ずるいって、そういうこと
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パントリーの端に積んだ木箱の上で、タバティエールは煙草をふかしていた。
マスターが声をかけると、ハッとした様子で顔をあげた。
「お、どうした、マスターちゃん」
タバコを持ったほうの手をあげて、そしてやっぱり、タバティエールは顔をほころばせた。
「そろそろシャスポーが来るぜ。茶はすぐに淹れてやるから、早く行ってやってくれよ」
マスターは、タバティエールの隣へ腰をおろした。感謝されるのが苦手なのか? 間違っているのを承知でたずねた。
タバティエールはマスターの本当の疑問がわかっているようだった。それでも、空とぼけた半笑いで答えた。
「おれは後方支援専門だからな。前線で戦うわけでもなし、感謝されるほどのヤツじゃないんでね」
煙草の煙を、タバティエールはおどけた輪にした。それはすぐに崩れて、空気の中へ消えていった。
その向こうに浮かんだ、彫りの深い、底の見えない横顔は、何かにすがりたがっているような、それでいてだれにも触れてほしくないような色をたたえている。
マスターは思わず、彼の頬へ触れた。心の奥に触れるつもりで囁いた。
――それで満たされてるの?
タバティエールがマスターをふり払った。煙草の火が、とっさに顔をかばった手の甲をかすめる。
マスターの手を、タバティエールが慌てて掴んだ。無事を確かめると、とっていた手を離し、うなだれた。
「悪い」
煙草が床でにじられる。
気まずい沈黙を、タバティエールが明るい声で破った。
「しっかし、そういうの、見抜いてるヤツもいるんだなぁ。マスターちゃん、やっぱマスターに向いてるわ」
新しくふかされた煙草が、再びおどけた煙の輪を吐く。
「でもま、放っておいてくれよ。このままのおれも、そんなに悪くないだろ? わりと役にたってるしな……って、自画自賛は柄じゃないな」
多言を無言で返すマスターに耐えかねたように、タバティエールはきついウェーブの髪を掻いた。
「そんな目で見るのはやめてくれって。おれに構う暇があったら、他のやつのフォローをしてやってくれよ。シャスポーとかさ。あいつ、マスターちゃんがいないとダメなんだよ」
立ちあがったタバティエールは、木箱に腰かけたマスターの頭をポンとした。そして背中を見せた。三歩あるいて、立ち止まった。
「さっきの話、覚えてるか? おれがずるい大人だってやつ」
マスターは無言で肯定する。ついさっき、彼がカトラリーに言った言葉だ。
「おれはずるいから、二番手でいいなんて言いながらも、どこかで一番を求めてる。そのくせ、みんなに愛想を振りまいて、だれにも嫌われないよう立ち回ってる。な、最高にずるいだろ? ……でもな」
彼の背中が震えたように、マスターには見えた。
「ずるいやつってのは、たいていが大人なんだ。で、大人ってのは弱くないから大人って言うんだ」
振り返って、彼は言った。
「弱くないんだよ」
嘘だ。本当だとしたら、去っていく背中があんなにさみしそうなはずがない。
しかしマスターは、遠ざかっていく彼を見送ることしかできなかった。
マスターが声をかけると、ハッとした様子で顔をあげた。
「お、どうした、マスターちゃん」
タバコを持ったほうの手をあげて、そしてやっぱり、タバティエールは顔をほころばせた。
「そろそろシャスポーが来るぜ。茶はすぐに淹れてやるから、早く行ってやってくれよ」
マスターは、タバティエールの隣へ腰をおろした。感謝されるのが苦手なのか? 間違っているのを承知でたずねた。
タバティエールはマスターの本当の疑問がわかっているようだった。それでも、空とぼけた半笑いで答えた。
「おれは後方支援専門だからな。前線で戦うわけでもなし、感謝されるほどのヤツじゃないんでね」
煙草の煙を、タバティエールはおどけた輪にした。それはすぐに崩れて、空気の中へ消えていった。
その向こうに浮かんだ、彫りの深い、底の見えない横顔は、何かにすがりたがっているような、それでいてだれにも触れてほしくないような色をたたえている。
マスターは思わず、彼の頬へ触れた。心の奥に触れるつもりで囁いた。
――それで満たされてるの?
タバティエールがマスターをふり払った。煙草の火が、とっさに顔をかばった手の甲をかすめる。
マスターの手を、タバティエールが慌てて掴んだ。無事を確かめると、とっていた手を離し、うなだれた。
「悪い」
煙草が床でにじられる。
気まずい沈黙を、タバティエールが明るい声で破った。
「しっかし、そういうの、見抜いてるヤツもいるんだなぁ。マスターちゃん、やっぱマスターに向いてるわ」
新しくふかされた煙草が、再びおどけた煙の輪を吐く。
「でもま、放っておいてくれよ。このままのおれも、そんなに悪くないだろ? わりと役にたってるしな……って、自画自賛は柄じゃないな」
多言を無言で返すマスターに耐えかねたように、タバティエールはきついウェーブの髪を掻いた。
「そんな目で見るのはやめてくれって。おれに構う暇があったら、他のやつのフォローをしてやってくれよ。シャスポーとかさ。あいつ、マスターちゃんがいないとダメなんだよ」
立ちあがったタバティエールは、木箱に腰かけたマスターの頭をポンとした。そして背中を見せた。三歩あるいて、立ち止まった。
「さっきの話、覚えてるか? おれがずるい大人だってやつ」
マスターは無言で肯定する。ついさっき、彼がカトラリーに言った言葉だ。
「おれはずるいから、二番手でいいなんて言いながらも、どこかで一番を求めてる。そのくせ、みんなに愛想を振りまいて、だれにも嫌われないよう立ち回ってる。な、最高にずるいだろ? ……でもな」
彼の背中が震えたように、マスターには見えた。
「ずるいやつってのは、たいていが大人なんだ。で、大人ってのは弱くないから大人って言うんだ」
振り返って、彼は言った。
「弱くないんだよ」
嘘だ。本当だとしたら、去っていく背中があんなにさみしそうなはずがない。
しかしマスターは、遠ざかっていく彼を見送ることしかできなかった。
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