【鶴のり】処女受胎
*注意*
・鶴←のり
・鶴モブ♀前提(明確な恋愛感情ナシ)
・鶴丸とのり夫がシイナに出会う前の話
◇
鶴丸が女を抱く声を聞きながら人形を創る。それが僕にとってのセックスだった。
「はぁ、あ、ん」
隣の部屋から聞こえてくる女の嬌声をかき消すように木を削る。黒々と光る彫刻刀が木屑で白くなるとふぅっと息を吹きかけてまた削る。薄い壁から壊れかけのベッドが揺れる音がした。うるさい。だらしない女の声も、一定のリズムで繰り返される生殖行動も。ただただ耳障りでしかなかった。
丸くなった人形の頭に凹凸をつけて生命を吹き込む。泣いているのか笑っているのかわからない、能面のような顔。どこにもいない少女でありどこにでもいるような少年のかんばせを、この細い刃で削りだしていく。
「んん……あ、ん、ねぇ、もっと……」
先日生まれた鶴丸の子供はもう少し丸顔だったかな。いや、赤子なんてどれもこれも似たような顔だ。見分けなんてつかない。でも全然鶴丸に似ていなかった。だってすごく愛嬌があったから。あれは母親似かな。なんだっけ、女の子は父親に似るとかいう話があったような気がする。じゃああの子は男の子か。忘れちゃったな。今度会うことがあったらもう一度性別を聞いておくか。
「ん、きもち、い、よぉ」
ギシギシ。ギシギシ。激しくなる音に合わせて手を動かす。女は嫌いだ。そんな大きな声を出しちゃ、鶴丸の息遣いが聞こえやしない。子宮があるだけの生き物のクセにさ。
ぷっくりとした唇を削り終わった時、雑音が消えた。微かに聞こえる荒い呼吸は女のものだろうか。コトリ、と彫刻刀を置いて紙やすりに手を伸ばす。あぁ、今日も終わらなかった。
「のり夫?」
人形の顔を滑らかに削っているとあまいニオイのする鶴丸が作業部屋に入ってきた。女のニオイだ。思わず顔を顰めるが、鶴丸はそんな僕に構わずずかずかと近寄ってくると手元を覗き込んだ。
「へぇ。今回のは人間寄りだな」
「うるさいな。少しは静かにしてよ」
「盛り上がっちまったんだから仕方ねーだろ」
鶴丸はペットボトルの水を一本手に取るとそのまま隣の部屋に戻っていく。きゃあきゃあと何事か話す女の色めき立った声に背を向け、黙々と人形にやすりをかける。白く削れた表面を指先でなぞると、ざらざらとした木屑が落ちて産まれたての赤子のような滑らかな頬が出てきた。もう少し作業は必要だが、あとはほぼ組み立てのみだ。
「あ! のりちゃん、またね~」
扉の向こうで女がこちらに愛らしく手を振って家を出ていく。鶴丸はやれやれといった顔でこっちに向かってちゃりちゃりと車のキーを振ると女と一緒に出て行ってしまった。送ってくるだけなら夜には帰ってくるだろうけど、もしそのまま他の女の所に行くなら……。そこまで考えて人形の頭を作業机に置く。
木屑まみれのエプロンを脱いではたくと白い煙が上がった。ずっと彫刻刀を握り締めていたせいか手が痛い。
「……続きはまた明日だね」
ようやく顔が見えた我が子の頭を撫でて風呂場に向かう。この人形が木材から今の形になるまで、約一ヶ月。その間、この子は鶴丸と女の情事を五回ほど聞いている。いや、もうちょっと多かったかもしれない。鶴丸が代わる代わる色んな女とまぐわう声を聞いて生まれた赤子。僕の赤ちゃん。この腹に子は宿らないけれど、この手からは生み出せる。僕と鶴丸の赤ちゃん。
屋上でお湯に浸かりながら沈んでいく夕日を眺める。命のない赤子を生み出してもう何体目になるだろう。何度、鶴丸と女が交わる声を聞いただろう。人間の形をした赤子。異形の形をした赤子。天使の形をした赤子。怪物の形をした赤子。その時々の感情で赤子の容姿はまるで違う。同じ親から生み出されたなんて思えないほど、その姿は千差万別だ。こんなのがイイだなんて、芸術なんてのはわからない。
毎日繰り返される作業は生殖行動の真似事だ。嫉妬と欲望の果てに生み出される憎悪だ。この手から生命は産まれない。無価値で無意味だとわかっていてもやめられない。そういう虚無に価値があるのだとすれば、芸術家なんてのはみんなどこか壊れちゃってるんだろう。いくら評価されたって、僕自身が満たされる時は一生訪れないのに。
「あの子が完成したら、次は何を創ろうか」
夜の帳が下りる。体から力を抜いて広々とした湯舟に浮かぶと星が瞬いているのが見えた。目を閉じれば羊水の中にいるような感覚に陥る。僕が胎児なら、キミは何だろう。
遠くでブロロロ……という車のエンジン音が聞こえてばちゃっと身を起こす。身を乗り出して地上を見下ろすと鶴丸が帰って来ていた。それだけで嬉しくなっちゃうんだからゲンキンなヤツだよ、僕は。
湯舟から上がって急いで部屋に戻る。鶴丸と目が合うと、彼は僕を探していたと言わんばかりにふっと目元を綻ばせる。あぁ、やっぱりズルいなぁ。でも僕はなんてことない顔してこう言うんだ。全然、これっぽちも気にしてないよって態度でさ。
「おかえり、鶴丸」
「ただいま。のり夫」
・鶴←のり
・鶴モブ♀前提(明確な恋愛感情ナシ)
・鶴丸とのり夫がシイナに出会う前の話
◇
鶴丸が女を抱く声を聞きながら人形を創る。それが僕にとってのセックスだった。
「はぁ、あ、ん」
隣の部屋から聞こえてくる女の嬌声をかき消すように木を削る。黒々と光る彫刻刀が木屑で白くなるとふぅっと息を吹きかけてまた削る。薄い壁から壊れかけのベッドが揺れる音がした。うるさい。だらしない女の声も、一定のリズムで繰り返される生殖行動も。ただただ耳障りでしかなかった。
丸くなった人形の頭に凹凸をつけて生命を吹き込む。泣いているのか笑っているのかわからない、能面のような顔。どこにもいない少女でありどこにでもいるような少年のかんばせを、この細い刃で削りだしていく。
「んん……あ、ん、ねぇ、もっと……」
先日生まれた鶴丸の子供はもう少し丸顔だったかな。いや、赤子なんてどれもこれも似たような顔だ。見分けなんてつかない。でも全然鶴丸に似ていなかった。だってすごく愛嬌があったから。あれは母親似かな。なんだっけ、女の子は父親に似るとかいう話があったような気がする。じゃああの子は男の子か。忘れちゃったな。今度会うことがあったらもう一度性別を聞いておくか。
「ん、きもち、い、よぉ」
ギシギシ。ギシギシ。激しくなる音に合わせて手を動かす。女は嫌いだ。そんな大きな声を出しちゃ、鶴丸の息遣いが聞こえやしない。子宮があるだけの生き物のクセにさ。
ぷっくりとした唇を削り終わった時、雑音が消えた。微かに聞こえる荒い呼吸は女のものだろうか。コトリ、と彫刻刀を置いて紙やすりに手を伸ばす。あぁ、今日も終わらなかった。
「のり夫?」
人形の顔を滑らかに削っているとあまいニオイのする鶴丸が作業部屋に入ってきた。女のニオイだ。思わず顔を顰めるが、鶴丸はそんな僕に構わずずかずかと近寄ってくると手元を覗き込んだ。
「へぇ。今回のは人間寄りだな」
「うるさいな。少しは静かにしてよ」
「盛り上がっちまったんだから仕方ねーだろ」
鶴丸はペットボトルの水を一本手に取るとそのまま隣の部屋に戻っていく。きゃあきゃあと何事か話す女の色めき立った声に背を向け、黙々と人形にやすりをかける。白く削れた表面を指先でなぞると、ざらざらとした木屑が落ちて産まれたての赤子のような滑らかな頬が出てきた。もう少し作業は必要だが、あとはほぼ組み立てのみだ。
「あ! のりちゃん、またね~」
扉の向こうで女がこちらに愛らしく手を振って家を出ていく。鶴丸はやれやれといった顔でこっちに向かってちゃりちゃりと車のキーを振ると女と一緒に出て行ってしまった。送ってくるだけなら夜には帰ってくるだろうけど、もしそのまま他の女の所に行くなら……。そこまで考えて人形の頭を作業机に置く。
木屑まみれのエプロンを脱いではたくと白い煙が上がった。ずっと彫刻刀を握り締めていたせいか手が痛い。
「……続きはまた明日だね」
ようやく顔が見えた我が子の頭を撫でて風呂場に向かう。この人形が木材から今の形になるまで、約一ヶ月。その間、この子は鶴丸と女の情事を五回ほど聞いている。いや、もうちょっと多かったかもしれない。鶴丸が代わる代わる色んな女とまぐわう声を聞いて生まれた赤子。僕の赤ちゃん。この腹に子は宿らないけれど、この手からは生み出せる。僕と鶴丸の赤ちゃん。
屋上でお湯に浸かりながら沈んでいく夕日を眺める。命のない赤子を生み出してもう何体目になるだろう。何度、鶴丸と女が交わる声を聞いただろう。人間の形をした赤子。異形の形をした赤子。天使の形をした赤子。怪物の形をした赤子。その時々の感情で赤子の容姿はまるで違う。同じ親から生み出されたなんて思えないほど、その姿は千差万別だ。こんなのがイイだなんて、芸術なんてのはわからない。
毎日繰り返される作業は生殖行動の真似事だ。嫉妬と欲望の果てに生み出される憎悪だ。この手から生命は産まれない。無価値で無意味だとわかっていてもやめられない。そういう虚無に価値があるのだとすれば、芸術家なんてのはみんなどこか壊れちゃってるんだろう。いくら評価されたって、僕自身が満たされる時は一生訪れないのに。
「あの子が完成したら、次は何を創ろうか」
夜の帳が下りる。体から力を抜いて広々とした湯舟に浮かぶと星が瞬いているのが見えた。目を閉じれば羊水の中にいるような感覚に陥る。僕が胎児なら、キミは何だろう。
遠くでブロロロ……という車のエンジン音が聞こえてばちゃっと身を起こす。身を乗り出して地上を見下ろすと鶴丸が帰って来ていた。それだけで嬉しくなっちゃうんだからゲンキンなヤツだよ、僕は。
湯舟から上がって急いで部屋に戻る。鶴丸と目が合うと、彼は僕を探していたと言わんばかりにふっと目元を綻ばせる。あぁ、やっぱりズルいなぁ。でも僕はなんてことない顔してこう言うんだ。全然、これっぽちも気にしてないよって態度でさ。
「おかえり、鶴丸」
「ただいま。のり夫」
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