【イヌココ】迷い子たち
傘もささずに何処いくの。
そう言われて天を仰ぐ。
目の前に広がるのはぼんやりとした灰色の虚空だけだった。
雲ひとつない、がらんどうの天井。
「雨、降ってないよ」
そう言って振り返った先には制服を着た彼女が微笑みながら立っていた。
学校帰りかな。でも、鞄持ってないな。今日こそはオレが持って家まで送りたかったのに。
少年は走り出す。
いたいけな足音は虚無を体言したみたいな灰色の地面に飲み込まれてしまった。
彼女の声以外何も聞こえない無音の世界で、たったひとつの光を目指して懸命に前へ、前へ。
泥の中にいるみたいに重たい足を動かす。
ようやく辿り着いた先で彼女は優しく少年の手を取った。
「降ってるよ」
金色の柔らかい髪の毛が揺れる。
少年は宝石みたいに光る彼女の目をドキドキしながら見上げた。
「火の雨が」
ぷっくりした唇がその言葉を紡いだ瞬間、空から炎が崩れ落ちて来て2人を引き裂く。
目の前で爛れて灰になっていく彼女に、少年は届かない手を伸ばして焼けた叫び声を上げた。
*
「ココ!」
体を大きく揺さぶられてハッと目を覚ます。
いやに速い鼓動。じっとりと体にへばりついてる汗。
目の前で青宗が焦ったような顔で自分を見下ろしていた。
「イヌピー……?」
「はぁ……良かった。怖い夢でも見たのか?」
クラクラする頭を押さえながら起き上がると、青宗がペットボトルの水を寄こした。
真夏の夜は寝苦しい。タンクトップ1枚で寝ていてもこのザマだ。
襟ぐりを掴んでパタパタと服の中に風を送り、ぬるくなった水を一気にあおる。
「んー……忘れた」
「あんなにうなされといて?」
「夢ってそんなもんだろ。それに、悪いだけじゃなかった気がする」
「ぜってぇ悪い夢だろ……」
呆れながら後頭部を掻く青宗を横目に、ペットボトルの水を全て飲み干す。
でも本当だ。夢の内容は全然覚えてないけれど、ちょっとだけ嬉しかった気もするんだ。
胸を締め付るような痛みと喜びが名残惜しそうに渦巻いている。
「イヌピー心配しすぎ」
「心配とかしてねぇよ。ちょっとびびっただけ」
「そんなヤバかった?」
「ヤバかった。死ぬんじゃないかと思った」
「やっぱ心配してんじゃん」
そう言って笑うと喉の奥が焼けたみたいに痛んだ。まだ水分が足りていないのが、やけにヒリつく。
カラになったペットボトルの蓋を締めて適当に近くに置くと、青宗がのそりと九井のそばに寄ってきた。
薄い暗闇の中でお互いの顔が認識できるくらいまで近づかれる。
九井が受け入れるように目を閉じると、青宗はゆっくりと唇を合わせた。
ついばむように数回キスをしていたらおもむろに下唇を食まれる。
そのまま食われるみたいに深い口づけを交わした。
「なぁ」
「ん?」
「ココは……本当に良かったのか。不良なんかになって」
鼻先が触れる距離で見つめ合う。
少し熱っぽい瞳が揺れている青宗の碧い瞳が綺麗で、胸の奥が疼いた。
汗でべたついた彼の頬を両手で包むと、その目元を親指でやんわりと擦る。
「オレがイヌピーについて行きたいって言っただろ」
「どこに行くかも分からないのに?」
「イヌピーの行く場所が、オレの居場所。それでいいだろ」
そう言って九井はまた笑った。
青宗は自身の頬に添えられた彼の手に自分の手を重ね合わせる。
無骨な手で細い指をやんわり握って、九井の手のひらに唇を押し付けた。
くすぐったそうにはにかむ彼の顔を盗み見る。
本当は、その目線の先に誰を見ているかなんて気づいてる。
気づいていて、九井の隣にいる。
恋しいと訴えるその視線を受け止めて、青宗も彼に微笑むのだ。
行き場のない世界でただ1人の好きな人に。
いつかその目が自分を見てくれることを願いながら。
【切れ長の目が猫のように細まる様が愛おしい】
そう言われて天を仰ぐ。
目の前に広がるのはぼんやりとした灰色の虚空だけだった。
雲ひとつない、がらんどうの天井。
「雨、降ってないよ」
そう言って振り返った先には制服を着た彼女が微笑みながら立っていた。
学校帰りかな。でも、鞄持ってないな。今日こそはオレが持って家まで送りたかったのに。
少年は走り出す。
いたいけな足音は虚無を体言したみたいな灰色の地面に飲み込まれてしまった。
彼女の声以外何も聞こえない無音の世界で、たったひとつの光を目指して懸命に前へ、前へ。
泥の中にいるみたいに重たい足を動かす。
ようやく辿り着いた先で彼女は優しく少年の手を取った。
「降ってるよ」
金色の柔らかい髪の毛が揺れる。
少年は宝石みたいに光る彼女の目をドキドキしながら見上げた。
「火の雨が」
ぷっくりした唇がその言葉を紡いだ瞬間、空から炎が崩れ落ちて来て2人を引き裂く。
目の前で爛れて灰になっていく彼女に、少年は届かない手を伸ばして焼けた叫び声を上げた。
*
「ココ!」
体を大きく揺さぶられてハッと目を覚ます。
いやに速い鼓動。じっとりと体にへばりついてる汗。
目の前で青宗が焦ったような顔で自分を見下ろしていた。
「イヌピー……?」
「はぁ……良かった。怖い夢でも見たのか?」
クラクラする頭を押さえながら起き上がると、青宗がペットボトルの水を寄こした。
真夏の夜は寝苦しい。タンクトップ1枚で寝ていてもこのザマだ。
襟ぐりを掴んでパタパタと服の中に風を送り、ぬるくなった水を一気にあおる。
「んー……忘れた」
「あんなにうなされといて?」
「夢ってそんなもんだろ。それに、悪いだけじゃなかった気がする」
「ぜってぇ悪い夢だろ……」
呆れながら後頭部を掻く青宗を横目に、ペットボトルの水を全て飲み干す。
でも本当だ。夢の内容は全然覚えてないけれど、ちょっとだけ嬉しかった気もするんだ。
胸を締め付るような痛みと喜びが名残惜しそうに渦巻いている。
「イヌピー心配しすぎ」
「心配とかしてねぇよ。ちょっとびびっただけ」
「そんなヤバかった?」
「ヤバかった。死ぬんじゃないかと思った」
「やっぱ心配してんじゃん」
そう言って笑うと喉の奥が焼けたみたいに痛んだ。まだ水分が足りていないのが、やけにヒリつく。
カラになったペットボトルの蓋を締めて適当に近くに置くと、青宗がのそりと九井のそばに寄ってきた。
薄い暗闇の中でお互いの顔が認識できるくらいまで近づかれる。
九井が受け入れるように目を閉じると、青宗はゆっくりと唇を合わせた。
ついばむように数回キスをしていたらおもむろに下唇を食まれる。
そのまま食われるみたいに深い口づけを交わした。
「なぁ」
「ん?」
「ココは……本当に良かったのか。不良なんかになって」
鼻先が触れる距離で見つめ合う。
少し熱っぽい瞳が揺れている青宗の碧い瞳が綺麗で、胸の奥が疼いた。
汗でべたついた彼の頬を両手で包むと、その目元を親指でやんわりと擦る。
「オレがイヌピーについて行きたいって言っただろ」
「どこに行くかも分からないのに?」
「イヌピーの行く場所が、オレの居場所。それでいいだろ」
そう言って九井はまた笑った。
青宗は自身の頬に添えられた彼の手に自分の手を重ね合わせる。
無骨な手で細い指をやんわり握って、九井の手のひらに唇を押し付けた。
くすぐったそうにはにかむ彼の顔を盗み見る。
本当は、その目線の先に誰を見ているかなんて気づいてる。
気づいていて、九井の隣にいる。
恋しいと訴えるその視線を受け止めて、青宗も彼に微笑むのだ。
行き場のない世界でただ1人の好きな人に。
いつかその目が自分を見てくれることを願いながら。
【切れ長の目が猫のように細まる様が愛おしい】
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