壱ノ譚__唐傘
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薬売りが立ち去った後も、スイは自分の爪先を見詰めていた。他の薬売り達と同じように高下駄を履いた足は小さく、彼女の不安を加速させる。
「スイちゃん」
「おアサさん」
アサの穏やかな声が降ってきた。いつの間に背後に居たらしい彼女の、桑染色の目が見下ろしている。姿が見えない彼女を探しに来たのだろう、その表情には心配が映っていた。
「良かった、探してたの」
坂下は良いのかと先程まで居た方向を見ると、彼はカメと何やら楽しげに談笑している。アサに促されて二人の所へ戻ると、カメが元気良く手を振ってきた。
「あっ、アサちゃん、スイちゃん!どこ行ってたの?」
「其処の、柱の……模様を見ていて」
実際、スイと薬売りの近くの門柱には蛇のような鱗模様が描いてあった。城下では万病に効くと専らの噂だったのだ、と曖昧に笑って誤魔化そうとするスイをカメは不思議そうに見るが、ふうん、と言ってまた坂下に向き直った。その背で揺れる大荷物に目を留めたのか、坂下が口を開く。
「そういえば、おカメはどこの出だ。ここまで、よくその荷物を運んできたものだな」
「伊豆です!」
その場に居る全員が絶句した。関所を越え、遠路はるばる大奥までやって来たとは到底思えない程重そうな風呂敷だ。
そんな驚きに気付いているのかいないのか、カメはそうだ!と声を上げた。
「坂下様も、おばあ様特製のおにぎり、食べてください!」
彼女が包みを一つ解くと、そこには先程の重箱があった。蓋を開けると再び朴葉味噌の匂いが立ち昇ってくる。いつ嗅いでも美味しそうな匂いだ。その和やかな香りに、スイの口角が殆ど無意識のうちに上がっていく。
「おお、なんと芳しい匂いだろう!……わざわざ、わしの為に?」
期待するような坂下の目に、アサは何をどう言えば良いのか分からなくなってしまった。きょとんとした表情で坂下を見返すカメと、その機微を然程分かっていないのか、表情を変えずに微笑んでいるスイ。その妙な間を破るように、坂下の背後からぬっと、音も無くまた薬売りが現れた。
「とっておきの惚れ薬、ご用意しましょうか」
「うわっ!何だお前は」
坂下は飛び退いて刀に手を掛ける。
「只のしがない薬売りでございます。どんな女子もいちころの、エゲレス産の惚れ薬など色々と……」
「そんなもん要らん!怪しい奴だな」
坂下はその奇妙な出立ちがスイと似ている事に気付いたようで、二人を交互に見比べている。アサは心配してスイを見たが、箱の物音が無い為か先程のような怯えは見えなかった。だが驚いたようで、隣に居るカメに半ば隠れるような位置に移動している。そのカメはと言うと、奇麗な桃色の瞳をうっとりと細め、ものの見事に薬売りに見惚れていた。
「大体、何なんだその格好は……おスイ、知り合いか?」
「嗚呼、彼女は同業です」
「お前には聞いておらん!まったく……こういう奴と無闇に関わってはならんぞ?碌な事にならん」
女子三人に向けて彼はそう忠告したが、カメの耳には届かなかったようだ。アサとスイは苦笑いを浮かべ、坂下は盛大な溜息を吐いた。
「スイちゃん」
「おアサさん」
アサの穏やかな声が降ってきた。いつの間に背後に居たらしい彼女の、桑染色の目が見下ろしている。姿が見えない彼女を探しに来たのだろう、その表情には心配が映っていた。
「良かった、探してたの」
坂下は良いのかと先程まで居た方向を見ると、彼はカメと何やら楽しげに談笑している。アサに促されて二人の所へ戻ると、カメが元気良く手を振ってきた。
「あっ、アサちゃん、スイちゃん!どこ行ってたの?」
「其処の、柱の……模様を見ていて」
実際、スイと薬売りの近くの門柱には蛇のような鱗模様が描いてあった。城下では万病に効くと専らの噂だったのだ、と曖昧に笑って誤魔化そうとするスイをカメは不思議そうに見るが、ふうん、と言ってまた坂下に向き直った。その背で揺れる大荷物に目を留めたのか、坂下が口を開く。
「そういえば、おカメはどこの出だ。ここまで、よくその荷物を運んできたものだな」
「伊豆です!」
その場に居る全員が絶句した。関所を越え、遠路はるばる大奥までやって来たとは到底思えない程重そうな風呂敷だ。
そんな驚きに気付いているのかいないのか、カメはそうだ!と声を上げた。
「坂下様も、おばあ様特製のおにぎり、食べてください!」
彼女が包みを一つ解くと、そこには先程の重箱があった。蓋を開けると再び朴葉味噌の匂いが立ち昇ってくる。いつ嗅いでも美味しそうな匂いだ。その和やかな香りに、スイの口角が殆ど無意識のうちに上がっていく。
「おお、なんと芳しい匂いだろう!……わざわざ、わしの為に?」
期待するような坂下の目に、アサは何をどう言えば良いのか分からなくなってしまった。きょとんとした表情で坂下を見返すカメと、その機微を然程分かっていないのか、表情を変えずに微笑んでいるスイ。その妙な間を破るように、坂下の背後からぬっと、音も無くまた薬売りが現れた。
「とっておきの惚れ薬、ご用意しましょうか」
「うわっ!何だお前は」
坂下は飛び退いて刀に手を掛ける。
「只のしがない薬売りでございます。どんな女子もいちころの、エゲレス産の惚れ薬など色々と……」
「そんなもん要らん!怪しい奴だな」
坂下はその奇妙な出立ちがスイと似ている事に気付いたようで、二人を交互に見比べている。アサは心配してスイを見たが、箱の物音が無い為か先程のような怯えは見えなかった。だが驚いたようで、隣に居るカメに半ば隠れるような位置に移動している。そのカメはと言うと、奇麗な桃色の瞳をうっとりと細め、ものの見事に薬売りに見惚れていた。
「大体、何なんだその格好は……おスイ、知り合いか?」
「嗚呼、彼女は同業です」
「お前には聞いておらん!まったく……こういう奴と無闇に関わってはならんぞ?碌な事にならん」
女子三人に向けて彼はそう忠告したが、カメの耳には届かなかったようだ。アサとスイは苦笑いを浮かべ、坂下は盛大な溜息を吐いた。
