の時、あとは―――」
「ちょっ!いい!わかった!今回は食べ過ぎない〜…」
指を折りながら数えていく沢田を沙世は慌てて止めた。本当に毎回の如く、食べ過ぎているらしい。
焦った沙世の表情があまりにも必死で、香緒里達は吹き出した。
「なんで笑うのよ!」
「くくくっ、いや、だって谷中さんってば…」
翔太は答えようとしたが、笑って言葉にならない。
ふと、前を見るとこれもまた珍しく、沢田が笑っていて、驚いた。
こんなふうにも笑えるのか…。今まで香緒里が見てきた沢田の笑いは大抵、小馬鹿にしたような笑みやせせら笑いなどだ。だから、楽しそうに笑っている沢田は心底意外だった。
幼なじみの沙世がいるからだろうか。いつもより、クラスの他の男子といるより、表情が緩やかだ。
それに、数週間前にはこのメンバーでこんなふうに笑い合えるだなんて、誰が想像しただろうか。
いじめていじめられて。際限なく続くように思えたそれは、意外にもあっけなく終わった。不思議なくらいあっさりと。
あの、怒りと憎しみに満ちた沢田の目を香緒里の中に深く印象付けながら…本当に、あっさりと―――