観月夢/診断メーカー短編
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都大会の話。二度目のはじまり。
傷つけたかったわけじゃない。ただ、このどこで吐き出せばよいかわからない感情を彼女にぶつけてしまったのは確かだった。
都大会。ボク達は順調に試合を勝ち抜いていった。裕太君の兄がいるあの青学も、調査済み。もはや負けるという選択肢など見えなかった。そのくらいボクの計画は完璧で、それくらいボク達の実力もあった。
そう思っていたのに。
実際蓋を開けてみれば、予想をはるかに上回る選手たち、予測通りにいかない試合、間違ったデータ、全てがボクの意図しないものだった。どうして? なぜ? ボクのデータに間違いなんて、許されない。
なんのために東京までやってきた? なんのためにテニスをしている? 一体ボクは、なんのためにここにいる?
地獄だ。たった一度の失敗、されどその一度を挽回するチャンスなど、もう残されてはいない。ボクにとっての中学最後の大会、結果を残せるチャンスはここだけだったのに。
ボクは部屋に閉じこもった。誰に見せる顔も無い。「観月のせいじゃない」誰もがそう言ってボクを慰めた。そんな慰めなんかいらない。食事も喉を通らない。
「はじめくん」
切迫感に喉が渇いてひっそりと食堂へ向かうと、彼女が食堂の端に座っていた。入り口からは見えず、まったく気が付かなかった。もっとも気付いたところで、ボクに引き返す体力もなかったのだが。
「なんですか」
「あの、元気かなって」
「元気なわけないでしょう。見てわかりませんか」
「そう、だよね。ごめん」
いつもの朗らかな笑顔はどこへやら、彼女は泣きそうな顔をして顔を伏せた。しかしそんな顔をさせているのが明らかにボクのせいで、ビタミンが足りていないせいなのか胸にいらつきがつかえた。もう頭が回転しない。何も考えられなかった。本心が口をついて出た。
「ボクのせいとでもいいたいんでしょう。聖ルドルフの敗退は」
「そんなことないよ、はじめくんは頑張ったよ」
「頑張った? 頑張ったからなんです? 結果だけがすべてなんだよ。何も残せなければ、今までの努力など全て水の泡だ」
「それは違う! 結果がどうであれ、頑張ったことは頑張ったことなんだよ。なかったことにしていい努力なんて一つもないと思う」
「それは綺麗ごとです。そんな甘い世界じゃないんだ、ここは。君には分からないでしょうね、選手でもない君には」
彼女は口をつぐんだ。ボクははっとしてその涙にあふれる瞳を見つめた。こんなのただのやつあたりだ、僕が彼女を泣かせた、悲しませた、理不尽に責めた。悪いのはボクだ。全部、全部。
──遠くでボクを呼ぶ声が聞こえた。
「それでさ、名字ずっと泣いてるんだよ。『はじめくんが死んじゃった』って。そのくらい肌が青白かったんだもん。僕も死んだなって思ったよ」
「人を勝手に殺さないでくれますかね木更津」
「特に柳沢なんか真に受けちゃって。だーねだーねうるさかったんだから」
「そんなだーねばっかりいってないだーね! 失礼だーね」
「どうだか」
横に床に伏せる病人がいるというのに、まったくこの二人は騒がしい。正確には血色による栄養不足なので病人ではないが。狭い部屋にわらわらと集うものだから、笑顔にならずにどうしようというのか。
「観月、お前ちゃんと名字に謝れよ。テニス部の誰よりもお前を心配してるのはあいつだからな」
「……でも」
「合わせる顔がないってか。そんなの、名字だって気にしてやいないさ」
「そうでしょうか」
「これで別れたら、学校中が大騒ぎだぞ。こっぴどく女生徒を振った、テニス部の男マネージャーがいるらしい、ってな」
「はは、そうなるかもしれませんよ」
「やけに弱気だな。観月らしくもない」
「ボクらしい、ですか」
言われてみれば、ボクは少々自信過剰だった。それはデータによる裏付けがあったから、信頼できるデータがあったから。ボクはそれに少し頼り過ぎていたのだ。
「あの……名字先輩、つれてきましたけど」
「おお、裕太に金田、待ってたぞ。さて、俺らはそろそろ退散するぞ」
「ええ、面白そうなのに、クスクス」
「淳、こういうのは邪魔しちゃだめだーね」
うるさい見舞い連中が部屋を出るのと入れ替わりに、彼女が部屋に取り残された。ボクたちはしばし見つめあった。彼女は行き場に迷ったようにそこに立ちすくんだままだった。先に口を開いたのはボクだった。
「ボクは、君に酷い物言いをしたことを謝らなければいけません」
「……そんなのいいよ、気にしてないから」
「ごめんなさい、名前。不用意な言葉で君を傷つけてしまいましたね」
「ほんとに、いいんだってば」
「自分でもどうかしていたと、今なら思えます。君にあんなこと言ったって何も解決しないのに。本当にすみません」
「私、私……」
「こんなボクですが、これからも付き合って頂けますか」
「そんなの、ふええ……」
床にぺたんと座り込んだ彼女の涙を拭い、返答を待った。すすり泣きが部屋に響いた。そして彼女は頭をこてんと前傾させた。
「……よろしくお願いします」
二度目の告白、二度目の返事。ボクはあまりの感動に思わず、彼女の小さな体に腕を回した。震えていた。なにか言いたいのだけれど、口からでてくるのは「嗚呼」とか「うん」とか「そうですか」とか簡単な相槌ばかりで、文章にならなかった。
「私、もっとはじめくんの力になれるように頑張るね」
「頑張らなくていいんですよ。君がいるだけで、ボクは幸せなんですから」
彼女の愛情が、そんな一言で表してしまっていいのかというほどの暖かさが、ボクの中に広がった。そんな暖かで優しい感情を、貴方が教えてくれた。
2019/2/27
都大会の話。二度目のはじまり。
傷つけたかったわけじゃない。ただ、このどこで吐き出せばよいかわからない感情を彼女にぶつけてしまったのは確かだった。
都大会。ボク達は順調に試合を勝ち抜いていった。裕太君の兄がいるあの青学も、調査済み。もはや負けるという選択肢など見えなかった。そのくらいボクの計画は完璧で、それくらいボク達の実力もあった。
そう思っていたのに。
実際蓋を開けてみれば、予想をはるかに上回る選手たち、予測通りにいかない試合、間違ったデータ、全てがボクの意図しないものだった。どうして? なぜ? ボクのデータに間違いなんて、許されない。
なんのために東京までやってきた? なんのためにテニスをしている? 一体ボクは、なんのためにここにいる?
地獄だ。たった一度の失敗、されどその一度を挽回するチャンスなど、もう残されてはいない。ボクにとっての中学最後の大会、結果を残せるチャンスはここだけだったのに。
ボクは部屋に閉じこもった。誰に見せる顔も無い。「観月のせいじゃない」誰もがそう言ってボクを慰めた。そんな慰めなんかいらない。食事も喉を通らない。
「はじめくん」
切迫感に喉が渇いてひっそりと食堂へ向かうと、彼女が食堂の端に座っていた。入り口からは見えず、まったく気が付かなかった。もっとも気付いたところで、ボクに引き返す体力もなかったのだが。
「なんですか」
「あの、元気かなって」
「元気なわけないでしょう。見てわかりませんか」
「そう、だよね。ごめん」
いつもの朗らかな笑顔はどこへやら、彼女は泣きそうな顔をして顔を伏せた。しかしそんな顔をさせているのが明らかにボクのせいで、ビタミンが足りていないせいなのか胸にいらつきがつかえた。もう頭が回転しない。何も考えられなかった。本心が口をついて出た。
「ボクのせいとでもいいたいんでしょう。聖ルドルフの敗退は」
「そんなことないよ、はじめくんは頑張ったよ」
「頑張った? 頑張ったからなんです? 結果だけがすべてなんだよ。何も残せなければ、今までの努力など全て水の泡だ」
「それは違う! 結果がどうであれ、頑張ったことは頑張ったことなんだよ。なかったことにしていい努力なんて一つもないと思う」
「それは綺麗ごとです。そんな甘い世界じゃないんだ、ここは。君には分からないでしょうね、選手でもない君には」
彼女は口をつぐんだ。ボクははっとしてその涙にあふれる瞳を見つめた。こんなのただのやつあたりだ、僕が彼女を泣かせた、悲しませた、理不尽に責めた。悪いのはボクだ。全部、全部。
──遠くでボクを呼ぶ声が聞こえた。
「それでさ、名字ずっと泣いてるんだよ。『はじめくんが死んじゃった』って。そのくらい肌が青白かったんだもん。僕も死んだなって思ったよ」
「人を勝手に殺さないでくれますかね木更津」
「特に柳沢なんか真に受けちゃって。だーねだーねうるさかったんだから」
「そんなだーねばっかりいってないだーね! 失礼だーね」
「どうだか」
横に床に伏せる病人がいるというのに、まったくこの二人は騒がしい。正確には血色による栄養不足なので病人ではないが。狭い部屋にわらわらと集うものだから、笑顔にならずにどうしようというのか。
「観月、お前ちゃんと名字に謝れよ。テニス部の誰よりもお前を心配してるのはあいつだからな」
「……でも」
「合わせる顔がないってか。そんなの、名字だって気にしてやいないさ」
「そうでしょうか」
「これで別れたら、学校中が大騒ぎだぞ。こっぴどく女生徒を振った、テニス部の男マネージャーがいるらしい、ってな」
「はは、そうなるかもしれませんよ」
「やけに弱気だな。観月らしくもない」
「ボクらしい、ですか」
言われてみれば、ボクは少々自信過剰だった。それはデータによる裏付けがあったから、信頼できるデータがあったから。ボクはそれに少し頼り過ぎていたのだ。
「あの……名字先輩、つれてきましたけど」
「おお、裕太に金田、待ってたぞ。さて、俺らはそろそろ退散するぞ」
「ええ、面白そうなのに、クスクス」
「淳、こういうのは邪魔しちゃだめだーね」
うるさい見舞い連中が部屋を出るのと入れ替わりに、彼女が部屋に取り残された。ボクたちはしばし見つめあった。彼女は行き場に迷ったようにそこに立ちすくんだままだった。先に口を開いたのはボクだった。
「ボクは、君に酷い物言いをしたことを謝らなければいけません」
「……そんなのいいよ、気にしてないから」
「ごめんなさい、名前。不用意な言葉で君を傷つけてしまいましたね」
「ほんとに、いいんだってば」
「自分でもどうかしていたと、今なら思えます。君にあんなこと言ったって何も解決しないのに。本当にすみません」
「私、私……」
「こんなボクですが、これからも付き合って頂けますか」
「そんなの、ふええ……」
床にぺたんと座り込んだ彼女の涙を拭い、返答を待った。すすり泣きが部屋に響いた。そして彼女は頭をこてんと前傾させた。
「……よろしくお願いします」
二度目の告白、二度目の返事。ボクはあまりの感動に思わず、彼女の小さな体に腕を回した。震えていた。なにか言いたいのだけれど、口からでてくるのは「嗚呼」とか「うん」とか「そうですか」とか簡単な相槌ばかりで、文章にならなかった。
「私、もっとはじめくんの力になれるように頑張るね」
「頑張らなくていいんですよ。君がいるだけで、ボクは幸せなんですから」
彼女の愛情が、そんな一言で表してしまっていいのかというほどの暖かさが、ボクの中に広がった。そんな暖かで優しい感情を、貴方が教えてくれた。
2019/2/27
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