【フロリド+トレリド】報われない

*アテンション*
・付き合ってるトレリド(→)←フロ
・リドルくんたちが1年生の時のお話(完全に捏造)
・呼び方とかも含めて色々と捏造している
・トレイ先輩のポテンシャルを1ミリも発揮できなかった(無念)
・フロイドくんが幸せになれないのでご注意
・もしかしたら誰も幸せになれていないかもしれない
・キャラ崩壊・口調が違う・原作の設定と齟齬がある可能性がある
・ついでに誤字脱字もある
・以上を踏まえてやさしいこころでお読みください



見つけた。
それは衝撃的で、運命的な出会いだった。
これまで見たどのメスよりも耽美な生き物だと、フロイドは思った。
まるでおとぎ話の人魚のような赤い髪の毛。大きくて丸い藍鼠色の目は水面が波打つようにキラキラと光っていた。濃く黒いアイシャドウがそれをより引き立たせており、対照的に小さくぷっくりした唇はほのかに桃色に色づいてどこか少女のような印象をもたらす。観賞魚のようなひらひらとした衣服に身を包む小柄な体躯も相まって入学式の会場の中で彼は一際目立っていた。
「ジェイド、金魚がいる」
「金魚?」
フロイドが一点を見つめながら惚けたようにぽつりと呟く。その視線の先を辿ると、そこには確かに金魚のように小さくて赤い少年がいた。
ふむ、海では見たことがないが、きっと彼が魚なら、金魚だろう。
そう合点がいったジェイドは頷いて同意する。
「たしかに、金魚のような方ですね」
小さくて、美しくて、観賞するにはうってつけかもしれない。
彼はどんな尾ひれをしているのだろう。そう考えるとフロイドはあの金魚が欲しくて仕方がなくなる。せっかく人間になったのだから飼って、観賞してみたい。
正直、陸に上がるのは億劫だったがこれからすごく楽しくなりそうだと確信し、自然と口角が上がるのを抑えきれなかった。
それを見たアズールが小さくため息をつく。
「はぁ、せめて入学式が終わるまでは大人しくしておいてくださいよ」



クラス分けが発表されて間もなく。
ジェイドともアズールとも分かれてしまいぶーぶーと文句を垂れていたが、なんと同じクラスにあの金魚がいた。
1番前の席に座り真新しい教科書をペラペラとめくっている。フロイドは迷わず彼のもとへ向かった。
「ねー、隣座っていい?」
「あぁ、かまわないよ」
男性にしては少しばかり高い、かわいらしい声だった。初めての会話にワクワクしながらこの金魚をどう持ち帰ろうか、と考える。
「金魚ちゃんは金魚?」
「…ん?どういう意味だい」
「オレねー、海から来たの。だから海にいる人魚しか知らないんだぁ。金魚ちゃんは金魚の人魚じゃないの?」
「……あぁ、なるほど。キミは人魚なのか。残念ながらボクは人間だよ。薔薇の王国から来たんだ」
「えぇ~そっかぁ。残念…金魚ちゃんが金魚だったらウチで飼おうと思ってたのにぃ」
「物騒なことを言わないでくれ…それにボクにはリドル・ローズハートという名前がある。金魚と呼ぶのはおよしよ」
顔を引きつらせつつも人魚の生態について明るくないリドルは努めて、なるべく穏便に事が済むようにと対応する。
「ん~~~~~……金魚ちゃんは金魚ちゃん」
たれた目を細めにんまり笑う彼には何も伝わっていないようで、リドルは頭を押さえた。
これがリドルとフロイドの最初の会話になった。



それから何かにつけ、フロイドはリドルを追いかけまわすようになった。
たまたま廊下で見かけたから。面白そうだから。遊びたいから。その理由は様々で、時にはなんでもない日のパーティー準備中でさえフロイドはリドルにちょっかいをかけた。
入学からほどなくして寮長になったリドルはやることも多く忙しい日々を送っている。
いい加減爆発しそうだとイライラしていた矢先、目の前を歩くフロイドを見つけた。
いつもなら見つからないようにそっと迂回して距離を取るのだが、こんやヤツに四六時中気を張って逃げ回るのももう疲れた。そもそもどうしてこっちが逃げなくてはならないのだ、と気が立っていたリドルは今日こそはガツンと言ってやろうと彼のもとへ自らおもむく。
「リーチ!」
リドルの声に反応し、彼はパッと後ろを振り返る。そのままキョロキョロと何度か見渡した後、視線を下げた。まるで「小さすぎて見えなかった」とでも言うような仕草に、リドルの腹の虫は治まらない。
「キミ、最近ボクを不必要に追いかけまわしているけれど、やめてくれないかい。こちらの話は聞かないし忙しい時に付きまとわれると迷惑だ」
不機嫌を全面に出して言ってやったリドル。しかし当の彼はキョトンとして、困ったように眉を下げて微笑む。
「聞いているのかい」
煮え切らない態度に少しばかり口調が鋭くなる。その直後、背後からずっしりとした重みが肩へのしかかってきた。
がっちりと肩の上から長い腕でホールドされ、背面から抱きつかれている形になる。
「金魚ちゃんだぁ~」
頭上から降ってきた声はまさにフロイドのそれだった。しかし目の前の彼は口を開いていない。訳が分からず大きな目をさらに丸く見開いて声のした方を見上げる。
「ジェイドとなぁに話してんの~?」
そこには紛うことなくフロイドがいて…それでは目の前の彼は…?と、フロイドと瓜二つの彼に目線をやる。
そこでようやく、彼は困り眉のまま楽しそうに自己紹介をした。
「初めまして。フロイドの双子の兄弟のジェイド・リーチと言います」
「双子……」
「なぁに?もしかしてジェイドとオレ見間違えちゃったの?ひどいなぁ金魚ちゃん。オレたち毎日会ってるのに」
瓜二つの顔が、まるでリドルをからかうようにクスクスと笑いあう。
「リ、リーチが双子だなんて知らなくて…」
「おやフロイド、言ってなかったんですか?」
「だって聞かれてねぇもん」
「そんなの言われないとわからないじゃないか…!とにかく悪かったね、えぇと、リーチ…だと紛らわしいからキミのことをジェイドと呼んでもいいかい」
「もちろんですよ。では僕もリドルさんとお呼びしますね」
フロイドと違いこちらの人魚は話が通じそうだ、と安心したリドルであったが、そのやり取りを快く思わないフロイドが駄々をこねる。
バッと身を起こした彼はリドルの肩を掴み自分の方を向かせるとリドルを覗き込むようにして迫った。
「ねーなんでジェイドは名前呼びなの~!オレも名前で呼んでよ!」
「少し静かにしたらどうだい。そもそもキミはボクの名前をちゃんと呼ばないじゃないか」
「だって金魚ちゃんは金魚ちゃんじゃん」
「またそれかい…」
双方一歩も引かず。リドルに関してはもはや意地になっているところもあるのだろう。
それを楽し気に見ていたジェイドが口を挟んだ。
「フロイド、リドルさんが困っていますよ。リドルさん、フロイドが日頃からご迷惑をおかけしているようで申し訳ありません。しかし、このままリーチ呼びですと僕も反応してしまいますので、よろしければフロイドのことも名前で呼んでいただけないでしょうか」
顎に手を当て、相変わらず眉を下げて微笑まれる。そうも困った顔をされてはリドルも頷かないわけにはいかなかった。
まぁ、実のところジェイド・リーチという男は1ミリも困ってなどいないのだが。
初対面のリドルはそんなことなど露知らず、ここは素直にジェイドの要求を飲むことにした。
「キミがそう言うなら…」
おずおずと口にした言葉にフロイドが目を輝かせて反応する。
大好きなお菓子を与えられた子供のように無邪気な笑顔を咲かせた。
「ほんと?やったぁ!ほらほら呼んでみてよ」
フロイドは目線をリドルに合わせて少しだけしゃがみ込み、ワクワクしながらその言葉を待つ。
じっ……と見つめる瞳には何も曇りがなくて、そうも期待されると若干照れくさくなる…と思いつつ、そっと彼の名前を呟く。
「……フロイド」
少しばかり尻すぼみになってしまったが、それでもフロイドには十分だったようで、大きな口を開けて幸せそうに笑った。
単純に、最初はただただ綺麗な観賞魚が欲しいと思っていたが、今となってはこの焦がれるような想いは恋である。
リドルの言葉ひとつで、こんなにも心の奥が暖かくなる。じんとした熱が広がってむず痒い気持ちになる。不思議で心地よい瞬間だった。
これからも彼にたくさん自分の名前を呼んでもらいたい。
そう思ったフロイドは翌日からさらにリドルのことを追いかけ回すことになる。
その度にリドルは大層怒った声で彼の名を呼ぶのだ。



今日こそは昼ごはんを一緒に食べようと思っていたが、残念ながらリドルを捕まえることができなかった。
入学式からしばらく経つが、彼がどこで何を食べているのかなんて知らずにいた。
フロイドもフロイドで、アズールに「寮でラウンジを経営したらいいお金になると思うんですよね。協力してください」と頼まれ、昼休みになると寮に戻りジェイドと2人でラウンジで出すメニューを考えては自分たちで試作、試食している。
アズールは何やらブツブツと言いながら経営について考えてる傍ら、2人の試作品を昼食として済ませている。
そのため普段は食堂に行くことなど滅多にないのだが、今日はその手伝いもないためリドルと昼食をとろうと思ったのだ。
しかし彼は食堂にはおらず、購買も覗いたが見つけることができなかった。
どこに行ったものか、とフラフラしながら廊下を歩いていると、反対側からずっと探していた彼が歩いてくるのが見えた。
彼はまだ昼食をとっていないだろうか。であれば一緒に食べたい、と喜び勇んで駆け出す。
しかし、その隣にはフロイドの知らない人がいた。2人は仲睦まじく笑いあっていた。
「金魚ちゃん!」
思わずぶっきらぼうな声が出た。不機嫌丸出しの、とげとげしい声だった。
だって、そんな顔をするだなんて知らなかった。
フロイドには見せたことのない優しい笑顔で、楽しそうに話している。自分には見せたことのない表情。嫉妬で怒り出すには十分すぎる理由だとこじつけた。
「げっフロイド…!またキミかい?何度も言うけれど、用がないのに話しかけるのはおよしよ」
口を尖らせながらいつものように文句を言うリドル。大好きな彼の前なのに、フロイドの機嫌は一向に良くならない。
「用ならあるし。金魚ちゃんオレとごはん食べよ」
ぐっ、とリドルの腕を引いた。その力に抗えずリドルが数歩フロイドの方へ歩みを進める。
「わっ、急に引っ張らないでくれるかい。それにボクはいつも彼と昼食をとっている。だからキミとは行けないよ」
彼、と言われ先ほどからリドルの隣を歩いていた人物に目を向ける。
腕章からしてリドルと同じ寮生。深い緑色の髪の毛に、黒い縁のついた眼鏡。知的で優しそうな顔をした男だった。
「誰、こいつ」
「こいつって…!なんだいその言い方は!」
「まぁまぁ」
困ったように頬を掻きながら笑うその男は、フロイドを見やると一瞬だけ射貫くような冷たい視線を送った。
「彼はトレイ。1つ上の学年だから知らなくても仕方ないね。ボクの幼馴染で、大事な友人だよ」
大事な友人。その言葉にピクリと反応し、改めてトレイをじっと見つめる。
柔和な雰囲気をまとう彼は何ひとつ害などなさそうだが、フロイドはその奥の奥を探るように、トレイの金色の瞳をとらえる。
そして確信する。彼は自分の敵である、と。
「リドルの友達か?せっかくだから昼飯一緒に食べるか?今日はちょっと多めに作ったし」
「つくったぁ?」
「そうさ。トレイは時々こうしてお弁当を作ってくれるんだよ」
トレイの腕の中には少し大きめの箱が包まれていた。
自慢げにそう言うリドルが気に食わず、フロイドのイライラはさらに加速する。
それを見たトレイは口角を上げて、追撃するように言葉を繋ぐ。
「あぁ、それに今日は、リドルの好きなイチゴのタルトもあるしな」
「本当かい?トレイの作るイチゴタルトは世界で一番おいしいんだ。フロイドにくれてやるのは少しもったいないけれど…キミがどうしてもと言うなら…」
ちらりとフロイドを見上げるリドル。いつもならかわいらしいその仕草に頬が緩むが、今はリドルが何をしてもフロイドの心を抉るだけだった。
この表情も、全てあのトレイとかいう男が作っているのだと思うと気分が悪い。
「……気分じゃね~。やっぱ1人で食べる」
掴んでいたリドルの腕を離すと、フロイドは大股で廊下を歩き始める。
急な態度の変化に困惑しつつも「まぁ彼は気分屋だからね」と結論づけてトレイと共に彼とは反対方向へ歩き出す。
「最近お前がよく話してるフロイドって、あいつか」
「あぁ。どうだい?ボクの言った通りとんでもない奴だっただろう?」
はぁ、と溜息を吐きつつ、もう何度目になるか分からないフロイドへの愚痴をこぼす。
「リドルが俺以外の奴を名前で呼び始めたのもあいつの影響なんだろ?」
「あぁ…そんな話もしたね。これはフロイドには秘密だけれど、彼を名前で呼んだ時子供のように喜んでね。それで他の同級生とも名前で呼び合うようになったんだ。少しだけみんなとの距離が縮んだようで、悪くないよ」
「それは良かったな。…リドルの言う通り、とんでもない奴みたいだ」
そのあともずっと、彼のフロイドへの愚痴は尽きない。その言葉を遠くに聞き相づちを打ちながらも、トレイの意識は遠ざかっていくフロイドへと向けられていた。



その日の授業を終え帰り支度をしていると、珍しくトレイが1年の教室まで迎えに来ていた。
「リドル、昼間言ってた魔法薬学の予習、寮に帰って一緒にやろう」
「あぁ、助かるよ。でもわざわざ教室まで迎えに来なくて良かったのに」
リドルの隣の席に陣取るフロイドは、聞きたくもないはずの2人の会話が気になって聞き耳を立ててしまう。
ずるずると重たくて黒い何かが腹の奥に絡みついて蠢く。気分が悪い。
「最近帰ってくるの遅いだろ。だから連行しに来た」
「連行って…あ!今日の予習に使う魔導書、図書館から借りてくるのを忘れていたよ。すぐに借りてくるから、ここで待っていてくれないかい」
「えっ、ここでって、おい、リドル!」
「すぐ戻るよ!」
そう言いながら足早に教室を抜け出すリドル。鞄類は全て机の上に置きっぱなしなので、そのまま追いかけるわけにもいかず、仕方なくトレイは彼の席でリドルを待つことにした。
「…隣座ってもいいか?」
リドルの席の隣、フロイドに声をかける。しかし彼はこちらを見ようともしなかった。
「ダメに決まってんじゃん。そこ金魚ちゃんだけの席だし」
「これは手厳しいな」
ツンとしたフロイドの態度を気にも留めず、トレイはいい機会だと彼と会話を続けることにした。
「リドルと仲良くしてくれてるみたいで、ありがとな。あいつ、自分にも他人にも厳しいからなかなか友達できないみたいでさ」
「……」
相変わらずフロイドからの反応は薄い。否、もうこれ以上話すことはありませんと言わんばかりの態度で無言を貫く。
トレイと話すのは気分が悪い。ましてや、リドルとトレイが一緒にいるだけで嫉妬に駆られてふつふつと怒りが込み上げてくる。1秒だってこいつと一緒にいたくはない。しかし、リドルとは1秒でも長く一緒にいたい。その矛盾がフロイドをこの場に留まらせている唯一の動機だった。
「でも、あんまりあいつを困らせないでくれないか。あいつは俺のだから、お前の気持ちに気づくときっと困って、傷つく」
フロイドはハッとして目を見開く。その言葉の真意は?もし、もしそれが本当なら。
ゆっくりと隣に立つトレイを見上げると、彼もまた、嫉妬が渦巻く独占欲を燃やした瞳でこちらを睨みながら、しかし勝ち誇ったように口角を上げて笑ってた。
「…は、なにそれ」
「そのままの意味だよ。1年坊」
カッとなって勢いのまま立ち上がり、反射的にトレイの胸倉を掴み上げた。
ギリギリと噛み締めた歯が鳴る。自分より少しだけ小さいトレイの頭を見下ろす形で、ぐっと彼を射殺さんばかりに睨みつけた。
このまま噛み殺せたらー
理性の糸が切れる、その直前に、リドルの声が教室に響いた。
「フロイド!何やってるんだ!」
予想外の出来事に慌てて駆け寄ると、持っていた魔導書を自身の机の上に置くと、トレイからフロイドを引き離そうとその間に割って入る。
しかしフロイドの力は強く、リドルの細腕ではビクともしない。
「なんでこんなことになってるんだ…!フロイド!その手を離せ!」
まるで全部オレが悪いみたいな言い方。いつだって金魚ちゃんが味方するのは、そいつなんだね。
そう思うと目の前の男が憎くて憎くてたまらない。フロイドはいつでもリドルの味方でいたつもりだった。好きを毎日伝えているつもりだった。けれどそんなものは、少しだって伝わっていなかったのかもしれない。
ましてや、トレイの言う通りこの想いがリドルを傷つけることになるだなんて、ほんの少しも考えたことがなかった。
だって、好きの気持ちはこんなにも心が暖かくなるものなのに。それは金魚ちゃんも一緒じゃなかったの?
「……うっざ」
「えっ?」
「うざい。こいつ。消えろよ」
腹の奥でぐつぐつと煮えたぎる言葉が溢れてくる。こいつさえいなければ、金魚ちゃんはオレのモノになっていたのに。こいつさえ邪魔しなければ。
金魚ちゃんの1番になりたい。そうすればオレだけを見つめてくれる。いつだってオレの味方でいてくれる。
目の前の邪魔なものを取っ払いたい。ただその気持ちが音となり口から零れた。しかし、零れてしまったものはもう戻せない。
「トレイになんてことをお言いだい…?!何があったかは知らないけれど、彼のことを悪く言うキミのことは大嫌いだよ!」
その言葉にフロイドの手の力が弱まった。今まで、どんなに付きまとっても邪険にされることはあったが、ここまで強く拒絶されることはなかった。嫌いなどと言われたことは、出会ってから1度だってなかった。
リドルに嫌われた。
その事実が重く重く、海の底に沈むようにフロイドにのしかかる。
「トレイ、行くよ」
フロイドの手からトレイのシャツが放れた隙に、リドルは荷物をまとめて教室から出ていく。
憤るリドルに手を引かれながらトレイもその後に続く。そのトレイの目は、フロイドを見て笑っていた。
「……金魚ちゃん!」
嫌われたままではいられない。どんなに気に食わなくても、彼に許してもらえるならあの男にだって頭を下げよう。好きにならなくてもいい、嫌いにならないで。縋るような気持ちで彼らのあとを追いかけた。



「…っ、はぁ、すまない、トレイ…」
「いいさ。俺のために怒ってくれたんだろう?」
顔を赤くして肩で息をするリドルと、それを落ち着かせるようにゆっくり背中を撫でるトレイ。
勢い余って外に飛び出してきてしまい、柄にもなく走って息が上がってしまった。
フロイドに見つからないよう、なるべく人目のつかない木陰になった場所でゆっくりと息を整える。
走ったことももちろん影響しているが、何よりも。
「どうしよう、フロイドに酷いことを言ってしまった…」
トレイのことを悪く言われた怒りと、フロイドに酷いことを言ってしまったことへの悲しみで、いろんな感情がごちゃまぜになったことで感情が高ぶっている。
「…大丈夫。きっと許してくれるさ」
むしろ、フロイドの方から許してくれと謝りに来るだろう。そう心では思っていても、トレイがそのことを告げることはなかった。
「どうだろう…」
不安そうにこちらを見つめるリドルが愛おしくて、そっと前髪に唇を落とす。
「俺はいつだってリドルの味方だ。もし許してくれなかったら、俺も一緒に謝りに行くよ」
「本当かい?」
「本当さ」
さらり、とリドルの髪を軽く撫でる。その優しい手つきにリドルも徐々に心を落ち着かせていく。
「ありがとう。トレイ」
「当然だろ?俺はお前の恋人なんだから。お前のことが何よりも1番大切で、大好きだよ」
トレイは、安心したように目元を細めるリドルの遥か後ろの方に、フロイドの姿を捉えた。
向こうもこちらに気づいたようで、大股でこちらに向かって駆けてくる。
「リドルも、俺のことだけがずっと大好きだよな?」
足音がリドルの耳に入らないように、そっと両手でリドルの耳を覆った。
そのままフロイドに見せつけるようにキスをする。
角度を変えてついばむようなキスから、徐々に深く口づけていく。
「んっ…」
覆われた耳の奥で水音が響くのか、リドルは少し恥ずかしそうに目を閉じてトレイから与えられる愛を感受している。
その姿を見たフロイドは、こちらに駆けてくるスピードがだんだんと遅くなり、そして、2人を目前にしてその足を完全に止めた。
まるで信じられないものを見ているような、それでいてトレイへ向けられる憎悪は先ほどよりも強く、その光景をただただ見ていた。
唇を離したリドルの顔は、フロイドからは見えない。見えるのはその後ろ姿と、憎い男の顔だけ。
「あぁ、ボクもトレイのことだけがずっと大好きだよ」
その言葉を聞いたフロイドは、酷く傷ついた顔をしてその場から逃げ出した。1秒でも長くリドルと一緒にいたいと思っていたのに、今ばかりは、1秒でもリドルの姿を見ていたくなかった。
少しでも早く、他の男に好意を伝える言葉が聞こえない距離まで離れたい。それだけを考えて一心に走った。
「けれど、なんだか最近は、その、フロイドのことが…」
「あぁ、新しくできた友達だもんな。大事にしてやれよ」
「そう、だね…」
「リドル、好きだよ。今も昔も、俺にはお前だけだ」
「…ボクもだよ、トレイ。ボクにもキミだけだ」
2人は再び唇を重ねる。
そんな会話がなされていたなんて、フロイドは知るよしもなかった。



自室に帰ってきたフロイドはそのままベッドの上に大の字で転がり、天井を見つめた。
オレがもっとはやく生まれてれば金魚ちゃんはオレのモノになっていた?オレが人間で、薔薇の王国で生まれていたら?それとも金魚ちゃんが海の人魚だったら、あいつに取られることはなかった?そんなたらればが浮かんでは消え、浮かんでは消え、じんわりと滲み出てきた涙が天井を歪める。
フロイドとリドルが出会うその前から、リドルはもう別の人のものだった。
出会うのが遅すぎた。けれど、あの衝撃的な出会いが運命じゃないなんて信じられない。
おとぎ話の人魚姫は王子様と幸せになった。ハッピーエンドだった。
では自分の恋はどうだろう。姫にはもう番となる王子がいた。こんなの聞いたことがない。
散った恋と一緒に恋心も泡になって海に融けてしまえばこんなに苦しまなくて済んだのに。
1度生まれた恋心はしつこくて、全然消えなくて、今でも愛しい愛しいと胸の内で叫んでいる。
あんなに会いたくないと思ったのに、今はもう、また会いたくて仕方がなくなっている。
身を焦がすほど、忘れたくても忘れられないほどに、フロイドの中にリドルという存在が居座っていた。
「……物語はハッピーエンドじゃなきゃ、」
それはどんな手段を使っても。誰かのものなら、奪ってしまえばいい。
まずはあの厄介な男をどうにかしなきゃ。けれどその前に。
「明日、金魚ちゃんにちゃんと謝ろ…。金魚ちゃん、許してくれるかなぁ…ま、許してくれるまで追いかけるけどね」
明日からも2人の日常は変わらないものになる。
それは2人が2年生になって、クラスが離れたとしても。その先のハッピーエンドを目指して。
1/1ページ
    スキ