最強の悪霊と私の怪奇日常
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「ななし、起きなさい」
『んぇ……?』
朝、ななしは声に起こされる。
母親でも父親でもなく、自分の上で宙に浮きこちらに笑いかける男性に。
『……おはようございます、最上さん』
「おはようななし。今日も可愛い寝癖がついているよ」
空中で足を組みななしの髪を指で優しくとく。ななしは寝ぼけ眼のまま自室から出て洗面台へ向かった。
「あらななし、最近は時間通りに起きるわね」
『………良い目覚まし時計があるからかな?』
「はあ?アンタ目覚まし時計なんて持ってないでしょうに。ほら早く着替えて朝ごはん食べなさい」
母親の言う通りにし、朝の支度を素早く済ませ朝ごはんに手をつけた。
「ななし、端に食べカスがついてる」
『あ……ありがとうございます』
最上がななしの口端を優しく拭った。恥ずかしかったのか、ななしはお礼を言ったあとすぐに顔を逸らした。その反応に最上はクスリと笑う。
『いってきまーす』
「いってらっしゃい」
カバンを持って学校へ向かう。
いつもの通学路を歩いていると、必ず通る交差点の信号機に、花束が置かれているのを見つけた。
『(え?昨日無かったはず……そういえば昨日の夜救急車が走ってたような……あ)』
ふと、ななしは交差点を見た。
交差点の真ん中で、一人ポツンと立つセーラー服を着た少女の姿を。顔は俯いていて分からなかったが、ななしは気付く。
アレは生きた人ではない
『…………………』
信号機が青に変わる。待っていた人たちが歩き出し、ななしも足を動かした。
セーラー服の少女と目を合わさないよう、視線を逸らしながら交差点を歩く。
そして少女の横を通り過ぎ、ホッと息をついた。
「アナタ、見えてるでしょ」
冷たい、地を這うような声が背後から聞こえてきた。あともう少しで交差点を渡り切ろうとしていたのに、足がまるで地面と引っ付いたように動かない。
あ、コレはマズイ。そう思った時だった。
「この子は私のものだ。下級悪霊が手を出していいものではないぞ」
その声と共に、不気味な悲鳴が聞こえ足が自由になった。ななしは急いで交差点を渡る。
ちょうど信号は赤になり、車が行き交い始めた。呆然と立ち尽くすななしの横に、最上が現れた。
「………ふん」
『……最上さん……』
「今回は勘の鋭い奴だったな。まあ力の足しにはならなかったが」
最上の口の隙間から何か黒いものが出ていたが、それはすぐに消えた。
「安心しなさい。もう居なくなったよ」
『……ありがとうございます』
あの悪霊がどこへ消えたのか……ななしは聞かなかった。聞かなくても、分かるからだ。
最上啓示。
40年以上昔にテレビによく出ていた霊能者。その成れの果てである。
当時、霊能者で誰が一番なのかと問えば全員が「最上啓示」と言うほどの実力を持ち、有名な存在であった。
しかし、現在は強大な力を持ち数々の人間を取り殺した最恐の悪霊としてこの世界に留まっている。そんな悪霊がなぜ、田中ななしに取り憑き、何もせずむしろ守っているのか……。
それは、数週間前のこと。
「ななしちゃん、何か取り憑いてるよ」
『え?』
学校からの帰り道。偶然会ったいとこに当たる中学生、影山茂夫……通称モブは黒い目をななしに向けた。
『ウソ、気付かなかった』
「うん、僕もさっき気付いた。隠れるのが上手みたい」
『……悪いもの?』
「……………………」
モブは目を細めななしを見る。………………と、すぐさま青ざめた。
「なんで貴方がななしちゃんに取り憑いてるんですか………最上さん」
『え?』
「………やはり気付いたか。さすが影山くんだね」
ゾワッ、とする気配がした途端、ななしの体から黒いモヤが現れ人の形へと変えていく。人の形をしたソレはななしの後ろに浮き、モブを見やると笑った。
「ななしちゃんは悪い人じゃないです。早く出て行ってください」
「それは知っている。この子は善人、弱者だ」
「なら何故……」
「勘違いしないでくれたまえ。私はこの子を殺そうとも害を与えようとも考えていない」
と最上は不安そうな顔を浮かべるななしに目を向けた。
「この子、強い霊感を持ってるね。そのせいであらゆる霊を引き寄せている」
「はあ……」
「私なら、どんな悪霊も退けられるし彼女を守ることが出来るよ」
「え?」
まさかの発言にモブは目を丸くしたのだった。ななしも驚いて最上を見る。
これが、最上啓示との初対面であった。
「ななしちゃん、今日は大丈夫だった?」
『うん、大丈夫だったよ』
学校帰りにモブと会ったななしは歩きながら会話をしていた。
「体の調子も悪くなさそうだね」
『心配し過ぎだよ』
「心配になるよ………だって悪霊に取り憑かれてるんだから」
「おや、信用がないね」
最上が現れ、モブに目を向けた。
「だって最上さんは強い悪霊だから」
「そう言ってくれるのは嬉しいが、ちゃんとななしに配慮しているよ。彼女に寄ってくる悪霊だって吸収したり祓ったりしている」
「ななしちゃんを約束通り守ってくれるのは良いんですが………あまり危険な目に合わせないでください」
「心得ているよ」
本当かな……とモブはジトリと最上を見た。
「(て言うか、なんで最上さんはななしちゃんに取り憑いてるんだろう。世直しって言って人を祟ったり取り殺したりして悪いことをした存在なのに………ななしちゃんには何もせず、むしろ守ろうとしているし、一体何考えてるんだろう?)」
悪霊の考えてることは分からないなあ。とモブはななしと楽しく会話をしている最上を見てそう思ったのだった。
夜。最上はスヤスヤと眠るななしをジッと見つめた。
「やっと見つけたんだ……今度こそ離さないよ、私のななし」
その呟きは誰の耳にも入ることはなかった。