Je t'aimerai toute ma vie.
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個室のドアを叩く。
扉を開くと、ベッドに半身を起こして窓の月を眺めていたラップが振り返った。
「ああ、マスター」
「遅れてごめんなさい」
灯りをサイドボードに置く。ラップの顔が浮かびあがる。
満面に巻かれた包帯には、血と膿とが生々しくにじんでいる。視界と呼吸のため露わにされた目鼻口には、凄惨の一言しかない。眼窩の位置はずれ、鼻の半分は吹き飛んでいる。崩れはてた唇は、生肉のうごめきにしか見えなかった。
「すぐに治しましょう」
マスターが薔薇の傷が刻まれた右手をかざすと、ラップは静かに首を横に振った。
「いえ、もう治療は必要ありません」
「どうして?」
目を丸くしたマスターに、ラップはサイドボードを指さしてみせた。顔とは対照的に白いままの指の先にあるのは、豪勢な果物の盛り籠だった。
「先ほど、陛下がおいでになりました」
ラップの言葉に、マスターは青くなった。
ナポレオンは、自らが貴銃士だと気づいていないばかりか、ラップのことも、腹心であったラップ将軍その人だと思いこんでいる。その妄想とナポレオン本人を、ラップは何よりも尊重してきた。そのため、貴銃士しか治療できないマスターの手当てを、彼はずっと拒み続けていたのだ。――自らが、ラップ将軍そのものであるために。
だが、今回は怪我の位置も深さも尋常ではない。誰にも知られぬうちに応急処置で急場をしのぎ、人目のない深夜を待って治療する手はずになっていた。
「陛下の地獄耳には驚かされます」
原型をとどめない鼻の先から、ラップはふっと笑いを漏らした。
「傷は男の勲章……とはいえ、この傷は味方を少々怖がらせてしまうかもしれませんね。とくにニコラとノエルを」
「治療をする気は、ない……ということですか?」
「陛下に騒がれるよりは、ずっとマシですから」
「でも、その傷では……」
皆までは言えなかった。彼の覚悟の深さは、痛いほど分かっている。
たとえこの先、破壊された顔のために悲惨な生が待ち受けているとしても、彼は怯みはしない。
「……ごめんなさい。私が遅れたばっかりに」
「謝ることはありませんよ。ただ……」
うつむいたラップの顔が、揺らめく炎に照らされている。恐ろしいまでの変貌を遂げたそこが、赤く白く瞬く。
「あなたに怖がられてしまうのは残念です」
「怖がったりしません!」
叫び、マスターはラップの胸へ飛びこんだ。
「怖がるはずなんてありません! わたしはラップのことが……ラップのことが……!」
続く言葉は、涙とむせびに飲み込まれた。
しゃくりあげる背を、ラップの美しい指がさする。
「では、これからも変わらぬ愛を?」
何度もうなずくマスターの手を、ラップが取った。薔薇の傷痕が刻まれたところに、そっとくちづけが落とされる。
崩れた唇の震えが、手の甲を通して伝わってくる。
ラップの、震えが。
マスターは、強く彼を抱きしめた。いつまでも、いつまでも抱きしめ続けた。
扉を開くと、ベッドに半身を起こして窓の月を眺めていたラップが振り返った。
「ああ、マスター」
「遅れてごめんなさい」
灯りをサイドボードに置く。ラップの顔が浮かびあがる。
満面に巻かれた包帯には、血と膿とが生々しくにじんでいる。視界と呼吸のため露わにされた目鼻口には、凄惨の一言しかない。眼窩の位置はずれ、鼻の半分は吹き飛んでいる。崩れはてた唇は、生肉のうごめきにしか見えなかった。
「すぐに治しましょう」
マスターが薔薇の傷が刻まれた右手をかざすと、ラップは静かに首を横に振った。
「いえ、もう治療は必要ありません」
「どうして?」
目を丸くしたマスターに、ラップはサイドボードを指さしてみせた。顔とは対照的に白いままの指の先にあるのは、豪勢な果物の盛り籠だった。
「先ほど、陛下がおいでになりました」
ラップの言葉に、マスターは青くなった。
ナポレオンは、自らが貴銃士だと気づいていないばかりか、ラップのことも、腹心であったラップ将軍その人だと思いこんでいる。その妄想とナポレオン本人を、ラップは何よりも尊重してきた。そのため、貴銃士しか治療できないマスターの手当てを、彼はずっと拒み続けていたのだ。――自らが、ラップ将軍そのものであるために。
だが、今回は怪我の位置も深さも尋常ではない。誰にも知られぬうちに応急処置で急場をしのぎ、人目のない深夜を待って治療する手はずになっていた。
「陛下の地獄耳には驚かされます」
原型をとどめない鼻の先から、ラップはふっと笑いを漏らした。
「傷は男の勲章……とはいえ、この傷は味方を少々怖がらせてしまうかもしれませんね。とくにニコラとノエルを」
「治療をする気は、ない……ということですか?」
「陛下に騒がれるよりは、ずっとマシですから」
「でも、その傷では……」
皆までは言えなかった。彼の覚悟の深さは、痛いほど分かっている。
たとえこの先、破壊された顔のために悲惨な生が待ち受けているとしても、彼は怯みはしない。
「……ごめんなさい。私が遅れたばっかりに」
「謝ることはありませんよ。ただ……」
うつむいたラップの顔が、揺らめく炎に照らされている。恐ろしいまでの変貌を遂げたそこが、赤く白く瞬く。
「あなたに怖がられてしまうのは残念です」
「怖がったりしません!」
叫び、マスターはラップの胸へ飛びこんだ。
「怖がるはずなんてありません! わたしはラップのことが……ラップのことが……!」
続く言葉は、涙とむせびに飲み込まれた。
しゃくりあげる背を、ラップの美しい指がさする。
「では、これからも変わらぬ愛を?」
何度もうなずくマスターの手を、ラップが取った。薔薇の傷痕が刻まれたところに、そっとくちづけが落とされる。
崩れた唇の震えが、手の甲を通して伝わってくる。
ラップの、震えが。
マスターは、強く彼を抱きしめた。いつまでも、いつまでも抱きしめ続けた。
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