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幼なじみな僕ら

次の日、螢子はやはり幽助が朝練に遅刻しないか心配になり浦飯家に訪れた。

ピンポーン

チャイムを鳴らしても家主たちからの応答はない。

螢子は渡されていた合鍵を使って家の中へと入る。

「お邪魔しまーす…」

幽助の部屋に入ると、案の定、大の字になってベッドでいびきをかきながら眠っている幽助の姿があった。

はあ、と螢子はため息をつき、起こすために近寄る。

 


どう起こしてやろう。
耳元で叫んで起こそうか、それともビンタかしら。そう考えながら、幽助の顔をまじまじと見た。

「寝顔は昔のまんまなのに…」
  
ずっとそばにいたはずなのに、高校に入ってからというもの急に男らしい体つきになってきた幽助。
身長も中学の時まではほぼ一緒だったのに急に伸び始めて、今では見上げないと顔が見えない。声も低くなって、肩幅もがっしりとしてきて。
この前なんて、幽助が着替える時にふと見えた、鍛えられた腹筋に心臓の音が鳴り止まなかった。

「いつのまにこんなかっこよくなってんのよ。バカ…」

ポロッと本音がこぼれた。

最近違うクラスの女子から幽助について聞かれることが多くなった。
好きな食べ物はなにか、趣味は何か、休みの日は何をしているのか、彼女はいるのか。
一番多い質問はもちろん、幼なじみである自分が彼女なのかどうか。
聞かれるたびに否定をして、その度になんとも言えない気持ちになる。

あたしが彼女だよって、
そう言って幽助を独り占めしたいのに。

「幽助…」

思いが溢れ出しそうになる。

身体が勝手に動いて
あたしは、
眠っている幽助の頬に、キスを落とした。 

「けぇこ…」

「っ、」

名前を呼ばれて、我に帰る。

「はらへった…むにゃ、」

「…びっくりしたぁ」

へなへなと座り込む。
今ので起こしてしまったのかと焦ったが、当の本人はまだ夢の中だった。
寝ている最中も自分に食事をねだるなんて。

「…ほーんと。世話が焼けるんだから」

夢の中に自分が登場していたことが嬉しくて、自然と頬が緩む。

「あっ、そろそろ起こさなきゃ」

このまま2人きりの時間を過ごしたかったけど、現実に戻り、幽助を起こすため耳元で叫んだ。

「ゆーすけっ!!起きなさい!!遅刻するわよ!!」

「おわっ!?なんだ!?」

「あら、1発で起きれるじゃない」

「朝からデケェ声出してんじゃねーよ!
鼓膜破れるかと思ったぜ」

「こーでもしないとあんた起きないでしょ?それより早く準備しないと朝練遅刻するわよ」

「朝練…?
ああっ!忘れてた!!やべぇ、桑原に先越されちまう!」

そこからの幽助の支度は早くて、10分足らずで家を出ることに成功した。




幽助を起こしに行ったその流れで一緒に登校する。
まだ朝早いからか、同校の生徒の姿は少なかった。


「あれ?そういえばおめぇも朝練出るのか?」

「そーよ、南野部長に出てほしいって頼まれたの」

「…ふーん」

「それよりなにか言うことあるんじゃないの?」

「?なんだよ?」

「今こうやって、朝練に遅刻せずに行けてるのは誰のおかげかなー?」

「螢子様!ありがとうございました!」

「よろしいっ」



「朝から2人は仲良しだね」 

2人で並んで歩いていると、後ろから部長に声をかけられた。

「あっ南野部長!おはようございます」

「あ、おはよっす」

「おはようございます、でしょ!
あんたはほんと敬語使えないんだから!」

「いいんだよ螢子ちゃん、これが幽助なんだから」

「部長は幽助に甘すぎます!」

「ははっ、そうかな?」

「そうですよ!もっとビシバシ言ってやってください!」

「言ってる方だと思うけどなぁ。
あ、そういえば螢子ちゃん、今日なんだけどお願いがあってさ」

「なんですか?」


そう言うと、螢子と部長は2人きりで話し込み始めた。
…なんだよ、俺が螢子と最初にいたのに。
いつも部長はわざとなのかってくらい2人でいる時に顔を突っ込んでくる。

たしかに部長は、俺なんかより大人だしサッカーも上手いし勉強もできるし。女からもモテる。

…そんな嬉しそうな顔で部長の顔見てんじゃねえよ。

いつも俺と話すときは眉毛つり上がってるのに。

あーあ。つまんねー。

「幽助?退屈そうだね?」

からかうような表情をしながら部長が言ってきた。

「べっつにー」

「もう、なんであんたって部長にそういう態度なの?」

お前たちが楽しそうに話してるからだよ。
なんて、言えるわけねーけど。

「うるせぇな。」

「あ、部室の鍵開けに行くの忘れてた!
あたし先に行ってます!」

そう言って螢子は、先に学校への道を走って行った。


「いやー、本当幽助は見てて楽しいよね」

「?どういう意味だよ」
 
「分かりやすいってこと。
でもそんな幽助に気付いていない螢子ちゃんんも可愛いんだけどね」

「可愛いって…!ぜってぇ本人に言うなよな!」

部長から可愛いなんて言われたら、女が喜ぶことなんてバカの俺にでもわかる。
もし螢子が言われて、部長のことを好きになったら?
…考えただけでも胸糞ワリィ。

俺だって言えるものなら、甘い言葉のひとつやふたつ言ってみたい。
…そうしたら、部長と話してる時みたく少しは嬉しそうに笑ってくれんのかな。

「んー、言葉って思った時に自然と出てくるものだから、約束はできないかなあ」

「な、なんだとー!」

「ははっ、冗談冗談。」

「ったく…」

「幽助のこと1日一回はからかわないと気が済まないんだよね」

「おいっそりゃあどういう意味だ!」

「さ、俺たちも早く行かないと」

「…おー」

…なんだか話を誤魔化された。




✳︎✳︎✳︎




無事に誰も遅刻することなく朝練が終わり、その日の授業を終えて昼休みに入った。

あたしは今日の部活のスケジュールを伝えるべく、幽助の教室へと向かっていた。

廊下で幽助の後ろ姿を発見し、声をかける。

「ゆうす、」

ちょうど同じタイミングで、前方から他クラス女子が幽助に声をかけた。

「う、浦飯くん、ちょっと、いいかな?」

「あ?ああ、別にいいけど」

「話したいことがあるんだけど…場所変えてもいい?」

「ここじゃダメなのか?」

「…うん」

女の子の表情を見ただけですぐにわかった。
告白だ。
それなのに幽助は全く気付いていないようだった。

「裏庭の方に…いこ?」

「ああ」

女の子と2人で歩いていく後ろ姿を、あたしはただただ見ていることしかできなかった。


「ちょいと!けーこ!」

「あ、ぼたん…」

「幽助呼び出し?!」

「…そうみたい」


このまま、幽助があの子と付き合ってしまったらどうしよう。


「あたしの幽助取らないでって言ってきなよ!」



ぼたんとは中学からの友達で、今も同じサッカー部のマネージャーをやっている。
日頃から幽助のことを聞いてもらっていて、勇気づけてくれるとても頼もしい友人だ。
 

「そんな、あたしは…」


…幽助の隣にはいつでもどんな時でもあたしがそばにいたい
そう思ってるけど

「あたしは…
幽助の幼なじみなだけだから…」

後悔したくなかったのに、
いざ目の前で起こると何もできない。

今から彼女の告白を割いてでも、自分の気持ちを伝えるべき?

そんなこと、できるわけがない。


あれほどあたしたちの関係を邪魔しないでほしいと願ったのに。
こんなにも早く、その時が訪れてしまった。

「螢子!それでいいのかい?
幽助のこと、誰にも取られたくないんでしょ?」

「…うん」

「螢子の気持ちを今すぐ伝えろなんて言わないけど、幽助に用事あるフリして呼び戻しちゃえ!」

「で、でも…」

「螢子が行かないならあたしが行くよ?」

「わ、わかった!」

彼女の気持ちを踏みにじることをしてしまうかもしれない、
それでも、幽助を誰にも渡したくない。

ぼたんに背中を押されて、あたしは2人を後を追うことにした。
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