徳川カズヤ
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高校三年生になって、合宿所のマネージャー業にもすっかり慣れたころ。今年は早めに現地入りして、掃除やら部屋の整備やらに奮闘していた。そして今日はいよいよ、合宿の一日目である。私は同じく早入りした徳川君を誘い、ロビーで彼らを待っていた。
「嬉しそうだな」
「今日から弟が来るから」
合宿所にいると、どうしても家族が恋しくなる。でも今年は弟が参加できることになったので、楽しみだったのだ。それにいくら高校生とはいえ、一人で家を離れるなんて姉として心配だし。
そう徳川君とロビーで話していたところ、丁度良くぞろぞろと学校のジャージを来た高校生たちがやってきた。まだU17のジャージをもらっていないのだ。初々しさに思わず微笑んだ。そして集団の中に弟を見つけ手を振ると、弟も此方に気付いて手を振り返してくれた。生意気な奴だが、こういう人懐こいところは可愛らしく思う。「あれが弟だよ」と彼に耳打ちすると「よく似ている」と少し口角をあげた。その間に弟は仲間に離席を告げ、此方に向かってきた。
「こんにちは、あの、徳川さんですよね」
久々に会った姉を無視して徳川君に挨拶とは、いい度胸じゃないか。先に名乗りなさいと姉らしく指摘すると、あわてたように自己紹介をした。彼もそれに応える。
「徳川カズヤだ」
徳川君が手を差し出すと、弟はおずおずと手を握った。そして私に、不思議そうに問うた。
「ねーちゃん、徳川さんと友達なの?」
「あー、えっと」
「君のお姉さんとは、交際させてもらっている」
返事に悩んでいると徳川君が代わりに返事をしてくれたのだが、弟は驚いたようで呆然と私たちを交互にみやった。そういえば、わざわざ彼氏の名前なんて言う必要もなかったから伝えていなかったな、と思い至った。というか、弟の前で改めて交際宣言なんて気恥ずかしい。
「ね」
「「ね?」」
弟が固まるのを、二人でぽかんと見つめた。
「ねーちゃんの彼氏って徳川さんのことだったの!? もっと早く言えよ! サインください!」
「あ、ああ」
ラケットバッグからテニスボールとサインペンを取り出し、徳川君に差し出す。彼は戸惑いながらも弟のテニスボールにサインをしてくれたのだが、これが意外とサインが上手かった。アメリカ帰りだからだろうか? 弟はサインをもらって嬉しそうにしている。
「徳川君ごめんね、うちの弟が……」
「構わない。弟ができて嬉しい」
「なぜ隠喩?」
正しくは弟ではないのだから、できたようで、が正しい表現ではなかろうかと首をかしげた。でも弟もまんざらではない顔をしているし、徳川君は後輩に慕われたがっているので、ウィンウィンでいいのかもしれない。「調子に乗らないの」と弟の頬をつねった。
選手同士ではないわたしたちが会える時間は、必然と限られている。合宿所にはテニスコート外の仕事が多いし、試合中のテニスコートは怖くて近寄れやしないからだ。ご飯も同室の子と食べたりしていると、会うのは夜の自主練のときくらいだった。夜ならマネージャーの仕事にも邪魔されず、試合にも邪魔されないから。
今日も例に漏れず、徳川君に会うためテニスコートへと向かっていた。もちろん、差し入れを持って。でも先客がいた。弟だ。
弟は徳川君にテニスの指導をしてもらっているみたいだった。必死に食らいつく弟の額からは汗が滴っている。私は少し、羨ましいと思った。もし私が男なら、テニスコートという舞台に一緒に立てたのかもしれないな、と。しばらくぼーっと眺めていると、徳川君が私に気付いて練習を切り上げた。
「ありがとうございました!」
「ストレッチを忘れるなよ」
「はい!」
弟は元気に返事をし、入れ違いに私におやすみと言い残して戻っていった。私は徳川君にタオルを差し出し、ベンチに並んで座った。
「彼は、なかなか骨があるな」
「そう言ってもらえると、姉としてはうれしいな」
「体力はこの合宿中に身に付くだろうし、器用だから成長も早いだろう」
「そうだといいんだけど。そんなに真面目な子じゃないし」
「君が思っているより、彼は真面目だ。例えば──」
弟の話ばっかり。まるで私の弟じゃなくて、徳川君の弟になってしまったみたいだ。私は寂しくなって、徳川君の手を掴んだ。
「どうした?」
「なんだか最近、私より弟の方に構ってるのがさみしい」
「……兄と呼ばれるのが嬉しくて、つい」
「私の弟なんですけど」
「君の弟なら、俺の弟でもある」
「どういう理屈?」
「だって、義理の弟じゃないか」
「それは、……結婚したらの話でしょ」
結婚、なんて高校生の私たちにはほど遠いもの過ぎて、発言に躊躇いが出る。もう法律上は結婚できるけれど、実際結婚する年齢はまだずっとずっと先なのだ。でも彼にとってはそうでもないらしかった。
「将来的にそうなるだろう。すぐ義弟になる」
「と、徳川君」
「弟に認められたのなら、次はご両親だな」
徳川君はからかうように笑うわけでも慈しむように微笑むわけでもなく、ただ私を見つめていた。
もしかしてもしかしなくても、彼は本気なのかもしれない。夜風が火照った頬を冷やしたが、熱は冷めそうになかった。
ねーちゃんの彼氏が憧れのテニスプレイヤーだったなんて、そんな展開、フィクションくらいでしか通用しないだろう。徳川さんがサインしてくれたボールを眺めて、徳川さんの隣に立つねーちゃんを想像した。
「あーあ、このまま本当に、義兄さんになってくれないかな」
これがラノベだったら、どんなタイトルがつくだろう。俺はボールを机の上に飾り直し、寝るためにベッドに横たわった。目を瞑ってタイトルを考える。ああでもないこうでもないと思考するうちに、練習で疲れ果てた体はうとうとし始める。なんでもっと早く彼氏が誰か聞かなかったのだろう。ねーちゃんも、もったいぶらず教えてくれればよかったのに。そうだ、だから、タイトルは──。
”ねーちゃんの彼氏が世界レベルなんて聞いてない!”
好きなタイプを聞かれても考えようともしない人から結婚を前提としたお付き合いっていうコメントが出るの面白い。
「嬉しそうだな」
「今日から弟が来るから」
合宿所にいると、どうしても家族が恋しくなる。でも今年は弟が参加できることになったので、楽しみだったのだ。それにいくら高校生とはいえ、一人で家を離れるなんて姉として心配だし。
そう徳川君とロビーで話していたところ、丁度良くぞろぞろと学校のジャージを来た高校生たちがやってきた。まだU17のジャージをもらっていないのだ。初々しさに思わず微笑んだ。そして集団の中に弟を見つけ手を振ると、弟も此方に気付いて手を振り返してくれた。生意気な奴だが、こういう人懐こいところは可愛らしく思う。「あれが弟だよ」と彼に耳打ちすると「よく似ている」と少し口角をあげた。その間に弟は仲間に離席を告げ、此方に向かってきた。
「こんにちは、あの、徳川さんですよね」
久々に会った姉を無視して徳川君に挨拶とは、いい度胸じゃないか。先に名乗りなさいと姉らしく指摘すると、あわてたように自己紹介をした。彼もそれに応える。
「徳川カズヤだ」
徳川君が手を差し出すと、弟はおずおずと手を握った。そして私に、不思議そうに問うた。
「ねーちゃん、徳川さんと友達なの?」
「あー、えっと」
「君のお姉さんとは、交際させてもらっている」
返事に悩んでいると徳川君が代わりに返事をしてくれたのだが、弟は驚いたようで呆然と私たちを交互にみやった。そういえば、わざわざ彼氏の名前なんて言う必要もなかったから伝えていなかったな、と思い至った。というか、弟の前で改めて交際宣言なんて気恥ずかしい。
「ね」
「「ね?」」
弟が固まるのを、二人でぽかんと見つめた。
「ねーちゃんの彼氏って徳川さんのことだったの!? もっと早く言えよ! サインください!」
「あ、ああ」
ラケットバッグからテニスボールとサインペンを取り出し、徳川君に差し出す。彼は戸惑いながらも弟のテニスボールにサインをしてくれたのだが、これが意外とサインが上手かった。アメリカ帰りだからだろうか? 弟はサインをもらって嬉しそうにしている。
「徳川君ごめんね、うちの弟が……」
「構わない。弟ができて嬉しい」
「なぜ隠喩?」
正しくは弟ではないのだから、できたようで、が正しい表現ではなかろうかと首をかしげた。でも弟もまんざらではない顔をしているし、徳川君は後輩に慕われたがっているので、ウィンウィンでいいのかもしれない。「調子に乗らないの」と弟の頬をつねった。
選手同士ではないわたしたちが会える時間は、必然と限られている。合宿所にはテニスコート外の仕事が多いし、試合中のテニスコートは怖くて近寄れやしないからだ。ご飯も同室の子と食べたりしていると、会うのは夜の自主練のときくらいだった。夜ならマネージャーの仕事にも邪魔されず、試合にも邪魔されないから。
今日も例に漏れず、徳川君に会うためテニスコートへと向かっていた。もちろん、差し入れを持って。でも先客がいた。弟だ。
弟は徳川君にテニスの指導をしてもらっているみたいだった。必死に食らいつく弟の額からは汗が滴っている。私は少し、羨ましいと思った。もし私が男なら、テニスコートという舞台に一緒に立てたのかもしれないな、と。しばらくぼーっと眺めていると、徳川君が私に気付いて練習を切り上げた。
「ありがとうございました!」
「ストレッチを忘れるなよ」
「はい!」
弟は元気に返事をし、入れ違いに私におやすみと言い残して戻っていった。私は徳川君にタオルを差し出し、ベンチに並んで座った。
「彼は、なかなか骨があるな」
「そう言ってもらえると、姉としてはうれしいな」
「体力はこの合宿中に身に付くだろうし、器用だから成長も早いだろう」
「そうだといいんだけど。そんなに真面目な子じゃないし」
「君が思っているより、彼は真面目だ。例えば──」
弟の話ばっかり。まるで私の弟じゃなくて、徳川君の弟になってしまったみたいだ。私は寂しくなって、徳川君の手を掴んだ。
「どうした?」
「なんだか最近、私より弟の方に構ってるのがさみしい」
「……兄と呼ばれるのが嬉しくて、つい」
「私の弟なんですけど」
「君の弟なら、俺の弟でもある」
「どういう理屈?」
「だって、義理の弟じゃないか」
「それは、……結婚したらの話でしょ」
結婚、なんて高校生の私たちにはほど遠いもの過ぎて、発言に躊躇いが出る。もう法律上は結婚できるけれど、実際結婚する年齢はまだずっとずっと先なのだ。でも彼にとってはそうでもないらしかった。
「将来的にそうなるだろう。すぐ義弟になる」
「と、徳川君」
「弟に認められたのなら、次はご両親だな」
徳川君はからかうように笑うわけでも慈しむように微笑むわけでもなく、ただ私を見つめていた。
もしかしてもしかしなくても、彼は本気なのかもしれない。夜風が火照った頬を冷やしたが、熱は冷めそうになかった。
ねーちゃんの彼氏が憧れのテニスプレイヤーだったなんて、そんな展開、フィクションくらいでしか通用しないだろう。徳川さんがサインしてくれたボールを眺めて、徳川さんの隣に立つねーちゃんを想像した。
「あーあ、このまま本当に、義兄さんになってくれないかな」
これがラノベだったら、どんなタイトルがつくだろう。俺はボールを机の上に飾り直し、寝るためにベッドに横たわった。目を瞑ってタイトルを考える。ああでもないこうでもないと思考するうちに、練習で疲れ果てた体はうとうとし始める。なんでもっと早く彼氏が誰か聞かなかったのだろう。ねーちゃんも、もったいぶらず教えてくれればよかったのに。そうだ、だから、タイトルは──。
”ねーちゃんの彼氏が世界レベルなんて聞いてない!”
好きなタイプを聞かれても考えようともしない人から結婚を前提としたお付き合いっていうコメントが出るの面白い。
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