壱ノ譚__唐傘
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坂下に案内されて七つ口の屋内に入ると、すぐに御用商人達の賑やかな声が耳に入る。屋外に負けず劣らずの喧騒だ。柵越しに奥女中達に商品を売り込む彼らに紛れた、侍のような男二人にスイは目を留めた。丁度七つ口に入ってくる所のようで、眼鏡の男があちこちに視線を向けて喋っていた。アサも同じ二人に気付いたらしい。空色の衣の侍と目が合い、二人は軽く会釈する。
「念の為、通行手形を見せてくれ」
更に少し歩き、大きな門の前で坂下は足を止めると同時にそう言った。この先はもう、関係者以外は立ち入り禁止らしい。長いような短いような八日間の旅路にアサは思いを馳せる。思えば蛇のような城下からの道を、一人で__或いは少女と共に歩いて来たのは、その中のほんの僅かな数刻だけだったのである。アサがそれを意外だと驚きつつ、将棋の駒のような、紐のついた木札を取り出している横で、カメはスイの手を借り、自らの大きな荷物を広げては漁っていた。
「何処に仕舞ったか、ほんに覚えていないのでありんしょうか」
「うーん、この辺のどれかだと思うんだけど……」
七つ口の一角には、小さな風呂敷の山ができていた。坂下はそれを見ていたが、何も言わずに待っている。アサが手を貸そうと声を掛けようとした時、ふとスイが背から降ろして置いている薬箱に目が留まった。幾らかの小包が括り付けてあったそれが、先程のように小刻みに揺れ……その揺れが、段々大きくなっている。カメと共に風呂敷にかかっていたスイも流石にその音に気付いたようで、宥めるように薬箱に手を置いた。あれほどがたがたと煩く揺れていた箱が、急にぴたりと静止する様子にアサと坂下は目を見張る。何かからくりがあるのだろう。
「あ……ふふ」
「あったぁー!うふふっ」
二人の視線に気付いたスイが恥ずかしそうに笑うのと、カメが嬉しそうに手形を掲げて笑うのは殆ど同時だった。ともあれ、これでアサとカメは二人とも大奥に入れる訳である。坂下は二人の手形を確認すると、門の前で待機していた女中に向かって大きく頷いた。女中が閂を抜くと、中から先が見えない程長い廊下が現れる。
「その門の先で、先輩女中の淡島殿と麦谷殿が待っている。最初が肝心だ、上手くやるのだぞ」
「早速、ご挨拶に参ります」
アサが軽く頷いて言うと、坂下は心配そうに頷いた。その背後から、何やら木箱を弄っていたスイがひょこりと顔を出す。坂下と同様に、彼女も心配そうな、気遣わしげな表情を浮かべている。
「おアサさん、おカメさん。これを」
その言葉と共に、スイは掌を差し出した。その上には何やら、彼女の着物と同じ勿忘色の細工物が二つ載っている。鳥のような翼の先に小さな鈴がぶら下がり、針よりも細い一本足で器用に立っていた。
「これは……」
「天秤でありんす。彼方での御守りに」
それはスイの掌の上でくるくる回り、ちりり、と小さく鈴を鳴らしながらお辞儀をする。二人にそれを手渡すと、スイは照れくさそうに視線を落とし、微笑んだ。
「ありがとう、素敵」
「凄い!大事にするね!」
はしゃぐカメの横で、アサは手の中の細工物を見下ろした。ゆらゆら揺れるそれは、まるで生き物みたいだ。彼女はこれを天秤と言ったが、皿もない天秤で何を計るというのだろうか。訝しげに天秤を見るが、何が分かる訳でもない。カメが手に持った包みの中に天秤を入れるのを見て、アサも懐にそれを仕舞った。
「坂下様もおにぎり、食べてくださいね」
「ありがとう」
カメの言葉に破顔する坂下に、アサとスイは苦笑する。その後ろを薬売りが通り過ぎて行く。流石に慣れたのか、それとも隠れる場所が無いからか、今度はスイも目を丸くするだけだった。
「おい、お前!」
「……惚れ薬が、御入用でしたか?」
「この大奥は、お前のような者が来る所では無い。ここは天子様の為に集められた女子だけの場所だ」
坂下に見咎められても、薬売りは飄々とした態度を崩さない。それ故か、坂下も彼を捕える程怒ることができず、暫く問答が続いていた。その間にアサとカメは先程開いた扉へと進み、スイも柵の外側からそれに着いて行った。
「スイちゃん、ここまでありがとうね」
「ほんとに、会えて良かった!薬売りさんも、また今度ー!」
「ええ。御二人共、お元気で」
スイは二人に小さく頭を下げ、名残惜しそうに目を細める。坂下と薬売りの方を見ると、カメに手を振られた坂下がだらしない顔で手を振り返していた。薬売りの失笑とスイの苦笑に、彼は勢いよく振り向いた。その間にも、二人の姿が扉の奥へ消えていく。スイはむきになって惚れ薬を断る坂下の声を聞きながら、その廊下の先をじい、と見上げていた。
「念の為、通行手形を見せてくれ」
更に少し歩き、大きな門の前で坂下は足を止めると同時にそう言った。この先はもう、関係者以外は立ち入り禁止らしい。長いような短いような八日間の旅路にアサは思いを馳せる。思えば蛇のような城下からの道を、一人で__或いは少女と共に歩いて来たのは、その中のほんの僅かな数刻だけだったのである。アサがそれを意外だと驚きつつ、将棋の駒のような、紐のついた木札を取り出している横で、カメはスイの手を借り、自らの大きな荷物を広げては漁っていた。
「何処に仕舞ったか、ほんに覚えていないのでありんしょうか」
「うーん、この辺のどれかだと思うんだけど……」
七つ口の一角には、小さな風呂敷の山ができていた。坂下はそれを見ていたが、何も言わずに待っている。アサが手を貸そうと声を掛けようとした時、ふとスイが背から降ろして置いている薬箱に目が留まった。幾らかの小包が括り付けてあったそれが、先程のように小刻みに揺れ……その揺れが、段々大きくなっている。カメと共に風呂敷にかかっていたスイも流石にその音に気付いたようで、宥めるように薬箱に手を置いた。あれほどがたがたと煩く揺れていた箱が、急にぴたりと静止する様子にアサと坂下は目を見張る。何かからくりがあるのだろう。
「あ……ふふ」
「あったぁー!うふふっ」
二人の視線に気付いたスイが恥ずかしそうに笑うのと、カメが嬉しそうに手形を掲げて笑うのは殆ど同時だった。ともあれ、これでアサとカメは二人とも大奥に入れる訳である。坂下は二人の手形を確認すると、門の前で待機していた女中に向かって大きく頷いた。女中が閂を抜くと、中から先が見えない程長い廊下が現れる。
「その門の先で、先輩女中の淡島殿と麦谷殿が待っている。最初が肝心だ、上手くやるのだぞ」
「早速、ご挨拶に参ります」
アサが軽く頷いて言うと、坂下は心配そうに頷いた。その背後から、何やら木箱を弄っていたスイがひょこりと顔を出す。坂下と同様に、彼女も心配そうな、気遣わしげな表情を浮かべている。
「おアサさん、おカメさん。これを」
その言葉と共に、スイは掌を差し出した。その上には何やら、彼女の着物と同じ勿忘色の細工物が二つ載っている。鳥のような翼の先に小さな鈴がぶら下がり、針よりも細い一本足で器用に立っていた。
「これは……」
「天秤でありんす。彼方での御守りに」
それはスイの掌の上でくるくる回り、ちりり、と小さく鈴を鳴らしながらお辞儀をする。二人にそれを手渡すと、スイは照れくさそうに視線を落とし、微笑んだ。
「ありがとう、素敵」
「凄い!大事にするね!」
はしゃぐカメの横で、アサは手の中の細工物を見下ろした。ゆらゆら揺れるそれは、まるで生き物みたいだ。彼女はこれを天秤と言ったが、皿もない天秤で何を計るというのだろうか。訝しげに天秤を見るが、何が分かる訳でもない。カメが手に持った包みの中に天秤を入れるのを見て、アサも懐にそれを仕舞った。
「坂下様もおにぎり、食べてくださいね」
「ありがとう」
カメの言葉に破顔する坂下に、アサとスイは苦笑する。その後ろを薬売りが通り過ぎて行く。流石に慣れたのか、それとも隠れる場所が無いからか、今度はスイも目を丸くするだけだった。
「おい、お前!」
「……惚れ薬が、御入用でしたか?」
「この大奥は、お前のような者が来る所では無い。ここは天子様の為に集められた女子だけの場所だ」
坂下に見咎められても、薬売りは飄々とした態度を崩さない。それ故か、坂下も彼を捕える程怒ることができず、暫く問答が続いていた。その間にアサとカメは先程開いた扉へと進み、スイも柵の外側からそれに着いて行った。
「スイちゃん、ここまでありがとうね」
「ほんとに、会えて良かった!薬売りさんも、また今度ー!」
「ええ。御二人共、お元気で」
スイは二人に小さく頭を下げ、名残惜しそうに目を細める。坂下と薬売りの方を見ると、カメに手を振られた坂下がだらしない顔で手を振り返していた。薬売りの失笑とスイの苦笑に、彼は勢いよく振り向いた。その間にも、二人の姿が扉の奥へ消えていく。スイはむきになって惚れ薬を断る坂下の声を聞きながら、その廊下の先をじい、と見上げていた。
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