厄病神✕モグラ【出禁モグ】
厄病神に突然つれて行かれたのは、海だった。
「なんでだよ」
厄病神の背中で揺れる髪を見つめながら、モグラは呟く。その声色は明らかに疲弊していた。
海風が冷たい。まだ暑さが残る秋の始め、夕方には涼しくなる。海は街なかより体が冷える。
潮風のにおいと、寒さで少し鼻の奥がじんとした。モグラはズズッと鼻をすする。
厄病神はモグラに背を向けて、浜辺をさくさく歩いていく。その後ろを歩くモグラは、べつにこいつを追いかけなくても良いのでは? という思いに一瞬駆られる。
雲の切れ間から夕日の赤みがにじんでいる。しだいに日が暗くなっていく。
わざわざ海へ来てどうしたいのか、厄病神の意図が分からない。
ふと厄病神が立ち止まり、くるりと回ってモグラを見つめた。
「そんなに警戒しないでください。何も企んでませんよ」
ニコリと笑う顔は無邪気なものだ。
「ただ弓殿と、海へ行きたかったんです」
素直に言われた言葉に、モグラはぽかんとする。ただ、それだけ? 本当に?
「ふふふ、疑ってますね」
厄病神はモグラに背を向けて再び歩き出す。
ときおり厄病神は、打ち寄せる波をよけたり踏んだり、水飛沫をあげて笑う。足にかかる海水を楽しんでいるようだ。くすぐったそうにクスクス笑う。
一方のモグラは靴が濡れて寒さが増すのが嫌で、波をよけて歩く。ずぐ、ずぐ、と重い足取りで厄病神の後を追う。
海は穏やかとは言いがたく、けれど荒れているほどでもない。波が打つ音、物悲しい風の音……厄病神とモグラの立てる足音はそれらにかき消されていく。
「海へ来て、どうだっていうんだ?」
と尋ねれば、厄病神の答えが返る。
「貝殻を拾いたくて」
ますます訳が分からない。モグラが思考を巡らせている間、厄病神は振り返りニコニコ笑っている。
「あの看守には、島で見つけた貝殻をあげたのでしょう?」
その言葉に思い出す。モグラは浮雲へ、人魚島で拾って持ち帰った貝殻をいくつか渡した。それは彼なりの土産物だった。
「あ〜まあ、そうだけど。それがなんで今とつながる?」
「野暮ですねえ。ヤキモチとは思わないんですか?」
「は? 妬く? お前が!?」
「ほんとに貴方は……」
朴念仁、と言われた気がしたが、モグラはそれ以上つっこんで聞く勇気はない。自分が下手なことを言いかねないと思い、黙った。
厄病神は佇み、モグラを見返して微笑む。
「ねえ弓殿、私にも貝殻を拾ってください」
モグラは動かなかった。ただ黙って厄病神を見つめる。
風が厄病神の白い髪を揺らす。無造作にくくられた髪ではあるが、あれは絹糸のようにさらさらと美しいことをモグラは知っている。
夕日の赤みが髪を少し朱に染めて、海面の照り返しが白い髪にかすかな光をまとわせる。
「分かっています。貴方が私に貝を拾ってくださらないことは」
「分かっていて、なぜ言う?」
「ただの意地悪です」
モグラの体はすっかり冷えていた。これは海風にさらされたせいばかりではない。目前にいる相手を見据えて、手のひらにじわりと冷や汗がにじむ。
ぐっと手を握りこみ、モグラは口を開いた。
「お前がもし、これ以上人間を殺さないと約束するなら……俺はお前のために、この先ずっと貝を拾って贈る。と言ったら?」
「無理ですね」
即答だった。厄病神は目を細める。その表情は慈しむような微笑みにも、嘲笑にも見えた。
「殺さない、なんて。貴方が人間を守らない、見捨てると言うのと同じくらいにありえません」
私達はそういうふうに作られています、と密やかな声で厄病神が言う。
厄病神がおもむろに屈みこみ、波打ち際の砂を指でほじくる。小さな貝殻が出てきて、それをつまんで目の前にかざした。すべての動作が邪気のない、児戯のような軽やかさで。
「見つけましたよ」
キャラキャラと笑う姿が、モグラには歪に映る。厄病神に振りまわされることに、どこかで慣れてしまった自分がいた。
先程までの会話にいかほどの意味があるだろうか。まるで何も無かったかのように、厄病神は一人で砂浜に埋もれた貝を拾っている。
波の音がする。風はいよいよ冷たく、寒さで身が震える。日が落ちて暗くなる浜辺にいるのは、彼ら二人きりだ。
パキキ、と音を立てて、厄病神が貝殻を握りつぶした。手のひらをパッと開き、両手ではたく。
ーーああ、こいつは遊んでいるんだ。
モグラは諦念のまなざしで、目の前にいる神の残り滓を眺めた。
厄病神は笑っていた。
了
「なんでだよ」
厄病神の背中で揺れる髪を見つめながら、モグラは呟く。その声色は明らかに疲弊していた。
海風が冷たい。まだ暑さが残る秋の始め、夕方には涼しくなる。海は街なかより体が冷える。
潮風のにおいと、寒さで少し鼻の奥がじんとした。モグラはズズッと鼻をすする。
厄病神はモグラに背を向けて、浜辺をさくさく歩いていく。その後ろを歩くモグラは、べつにこいつを追いかけなくても良いのでは? という思いに一瞬駆られる。
雲の切れ間から夕日の赤みがにじんでいる。しだいに日が暗くなっていく。
わざわざ海へ来てどうしたいのか、厄病神の意図が分からない。
ふと厄病神が立ち止まり、くるりと回ってモグラを見つめた。
「そんなに警戒しないでください。何も企んでませんよ」
ニコリと笑う顔は無邪気なものだ。
「ただ弓殿と、海へ行きたかったんです」
素直に言われた言葉に、モグラはぽかんとする。ただ、それだけ? 本当に?
「ふふふ、疑ってますね」
厄病神はモグラに背を向けて再び歩き出す。
ときおり厄病神は、打ち寄せる波をよけたり踏んだり、水飛沫をあげて笑う。足にかかる海水を楽しんでいるようだ。くすぐったそうにクスクス笑う。
一方のモグラは靴が濡れて寒さが増すのが嫌で、波をよけて歩く。ずぐ、ずぐ、と重い足取りで厄病神の後を追う。
海は穏やかとは言いがたく、けれど荒れているほどでもない。波が打つ音、物悲しい風の音……厄病神とモグラの立てる足音はそれらにかき消されていく。
「海へ来て、どうだっていうんだ?」
と尋ねれば、厄病神の答えが返る。
「貝殻を拾いたくて」
ますます訳が分からない。モグラが思考を巡らせている間、厄病神は振り返りニコニコ笑っている。
「あの看守には、島で見つけた貝殻をあげたのでしょう?」
その言葉に思い出す。モグラは浮雲へ、人魚島で拾って持ち帰った貝殻をいくつか渡した。それは彼なりの土産物だった。
「あ〜まあ、そうだけど。それがなんで今とつながる?」
「野暮ですねえ。ヤキモチとは思わないんですか?」
「は? 妬く? お前が!?」
「ほんとに貴方は……」
朴念仁、と言われた気がしたが、モグラはそれ以上つっこんで聞く勇気はない。自分が下手なことを言いかねないと思い、黙った。
厄病神は佇み、モグラを見返して微笑む。
「ねえ弓殿、私にも貝殻を拾ってください」
モグラは動かなかった。ただ黙って厄病神を見つめる。
風が厄病神の白い髪を揺らす。無造作にくくられた髪ではあるが、あれは絹糸のようにさらさらと美しいことをモグラは知っている。
夕日の赤みが髪を少し朱に染めて、海面の照り返しが白い髪にかすかな光をまとわせる。
「分かっています。貴方が私に貝を拾ってくださらないことは」
「分かっていて、なぜ言う?」
「ただの意地悪です」
モグラの体はすっかり冷えていた。これは海風にさらされたせいばかりではない。目前にいる相手を見据えて、手のひらにじわりと冷や汗がにじむ。
ぐっと手を握りこみ、モグラは口を開いた。
「お前がもし、これ以上人間を殺さないと約束するなら……俺はお前のために、この先ずっと貝を拾って贈る。と言ったら?」
「無理ですね」
即答だった。厄病神は目を細める。その表情は慈しむような微笑みにも、嘲笑にも見えた。
「殺さない、なんて。貴方が人間を守らない、見捨てると言うのと同じくらいにありえません」
私達はそういうふうに作られています、と密やかな声で厄病神が言う。
厄病神がおもむろに屈みこみ、波打ち際の砂を指でほじくる。小さな貝殻が出てきて、それをつまんで目の前にかざした。すべての動作が邪気のない、児戯のような軽やかさで。
「見つけましたよ」
キャラキャラと笑う姿が、モグラには歪に映る。厄病神に振りまわされることに、どこかで慣れてしまった自分がいた。
先程までの会話にいかほどの意味があるだろうか。まるで何も無かったかのように、厄病神は一人で砂浜に埋もれた貝を拾っている。
波の音がする。風はいよいよ冷たく、寒さで身が震える。日が落ちて暗くなる浜辺にいるのは、彼ら二人きりだ。
パキキ、と音を立てて、厄病神が貝殻を握りつぶした。手のひらをパッと開き、両手ではたく。
ーーああ、こいつは遊んでいるんだ。
モグラは諦念のまなざしで、目の前にいる神の残り滓を眺めた。
厄病神は笑っていた。
了
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