初恋アディーション!
俺には意中の相手がいる。ボーダー玉狛第二所属の万能手、ヒュースくんだ。俺も自分が男が好きだとは知らなかった。けれど彼のも戦いを見たその日から、俺はどうしようもなく彼に惹かれてしまったのだ。
俺は一応B級だが下位。ヒュースくんと話すことはない。だが彼と接点を作りたくて、 同じ時間帯に食堂に行ったり個人ランク戦の時間を被せたりしている。遠目から見るだけでも幸せだけど、できることならもっとお近づきになりたい。あの空色の瞳で見つめら えたい。ふわふわの髪を撫でてみたい。唇はきっとやわらかくて、服の下の肌は白くて引き締まっているのだろう。それを、俺ひとりのものにできたら。そんな妄想をして自分を慰める毎日。だが、転機は突然やってきた。
個人ランク戦で、ヒュースくんと当たったのだ。五本勝負でもちろん完敗。それでも彼と急接近できたことに、俺は興奮を隠せなかった。
空色の瞳に射抜かれて、鼓動がドクンと高鳴る。澄み切ったブルーのキャンバスのよう。ああ、俺はやっぱり彼が好きだ。
ベッドから起き上がって、部屋を飛び出す。ちょうど向かいの部屋からヒュースくんが出てくるところだった。
「あの!」
大声で呼びかけると、ヒュースくんがこちらを向く。その仕草だけで 心臓が痛い。
「戦ってくれてありがとう。その、俺、どこがだめだった?」
俺の質問に、ヒュースくんかそうだな、と呟く。
「色々とあるが……」
そう一拍置いてから、彼は透き通った水のような声で、俺に応えてくれた。
「急所を狙おうとしてそれ以外が疎かになっている。まずは手足を狙って相手の機動力を下げるのを視野に入れてみるのはどうだ」
「………! あ、ありがとう!」
ヒュースくんが、俺と喋ってくれている。俺を認識していてくれる。それからどうしようもなく嬉しかった。
その夜、俺は夢を見た。
俺の部屋のベッドに、ヒュースくんが座っている。そして、俺に向かって両腕を伸ばす 「────」
ヒュースくんが俺の名前を呼ぶ、俺を認識してくれた。嬉しくなって彼にがばりと抱きつくと、ヒュースくんの手が俺の身体をなぞっていく。
「あ、え、ヒュースくん?」
彼の手が、身体の中心に触れる。見たことのない熱っぽい目で見られると、もうどうしようもなくなった。
「あっ、ヒュ、ヒュースくん……!」
そして、ヒュースくんから与えられる快楽はどんどんと昇っていき────
そこで目が覚めた。パンツの中が濡れている感覚がして、見ると、見事に夢精していた。俺は確信する。あれはきっと、ヒュースくんが俺に会いに来てくれたのだ。現実では恥ずかしいから、わざわざ夢の中に。
ヒュースくん、ヒュースくん、ヒュースくん! 俺たちは両想いだったんだ。 なら、俺の思いも伝えないと。直接はきっと恥ずかしいだろうから、少し遠回りの方法で。
「ヒュース、アンタに手紙きてるわよ」
「手紙?」
ヒュースは首をかしげた。ヒュースにわざわざ手紙を書く人間になど心当たりがなかった。それに、もらったとしても読めない。
「差出人は……イニシャルだけね。 何なのかしらこれ?」
「消印もないっすね。直接投函したのか」
「とりあえず開けてみたら? おれが読んであげるよ」
「そうだな」
迅に促されて、手紙の封を聞く。中には、写真が数枚入っていた。────白い何かで汚れた、ヒュースの写真が。
「……!?」
「は、これ……」
「小南先輩、見ちゃダメです」
烏丸がとっさに小南の目を塞ぐ。
「えっ、何、何何!?」
ヒュースは写真を出した時に手についた白い粘液をどうすることもできずに立ち尽くしていた。
鼻をつく青臭い匂い。これは、もしかしなくても。
その正体を理解した途端、嫌悪感と気持ち悪さがせりあがってくる。
なんだこれは、気色悪い、一体、どうしてオレの写真にこんなものが。
写真の元の持ち主は、ヒュースをそういう目で見ていたということか。それを知らせるために、わざわざこんなものを寄越したのか。好いた相手以外に一方的に欲望を向けられるのがこんなにも恐ろしさをもたらすなんて知らなかった。
「ヒュース、手洗っておいで」
迅の言葉で意識が戻る。彼は写真をヒュースの手から取って、封筒に戻していた。
「あ、ああ」
彼はひどく理性的だった。その様子を見て、頭が冷静さを取り戻していく。ヒュースは汚れた手を洗うために、洗面所へ向かった。
それを見送ってから、迅は封筒のイニシャルを眺める。
「ちょっと、もう何なの!? 何が入ってたのよ」
ようやく視界を解放された小南がぷんぷんと怒っている。
「ヒュースの盗撮写真です。これ、ストーカーじゃないですか?」
烏丸が事実ではあるが一部を隠して小南に伝える。彼女に精液がついた写真が入っていたなど言いたくないのだろう。
「は……え!? なにそれ気持ち悪いんだけど! ストーカーって、どうにかしないと……!」
「うん、まあイニシャルとヒュースに近づいてくるやつってことがわかれば誰かは絞れるでしょ。見つけたらどうしようかな……」
「……迅さん、もしかしてキレてます?」
「ん? うん。かなーり。おれのかわいい恋人にあんな顔させたやつ、絶対に許すつもりないよ」
男は、にっこりと笑った。
手紙を出して数日が経った。ヒュースくんからの返事はない。そのことにがっかりしながらいつものようにランク戦を終えて一休みしていると、視線を感じた。後ろをふり返ると、そこにはなんと愛しのヒュースくん。綺麗な瞳で、俺をじっと見つめている。
やがてヒュースくんはくるりと後ろを向いてどこかに行ってしまう。俺は視線の意味を考えた。もしかして、俺と話がしたくて、でも人目があったから無理だったんじゃないだろうか?
それなら、こっちから話しかけてあげればいい。手紙も見てくれたか確認したい。俺はヒュースくんを追いかけた。
ヒュースくんはどんどんと人気のない場所へと向かっていく。ここら辺は監視カメラもないただのただっ広い物置エリアのはずだ。
でも、逢瀬にはちょうどいい。 完全に人目がなくなり、ふたりきりになったところで、俺はヒュースくんに手を伸ばした。
「ヒュースく──」
「エスクード」
突然、模からの衝撃。
俺は何か壁のようなものに身体を両方から挟まれていた。
「な、なに、え……!?」
「つかまえたよ、ストーカーくん」
後ろから誰かがやってくる。男は目の前に立って、壁に挟まれて動けない俺に笑みを見せた。
「迅、悠一……!?」
迅悠一。元S級の、玉狛所属のエリート。どうしてそれが、こんなところに。
「そう、実力派エリートでーす。いやあそれにしても、まんまと引っかかってくれたね?」
「貴様がオレのストーカーか」
「こらヒュース、話しかけちゃだめって約束しただろ?」
ヒュースくんがこちらを振り向く。引っかかるってなんだ。まるで、ヒュースくんが俺を嵌めたような言い方だ。
俺は必死で足をばたつかせた。どうして、俺がこんな目に合わなくちゃいけない。ヒュースくんと話がしたかっただけなのに。
「く、うぅ……!」
「おまえにはいっぱい聞きたいことあるんだけどさ」
迅が目を細めて俺に近づく。そして俺の顎を掴んで、目線を合わせられる。
「なんで、ヒュースにあんなもの送りつけたの? 嫌がらせ?」
どうしてそれを知っているんだ。まさか、この男も手紙を見たのか。俺の愛情が籠った、ヒュースくんの写真を。
「ほら、早く言って?」
手に力が籠る。ぎち、と歯が軋む音がする。顎が砕かれる予感がして、俺は口を開いた。
「ひゅ、ヒュースくんは日本語が読めないだろうから、見ただけで伝わるようにって」
「それが精液つきの写真? ストーカーの頭の中ってやばいんだね。普通話したこともない人間にそんなの送らないでしょ。あ、普通ならストーカーしないか」
「話したことはある! 個人ランク戦で一緒になった! それに、ヒュースくんは俺に触ってくれた! 俺たちは両想いだ!」
「は?」
「って言ってるけど、ヒュース?」
「……一度手合わせをしたかもしれないが、よく覚えていない。触った覚えもない」
「だ、だってヒュースくん、夢で俺に会いに来てくれたじゃないか。それで、俺に触ってくれて」
「……夢?」
ヒュースくんは眉をひそめる。どうして、どうしてそんな顔をするんだ。あんなに俺を熱っぽい目で見てくれたのに。
「夢でオレが貴様に触ったから、あんなものを送ったと?」
「そ、そうだよ。俺も気持ちに答えなくちゃって──」
「ヒュース、喋っちゃダメだって。もうこいつ、まともな思考回路してないよ」
「ヒュースくん、俺のこと愛してくれたじゃないか! 俺だって君のこと愛してる、なあ、そうだろ!? 俺たちは相思相愛で──」
必死でヒュースくんに愛を伝える。そうだ、きっと迅なんて余計な男がいるから恥ずかしがっているだけだ。俺のヒュースくんは、ふたりきりになれば俺に甘えてくれるはず。
「オレは貴様のことを何とも思っていない。名前すら知らん」
「え……?」
その言葉に、頭が真っ白になる。
ヒュースくんの言っていることが理解できない。好きな相手である俺を、何とも思ってない?
そんな。そんなはずはない。だって、ヒュースくんは俺のことが好きで、だから夢であんなに積極的に──
「残念だけど」
邪魔な男がヒュースくんの隣に立って、彼の腰を引き寄せる。
待て、なんだその距離感は? どうしてお前がヒュースくんに気軽に触っている?
「ヒュースの恋人の枠は、おれで埋まってるんだよね」
迅がふ、と笑う。恋人、恋人? 迅が、ヒュースくんの?
嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ! 絶対にそんなことは有り得ない!
俺の脳味噌は必死にそれを否定するが、男に腰を抱かれても頬を赤らめるだけで抵抗していないヒュースくんは、まるでその言葉を肯定しているようで。
「ひゅ、ヒュースくん、嘘だよね? 君が、そんな男と付き合ってるなんて──」
「……迅、人前でこういうことをするなと」
「ヒュースの意志はなるべく汲みたいけどさ、こういうやつにはしっかり見せつけないと。ってことで、ちょっと恥ずかしいかもだけど我慢してね。顔は見せないようにするから」
「は? 貴様何を──」
迅がヒュースくんを抱き締める。そして、ヒュースくんに顔を重ねた。
ヒュースくんの表情は、迅が壁になっていて俺からは見ることができない。
「ん、ぅー!」
ヒュースくんがばたばたと手を動かす。彼が抵抗しているのがわかって、俺は迅を止めようと必死に身体を動かした。
けれど、だんだんとヒュースくんの様子が変わっていった。ばたつかせていた手足に力が入らなくなって、抵抗の声がだんだんと甘いものに変わっていく。
「ん、ふっ、ふぁっ……」
ヒュースくんが迅の口づけを受け入れて、それで快楽を感じているのが声でわかってしまった。
どうして、どうして。そこは俺の立ち位置のはずだったのに。どうして邪魔者のお前なんかが。
そう思うのに、声だけで甘く蕩けているヒュースくんの表情が見たくなって、身体をばたつかせる。目が血走っているのが自分でもわかった。自分の息が荒い。
それをわかったのか、迅がヒュースくんの身体を強く引き寄せて口づけを深くする。
「ぁ、っ、んん……!」
ヒュースくんは抵抗を完全に止め、迅のキスに溶かされていた。
くちゅくちゅと卑猥な音が部屋に響く。俺は気づけば喉が詰まるような嗚咽を漏らしていた。
俺の、俺のヒュースくんが。もうとっくに別の男のものだったなんて。
「ああ、ああああ……!」
全てが闇に飲まれる。俺は、失恋したのだ。
どれくらい時間が経っただろうか。迅がヒュースくんの唇を開放して、俺に顔が見えないようにぎゅうと抱き締める。
「これで、わかった?」
深い青色が俺を射抜く。男の顔は勝ち誇っていた。喉が詰まり言葉が呑み込めない。
「あ、ああああああっ…………!」
男に抱き締められているヒュースくんの耳は、熱があるのではと思うほどに真っ赤で。
それを見た瞬間、暗闇の中に閉じ込められたような感覚がして、体中から力が失われた。
その後のことはよく覚えていない。
俺はボーダーをクビになった。もうヒュースくんに会うことはない。
今でも青空を見ると、あの心が凍り付くような冷たい瞳を思い出す。
前は、青空はヒュースくんの瞳の色だと思っていたのに、あの男に上書きされてしまった。
きっと俺は、二度と愛おしい気持ちで空を見上げることができないのだろう。
両の瞳から、心の涙が降りしきる。
空は、どこまでも青く晴れ渡っていた。
俺は一応B級だが下位。ヒュースくんと話すことはない。だが彼と接点を作りたくて、 同じ時間帯に食堂に行ったり個人ランク戦の時間を被せたりしている。遠目から見るだけでも幸せだけど、できることならもっとお近づきになりたい。あの空色の瞳で見つめら えたい。ふわふわの髪を撫でてみたい。唇はきっとやわらかくて、服の下の肌は白くて引き締まっているのだろう。それを、俺ひとりのものにできたら。そんな妄想をして自分を慰める毎日。だが、転機は突然やってきた。
個人ランク戦で、ヒュースくんと当たったのだ。五本勝負でもちろん完敗。それでも彼と急接近できたことに、俺は興奮を隠せなかった。
空色の瞳に射抜かれて、鼓動がドクンと高鳴る。澄み切ったブルーのキャンバスのよう。ああ、俺はやっぱり彼が好きだ。
ベッドから起き上がって、部屋を飛び出す。ちょうど向かいの部屋からヒュースくんが出てくるところだった。
「あの!」
大声で呼びかけると、ヒュースくんがこちらを向く。その仕草だけで 心臓が痛い。
「戦ってくれてありがとう。その、俺、どこがだめだった?」
俺の質問に、ヒュースくんかそうだな、と呟く。
「色々とあるが……」
そう一拍置いてから、彼は透き通った水のような声で、俺に応えてくれた。
「急所を狙おうとしてそれ以外が疎かになっている。まずは手足を狙って相手の機動力を下げるのを視野に入れてみるのはどうだ」
「………! あ、ありがとう!」
ヒュースくんが、俺と喋ってくれている。俺を認識していてくれる。それからどうしようもなく嬉しかった。
その夜、俺は夢を見た。
俺の部屋のベッドに、ヒュースくんが座っている。そして、俺に向かって両腕を伸ばす 「────」
ヒュースくんが俺の名前を呼ぶ、俺を認識してくれた。嬉しくなって彼にがばりと抱きつくと、ヒュースくんの手が俺の身体をなぞっていく。
「あ、え、ヒュースくん?」
彼の手が、身体の中心に触れる。見たことのない熱っぽい目で見られると、もうどうしようもなくなった。
「あっ、ヒュ、ヒュースくん……!」
そして、ヒュースくんから与えられる快楽はどんどんと昇っていき────
そこで目が覚めた。パンツの中が濡れている感覚がして、見ると、見事に夢精していた。俺は確信する。あれはきっと、ヒュースくんが俺に会いに来てくれたのだ。現実では恥ずかしいから、わざわざ夢の中に。
ヒュースくん、ヒュースくん、ヒュースくん! 俺たちは両想いだったんだ。 なら、俺の思いも伝えないと。直接はきっと恥ずかしいだろうから、少し遠回りの方法で。
「ヒュース、アンタに手紙きてるわよ」
「手紙?」
ヒュースは首をかしげた。ヒュースにわざわざ手紙を書く人間になど心当たりがなかった。それに、もらったとしても読めない。
「差出人は……イニシャルだけね。 何なのかしらこれ?」
「消印もないっすね。直接投函したのか」
「とりあえず開けてみたら? おれが読んであげるよ」
「そうだな」
迅に促されて、手紙の封を聞く。中には、写真が数枚入っていた。────白い何かで汚れた、ヒュースの写真が。
「……!?」
「は、これ……」
「小南先輩、見ちゃダメです」
烏丸がとっさに小南の目を塞ぐ。
「えっ、何、何何!?」
ヒュースは写真を出した時に手についた白い粘液をどうすることもできずに立ち尽くしていた。
鼻をつく青臭い匂い。これは、もしかしなくても。
その正体を理解した途端、嫌悪感と気持ち悪さがせりあがってくる。
なんだこれは、気色悪い、一体、どうしてオレの写真にこんなものが。
写真の元の持ち主は、ヒュースをそういう目で見ていたということか。それを知らせるために、わざわざこんなものを寄越したのか。好いた相手以外に一方的に欲望を向けられるのがこんなにも恐ろしさをもたらすなんて知らなかった。
「ヒュース、手洗っておいで」
迅の言葉で意識が戻る。彼は写真をヒュースの手から取って、封筒に戻していた。
「あ、ああ」
彼はひどく理性的だった。その様子を見て、頭が冷静さを取り戻していく。ヒュースは汚れた手を洗うために、洗面所へ向かった。
それを見送ってから、迅は封筒のイニシャルを眺める。
「ちょっと、もう何なの!? 何が入ってたのよ」
ようやく視界を解放された小南がぷんぷんと怒っている。
「ヒュースの盗撮写真です。これ、ストーカーじゃないですか?」
烏丸が事実ではあるが一部を隠して小南に伝える。彼女に精液がついた写真が入っていたなど言いたくないのだろう。
「は……え!? なにそれ気持ち悪いんだけど! ストーカーって、どうにかしないと……!」
「うん、まあイニシャルとヒュースに近づいてくるやつってことがわかれば誰かは絞れるでしょ。見つけたらどうしようかな……」
「……迅さん、もしかしてキレてます?」
「ん? うん。かなーり。おれのかわいい恋人にあんな顔させたやつ、絶対に許すつもりないよ」
男は、にっこりと笑った。
手紙を出して数日が経った。ヒュースくんからの返事はない。そのことにがっかりしながらいつものようにランク戦を終えて一休みしていると、視線を感じた。後ろをふり返ると、そこにはなんと愛しのヒュースくん。綺麗な瞳で、俺をじっと見つめている。
やがてヒュースくんはくるりと後ろを向いてどこかに行ってしまう。俺は視線の意味を考えた。もしかして、俺と話がしたくて、でも人目があったから無理だったんじゃないだろうか?
それなら、こっちから話しかけてあげればいい。手紙も見てくれたか確認したい。俺はヒュースくんを追いかけた。
ヒュースくんはどんどんと人気のない場所へと向かっていく。ここら辺は監視カメラもないただのただっ広い物置エリアのはずだ。
でも、逢瀬にはちょうどいい。 完全に人目がなくなり、ふたりきりになったところで、俺はヒュースくんに手を伸ばした。
「ヒュースく──」
「エスクード」
突然、模からの衝撃。
俺は何か壁のようなものに身体を両方から挟まれていた。
「な、なに、え……!?」
「つかまえたよ、ストーカーくん」
後ろから誰かがやってくる。男は目の前に立って、壁に挟まれて動けない俺に笑みを見せた。
「迅、悠一……!?」
迅悠一。元S級の、玉狛所属のエリート。どうしてそれが、こんなところに。
「そう、実力派エリートでーす。いやあそれにしても、まんまと引っかかってくれたね?」
「貴様がオレのストーカーか」
「こらヒュース、話しかけちゃだめって約束しただろ?」
ヒュースくんがこちらを振り向く。引っかかるってなんだ。まるで、ヒュースくんが俺を嵌めたような言い方だ。
俺は必死で足をばたつかせた。どうして、俺がこんな目に合わなくちゃいけない。ヒュースくんと話がしたかっただけなのに。
「く、うぅ……!」
「おまえにはいっぱい聞きたいことあるんだけどさ」
迅が目を細めて俺に近づく。そして俺の顎を掴んで、目線を合わせられる。
「なんで、ヒュースにあんなもの送りつけたの? 嫌がらせ?」
どうしてそれを知っているんだ。まさか、この男も手紙を見たのか。俺の愛情が籠った、ヒュースくんの写真を。
「ほら、早く言って?」
手に力が籠る。ぎち、と歯が軋む音がする。顎が砕かれる予感がして、俺は口を開いた。
「ひゅ、ヒュースくんは日本語が読めないだろうから、見ただけで伝わるようにって」
「それが精液つきの写真? ストーカーの頭の中ってやばいんだね。普通話したこともない人間にそんなの送らないでしょ。あ、普通ならストーカーしないか」
「話したことはある! 個人ランク戦で一緒になった! それに、ヒュースくんは俺に触ってくれた! 俺たちは両想いだ!」
「は?」
「って言ってるけど、ヒュース?」
「……一度手合わせをしたかもしれないが、よく覚えていない。触った覚えもない」
「だ、だってヒュースくん、夢で俺に会いに来てくれたじゃないか。それで、俺に触ってくれて」
「……夢?」
ヒュースくんは眉をひそめる。どうして、どうしてそんな顔をするんだ。あんなに俺を熱っぽい目で見てくれたのに。
「夢でオレが貴様に触ったから、あんなものを送ったと?」
「そ、そうだよ。俺も気持ちに答えなくちゃって──」
「ヒュース、喋っちゃダメだって。もうこいつ、まともな思考回路してないよ」
「ヒュースくん、俺のこと愛してくれたじゃないか! 俺だって君のこと愛してる、なあ、そうだろ!? 俺たちは相思相愛で──」
必死でヒュースくんに愛を伝える。そうだ、きっと迅なんて余計な男がいるから恥ずかしがっているだけだ。俺のヒュースくんは、ふたりきりになれば俺に甘えてくれるはず。
「オレは貴様のことを何とも思っていない。名前すら知らん」
「え……?」
その言葉に、頭が真っ白になる。
ヒュースくんの言っていることが理解できない。好きな相手である俺を、何とも思ってない?
そんな。そんなはずはない。だって、ヒュースくんは俺のことが好きで、だから夢であんなに積極的に──
「残念だけど」
邪魔な男がヒュースくんの隣に立って、彼の腰を引き寄せる。
待て、なんだその距離感は? どうしてお前がヒュースくんに気軽に触っている?
「ヒュースの恋人の枠は、おれで埋まってるんだよね」
迅がふ、と笑う。恋人、恋人? 迅が、ヒュースくんの?
嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ! 絶対にそんなことは有り得ない!
俺の脳味噌は必死にそれを否定するが、男に腰を抱かれても頬を赤らめるだけで抵抗していないヒュースくんは、まるでその言葉を肯定しているようで。
「ひゅ、ヒュースくん、嘘だよね? 君が、そんな男と付き合ってるなんて──」
「……迅、人前でこういうことをするなと」
「ヒュースの意志はなるべく汲みたいけどさ、こういうやつにはしっかり見せつけないと。ってことで、ちょっと恥ずかしいかもだけど我慢してね。顔は見せないようにするから」
「は? 貴様何を──」
迅がヒュースくんを抱き締める。そして、ヒュースくんに顔を重ねた。
ヒュースくんの表情は、迅が壁になっていて俺からは見ることができない。
「ん、ぅー!」
ヒュースくんがばたばたと手を動かす。彼が抵抗しているのがわかって、俺は迅を止めようと必死に身体を動かした。
けれど、だんだんとヒュースくんの様子が変わっていった。ばたつかせていた手足に力が入らなくなって、抵抗の声がだんだんと甘いものに変わっていく。
「ん、ふっ、ふぁっ……」
ヒュースくんが迅の口づけを受け入れて、それで快楽を感じているのが声でわかってしまった。
どうして、どうして。そこは俺の立ち位置のはずだったのに。どうして邪魔者のお前なんかが。
そう思うのに、声だけで甘く蕩けているヒュースくんの表情が見たくなって、身体をばたつかせる。目が血走っているのが自分でもわかった。自分の息が荒い。
それをわかったのか、迅がヒュースくんの身体を強く引き寄せて口づけを深くする。
「ぁ、っ、んん……!」
ヒュースくんは抵抗を完全に止め、迅のキスに溶かされていた。
くちゅくちゅと卑猥な音が部屋に響く。俺は気づけば喉が詰まるような嗚咽を漏らしていた。
俺の、俺のヒュースくんが。もうとっくに別の男のものだったなんて。
「ああ、ああああ……!」
全てが闇に飲まれる。俺は、失恋したのだ。
どれくらい時間が経っただろうか。迅がヒュースくんの唇を開放して、俺に顔が見えないようにぎゅうと抱き締める。
「これで、わかった?」
深い青色が俺を射抜く。男の顔は勝ち誇っていた。喉が詰まり言葉が呑み込めない。
「あ、ああああああっ…………!」
男に抱き締められているヒュースくんの耳は、熱があるのではと思うほどに真っ赤で。
それを見た瞬間、暗闇の中に閉じ込められたような感覚がして、体中から力が失われた。
その後のことはよく覚えていない。
俺はボーダーをクビになった。もうヒュースくんに会うことはない。
今でも青空を見ると、あの心が凍り付くような冷たい瞳を思い出す。
前は、青空はヒュースくんの瞳の色だと思っていたのに、あの男に上書きされてしまった。
きっと俺は、二度と愛おしい気持ちで空を見上げることができないのだろう。
両の瞳から、心の涙が降りしきる。
空は、どこまでも青く晴れ渡っていた。
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