厄病神✕モグラ【出禁モグ】
ーー弓の横顔を美しいと思った。
彼の名はオオカムヅミの弓。ヨモツオオカミの剣とは相反する存在、神である。厄災と厄祓いの二神が相容れるわけもない。
剣にとって弓は数多いる神の一柱に過ぎないが、自分の役目を邪魔するための存在というのは目を引くものだった。
特に話すこともないが、敵の動向を探るのは当然のこと。結果、目に映るくらいの景色として弓がいる。
緑葉の髪をさやけく鳴らし、弓は陽の下に佇んでいる。光に透ける彼の髪は、銀色にも金色にも輝いて見えた。
その横顔を美しいと思った。
剣は弓を美しいと思ったことはあれど、愛しんだ記憶はない。愛しい、とは弓が人間達へ向ける思考だろう。
※※※
かつての好敵手は、今はうらぶれた人間の男の姿で剣の目の前にいる。堕ちたものですね、と剣は呟く。
「弓殿」
「俺を恨んでるなら、俺だけに復讐すればいいだろ。昔とは違うんだ。人間には手を出すな」
必死の形相で語る言葉は、神代の時代と声色が違う。あの頃は水のせせらぎのように、木の葉が擦れ合うような涼やかな声ではなかったか。
「恨む? 私が貴方を?」
その言葉の違和感に、剣は首をかしげる。
「違うのか?」
戸惑う声色。重く低い、かすれた今の弓の声。
聞くに堪えないと思ったら、つい喉笛を掴んでいた。そのまま地面に引き倒すのは簡単だった。
弓を見おろして、剣はしばし考える。
「そうですね。しいて言えば、プライドが少々傷ついた、ってところでしょうか」
かつて弓は剣をバラバラに裂いた。思い出すのも忌々しいが、あの瞬間に初めて「恐怖」というものを抱いた。
誇り高き神として、敵対相手に畏怖するなどなんたる恥辱ーーーー堪えられない。
「私は貴方のことをリスペクトしているのですよ、弓殿」
そうこれは恨みではなく感謝。あれは恐怖ではなく尊敬の念である。
この御恩はきっちりとお返ししましょう。
あの屈辱を貴方にもたっぷり味わっていただきます。
それが私の貴方への恩返し。
剣の下で、人間に成り下がった弓がジタバタと暴れている。残り滓とはいえ、神である剣のほうが力で勝つのは当然だ。こんなにも手応えのない抵抗はいっそ退屈だった。
今の弓の、真っ黒なカサついた髪も顔色の悪い肌も何もかもがつまらない。痩せた貧弱な体は細すぎて、まるで枯れ枝を掴んでいるようだ。
神の頃の弓を思い出すと、今の彼はなんて味気ないのだろう。
弓は険しい顔つきで剣を睨んでいる。その瞳も今は鈍色に曇り心眼ですらない。透明な美しい瞳も縁取る睫毛の煌めきもない。
「弓殿、早く神に戻りましょう」
オオカムヅミの弓の横顔が脳裏によみがえる。
剣は弓の懐かしい姿を、その一瞬だけ愛しんだ気がした。が、すぐに忘れた。
了
彼の名はオオカムヅミの弓。ヨモツオオカミの剣とは相反する存在、神である。厄災と厄祓いの二神が相容れるわけもない。
剣にとって弓は数多いる神の一柱に過ぎないが、自分の役目を邪魔するための存在というのは目を引くものだった。
特に話すこともないが、敵の動向を探るのは当然のこと。結果、目に映るくらいの景色として弓がいる。
緑葉の髪をさやけく鳴らし、弓は陽の下に佇んでいる。光に透ける彼の髪は、銀色にも金色にも輝いて見えた。
その横顔を美しいと思った。
剣は弓を美しいと思ったことはあれど、愛しんだ記憶はない。愛しい、とは弓が人間達へ向ける思考だろう。
※※※
かつての好敵手は、今はうらぶれた人間の男の姿で剣の目の前にいる。堕ちたものですね、と剣は呟く。
「弓殿」
「俺を恨んでるなら、俺だけに復讐すればいいだろ。昔とは違うんだ。人間には手を出すな」
必死の形相で語る言葉は、神代の時代と声色が違う。あの頃は水のせせらぎのように、木の葉が擦れ合うような涼やかな声ではなかったか。
「恨む? 私が貴方を?」
その言葉の違和感に、剣は首をかしげる。
「違うのか?」
戸惑う声色。重く低い、かすれた今の弓の声。
聞くに堪えないと思ったら、つい喉笛を掴んでいた。そのまま地面に引き倒すのは簡単だった。
弓を見おろして、剣はしばし考える。
「そうですね。しいて言えば、プライドが少々傷ついた、ってところでしょうか」
かつて弓は剣をバラバラに裂いた。思い出すのも忌々しいが、あの瞬間に初めて「恐怖」というものを抱いた。
誇り高き神として、敵対相手に畏怖するなどなんたる恥辱ーーーー堪えられない。
「私は貴方のことをリスペクトしているのですよ、弓殿」
そうこれは恨みではなく感謝。あれは恐怖ではなく尊敬の念である。
この御恩はきっちりとお返ししましょう。
あの屈辱を貴方にもたっぷり味わっていただきます。
それが私の貴方への恩返し。
剣の下で、人間に成り下がった弓がジタバタと暴れている。残り滓とはいえ、神である剣のほうが力で勝つのは当然だ。こんなにも手応えのない抵抗はいっそ退屈だった。
今の弓の、真っ黒なカサついた髪も顔色の悪い肌も何もかもがつまらない。痩せた貧弱な体は細すぎて、まるで枯れ枝を掴んでいるようだ。
神の頃の弓を思い出すと、今の彼はなんて味気ないのだろう。
弓は険しい顔つきで剣を睨んでいる。その瞳も今は鈍色に曇り心眼ですらない。透明な美しい瞳も縁取る睫毛の煌めきもない。
「弓殿、早く神に戻りましょう」
オオカムヅミの弓の横顔が脳裏によみがえる。
剣は弓の懐かしい姿を、その一瞬だけ愛しんだ気がした。が、すぐに忘れた。
了
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